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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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迷宮の果てに4~想い~【遙か3/弁望】

迷宮捏造ルートからの捏造京EDのための物語。
第四話は、終章後半部分捏造 最後のかけら



1 決意




 ――次に目を覚ましたら…いつもの、君らしい笑顔を見せて下さいね……



 囁く優しい声が、心をそっと包み込む夢を見ていた気がした。



「ん……」

 目を開くと、明るくなった天井が真っ先に見えた。
 朝なのかな…と考え込む意識は、まだ、夢の中にある。
 望美は、一度、ぎゅっと目を閉じて再び瞼を開いた。


 ああそうだ…
 と、覚醒を始めた思考が、昨日のことを思い出す。

 迷宮で起きたこと。
 知ってしまった真実。
 思い出したら、自ら傷つけた腕が鈍く痛むのに気付いた。

 ――私は、どうすればいいんだろう…

 ひとつひとつ、パズルのピースのような…いくつかの真実を繋ぎ合わせる。
 腕の鈍い痛みが、望美の思考を冴えさせていって…
 
 ――今の私にできるのは…何だろう

 仲間達を傷つけたくない。
 大切な人を失いたくない。
 だから……


「心のかけら、すべてを取り戻すことができれば……」
 仰向いて布団に横たわったまま、望美は呟いた。
「荼吉尼天が心の隙間に入り込むことはできなくなる。」

 きっと、それが最良の方法。
 今の望美に足らないものを埋めてしまえば、異国の神の居場所は失われる。

 ――怖いなんて言っていられない…

 恐怖を感じないわけではない。
 不安がないわけでもない。
 あの青い結晶が、すべてこの身に戻ってくれば…きっと全てに決着がつく。
 それなら、とるべき行動は一つだけだ。



『君は、いつもどおりでいいんですよ。』


 不意に思い出したのは、優しい眼差しで微笑みながら望美を見つめていた琥珀の瞳。

 ――いつもどおり…いつもの私……

 胸元に手をやると、ひんやりとした感触が指先に当たった。
 それは、クリスマスイヴに弁慶から贈られたネックレス。
 あの日、耳元で囁かれた声が、胸の奥に温かなものを呼び起こす。

 ――弁慶さん…

 目を閉じ、望美は深く深呼吸した。

「みんなに迷惑掛けられないよ…私が、一人で決着つけなきゃ。」



 白いシーツの上に、はらり…と包帯が落ちた。

 一人で向かうのは鶴岡八幡宮。
 迷宮の最奥。
 最後の心のかけらが眠る場所
 荼吉尼天が潜む……決着の場所






 扉が…開く……
 望美を迎えるように…
 望美を誘うように…
 奥へ…奥へ…と――
 
 いつだったか
 どこかで見たことのあるような……風景。
 ――既視感――
 
 ふ…と足を止めた自分の姿を映し出すのは、大きな鏡。
 そして……
 青く光る結晶を見つめる望美の耳に届いたのは、嘲笑うような、勝ち誇ったような荼吉尼天の声だった。



「八葉はどうしたの?一人で来て…私に勝てると思ったの?」

 ――私は、私らしくいなきゃいけない……

 動揺を誘うための言葉は聞かない。
 手にした白龍の剣の柄を強く握りしめ、望美は自分に言い聞かせた。

 閃くのは、花弁を断つ美しい太刀筋。
 空気を切り裂いたのは、異国の神の悲鳴。

 ――これで……終わるんだ……

 知らず知らずの内に強張っていた体から、力が抜ける。
 安堵が心に広がる。
 望美は、最後のかけら――青い結晶――へと手を伸ばした。

 それは――
 ほんの一瞬の気の緩みだった。

 ただ…
 これで、すべてが終わるのだと…思っただけ。
 ただ…
 もう誰も傷つくこともなくなるのだと…思っただけ。


 体の自由が奪われて、望美は、自分の迂闊さを呪った。

「最後の最後に……動揺してしまうなんて。」
 楽しげに、唄うように、告げたのは荼吉尼天の声。
「あ…………」
 指先の一本すら、思うようにならない。
「くっ……う…………」
「まだ抵抗するの?」
 くすくす…と笑う声が頭に響く。
 意識が、揺らぐ……

