とまどい~選択は反則負け~【遙か3/弁望】 2010年03月16日 遙かなる時空の中で3 0 夢小説(名前変更あり)で公開していた作品です もったいないんで、名前固定(望美)でこちらにも… 迷宮。 現代に来てすぐ位の、弁慶さんの現代服に慣れなくて戸惑いまくる望美さんの話。 とまどい~選択は反則負け~ 玄関に誰かが帰宅した気配がして、将臣がテーブルに放置して行った雑誌を眺めていた弁慶は顔を上げた。 帰宅したら、ほとんどの者が居間へと顔を出すことが多いから、すぐに誰が帰ってきたか分かるだろう…と、再び雑誌へと目を落とす。 この世界へ来て早数日。 早いうちに馴染んでしまった者もいれば、未だ少し戸惑いながら日々を過ごす者もいる。 おそらく、弁慶は早々に馴染んだ部類に入るのだろうか…… 部屋に籠っている者、出掛けてしまった者もいる中、今日は珍しく居間には弁慶だけがいた。 雑誌には、別に興味のある内容が書かれているわけでもなく、置きっ放しになっていたから手に取っただけだが、この世界のことを知るためには役立つだろうと文字を追っていると、予想通り居間の扉が開いた。 「ただいま~……じゃなくて、お邪魔しま~す!」 聞こえてきたのは望美の声。 彼女の家はこの有川家の隣だが、弁慶たちがこの世界に来て以来、ほぼ毎日訪れる。 「おや、お帰りなさい」 ソファに腰掛けたまま肩越しに振り返って、弁慶は居間へと入ってきた望美へと声をかけた。 きょろきょろと室内を見回した望美の目が声の主を見止めて…… 「っ、弁慶さん!」 素っ頓狂な声を上げた挙句、あたふたと視線を泳がせ……手にしていたカバンを取り落とした。 「望美さん?」 驚かせてしまったか…と弁慶がソファから立ち上がり、扉の前に立ったままの望美の方へと歩み寄ってみれば、 「あ、いえ、何でもないです」 一瞬弁慶の顔を見て、視線はすぐに伏せられた。 けれど、今度は胸の辺りで視線が彷徨っている。 ――望美…さん? 「何でもない…といっても、顔が赤くなっています。」 熱があるのではないか……と、測るために伸ばした手は、慌てて望美が後退したことで空を切る。 「だ、大丈夫です!」 言いながらも、望美の視線は床と弁慶との間を彷徨っていた。 何やら様子がおかしい。 弁慶は、その落ち着きのない少女の様子に眉を顰める。 あちらの世界にいた頃なら、望美は、誰に対してでも真っ直ぐ視線を合わせて話す少女だった。 それなのに、このところそんな彼女の姿を見ていない気がする。 ――そういえば…… 思い返してみれば、数日前から望美の様子がおかしかった。 あれは、そう…… 望美たちが皆の服や生活道具を買い出しに行った日だ。 初めて袖を通した衣が自分に合っているのかどうかを確かめたくて、弁慶は戸惑いながら望美へと声をかけた。 けれど―― 弁慶の姿を目に止めた次の瞬間、彼女は不意に視線を逸らしたのだ。 あまりに不自然な様子に名を呼んでみれば、僅かに視線を泳がせて、望美は「なんでもないです…」と呟くように告げ、慌てて朔の傍へと行ってしまった。 その、まるで逃げるかのような望美の様子を思い出し、弁慶は眉を顰めた。 あれ以来、彼女とはまともに顔を合わせていない気がする。 ――避けられて…いる? 一体、どうしたというのだろう。 考えてみても答えが出てくるわけでもないが…… 弁慶は、じっと望美を見つめながら考え込むように額へと指を当てた。 ―― 朔殿や将臣くんは…何かを知っている風だったな…… 望美の様子を笑いながら見ていた将臣。 視線を感じて振り返れば、慌ててそっぽを向く望美と、そんな親友の様子に苦笑を浮かべる朔の姿があった。 「望美さん。」 「何でもないです。」 はあ…と弁慶は溜息を吐いた。 「僕は、何か君に嫌われるようなことをしましたか?」 「え!?」 その言葉に、望美は、慌てて顔を上げて弁慶の顔を見つめた。 そして、すぐに首を横に振る。 「では、何故君は、僕を真っ直ぐ見てくれないんですか?」 望美は、誰に対してでも真っ直ぐに目をみて、言葉を交わす娘だ。 けれど…… 「そ、それは…その……」 再び床に視線を落して、望美はスカートの裾を弄り出した。 俯いたせいで表情は全く見えないが…髪の間から覗く耳が、ほんのり朱に染まっている。 ――い、言えない…言えないよ…… 胸の内で繰り返して、望美は一歩後ろへ下がった。 「望美さん?」 「何でもないんです!」 もう何度目か分からない言葉を置いて、望美が居間を飛び出した。 「望美さん!?」 驚いて名を呼んでも、足音は遠ざかってゆく。 