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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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常盤の祷り【遙か3/弁望】

ゲーム中
「常盤の月」を聞きながら書いたお話
白い弁慶さんに挑戦して、結局白くなりませんでした…


常盤の祷り



 息を吐いて、弁慶は夜空に浮かぶ月を見上げた。
 青白く世界を見下ろす姿は、今も昔も変わらない。
 この世界が、どれだけ乱れようとも、その美しさは何も変わらない。

 目を閉じれば、瞼越しに満ちた月は光を届ける。
 それを遮るように腕で目を覆うけれど……閉じた瞼の裏に残る彼女の姿に、弁慶は再び溜息を吐いた。

 異世界より現れた神子は、あの月の如く――それが神子の資質なのだと言わんばかりに、万人にその優しさを向ける。
 誰よりも、彼女自身が一番辛いだろうに……

 ――それを強いたのは僕……か。

 胸の内で呟き、月光を避けるのを諦めて空へと目を向ける。

 じっと、ただ世界を見守るように浮かぶ月。
 全てを見透かし、責めてくるようで…胸が痛む。

「許されないことなど…分かっています。」

 誰に言うとでもなく、言い訳のような言葉を唇に乗せて自嘲の笑みを浮かべる。

 神子が怨霊を――穢れを浄化させるのならば……その力で己も浄化してしまってくれればいい。
 全て――この身すら、その清らかな手で消し去ってくれればいい。
 そうすれば、この灯ったばかりの想いも共に消えてしまうだろう。
 その方が、彼女のためになる。
 こんな感情……この穢れた自分が抱いていい筈などない。

 それなのに……

 頼られれば、助けたい。
 否、頼られなくても…助けたい。
 少しでも慰めになりたい。
 守りたい。
 そして――
 優しさに縋ってしまいたくなる。

 ――これほど弱い人間だったかな……

 ふぅ…と息を吐いて、弁慶はそのまま縁に背を預けた。
 庇の先から、それでも月は彼を見下ろしてくる。
 逃れる場所などないのだとでも言うように。

「そんな瞳で見ないでください……」

 じっと――探るように、そして全てを見透かすかのように真っ直ぐ見つめてくる彼女の瞳を思い出して、ごろり…と身を横にした。
 少なくとも視界から月は消え、ほんの少し安堵する。

「……望美さん……」

 小さく囁かれた名は、庭で啼く虫の声に紛れて消えた。




   *   *   *





 呼ばれたような気がした。

 現実で…なのか、それとも夢の中だったのかなんて分からない。
 けれど、絶対に誰かに名を呼ばれた気がして、望美は身を起こした。
 夜も深い時間の筈だ。
 けれど、外から僅かに差し込む月明かりが、思ったよりも明るかった。

 ――あ、そう言えば今夜は満月なんだっけ……

 少し寝乱れた髪と夜着を整えて、望美は部屋を出た。
 呼ばれた気がしたのは、本当に気のせいかもしれないけれど……
 どうしても「気のせい」などと無視してしまえなかった。

 素足に床の感触が、ひんやりと伝わる。
 肩から羽織った衣だけでは、夜更けの冷えた空気には少し肌寒い。
 何かの当てがあるわけでもないけれど、望美は、歩を進めた。
 自分でも、どこへ向かっているのか自覚がない。
 ただ、思ったまま歩いているだけ。

 さわさわと風が通る。
 上げた視線の先で、満ちた姿を惜しげもなく晒す月が、眩しい程の光を地に届けていた。

 ――綺麗だな……

 こんな夜なのに――
 否、こんな夜だからだろうか。

 ――あの人は、どうしてるんだろう……

 脳裏を過ってゆくのは、いつも浮かべられた穏やかな微笑み。
 一人で全て背負って沈んでいってしまう危うい人。
 あの優しさに何度騙されただろう。
 今度こそは……と、何度繰り返してきただろう。

「弁慶さん……」

 祈るような想いで、望美はその名を唇に乗せた。
 せめて、こんな夜だけでも……心から穏やかでいて欲しいと願いながら。





 ――あれ?

