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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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迷宮の果てに5~前夜~【遙か3/弁望】

迷宮捏造ルートからの捏造京EDのための物語。
お別れ前夜 想いの行く先は…




1 親友



 迷宮は消えた。
 鎌倉の龍脈は整った。
 白龍は、龍の姿に戻った。
 
そう、これで……


「みんな、京に――元の世界に戻れるね。」










「望美…ちょっといいかしら?」

 明日には皆、元の世界へ帰る…という前夜。
 有川家のリビングで催された、クリスマスパーティーに負けずとも劣らぬ宴も終わり、家へ帰ろうと有川家の玄関で靴を履いていた望美を呼びとめたのは、朔の気遣わしげな声だった。

「どうしたの?朔。」

 振り返った望美を見つめるのは、寂しそうで…心配そうで…けれど優しい――いくつかの感情が入り混じった瞳。
 
「……あのね……」
「うん?」

 軽く瞳を伏せた朔が、続いて…まだ賑やかな声が聞こえるリビングへと肩越しに視線やった。
 思い出すのは、宴の間ずっと気になっていた望美の瞳の向く先。
 
「明日で、最後ね…」
「そう…だね。」

 口に出すと、それが現実のことなのだと実感してしまって、胸の奥に寂しさが広がる。
 訪れた静寂の向こうに、将臣やヒノエの笑い声と、何があったのだろうか…景時の悲鳴が聞こえた。
 二人で顔を見合せて、くすくす…と零す苦笑。

「あなたと会えて、嬉しかったわ。」
「私もだよ。」

 触れあった手を握りあう。


 初めて雪の降り積もる宇治川で出会った時のこと。
 舞を教わった時のこと。
 春の大原で恋の話をした時のこと。
 黒龍との過去を知って、朔には絶対幸せになってほしいと思った。
 見知らぬ世界で出会った親友。
 きっと、どれだけ時が経っても忘れることなど出来ないだろう。


「朔、ありがとう。元気でいてね。」
「望美…あなたのこと忘れないわ。」

 忘れることなど、出来ない。
 いつも前を向いて進んでゆく対の神子。
 出会ってから今日まで、何度その瞳に励まされたことか……

 ――だけど……

 時折、とても寂しそうな瞳を見せるようになった。
 それは、日を追うごとに増えてきて……
 今日も…たった一人を追う瞳は、何も言えないまま幾度も伏せられていた。
 
「ねえ、望美……」

 あのクリスマスイブ以来、親友の胸元には銀色に輝く小さな首飾りがかかっていた。
 それが何か…とは問うまい……
 けれど、きっと、それこそが望美の哀しそうな瞳の原因なのだと…朔は気づいていた。

 一つ二つ瞬きをして、望美が朔を見つめた。

「もしかして……誰か離れがたく思ってる人がいるんじゃない?」
「え…」

 朔の言葉に、望美の瞳に戸惑いが浮かんだ。
 ゆらり…と揺らいだ瞳が、朔を通り過ぎてリビングの扉へと向けられて……すぐに俯く。
 何かを紡ごうとした唇は、開きかけて……すぐに閉じてしまった。
 ああ、やはりそうなのだ…と朔は納得する。
 
「もし、そういう人がいるなら、今夜が最後よ…ちゃんと決着つけた方がいいわ。」

 想いを、そのまま沈めてしまうことだってできるだろう。
 二度と会うことはないのだと…諦めることだって……
 けれど、後悔はして欲しくなかった。
 親友には、恋で悲しい思いをして欲しくなかった。

「……私………」
「私は、あなたの恋の味方よ、忘れてしまったの?」
 ふるふる…と、望美は首を横に振る。
「まだ時間はあるわ。行ってきたら?」

 そっと、言葉で押す背中。
 縋るように見つめてきた翡翠色の瞳が、戸惑いに揺れていた。

「だけど……」

 ふわり…と抱きしめられて、望美は驚いて目を瞠った。
 とんとん、と背中を優しく叩かれる。

「後悔は、したくないでしょう?」
「うん」
「好き…なんでしょう?」
「うん」
「だったら、飛び込んで行かなくちゃ。」

 聞こえてきた朔の声は、はっとするほど柔らかくて……望美は泣きそうになった。










 
2 告白



 あの白い空間で、望美は自分の気持ちを自覚した。
 
 どうして、二人きりで出かけることにあれほど緊張したのか。
 どうして、イヴに贈られたプレゼントが嬉しいと思ったのか。
 どうして、「八葉」という言葉一つであんなに胸が軋んだのか。
 どうして、繋がれた手から伝わる温もりにドキドキしたのか。

 彼を幾度も失った記憶は、彼を想う気持ちと一緒に戻ってきた。
 けれど、それを伝えていいのかなんて…分からなかった。
 
 朔に背中を押してもらわなかったら、きっと、この想いを伝えることもないままで別れが訪れていのだろう。



『お話したいことがあります。庭で待っています。』

 直接呼びに行くなんてできやしない。
 だから、望美は言葉を携帯電話へ委ねた。
 もしかすると、もう部屋に戻って…寝てしまったかも知れない……
 そんな風に思いながらも、望美は、携帯電話を握りしめた。

