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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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冬の日の贈り物【遙か3/弁望】

京ED後 薬師夫婦
悩みに悩んだ神子の、弁慶への誕生日プレゼントとは?
冬の日の贈り物



 如月に入り、暦の上では春だというのに・・・まだ、雪の舞う寒い日々が続いていた。

 

 望美は、はぁっ・・・と両手に息を吹きかけ、ほんのすこし冷たさで赤くなった指先を擦り合わせた。

 この季節の洗濯物は、指が悴んでしまって・・・どうも時間が掛かって仕方がない。

 この、洗濯機も給湯器もない世界へ残って…初めて、毎日母親がしてくれていたことのありがたさを・・・実感した。

 

「そういえば・・・」

 

 庭にはためく洗濯物を腰に手を当て満足げに眺めながら、ふと思い出すのは近づいている大切な日のこと。

 この世界では、元日に皆一斉に年をとるから…生まれた日を祝う風習がない。

 けれど……

 

「どうしようかな」

 

 自分の世界だと、この季節なら手編みのマフラーだの手袋だの…というのが定番だ。

 しかし、そもそも望美は編み方だってよく分からないし、材料も調達しようがない。

 手料理…も、ちょっとはマシになったが…はっきり言って自信がない。

 欲しいものを聞いてみたところで、望んだ答えが返ってくるとも思えないし…

 完全に八方塞の状態だった。

 

 縁に腰掛け、後ろ手に身体を支えながら…大きくつく溜息。

 どうしたものか…と難しい顔をしていると……

 

「どうかしたんですか?」

 

 少し心配そうな、優しい声が掛けられて、望美は慌てて振り返った。

「弁慶さんっ!」

 

 そこには、朝早く往診に出かけていた愛しい夫の姿。

 いつの間にか昼前になっていたことに気付いて、思い出したように鳴く腹の虫。

「おや…?体調が悪いわけじゃあないみたいですね。」

 くすくすと笑われてしまって、望美は真っ赤になってしまう。

 

「お昼、これから作るんで少し時間かかりますけど、いいですか?」

 立ち上がり問う望美に、

「僕よりも、君のほうが我慢できなさそうですよ?」

 薬箱を縁に置いて笑う弁慶。

「もうっ!」

 頬を膨らませて、望美はそっぽを向いた。

 


 

 

 

   *   *   *

 

 
 

 

 

「弁慶さんの欲しいものってなんですか?」

 昼餉のあと。

 ほんの短い休息の時間…

 望美は、ふと尋ねてみた。

 

「欲しいもの…ですか?」

「はい」

 問い返されて大きく頷く。

 あまりに真剣なその瞳に、首をかしげながらも弁慶は答えた。

「ありませんね。」

 即答されて、望美は落胆してしまう。

 その不満そうな顔に、内心苦笑を浮かべながら弁慶は言葉を変えた。

「既に、一番欲しいものは僕のすぐ傍にありますから……これ以上を望むのは贅沢というものですよ。」

 手を伸ばし、傍らの望美を抱き寄せる。

「ズルイです…」

 やはり不満そうに、望美は頬を膨らませた。

「なにがズルイんですか?」

 眉を顰め問われて、望美は答えず首を横に振った。

「……なんでもないです……」

 

「う~ん……」

 どこかいつもと違う妻の様子。

 その理由には見当もつかない。

 弁慶は表にこそ出さないが、原因に考えをめぐらせていた。

 

「本当に、他に欲しいものってないんですか?」

「そうですね…」

 縋るように聞いてきた望美に、弁慶は少し考えてみる。

「この季節じゃ手に入らない薬草や、大陸の医学書なんかは、欲しいといえば欲しいですが…別に、今なくても困らないですし…」

 さすがに、弁慶にすら手に入れずらいものを、望美が手に入れるのは無理だろう。

 溜息をつき、肩を落してしまう。

 