 先の渡殿に影のわだかまりを見つけて、望美は足を止めた。
 誰かがいる。
 そして、きっとその誰かは……

 ――弁慶さんだ。

 何故だか、それだけが分かった。
 他の誰かかもしれないなどという思考は過ることもなく、ただ、直感的にそう思った。
 少し足を速め、望美はそちらへと向かう。
 気配に敏感な彼のことだ、近づけばすぐに気付かれてしまう。
 だから、できる限り気配を消す。
 気付かれれば、姿を消してしまうかもしれない――そんな人だから。




   *   *   *





 不意に吹き抜けた風が雲を連れてきた。
 月は雲に姿を隠し、ほんの一時の闇を呼ぶ。

 僅かに人の気配を感じ取り、弁慶は閉じていた目を開いた。
 床が小さく音を立てて、慌てたように息を殺す様に、近付く者の正体を知り綻ぶ口元。


「望美さん、何か御用ですか?」

 流されていった雲の向こうから、月が再び姿を見せる。
 ゆっくりと身を起こしながら問えば、視線の先で驚きに目を見開いた少女が戸惑うように佇んでいた。

 逃げようか。
 留まろうか。
 それとも、傍へ行こうか。

 視線を彷徨わせ迷う様子が可笑しくて、くすくすと零れる笑い。
 肩を震わせ小さく笑う弁慶に、望美は頬を染めた。

「笑うなんてひどいです。」

 拗ねるように呟いて、結局、弁慶の隣へと望美は座り込んだ。

「君が、まるで猫の仔のようだったから……」
「猫…ですか?」

 弁慶が頷けば、望美は眉を寄せ考え込むように首を傾げた。
 その横顔を見つめながら、ほんの少し前のことを思い出す。
 まるで、彼女は……弁慶の呼び声に応えるように姿を見せた。

 ――何を考えているんだ……

 そんなわけがない。
 ただの偶然を、勝手に解釈してどうする――と自分に言い聞かせて、弁慶は改めて口を開いた。

「ところで、こんな夜更けにどうかしたんですか?」

 弁慶の問いに、望美は目を瞬かせた。
 どうしたと聞かれても、よく考えてみれば自分でもよくわからない。
 理由は、あるといえばあるのだけれど……

「誰かに、呼ばれたような気がしたんです。」

 真っ直ぐに弁慶の瞳を見つめ、その琥珀に自分の姿が映っているのを見ながら、望美は正直に答えた。
 嘘を吐く理由も、隠す理由もない。
 誰に…と問われてしまえば返答に困ってしまうけれど、呼ばれた気がしたのは本当だから。
 不意に弁慶の瞳が大きく見開かれたことに、望美は目を瞬かせた。

 ――え?

