忍者ブログ

よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

迷宮の果てに6~結末~【遙か3/弁望】

迷宮捏造ルートからの捏造京EDのための物語。
最終話。別れの日 決意 そして未来へ





1 選択





「弁慶さーん!」

 傾き始めた太陽が、横顔へと夕陽を届ける。
 吹き抜けた風に、揺れるのは長い髪。
 前方に見止めた姿に、望美は笑顔を浮かべて駈け出した。

 大切な人。
 とても優しくて、大好きな…人。

 ――いつだって…どこにいたって……

 望美に気付いて振り返った弁慶が、手を振り返す。
 それだけでも嬉しくて、彼女は走る速度を上げた。
 それは、いくつも…幾度も廻った末に辿り着いた…選んだ運命。
 これから…ここから始まるのだ。
 二人で歩いてゆく、未来への新しい道が。

「お帰りなさい。望美さん。」
「ただいまっ!」

 息を弾ませて駆けて来る少女へ、笑顔と共に向ける言葉。
 いつだって、彼女は前向きだ。
 強く、優しく、とても眩しい。

 そのまま弁慶の胸へと飛び込もうとした望美が、直前で躓く。

「うわっ!」
「望美さんっ!?」

 慌てて抱き止めると、苦笑いを浮かべた望美が顔を上げた。

 あの時、どうしてあんなに頑なになってしまっていたのだろう。
 これ程、愛おしいと…離れがたいと思っているのに。
 
 えへへ、と照れ笑いを浮かべた望美の髪を指で梳いて、弁慶は愛しい少女を抱きしめた。
 髪の間から見えるのは、聖夜に贈った首飾り。
 あの…最後だと思っていた夜、少女の涙に濡れた…銀の十字架。




*   *   *






 まだ観光客も参拝者もいない、早朝の鶴岡八幡宮。
 朝靄の残る境内には、望美と朔、八葉たち、そして白龍が集まっていた。

 今日で、あの世界から来た仲間たちは、元の世界へと帰ってゆく。
 幾度となく時空を超えて運命を上書きし続けてきた望美にとっては、長かった日々の終わりとも言えるだろう。
 雨降る学校の渡り廊下から見知らぬ異世界へと飛ばされた日が、遠い昔のことのように思えた。

