なんでもない日常の【文アル・乱司書】 2020年11月23日 文豪とアルケミスト 0 日常の風景が書きたかったのに気付いたらよくわからなくなっていた一本。 前半と後半がなんとなく違う雰囲気なのは、書いた日がかなり開いているからです。 なんでもない日常の あぁ、またやってる……潜書した第一会派の様子を視ながら特務司書・本織沙理は苦笑を浮かべた。 江戸川乱歩を会派筆頭とした第一会派には、中島敦と新美南吉、そして島崎藤村が名を連ね、侵蝕された有碍書を浄化すべく侵蝕者と戦闘している状態なのだが…… 遭遇した敵を倒し先に進む途中で、突然、江戸川が中島へと声をかけたのだ。 嬉々として中島の二重人格について質問攻めを始める江戸川。迷惑そうに顔を顰め、しつこい!と声を荒らげる中島。二人の様子を面白そうに見守る新美と島崎。 中島は、戦闘中ゆえか裏の人格のままだったため、鋭い目付きで江戸川を睨み付けるが、そんなものはどこ吹く風。江戸川がそれくらいで怯むわけがなかった。 しまったなぁと沙理はため息を吐く。 付きまとう江戸川に鬱陶しそうな中島。そして、そんな中島に、今度は島崎が背後から声を掛けた。ねぇねぇ、今どんな気持ち?といつものように。江戸川のマントの隙間から顔を覗かせ新美が楽しそうに中島を見上げる。 完全に突っ込み不在の状態だ。島崎でなく徳田秋声を組むべきだったかと沙理が頭を抱えていると、不意に彼らの様子が変わった。ふざけていた空気が急に張りつめる。侵蝕者だろう。……恐らくは、最奥の。 沙理には何もできない。ここから――本の外から彼らを視ていることしかできない。両手を祈るように組み合わせ、彼らの無事を願うことしかできない。 皆の無事と勝利を願い、見守る。 初めの頃は彼らが傷付く度に泣いては困らせていた。いつしか、練度の高まった彼らが、ほぼ無傷で帰還するようになって泣くことも減った。けれど、いつだって不安でいっぱいなのだ。 「ショーのあとの静けさ……」 その言葉と共に、マントの黒と裏地の黒と青が目の前で翻る。いつも通りの変わらぬ笑みをたたえた唇。一度伏せられすぐ開かれた青い瞳が沙理を映した。 安堵に包まれホッと息を吐けば、江戸川が目を見張る。新見がクスクスと笑って江戸川と沙理を見上げてくる。島崎が緩く微笑のような表情を浮かべるようになったのはいつ頃からだろう。ただいまと中島が微笑んだ。 「あ、乱歩先生は補修室ですよ」 食堂へと向かおうとするのを呼び止め、くいとマントの端を掴む。 他の3人は無傷だが、江戸川が軽くだが攻撃を受けたのを沙理が見逃すはずがなかった。 表情の読めない江戸川の代わりに、新見がほらバレたでしょと笑い、中島が隠せるわけないでしょうと呆れ、島崎が気付かれてどんな気持ちと詰め寄る。 悪戯のバレた子供のような顔をして素直に従った江戸川は、中島たちと別れて沙理と共に補修室へと向かう。 チラと見た沙理の横顔に、隠そうとしたことに後悔の念が生まれた。 パタンと閉じる扉。まっすぐ前だけを見ている沙理。江戸川は、すっと手を伸ばして沙理の腕を引き寄せた。あっと零れた声。両腕の中へと閉じ込められた沙理がぽろぽろと涙を溢した。 あぁまったくこの人はと頭を撫で、並んで寝台へと腰を下ろす。 ごめんなさいと告げれば、泣き笑いが返ってきた。 すみませんと呟き涙を拭って立ち上がると、沙理は補修のための準備に取りかかる。 「乱歩先生、ゆっくり休んでくださいね」 「オヤ、ご一緒していただけないのですか?」 目を瞬かせた沙理はクスリと苦笑を浮かべて、江戸川の横たわる寝台の端へと腰かけた。 仕方ありませんね。と告げ、伸ばされた手を取り両手で包み込む。 満足そうに目を閉じる江戸川へとおやすみなさいと囁き、沙理は淡い微笑を浮かべるのだった。 PR