「そうそう。」

 ふと、思い出したように弁慶が言って、望美は期待に顔を上げた。

「……」

 けれど、見上げた弁慶の顔に浮かんだ少し意地悪な笑みに、嫌な予感がする。

「ありましたよ、欲しいもの。」

「……なんですか?」

 警戒しながら問うと……

「きゃっ!」

 嫌な予感は的中して、いきなり床へと組み敷かれてしまった。

「僕と君との愛の証……子供です。」

 とても楽しげに見える微笑み。

 でも、冗談を言っている瞳ではない。

「こ、っ!こんな時間から、なに考えてるんですかっ!」

 じたばたともがいて、望美は弁慶の身体の下から逃げ出そうと試みる。

「君のことしか考えていませんよ?」

 もがけばもがくほど強く押さえつけられて…

「弁慶さんっ!」

 怒った素振りを見せても、放してくれそうになかった。

 

 確かに…自分でもなんとかできそうなものではあるけれど…

 ――ちがう!そうじゃない!

 あわてて思考を戻す。

 そもそも、昼日中から、こんなこと勘弁してほしかった。

 

「相変わらず仲のいいこったなぁ…」

 ふと、庭の方から聞こえてきた苦笑に、望美はようやく解放された。

「おや」

 近所の長老だった。

「若いもんはええのう。」

「どうかなさったんですか?」

 縁側へ出て、弁慶は訪れた長老に問う。

 望美は急いで乱れた着物を整えると、お茶を入れるべく立ち上がった。

 

 

「かん…せぎょう?」

 望美は首をかしげた。

 

 訪れた長老は、今夜「寒施行」に行くので、弁慶にも同行して欲しいと申し出たのだ。

 

「望美さんは、知らないんでしたよね。」

 長老が帰った後、弁慶は望美へと説明した。

「二月の最初にある午の日を『初午』と呼んで、伏見稲荷へお参りに行くんですが……

  その前後に、野山に棲む狐に握り飯や油揚げを施す行事があるんです。」

「……それが『寒施行』ですか?」

「そうです。冬の寒い季節には、野山の…狐をはじめとした動物たちが腹をすかせていますからね。

 特に、狐はお稲荷様のお使いですから……人々にとっては、その狐に供え物をすることで、稲の豊作を願ったりもするんですよ。」

「へぇ~」

 望美は感嘆の溜息を洩らした。

 

 元いた世界では、野生動物が住宅地にやってきて畑を食い荒らしたり人間を怪我させたりしていた。

 ――この世界では、人間と動物が、ちゃんと共存できてるんだ……

 

「それで……弁慶さんも一緒に行くんですか?」

「はい。行ってこようと思います。」

 微笑み、頷く弁慶に、望美も笑顔がこぼれる。

「じゃあ、狐さんたちの御飯、準備してあげないといけませんね。」

 言いながら立ち上がろうとした望美に、

「それはいいんですよ。ちゃんと、準備してくれてるみたいですから。」

 慌てて弁慶は制止の声を上げた。

 現時点での望美の料理の腕に任せてしまったら……野山の生き物たちの数が激減してしまいかねない……

 そんな、本人が聞いたら激怒しそうな考えが、弁慶の脳裏を過ぎったのだ。

「そうなんですか?」

「ええ。でも…数年もしたら、君にも手伝ってもらわないといけない日が来るかもしれませんね。」

「その時は、腕によりを掛けて…狐さんたちに、心を込めた御飯を作りますね。」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局……

 寒施行だの、急患だの…毎日の忙しさでバタバタしているうちに、時間は慌しく過ぎてしまって。

 気付いたら誕生日当日になってしまっていた。

 

「あぅ~」

「そんなところで寝転がらないで。」

 

 夕方まで弁慶が帰ってこないから…と、望美は、久しぶりに京邸の朔の元へやってきていた。

 折角の誕生日だと言うのに、愛しい夫は仕事で家にいない。

 それどころか、結局、贈り物を決めることができないでこの日を迎えてしまった。

 望美は、かなりグレ気味で朔の部屋の中を、ごろごろと転がっていた。

 