大きく溜息をついて、弁慶はソファへと腰を下ろした。 一体、どうしたというのだ。 ソファの背に頭を預ければ、視線の先には浩々とした照明。 眩しいと思いつつ手を翳せば、感じるのは、まだ慣れない袖の感触。 体に合うように作られたこの世界の服は、とても動きやすいと思った。 ようやく馴染んできたけれど、何となく、まだ違和感はあった。 譲に聞いてみても、別におかしくはないという。 おかしいどころか、似合い過ぎだと将臣には笑われた。 この服を選んだのは、望美と朔なのだと聞いたが…… 伏せて置いたままだった雑誌を手に取り、ページを繰る。 何にも頭に入ってこなかった。 ただ脳裏には、先程の挙動不審な望美の姿だけが残っていた。 バサリ……と、机に雑誌を置いて――弁慶は、はぁ…と溜息を吐いた。 ――どうしよう、どうしよう… 胸の内で繰り返しながら、望美は朔がいるはずの和室へ急いでいた。 いい加減落ち着けと自分に言い聞かせるけれど、そんな簡単にいくものなら今こんなに困っていない。 「朔~!!」 飛び込むように襖を開ければ、片付けものをしていたらしい朔が目を見開いて望美を見つめていた。 「どうしたの?望美。」 「朔~、どうしたらいいと思う?」 目を瞬かせて、朔は望美の言わんとしていることを考える。 そして、ああ…と思い当った。 これで、一体何度目だろうか……と冷静に頭の片隅で考え、朔は小さく溜息を吐いた。 「なあに?まだ、そんなこと言ってるの?」 「だって…」 ピンク色に染まった頬を膨らませて、望美が唇を尖らせた。 「あなたが、絶対に似合うと言ったのでしょう?」 「そ…それは……」 そうだけど…と呟いて、望美は溜息を吐いた。 「まさか、あそこまで似合うなんて思わなかったんだもん…」 反則だよ! と、床に突っ伏して、握った拳で畳を叩く。 あの日、八葉たちの服を選びに行って……将臣に任せておけば無茶苦茶な選び方をするからと朔と共に率先して選んで掛った皆の服。 店頭で見つけたスーツが、きっと弁慶に似合うだろうと、普段行かない紳士衣料店で妙に高いテンションのまま購入した。 そして―― 「望美、あなた…他の皆にはちゃんと似合っていると言ってあげたのに、まだ弁慶殿には何にも言っていないのでしょう?逃げてばっかりで……」 「む…無理……」 「望美?」 「そんなこと直接言えるわけないよ!直視もできないのにっ!!!」 はぁ…と朔は隠すことなく大きく溜息を吐いた。 「けれど、いつまでも逃げているわけにはいかないでしょう?」 町を、色々と調べて回らなければならないのだ。 そんなこと言っているわけにもいかない。 「だけど…」 「望美。」 名を呼ばれ、望美は、ぐっ…と押し黙った。 朔の言うことはもっともだ。 それは分かっている。 けれど……… ――顔見る分には、大丈夫なのに…… 「どうして、弁慶殿のことだけ直視できないのかしらね?」 片付けものをしながら呟いた朔の言葉に、望美は、ぴたり…と動きを止めて顔を上げた。 「え?…何でだろ……」 目を瞬かせ、朔を見つめる。 朔は、困ったように溜息を吐いて肩を落とした。 望美は一体どこへ行ってしまったのだろうか。 居間の入り口に放りっぱなしにされたカバンを手にとって、弁慶は廊下へと目をやった。 「なんだ、弁慶だけか?」 掛けられた声に振り返れば、自室から出てきた将臣の姿。 「あれ、それ望美のじゃないのか?」 弁慶が手にしているカバンを指し、将臣は首を傾げた。 「そうなんですが……」 どう説明したものかと言葉を探しあぐねる弁慶に、将臣がにやりと笑みを浮かべる。 「ああ。どうせ、それ落として逃げてったんだろ。」 「え?」 なぜ分かったのだろう…と将臣の顔を見てみれば、彼は何やらおかしそうに弁慶を見ていた。 「外には出てってねぇみたいだし、どうせ朔のところだろ。」 呆れたように、でもどこかおかしそうに将臣が言う。 やはり将臣は、望美のあの様子の原因を知っているのだろうか…と、探るように視線を合わせてみれば―― 「あー……悪いが、勝手に暴露したら後でエライ目に遭わされるから、聞くなよ。」 「つまり、望美さんが僕を避けている理由を君は知っている……ということですね?」 「だから、聞くなって。」 頭を掻いて、将臣は困ったような顔をして見せた。 仕方がない…と溜息を吐いて、弁慶は再び廊下へと目をやる。 「これは、『学校』へ行くのに必要なもの、なんですよね?」 「まあ、な。また明日もいるしな。」 「では、届けに行ってきますよ。」 望美のカバンを手に、弁慶は居間を出た。 「ま、頑張れよ。」 