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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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とおくおもう【遙か4/葦原家】

遙か4フライング小説その1。LaLa4月号の回想シーンネタ。
現代組3人の昔話…というか小さい頃の千尋&那岐+風早
これを書くにあたり、モデルとなった耳成・橿原・藤原京をうろうろしました



とおくおもう



 夕陽が、山の向こうに還ってゆく。
 広い、広い、場所。
 少しだけ高くなった木々のある……大昔に偉い人が住まっていたという跡地。
 今は、はしゃぐ声だけが響いている。
 遠く近く聞こえるのは、家に帰る烏の声。
 見上げた空は、オレンジ色。

 

 た~ん……

 ゴムボールが、両手という拘束を失って…丈の低い草と土と砂利に覆れた地面に跳ねて転がった。
 何にも聞こえない。
 何にも見えない。
 視界がオレンジ色に包まれて。
 緑の山に覆われて。
 まるで…全てが、ここではないどこかで起こっている事のように……現実の事ではないように感じる。
 
「そろそろ帰るよ。」
「うん、おかあさん!」

 幼い子供の手を引く母親の優しい微笑み。

「待ってよ~お姉ちゃん!」
「もう帰ろ、怒られる。」

 駆け寄る妹を少し先で振り返り待つ姉の姿。

 
 一人だけ置いてけぼりになったように感じる。
 ここが、自分の居場所ではないように思える。
 三つの山に囲まれた、かつての都の跡。
 少しずつ、オレンジ色が藍色へと変色し始める空。

  

「……ろ、ち…ろ?」

 ――ここは…どこ?
 
「おい。」
 
 ――わ…たし……は……
 
「千尋!」
 
 焦れたような声で、千尋は我に返った。
 漸く焦点の合った目の前に、不機嫌な表情を浮かべる…見慣れた顔。
 
「な…ぎ?」
 
 いつの間にか自分の手を離れた白いゴムボールを抱え、那岐が目の前に立っていた。

「帰るぞ。」

 ぶっきらぼうな口調で告げ、向けられた背中。

 ――帰……る?
 
 聞こえた言葉が、頭の中で意味を成さない。
 
 ――帰る…って、どこへ?
 
 踏み出せない足。
 不意に湧き上ってくる感情。
 それが何なのか、まだ幼い千尋には分からない。
 ただ……
 知らない場所に迷い込んでしまったような不安だけが…体中を支配していた。
 
「千尋!」

 苛々しながら、那岐は振り返った。
 いい加減に家へ帰らないと、もう一人の家族が自分たちを探しに来るだろう。
 帰宅時間を守らなかったからと叱られるのも面倒だ。
 …というか、怒っているように見えない顔で延々と説教されるのが嫌だ。

「早く帰らないと風早に……」

 叱られる……そう続けようとした那岐の言葉が途切れる。
 目の前に佇む少女の…頬を伝う透明な雫。
 ぽろぽろ…と大粒の涙を零し、千尋が自分を見つめていた。
 いや……
 正確には、その瞳には那岐は見えていないのだろう。
 
「え?あれ?」

 自分が泣いていることに気付いた千尋が、おろおろと手を濡らす涙を見つめる。
 けれど、零れ落ちる涙は止まることはなく、次々と溢れ出す。

「なんで……」

 なぜ涙が止まらないのかも分からず、次第に零れ始める嗚咽。

 「………ッ……」

 小さく舌を打ち、那岐は頭をかいた。
 本格的に泣き出してしまった千尋に、どう接すればいいか分からない。

「目をこするな。」

 とりあえず、涙を拭おうと両手で目を擦るのをやめるよう言う。
 
「泣くな。」
「だって…」

 泣くなといわれて泣き止めるのなら、とっくにそうしている。
 自分ではどうすることも出来ない涙に、千尋は更に泣いてしまった。

 ――ああ、もう!
 
「帰るぞ。」

 立ち尽くしたままの千尋に向かって言い放つと、那岐は目を擦る左手を掴み引っぱった。
 ぐいぐいと手を引いて、那岐は藤原の都の跡地を歩き出す。

「ふえぇ……」

 泣きじゃくったまま小さく頷き、手を引かれるまま那岐の後をついて歩く千尋。

「泣くな。」

 もう一度告げるけれど、今度はしゃくり上げる声だけが後ろから聞こえるだけだった。

 
 千尋が時折立ち止まりそうになるのを、強引に引っぱって歩く。
 遠くから寺の鐘の音が聞こえてくる。
 自動車のライトが、幾重にも重なって道路を覆う。
 そろそろ夕暮れが迫って来ていた。
 それ程田舎…というわけでもないが、遺跡や山や古墳や神社がひしめくこの町は、暗くなるのも早い。
 いつまでも子供がウロウロしていては、風早どころか、通りすがりの警官にすら叱られるだろう。

