とまどい~油断は一生の不覚~【スレイヤーズ/ガウリナ】 2010年05月01日 スレイヤーズ/ガウリナ 0 風邪を引いて寝込んだリナとガウリイのお話 とまどい~油断は一生の不覚~ それは―― きっと 一生の不覚 一体、何年振りだろう。 思考が、ぼうっとしている。 ――油断したわ…… 窓の外は、きらきらと太陽が輝いている。 とてもいい天気だ。 きっと、気候だって、ぽかぽかといい感じなのだろう。 ……が。 ――寒い…… 背中を這い上がってくる冷気。 ああ、これは風邪だ。 ぼぅっとした思考で、リナは判断した。 ちょっと、無理をしすぎたか。 ここ数日の自分の無茶っぷりを思い返し、苦笑を浮かべる。 ――仕方ない……か。一日寝てたら治るでしょ。 そう諦めて、意識を闇へと沈める。 体が求めてくる休息へと、身を委ねた。 いい朝だ。 朝から、ぽかぽかと、暖かな日差しが穏やかに降り注いでいる。 ガウリイは、部屋の窓を開けて大きく伸びをした。 「朝飯、何食おーかなー」 呟いて、踵を返す。 隣室のリナに声を掛けて、階下の食堂へと向かわなければいけない。 「リナ~」 ノックをして声を掛ける。 「あれ?」 もう一度、今度は強めにドアをノック。 「先に行ったのか?」 頭を掻き呟いて、ガウリイは踵を返そうとした足を止めた。 ――まてよ…? 部屋の中に、人の気配はあるのだ。 それは間違いなく、感じなれたリナの気配。 まだ寝ているのだろうか…と思い直し、ガウリイは再び声をかけてドアをノックした。 「リナ?」 これだけ戸を叩き声をかければ、いくら何でも起きてくるはずだ。 何か……あったのだろうか? 「――ッ!?」 不安と焦燥に襲われ、ガウリイはドアノブを回す。 内側から鍵が掛かっているのだろう。 当然といえば当然だが、今は、それが余計に不安を煽る。 ――くそッ ガチャガチャと乱暴にドアノブを回しているうちに、不意に鈍い音が耳に届いた。 鍵が壊れたのか、空回りしたのに気づいて、ガウリイは急いでドアを開く。 「リナ!」 名を呼びながら部屋へと飛び込み室内を見回せば、部屋の中央あたりにある机の上に散らばる 本とペンとインクと羊皮紙。 頭の片隅で、ここ数日リナが何やらレポートを書いていたことを思い出す。 窓にはカーテンが掛かっていて、外の明るい日差しは安物の野暮ったいカーテンで完全に遮断 されていた。 壁際に設えられたベッドへと視線をめぐらせて見れば…… 「リナ?」 布団を被り、少し荒い呼吸をしながら眠るリナの姿が、そこにあった。 一度瞬きをする。 もう一度、今度は二度瞬きをして、ガウリイはようやく我に返った。 「リナ?」 ベッドへと歩み寄り、そっと体を揺り動かす。 布団から覗く顔が、心なしか赤い気がした。 伝わってくる体温は、布団越しでも熱い。 ――え? 試しに額に手を当てて、ガウリイはあわてて手を引いた。 熱がある。 それも、結構高い熱だ。 「リナ、リナ!」 強く揺さぶって声をかけると、億劫そうにリナが瞼を上げた。 「うるさい、わよ。ガウリイ……」 少し掠れた声が、不機嫌そうに響いた。 「いや、だって、お前、熱。」 「だから寝てるの。」 うろたえるガウリイの言葉へと、熱で潤んだ目で睨み返し、リナは一言だけ返して布団にもぐ りこんだ。 「いや、だから、リナ……」 「静かにしてて。」 不機嫌な声がくぐもって聞こえた。 焦燥が、ガウリイの中で爆発する。 「い、医者呼んでくるからなッ!」 大丈夫だから放っといて…と。 リナがそう告げる暇もなく、ガウリイは、そう言い残して部屋を――宿を飛び出していった。 ――まったく…大げさなんだから…… 風邪のせいではない頭痛に頭を抑え、リナはため息をついて布団から顔を出した。 ぼぅっとした頭、揺れる視界。 カーテンの隙間から差し込んだ日差しが、天井にゆらゆらと影を作っていた。 「自分の体調くらい、自分で分かってるわよ!」 小さい子でもあるまいし…… ガウリイが連れて帰ってきた医者に、「疲労による風邪」だと診断されて、リナはやっぱりそ うだったかと納得する。 ここ数日、魔道士協会に提出するレポートで、連日徹夜していたのだから当然だ。 それが分かっていたから、一日寝て、しっかり食べれば治ると思っていたのだから。 「でも……」 「でももへったくれもない。」 ベッドに座って、リナは傍らの椅子に座って、心配そうな顔をするガウリイを睨んだ。 ――ああ、もう! 