 ――だめ…だよ……


 必死に抵抗する意識の端に、不意にこだましたのは扉の向こうからの声。
 望美の不在に気づいた仲間たちが、追い付いてきたのだ。

「八葉たちが来たのね。いまさら遅いというのに。」
 扉へと視線を向けた荼吉尼天が呟いた。
「いいわ。私が、あなたの身体をもらって、あの子達も屠る。」

 ――このままじゃダメ。

 今、彼らがここに来てしまっては、一人で来た意味がない。
 この場に、彼らを入れてはいけない……

 ――扉は、開いちゃいけない

 神子の力が具現化して作られた迷宮。
 ならば、この迷宮での全ては望美の思うとおりに……

 ――みんなを…これ以上…傷つけたくない




 支配しようとする荼吉尼天の力。
 懸命に抵抗を続ける望美の意識。
 拮抗する力。
 このままの状態が長引けば、神子とはいえど人間でしかない望美は、神である荼吉尼天の力に屈してしまうことは…目に見えていた。
 ならば……

 ――私は…みんなを助けるために……あの雨の学校から…戻ったんだもの……

 ふ…と笑みを浮かべて、望美は力を振り絞って白龍の剣の切っ先を喉元に向けた。
「何のつもり――?」
 荼吉尼天の訝しげな声が、問いの形を取って望美に向けられる。
「あなたには、私と一緒に、消えてもらうよ。」
「馬鹿なことを……お前は死ぬぞ。」
「そうだね。」
 扉の向こうで、白龍が、望美の行動を止めるべく声を送ってくるのが分かった。
 けれど、それに応えるつもりはない。

 ――ごめんね、みんな。さよなら。

「荼吉尼天、あなたは消える…」
 剣を持った両手へと力を込める。
「私と一緒に…消えなさい――っ!」

 白く、視界が霞んだ。
 遠く、扉が開き皆が駆け込んでくる音が聞こえた。
 間近で、荼吉尼天の悲鳴を…感じた。




 


2 還る場所



「望美!無事だな!?」

 あれほど、開こうとしなかった扉が開いた。
 なだれ込むように、八葉が朔が白龍が部屋へ足を踏み入れる。

 そこは、しん…とした天井の高い部屋。
 九郎の声が、響いてこだました。

 巡らせた視線の先には、外から入り込んだ光を反射した鏡。
 他には……何も…………

「……っ……」

 鏡の前。
 そこに…静かに……望美が横たわっていた。
 
「なんでだよ…望美、どうして……っ」

「神子…」





 ――白い…柔らかな光…私、死んじゃったのかな。

 死というものが、とても簡単なことなのだと、望美は改めて思った。

 ――荼吉尼天を、倒して。みんな、無事で…

「これで、いいんだよね。」
 うん。と頷いて呟く。

 犠牲が、自分一人だけなら、それでいい。
 皆が無事なら、それでいい。

 ――これで………よかったんだ

 唇を噛みしめ瞼を閉じて、望美はぎゅっと自分を抱きしめた。



「それほどに、守りたかったか。」

 自分の他には、何もない白い空間だと思っていた望美は、不意に聞こえた声に、閉じていた目を開いた。
「あなたは……」
 鎌倉の町で幾度か見かけた、名もない赤い髪の青年。
 いつも幻のように現れ、消えてゆく彼が、望美の前に佇んでいた。
 
