秘密の木陰
昨夜の風で殆どの花が散ってしまった中庭の桜。
残念だと思いながら地面いっぱいの花弁の絨毯を歩いていると、近くの木陰に何かいるのに気付いた。
目を瞬かせ覗き込めば見慣れた姿。
「乱歩先生?」
「オヤ」
木陰に座り込み、煙管を手にした乱歩先生の姿がそこにあった。
「見つかってしまいましたね」
軽く目を見張った乱歩先生が決まり悪げに苦笑を浮かべ、傍らの帽子を手に取った。
「こんなところで隠れて喫煙ですか?」
問うてみれば、帽子を被る風を装って隠される表情。口許にだけ緩い笑みが浮かんでいた。
館内は禁煙の場所が多い。とはいえ、先生方のお部屋と食堂や談話室などは喫煙可能だし喫煙室も別にある。私は喫煙家ではないが嫌煙家でもないので、禁煙の場所以外での喫煙を咎めるつもりもない。
ただ、乱歩先生が喫煙しているところを見たのは初めてだったので少し驚いたのは事実だ。
「司書さん、こちらへ……」
くすりと笑って、不意に乱歩先生が私の手を取り木陰に引き込む。
「あっ!」
「此処から上をご覧ください」
突然のことに抗う間もなく、私は乱歩先生の膝の上に乗せられていた。どきどきと騒ぐ鼓動を隠しながら言われるままに見上げてみる。
「わぁ!」
枝と枝の間から晴れ渡る空が見える。
ところどころに残る桜の淡いピンクや椿の赤、そして葉の緑などが青空を囲う額縁のようだ。そのどことなく不思議な風景が印象的で、思わず溜息が零れる。
「ワタクシとアナタ、ふたりだけの秘密ですよ」
くすくすと楽しげに笑いながら耳元で囁く声に、はいと小さく頷き、私は微かに煙草の匂いのする乱歩先生の胸へと凭れ掛かった。
髪を撫でる手が少し擽ったかった。