「あたしは寝てるから、あんたは一日ゆっくり過ごしてなさい。」 「だけど……」 「うるさい。」 そう告げて、リナはガンッ、と医者に出された薬を飲んだ後のカップをサイドテーブルに置く と、再び布団にもぐりこんだ。 「リナ~…」 ガウリイが呼ぶが、無視。 正直、今はゆっくり寝ていたかった。 それに、傍で心配そうに見ていられるのも鬱陶しかった。 「……オレ、何か食べやすいものとか買ってくる。」 言い残し、ガウリイが部屋を出て行く気配がした。 こっそりと息を吐く。 ゆっくりと、意識が沈んでゆく。 まどろみから、眠りへと変わってゆく。 ――熱い… 怒鳴ったせいで熱が上がったかもしれない…などと思いながらも、思考は現実と夢を彷徨い始 める。 とりとめないものが、頭の中を過ぎてゆく。 いつだったか、こんな感覚を経験した気がする。 ――ああ、そうだ。あれは…… 思い出したのは子供の頃のこと。 両親が旅に出てしまって、姉と二人きりで留守番をしていた日のこと。 熱を出した幼いリナに、ルナがつきっきりで看病してくれた。 決して、妹を甘やかすことのなかった姉。 当然、病人の我儘…なんて聞いてはくれなかったけれど…… 早く治しなさいと、小言じみたことを言いながらも、ずっと傍にいてくれた。 ――なまっちゃったかしらね… 体調の管理はできているつもりだった。 それも含めて、姉からしごかれたのだから。 だから、ちょっとやそっとで、熱を出すなんて思ってもいなかった。 ひんやりとした何かが触れた気がした。 それは、あの日の記憶の中のものだろうか…… ふ……と意識が浮上する感覚。 最初に天井が見えた。 そして、額に冷たいものが当たっていることに気づく。 ――あれ? 「目、さめたか?」 聞こえた声に視線を巡らせると、ホッとした顔のガウリイ。 「少し顔色良くなったな。」 言いながら、差し出されたのは、湯気の立つカップ。 「冷める前に目覚ましてよかった。」 状況の飲み込めていないリナが身を起こしてみれば、布団の上にタオルが落ちてきた。 摘み上げれば、ひんやりと濡れたそれに、先ほどまで額に乗っていたものの正体に気づく。 ――え……っと 促されるまま、リナはカップを受け取った。 ガウリイはそれを満足そうに見守り、今度はテーブルからトレイを持ってくる。 「宿のおばちゃんが作ってくれた」 リナから飲み干したカップを取り上げて、代わりに目の前にトレイを置く。 その湯気の立つ粥と、ガウリイとを見比べて、リナは小さく息を吐いた。 「食欲、なかったか?」 おろおろとしだしたガウリイが、顔を覗き込んでくるのをじっと見つめ…… リナは、粥を指差した。 「食べさせて」 「は?」 決してリナの口から聞くことなどない言葉に、ガウリイは耳を疑い聞き返す。 目を瞬かせて見つめ返せば、少し頬を膨らませたリナが拗ねたように呟いた。 「あんたはあたしの保護者でしょ?だったら、それ位してくれてもバチ当たらないじゃない。」 悪いものでも食べたのか。 それとも寝ぼけているのか。 あるいは、これが夢なのか。 そんな風にガウリイの脳裏を、いくつかの可能性が過ぎるが、少なくとも逆らうことは得策で はないと判断して、リナの言うことに従う。 驚きと、少しばかりの優越感を感じながら…… 窓の外から、明るい日差しがカーテンの隙間を抜けて差し込んでいた。 昨日とは打って変わって、気持ちのよい目覚めだ。 上体を起こし、リナは大きく伸びをした。 「よし。全快!」 一応、今日一日、ゆっくりと体を休めようか……などと思いながら視線を巡らせると、視界の 端に飛び込んできたのは金色の塊。 ――そういえば…… ちょうど一日前、大パニックになっていたガウリイのことを思い出す。 あれから、ずっとついていてくれたのかと思うと、自然と微笑が浮かんできた。 ――ありがと。 言葉にできるほど素直じゃないから、胸のうちでだけ告げる言葉。 なんだか、とてもうれしいと思った。 けれど…… ――ちょっと待て、あたし。 不意に思い出したのは、昨日眠ってしまう前のこと。 ――なんか、あたし、とんでもないこと言わなかったっけ? いつもならば絶対に言わないことを言った気がする。 どうしようもないくらい恥ずかしい。 どうか…… どうか、この物忘れの激しい相棒が 昨日の出来事を忘れてくれていますように その祈りが聞き届けられたのかどうか…… 少なくとも、その後、目を覚ましたガウリイが、そのことについて触れることはなかった。 PR