ことの成行きを面白がっているのか、はたまた本当に激励しているのか……将臣の声を背中で受け止めて。 「朔殿、入ってもいいですか?」 朔に投げかけられた問いに首を捻っていた望美は、突然廊下から聞こえた弁慶の声に、ビクリと肩を震わせた。 恐る恐る、襖と朔を見比べて…… 朔が浮かべた素敵過ぎる笑顔に、望美の背をイヤな予感が駆け抜ける。 「どうかしましたか?弁慶殿。」 「いえ、こちらに望美さんがいらっしゃると聞いたので…」 ちらり…と自分の背に隠れてしまった望美へと視線を向け、朔は小さく溜息を吐いた。 「いますが…望美に何か?」 「忘れものを届けに来たんです」 「そう……」 ふむ…と少し考え込み、朔はにっこりと微笑む。 「どうぞ。」 ――ええっ! イヤな予感的中で、望美は慌てて逃走態勢に入る。 「いい加減、観念なさい。」 半分涙目で逃げ出そうとする望美を、朔は捕まえて座り直させた。 それと同時に開く襖。 望美の体が硬直する。 そして、再び逃げ出そうと身じろぎを始めた。 「望美さん、これは大事なものなんでしょう?」 部屋へと入ってきた弁慶が手にしていたのは、通学カバン。 先程、居間で放り出してきたことを思い出して望美は動きを止める。 「あ、ありがとうございます。」 「さ、どうぞ」 にっこりと微笑みを浮かべ、弁慶がカバンを差し出す。 直接手渡そうとでもいうのだろうか…… それはつまり――彼の正面まで行かなくてはならない…ということだ。 ――無理、絶対無理。 「いえ…あの。そこに、置いといて下さい。」 「望美!わざわざ届けてくださったのに……」 ――そんなこと言われたって!! 遠慮がちに申し出た言葉も、朔によって一蹴されてしまう。 望美は、恨みがましそうに朔へ視線を送った。 澄ました顔の朔が恨めしい。 仕方なく、望美はそぅっと弁慶へと視線を向けた。 さすがに室内では白いコートは羽織っていないから、スーツ姿が飛び込んでくる。 ――ッ…! 穏やかな微笑みと、そのスーツが弁慶にはとても似合っていて…… 望美の心臓が、一度大きく跳ね上がった。 かぁっと頬が熱くなる。 ――だ、だめだ…… 慌てて逸らす視線。 ――む、無理……絶対無理…… 心臓が持ちこたえられそうにない。 逃げ出そうかと思った途端。 「望美。」 トン…と朔に背を押された。 「え!?」 その勢いで、数歩前へと進み―― 望美は、そのまま弁慶の目の前へと放り出されたような状態となった。 逸らしようもないくらいの至近距離。 「さ、どうぞ」 差し出されたカバンを望美は受け取った。 受け取るしか…なかった。 「あ、ありがとうございます。」 「いえ。」 ――だめだ、心臓が…… バクバクと早鐘を打つ心臓。 望美は、胸の内で呪文のように「落ち着け…」と繰り返していた。 「あ、そうだわ。」 思い出したように、朔が声を上げた。 「買いに行かなければならないものがあったのだけれど……」 望美には見えていない角度から、朔が弁慶へと目配せしてくる。 意図は見えないけれど……どうさせようとしているのかだけは分かって、弁慶は目だけで頷いた。 「行ってきましょうか?」 「お願いできますか?」 「いいですよ。ね?望美さん。」 「へ!?」 望美の関与しないところで、勝手に話が進む。 あれよあれよという間に、弁慶と望美とでお使いに行くことに決まってしまった。 「将臣殿、本当にこれで大丈夫なの?」 「ショック療法、ってやつだな。」 「しょ…?」 笑顔で二人を見送った朔が、様子を見に来た将臣へと心配そうに問う。 「わざと苦手なことをして克服する方法…とでもいえばいいか?」 その説明に朔は、不安そうな顔をする。 望美を幼いころから知っている将臣の言葉だから、大丈夫なのだろう…とは思うけれど、それでも何となく心配ではあった。 『あんまり酷いようなら、いっそ、あいつが逃げられないように二人で出掛けさせたらいいんじゃないか?』 そんな風に将臣が言ったのが、昨日のこと。 まさか、こんなに早く実践する機会がやってくるとは思わなかった。 「何にしろ、あのままでいられる方が迷惑だしな。」 「それは、確かにそうね。」 呆れたような将臣の言葉に、朔は苦笑を浮かべた。 「とはいっても……」 二人の後ろ姿が遠ざかって行った方角へと視線を向け、将臣は頭を掻いた。 「雨が降って地が固まれらたら、それはそれで面倒かもしれないな。」 軽く目を瞠り、朔は、くすくすと笑い出した。 ショック療法が効いたのかは定かではないが。 帰宅した望美が、この後、弁慶を避けることはなくなったとか…… PR