 泣き止もうとしない千尋。
 口をヘの字に結んで、那岐は黙ったまま足を前に進めた。
 
 千尋が泣くのは苦手だった。
 時々、何かに憑かれたように千尋は泣き出す。
 理由なんて分からない。
 風早が一緒にいる時はいいけれど…今日のように自分しかいない時は、どうすればいいか分からない。
 以前にもこんなことがあった時、風早は泣きじゃくる千尋を抱き上げて「大丈夫」だと慰めた。
 自分も那岐も守るから大丈夫だと、そういって千尋を抱きしめた。
 
 ――守る…か……
 
 守らなければ…とは思う。
 守りたいとも思う。
 思うけれど……
 泣き出した千尋を、どう守ってやればいいか分からない。
 

 住宅地に入ると、すでに街灯が点いていた。
 家々から夕飯の匂いがする。
 この家はカレーか、あっちは魚か…などと思いながら、那岐は千尋の手を引いて歩き続けた。
 

「おかえり。」

 いつの間にか俯いて歩いていた那岐は、掛けられた声に慌てて顔を上げた。

「風早…」
「遅かったですね。」
「……」

 穏やかに告げられる言葉。
 黙り込んで、那岐は後ろへ視線をやった。
 まだ泣き止まない千尋へと……

「千尋…?」

 那岐が無愛想なのはいつものことだ。
 けれど、いつもならば元気のいいはずの千尋が静か過ぎる。
 風早が訝しげにそちらに視線をやると、肩を時折震わせながら、小さくしゃくり上げる千尋の姿。

「また泣き出した……」

 しゃがみこみ、千尋の顔を覗き込む風早へと、ぶっきらぼうに告げる言葉。

「そうですか…」

 手を伸ばし、千尋の頭を撫でながら風早は軽く目を閉じる。

「千尋。」

 声を掛けると、涙で濡れた顔で千尋が風早を見上げた。

「大丈夫。もう泣かないで。さあ、家に入りましょう。」

 優しく掛けられる声に、千尋が小さく頷く。
 軽々と、千尋の小さい体は風早に抱き上げられ……
 そして、それが当然…とでも言うように、千尋は、しっかりと握り締めていた那岐の手を離して、風早の腕の中におさまった。
  急に夕暮れの空気に晒される事になった掌から、千尋の掌の温もりが消えてゆく。
 なぜだか無性に悔しさが込み上げて、那岐は不機嫌に呟いた。

「守るって、どうしたらいいんだ?」
「那岐?」
「千尋を…僕だって守りたい。」

 泣いていても、手を引いて帰ることしか出来ない。
 風早のように、宥めて安心させて泣き止ませることなんて出来ない。
 守りたいと思うのに、守れない…守れていないのが悔しい。

「那岐……」

 ふ…と微笑んで風早が、ふてくされたようにそっぽを向いてしまった那岐の頭へと手をやった。

「今は……」
「?」

 いつもと少し違う口調。
 見上げた那岐は、風早が優しい瞳で自分を見ていることに気付いた。

「今は、千尋と一緒にいてあげてください。」
「そんなの、いつも一緒にいるだろ?」

 家でも、学校でも、遊びに行くのでも…いつだって千尋と一緒にいる。
 自分の求めていたのと違う答を返されて、那岐は不機嫌に風早を睨みつけた。
 そんな那岐へ穏やかに笑みを向ける。

「千尋を一人きりにしないで……それだけでも充分、守ることにつながります。」
 
 今はまだ幼い子供たち。
 真実を知るには……少しだけ早い。
 だから――

「なんだよ、それ。」

 憮然とした表情の那岐を促して家に入った。
 開いた扉から、夕飯の匂いが鼻を擽る。

「ごはん、ハンバーグ?」

 泣き過ぎて掠れた声で、千尋が問う。

「二人とも好きでしょう?」
「うん!」
「別に…」

 漸く、千尋がにっこりと笑う。
 那岐が、無愛想に呟いた。

「手を洗っていらっしゃい。」

 飛び降りるように、千尋が風早の腕から降りて洗面所へ向かう。
 その後を、那岐がマイペースに歩いてゆく。

 もう少し……
 もう少しだけ、無邪気に子供らしく過ごして欲しい。
 二人の姿を見送って、風早はキッチンへと向かった。



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