「だって…何あげればいいか分からないままなんだよ?」

 がばっ!と身を起こして、望美は朔へ詰め寄った。

「この世界では、生まれた日を祝う風習はないんだもの、別に構わないんじゃない?」

「構わなくない!」

 不機嫌に頬を膨らませ、望美はまた床に転がってしまった。

 

「そんなに何か贈り物がしたいなら、転がっていないで…市にでも行ってきたら?」

「……朔、付き合ってくれる?」

 のっそり…と身を起こして、縋るように朔を見る望美。

「――……仕方ないわね……」

 

 

 

「う~ん…何がいいんだろう……」

 露店をあちこち覗き込みながら、散策する。

「ね、朔。何がいいと思う?」

「あなたからの贈り物なら、なんだって喜んでくれるんじゃないの?」

「……だから困ってるのに……」

 頬を膨らませ、望美は髪飾りの行商人の露店を覗き込んだ。

 

 ――と、その時。

 

「……っ!」

 不意に込み上げてきた吐気に、望美は慌てて道端へと駆け寄りしゃがみこんでしまった。

「ちょっと、どうしたの!?」

 驚いて駆け寄る朔。

「だ、大丈夫…」

「大丈夫じゃないでしょ!」

 抱え起こし、強がる望美を叱り付ける。

 

「……食べ過ぎたのかなぁ……」

「はぁ……」

 まるっきり無自覚な望美に、朔は大きく溜息をついた。

「望美…」

「大丈夫だから……っ!」

 再び吐気がこみ上げて、望美の言葉は説得力を持たなかった。

「とにかく、帰りましょう。」

 ここからだと、京邸よりも五条の…弁慶と望美の家の方が近かった。

 少しふらつく望美の身体を支え、朔は五条へと歩き出した。

 

 

「ごめんね、朔」

「謝らなくていいのよ。それより……」

 俯いてしまった望美の肩を抱き、朔は優しく微笑んだ。

「――……弁慶殿への贈り物を買う必要…ないみたいね。」

「え?」

 朔の言葉の意味が分からず、望美は目をぱちくりさせる。

「自分で分からないの?」

「えっ?何?」

 あまりの鈍感ぶりに、朔は、額に手を当てて肩を落してしまった。

「おめでとう。」

「おめでとうって?…………えっ!」

 ようやく事の次第を理解して、望美は真っ赤になって自分の下腹部へ掌を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日は、弁慶さんの生まれた日なんですよね?」

 帰宅した弁慶に、早速誕生日のお祝いを言う望美。

「……そうらしいですが……それが?」

「おめでとうございます。」

 微笑む望美に、

「ああ、そういえば…君のいた世界では生まれた日を祝う風習があったんでしたっけ…」

 弁慶は思い出したように笑みを浮かべた。

「それで……ずっと、どんな贈り物をしたらいいか悩んでいたんですけど……」

「……それで、このあいだから、何が欲しいか聞いていたんですか。」

「はい。

 でも……結局、何を選べばいいか分からなかったんです。」

 俯いてしまった望美の肩をそっと抱き、

「君がいてくれるだけでいいんですよ。だから…そんなに沈んだ顔をしないで…」

 弁慶は優しく微笑みかけた。

「……弁慶さんは、きっとそう言うだろうって…でも……」

 顔を上げ、望美は頬を染めながら、見惚れてしまいそうな笑顔を見せた。

「望美さん?」

「実は、買い物に出た市で、とても素敵な贈り物を見つけてしまったんです。」

 肩に触れていた弁慶の手を、望美はそっと両手で包み込んだ。

 導かれ、弁慶の掌が望美の下腹部へと触れる。

「ここに……」

 ゆっくりと、弁慶の瞳が見開かれる。

 

 ふわり…と腕の中へ抱き込まれ……

「何より一番嬉しい…贈り物です」

 優しく囁いた唇が、いとおしむように幾度も重なった。

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