 互いに交わされるのは別れの言葉。
 これから先、もう出会うことはないであろう。
 離れ行く先は、異なる…時空を超えた世界なのだから……


「望美、あなたに会えて本当に嬉しかったわ。ありがとう。」

 親友の顔に残る泣き腫らした痕に気付かないふりをして、朔が微笑む。
 昨晩、背中を押したのは自分。
 どうなったのか、何があったのか…とは聞くまい。

「朔、いろいろと本当にありがとう。」

 ぎゅっと抱きしめあって、望美は朔へと笑いかけた。

「遠く離れてしまっても、私たちは対の神子。きっと…どこかでつながっているって信じてるわ。元気でね、望美。」

 体を離して、朔は、とんっ…と望美の肩を叩く。

 ――朔ってば…気を遣いすぎだよ……

 胸の内で、望美は苦笑を浮かべる。
 逆らうつもりもない。
 望美は、朔に促されるまま…こちらへと視線を向けていた弁慶の方へと向かった。

「望美さん…」

 皆が、自分たちへ意識を向けていることは分かっている。
 望美は、一度深く深呼吸をした。

「弁慶さん、昨日は…あんなに泣いちゃってごめんなさい。」

 向けるのは笑顔。
 望美の、そんな態度が予想外だったのだろう…弁慶が軽く目を瞠った。

「私、多分最初からわかってたんです。弁慶さんが、ああいう風に言うって。」
「それは……」
「だって、私、知ってたから。弁慶さんがどういう人なのかって。」

 だから、何度も置いて行かれたのだ。
 だから、何度も追いかけたのだ。
 だから……きっと好きになったのだ。

「なのに、私…困らせちゃいましたよね。」
「君は……」

 きっと…部屋に帰ってからも、たくさん泣いたのだろう。
 泣き腫らした痕を残す目が、弁慶の胸を締め付けた。

「いいえ…君の気持ちに応えてあげられなくて、すみません。」
「……みんなと…弁慶さんと会えただけでも奇跡みたいなものなんだって、思うから……」

 弁慶の言葉に、望美は頭を振って笑う。
 出会えただけでも幸せだったのだ…と望美が告げた言葉を、弁慶はしっかりと胸に刻みつけた。


「あんたのことだから、攫ってくぐらいのことはするかと思ったんだけどね。」
「人聞きの悪いことは言わないでください。いくらなんでも、そんなことしませんよ。」

 横合いから掛けられたのは、からかうようなヒノエの言葉。
 振り返ることもなく、呆れるような言葉を返して…
 
 二人の掛け合いを合図としたかのように、白龍が告げた。

「神子、時空の狭間を開くよ。」

 皆が改めて別れを告げるべく向き合う。
 それを視界の端に映しながら、望美は両の手に力を込め握りしめた。


「弁慶さん。」

 決意を込め、望美は目の前に立つ男へ視線を向けた。
 正面から交わされた瞳。
 琥珀の色をした瞳の中に映っている自分の姿を見つめて、望美は別れの言葉を紡ぎ始める弁慶の声を聞いた。

「望美さん、これでお別れです。これまで……」

 出会った時から変わらない穏やかな声を、望美は遮って口を開く。
 そう。
 その穏やかさの中に、「本当」は覆い隠されていることを…望美は、もう知っていた。
 だから、望美自身が行動を起こさねば、何も変わりはしない。



「私、やっぱり一緒に行きます。弁慶さんと一緒に。」









2 未来へ





 最初は、信じてもらえなかった。

 異なる世界へ神子として呼ばれ、そこで大切な人たちに出会った。
 幾度も悲しい別れを繰り返し、何度も何度も時空を旅して…気づいたら抜け出せぬほどに激しい恋をしていた。
 気の遠くなるほどの運命の繰り返し。
 その壮大な物語は、どんなおとぎ話よりも非現実的で……けれど全てが現実であった。
 それが終わろうとしてる。

 昨夜遅く。
 ひとしきり泣いた望美は決意した。
 すでに眠りについていた両親をたたき起こして…全てを話した。
 自分が、明日…何を選ぶつもりなのかも。










 望美の爆弾発言は、全員を驚愕させた。
 帰る者たちだけではない……

「おいおい…」
「先輩っ!?」

 幼馴染二人も知らなかったのだろう。
 言葉を失って、全員が、望美を見つめていた。


「ダメだといったでしょう?」

 揺るがぬ決意を瞳に宿して見つめてくる望美へと、弁慶は諭すように昨夜の言葉を繰り返す。
 この平穏な世界から…望美を大切にしている両親から、連れ去るわけにはいかない。

「両親にはちゃんと話しました。全部話して、二度と会えないかもしれないけどって…」


 親不孝な娘でごめんなさいと、たくさん泣いた。
 けれど、別れも告げず黙って行くよりはいいと思った。
 両親との別れよりも、弁慶と二度と会えなくなることの方が…望美にとっては、より辛いものになっていたのだ。