 何故、こんな場所にも現れたのだろう…
 浮かんだ疑問を問う前に、彼は望美へと問いを掛けた。

「そなたが守りたいと願ったのはなんだ。」
「みんなを……私、みんなを守りたくて。」
 
 だから、自分が取れる最良の方法を選んだ。
 たとえ、それが自分自身を失うことだとしても……

「そうか……これを――」
 望美の答に是も非も返さず、差し出されたのは青い結晶――心のかけら……
「これが………」
「そなたの失っていたもの。最後のかけらだ。」

 あの時、取り戻し損ねた……望美の心のかけら…その最後のひとつ。
 けれど……

 ――もう、終わってしまったんだ…だって私は……

 死んでしまった自分には、必要のないもの。
 そう自身に言い聞かせる望美へと、赤い髪の青年は告げた。
 まるで、まだ…やり直すことができるのだとでも言うように……
「取り戻せねば、我とともに消えゆくことになろう。」
「そうなんだ…しかたないね。それしかないって思ったから。」

 思い出したのは、荼吉尼天と共に消えようとした決心。
 大切な人を、仲間たちを、傷つけぬため…守るために選んだ……死。
 
「これ以上、みんなを悲しませたくない……」
「……………………」








「望美…っ、望美、お願い返事をして!」

「先輩……――先輩…っ」

「望美ちゃんっ、……目を…開けてくれ…」








「『消えてもよい』それがそなたの答か。」
 突き付けられる、選択。
「私…………」
 迷う…心。
「でも、私が戻れば…またみんなに剣を向けてしまうかもしれない。」
「かもしれぬな。」
「だから……」

 だから、このまま消えてしまう方が……いい。
 望美は、唇を噛みしめた。








「…っ…………」

「僕は君を助けることも…できないのか。」

「こんなの、認められるかよ。望美…っ。」








「だって…どうしたらよかったの?」
 
 他に、方法なんて見つけられなかった。
 一人では、荼吉尼天を倒すなんてできない。
 けれど、皆を傷つけてしまうことが怖い。
 
「戻らぬならそれでもよい。共に、ゆくか?現世ならざる地へ」
 
 ――現世ならざる地…?

 ああそうか…と望美は胸の内で呟く。
 未だ、ここは狭間でしかないのだと。
 だから……この赤い髪の青年は問うているのだと。
 かけらを取り戻して還るか、すべてを抱いたまま消えゆくか……
 選べ――と望美に問うているのだ。

「そなたの心は、そなたのもの。我には左右できぬ。」








「……神子…」








「私…わたしは…」

 不意に感じたのは、ひんやりとした感触。
 ふと指先で触れると、あのイヴの夜に贈られたネックレス。

 ――弁慶…さん……

 ぽろぽろと頬を涙が零れ落ちた。

「消えたくなんてない。」

 愛しいと想う人いる。
 今になって思い出した。
 なぜ忘れていたのだろう。
 それは、何度も繰り返した運命の中で育っていた想い。

「生きていたいよ。」

 ――みんなの…弁慶さんのところに戻りたい……



 弾けたのは光。
 食われていた感情が、全て自分の元に戻ってきて…
 頬を零れ落ちるのは透明な雫。
 溢れ出したのは止めどない想い。


「――これは…」
「そなたのかけら戻ったな…」

 ゆらり…と揺らめく姿。

「狭間に漂い見えるのも、これで終幕となる。」
「どうゆうこと?あなたは、どうするの?」
「祝そう。そなたの最後の戦い、見せてもらう。」


 何故だろう、その瞬間、望美は、「彼」が誰なのか分かった気がした。

「そなたの龍が呼んでいる。戻るといい――あるべき場所へ。」



 ――そして我は戻る…我のあるべき場所へ。

 ふ…と笑みを浮かべ「彼」は、還ってゆく望美の背中を見つめた。

 ――そなたは、我の名を取り戻してくれた。

 望美が出会うより以前の、名前と記憶が甦る。
 抱いていた、そしていつしか失った…あたたかな感情が、胸の内に去来する。

 ――そなたと出会えてよかった…白龍の神子…よ。



 真白き光が消える。
 現実へと、戻ってゆく。


【5.前夜】へ



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