『わかりました』

 それほど間を置かず帰ってきた返事。
 望美は、ぎゅっと手を握りしめた。










「もう部屋に戻ってしまったと思っていましたよ。」
 言葉を紡ぐ毎に、白い息が夜の空気に溶ける。
「ごめんなさい呼び出して……」
「構いません。どうか…したのですか?」

 向けられる心配そうな瞳。
 望美は、心配をかけるようなことはないのだと、首を横に振って見せた。

「私、弁慶さんに聞いてほしいことがあって……」
 ぎゅっと両手を握りしめた望美が、そう言いかけて俯いてしまった。

 ――ああ…君は……

 少女の告げようとしていることに気づいてしまって…弁慶は胸の内で小さく溜息をついた。

「僕に、何を?」
 言葉の先を促して、弁慶は望美の表情を盗み見た。
 暗がりの中でもはっきり分かるほど、頬が朱に染まっている。
 それは…寒さゆえのものではない。

「こんな時間の逢瀬の相手に選んでくれるくらいですから、期待してしまいますよ?」

 ばっ、と勢いよく上げられた顔が真っ赤になっていた。
 その、あまりに分かりやすい反応に思わず、弁慶は苦笑する。

「……………」
「望美さん?」
 いつもならば、抗議の言葉が返ってくる場面だ。
 けれど、目の前の少女は、再び…赤くなった顔を伏せてしまった。

 ――君は…本当にいけない人だ……

 これでは、生まれてしまった感情を忘れてしまおうと決めた心が揺らいでしまう。


「弁慶…さん……」
 小さく、呼ばれた名。
 もう、何度もこの声で呼ばれて…いつしか呼ばれることが心地よいと思うようになっていた。
「はい。」
「私…」



 心は決まっている。
 ならば、あとは…それを伝えるだけだ。



「弁慶さん…私、弁慶さんのことが好きです。」

 まっすぐに見つめる瞳が弁慶を捕えて……想いを乗せた言葉が告げられた。

 ――どうして……


 どうして、自分に対してそんな感情を抱いてしまったのか。
 どうして、その想いを…言の葉にして告げてしまったのか。

 くらり…と眩暈がした。
 その甘美な言葉に惑わされてしまう。
 向けられる感情に応えてしまいそうになる。
 生まれてくる欲望を…抑えきれなくなりそうだった。


「………君は……」
「ずっと、一緒にいたい…離れたくないんです……」

 見上げてくる翡翠色の瞳は、不安に揺れていた。
 弁慶は、一つ、深く息を吐いた。

「いけません。この世界で色々と知りました…九郎の行く末も。」
「あ……」
 望美は息を飲んだ。
 それは、知ろうと思えば簡単に知ることのできる、この世界の歴史的事実。
「だから、僕は戻らなくてはいけない。」
「じゃあ、私が弁慶さんと一緒に京へ行きます!」
 半ば叫ぶように、望美が訴える。
 共にいられるのならば、構わないと思っていた。
 
 けれど……

「ダメです。君がいなくなると…ご両親が哀しみます。」

 頬に触れたのは、薬で荒れてほんの少しざらつく弁慶の指先。
 知らず知らずの内に零れ落ちた涙を掬い取った指先は、そのまま望美の髪を優しく梳き始めた。

「でも…でも……」
 抑えていたものが崩壊してしまいそうだった。
 溢れ出した涙が止め処なく零れ落ちる。

「僕を好きだと言ってくれたことは、とても嬉しいんですよ。」
 ふわり…と抱きしめられて、望美は弁慶の胸へと顔を埋めた。
 冷えてしまった体に伝わってくる温もりが、嬉しくて…悲しい。
「できることなら…僕だって、君と共にいたい……けれど………」

 優しく背を擦る手。
 ぎゅっと弁慶の服を握りしめて、望美は泣きじゃくった。
 届いてもなお応えてくれないことが悲しくて……

「僕は帰らなくてはいけない。君は留まらなくてはいけない……最初から、叶わぬものなんですよ。」



 九郎のことも、望美の両親のことも、すべては言い訳だ。
 あの世界の歴史は、おそらく…この世界の歴史とは違う道を歩むことになるだろう。
 望美の両親にだって、弁慶ならば…うまく話してしまえるだろう。

 しかし、それは自分には許されぬことだ……と弁慶は自分に言い聞かせる。
 手折ってしまってはいけない…この清らかな少女を……


「さあ、もうお休みなさい。明日は早いのだから……」
 す…と体を離して、弁慶は微笑んで見せた。
「弁慶さん……」

 ――ああ……

 涙に濡れた瞳が、弁慶の胸を締め付ける。
「君の想いに応えてあげられなくてすみません……」
 お詫びにもならないでしょうが……そう囁いて、弁慶は顔を近づけた。

「え…あ……ッ…」

 頬に触れた掌に、肩をびくり…と震わせた望美が目を閉じる。
 掠めるように触れあっただけの唇は、謝罪の言葉だけを告げて……


 望美の頬を伝った新たな滴が、月光に輝く小さな十字架へ落ちて弾けた。



【6.結末】へ



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