「望美さん…君という人は……」

 眩暈がした。
 これまでも、無茶をする少女だとは思っていたが…
 望美の決意は変わらない。
 誰にも変えることなど出来ないのだろう。

「もし置いて行っても、白龍に頼んで追いかけて行きますからね。」

 望美の宣言に笑いだしたのは将臣。
 ここにいる中で、一番、望美の性格を熟知しているであろう人物だった。

「こりゃ、弁慶に勝ち目はないな。」
「兄さん!」

 まだ困惑したままの譲が非難の声をあげる。
 諦めろ、と将臣が視線で弟に告げる言葉。
 そして、譲は大きく息を吐いた。

「確かに、先輩は筋金入りの頑固者ですからね。」
「白龍を味方にしてるんじゃ、誰も敵いっこないさ。」



 ――将臣…くん、譲くん……

 いつだったか、二人に対して感じた、羨む心と嫉妬を思い出す。
 哀しげな表情で…「いつまでも三人一緒にいるんだって思ってたんです」と呟いた望美を思い出す。
 幼い頃から共に過ごしていたという三人。
 きっと、三人共…いつまでも一緒にいるのだと、どこかで思っていただろう。
 けれど、この場面でまさか……

 ――君を引き止める側ではなく、支持する側に回るとは…ね。


「分かりました。確かに勝ち目はなさそうですね。」

 肩を落として、弁慶は溜息をついた。
 状況を見守っていた他の者たちも、緊張が解けたように息を吐くのが聞こえた。

「けれど……君を疑うわけではありませんが……」

 望美は、両親には話したと言う。
 嘘を付いているとは思いたくないが…鵜呑みに出来ないのも確かだ。
 それに……

 訝しげな顔の望美へと苦笑を向け、弁慶は、まだ所持していた携帯電話を取り出した。

「この時間なら、まだ、ご両親とも家にいらっしゃるのでしょう?」
「え…あ、多分……」

 それならば…といって、ボタンを操作し始める弁慶に、望美は不安な顔をした。

「弁慶…さん?」
「弁慶、お前……」

 おそらく、望美の自宅へと電話をかけようというのだろう。
 困惑した顔で、九郎が横から口を挟もうとする。
 その傍で、なんとなくの予想がつくのだろう…ヒノエが面白くなさそうな顔をした。

「ふふっ、僕にもきちんと挨拶をさせてください。君を連れて行くことの…ね。」

 とんだ負けず嫌いだった。






*   *   *







「後悔、していませんか?」

 手をつなぎ、西へ沈み始めた陽の中を二人で歩く。
 便利な機械なんてない。
 どちらかといえば質素な薬師としての暮らしは、楽なものとも言えない。
 一度は治まった戦乱だって、いつ何がどうなるかだって分からない。
 けれど、この世界には、何にも代えがたいものがある。

「時々、寂しいなって思うことはありますけど…後悔はしていません。」

 共に、この世界で生きようと誓った。
 弁慶が取り戻したいと願った、応龍の加護が満ちる京。
 望美は、住み慣れた自分の世界で共に生きるより、弁慶が取り戻そうと足掻き続けていたこちらの世界で共に生きたいと思った。
 ずっと、何度も、時空を旅し続けた結果の選択だ。

「そう……ですか。」
「弁慶さん?」


 あの日、電話越しに、弁慶は望美の両親へと伝えた。
 大切な一人娘を連れ去ることへの謝罪と、幸せにするという誓いを。
 

「君を悲しませてしまっては、ご両親への誓いを破ることになってしまいますからね。」
「私は、幸せですよ。」

 つないでいた手を離し、望美は弁慶の腕へと自分の腕を絡めた。
 近くにいられるだけで、幸せだと思う。
 何度も、何度も、失った。
 追いつけなくて、幾度も、追いかけ続けた。
 けれど、今は、こんなに近くにいる。

 荼吉尼天に食われて…ほんの短い間とはいえ失っていた、いくつもの想い。
 愛しいという想いが返ってきた瞬間に蘇ったのは、失いたくない…共に在りたいという願い。
 
「弁慶さんと一緒にいられれば、私は、幸せです。」





*   *   *




 時折……望美が残してきた逆鱗を使って、将臣や譲が時空を超えてやってくる。
 両親からの手紙を携えて……
 だから望美は送る。
 この世界での生活を記した手紙と……幸せな姿を映した写真を。
 そのうち……増えた家族の写真も送ることになるだろう。
 逆鱗が……二つの世界を僅かに繋いでいる限り……


拍手

PR