 どうしたのだろう……と覗きこめば、突然、弁慶は目を逸らす。

「弁慶さん?」

 名を呼んでも、彼は望美の方へは視線を向けず……何か考え込むように、目を閉じてしまった。

 ――私、変なこと言ったかなぁ……

 少し不安になって、じっと、弁慶の横顔を見つめる。


「――望美さん。」

 ふ…と優しい笑みを浮かべた弁慶が振り返り、突然のことに望美の鼓動が高鳴る。
 今度は、望美が視線を逸らす番だった。

「君は神子だから、もしかしたら本当に誰かが君を呼んでいたのを聞いたのかもしれないけれど……」

 弁慶の声は望美の耳に心地よく響く。

「こんな時間に、そんな格好で、一人で出歩くものではありませんよ。」

 優しい声。
 穏やかな口調。
 けれど……
 その言葉は容赦なく、不用心過ぎる望美を叱責するものだった。

「ご…ごめんなさい……」

 怒られて当然のことだと分かっていたから、跳ね返るように弁慶を振り返り望美は反省の言葉を口にする。

「すぐに部屋に戻ろうって思ってはいたんですけど……弁慶さんの姿が見えたから、つい。」

 はぁ……と胸の内で弁慶は溜息を吐いた。
 どうしてこの少女は、この胸に惑いを生むような言葉ばかり告げてくるのだろう。

「……顔を上げて。」

 いつまでも項垂れたままの少女へと言葉を掛ければ、恐る恐るといった感じで望美は顔を上げた。

「怒っているわけではないんです。ただ……君にはもう少し、気をつけて欲しいだけなんですよ。」
「はい。」

 頷いた望美から視線を外し、弁慶は空を見上げた。
 月は変わらず世界を見下ろしている。
 ふと、弁慶は、望美が姿を現す前に考えていたことを思い出した。

「ねえ望美さん。」

 月を見つめながら、傍らで同じように月を見上げ始めた望美の名を呼ぶ。

「君は、辛くはないですか?」
「え?」

 突然の問いかけに、望美は弁慶を振り返った。

「異なる世界から来て、神子としての役目を与えられて、戦場に出ることを余儀なくされて……」

 ――戦うことを強要したのは、この僕だけれど……

「君は穏やかで平和な世界で生きていたのに、辛くはないですか?」

 月光を受け、淡い色の髪がキラキラと輝くのに望美は見惚れてしまった。
 振り返り視線を合わせてくる弁慶の、どこか辛そうな瞳に胸が痛い。

 ――どうして弁慶さんがそんな顔するの?

 哀しくなって、望美は首を横に振った。

「この世界に来たのは、確かに自分の意思じゃないですけど……」

 一度は皆を失った。
 目の前で大切な人を失った。
 ずっと足掻いてきた。

「神子でいるのも、戦うのも、私が選んだことだから。」

 だから、辛いなんて思わない。
 それよりも……

「私が辛いのは。」

 望美は、そっと手を伸ばす。
 全てを背負ってしまおうとする人へ。
 大切な……愛しい人へ。

「弁慶さんが、そんな風に辛そうな目をしてることです。」

 指先が頬に触れた途端、弁慶が僅かに身を引いて……望美の手は虚空を彷徨った。

 ――やっぱり、届かないのかな……

 ちくり…と痛んだ胸。
 小さく微笑んで、望美は再び月へと視線を向けた。

「私、大丈夫ですから。」

 そのまま告げる。

「私、弁慶さんが思ってるほど弱くないつもりですから。」

 だから――
 どうか、一人で全部背負い込まないで欲しい。
 どうか……
 この想いが、いつか届きますように。
 そう胸の内で祈りながら、望美は輝く望月を見つめ続けた。



 僅かに触れた少女の指は、優しく温かかった。
 けれど。
 否、だからこそ、望美が自分に触れることは駄目だと思った。

 一瞬、望美の瞳に寂しげな色が宿ったことには気付いたけれど……
 それに応えることも、その寂しさを癒すことも、出来るはずなどない。

 月を見上げながら告げられる言葉は、きっと、彼女の心の強さ。
 そして、言葉の裏には、心配しないで…という思いが隠れている。

「そうですね。」

 ――本当に、君は強い……

 同じように月を見上げるふりをして、弁慶は望美の横顔を盗み見る。

 ――……ッ

 月の光を浴び、白く浮かび上がる横顔は神秘的でさえあって。
 騒ぎ出す鼓動を……胸の内に根付いてしまった想いを、もう消してしまうことなど出来ないのだと気付いた。

「けれど、僕は君の八葉なのだから……」

 ――どれだけ君が強くても……

「君のことを傍で守る役得くらいは、許して下さいね。」

 甘い声色で告げて、慌てて振り返った望美の頬が朱に染まっているのを認め、弁慶は微笑んだ。

 全てが終わる時までは、せめて傍にいたい。
 愛らしい笑顔の見える場所に……
 そう胸の内で祈りながら、弁慶は月を見上げる。
 あの月が夜を見守り続けているように、どうか――
 この少女を守るための力を……この身に……


おわり

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