それは融けゆく白雪の如く【遙か3/弁望】 2008年03月03日 遙かなる時空の中で3 0 十六夜ED後 現代 降り積もる雪を見て神子が思うのは……ちょっと暗めのシリアスです。 冷たい雪も、いつかは融けて…温かな春をつれてくるから…… それは融けゆく白雪の如く 「あ……雪………」 「静かだと思ったら、降り出していたんですね。」 ふと窓に目を向けると、外は深々と雪が降っていた。 望美は、立ち上がって窓際に行くと…音もなく降り積もる雪を、じっと見つめた。 「望美さん?」 不思議そうに、弁慶の声が聞こえるけれど…… 答えられない。 不意に甦ってきた、あの日の記憶が……望美の全身を支配していた。 こことは違う世界で。 望美は、弁慶と出逢った。 いつしか…互いに惹かれあい…… けれども、一度は…通い合わぬまま断たれてしまった。 あの壇ノ浦で、乞われて元の世界に戻った望美。 でも。 弁慶への想いを忘れられなくて。 募ってゆく想いを消すことも出来なくて… いっそ……と願った望美は、これが最後だと時空を越えた。 「…み、さん。望美さん!」 間近に聞こえた声で、望美は我に返った。 雪を見ていたはずなのに、違うものを…見ていた。 「大丈夫ですか!?」 肩を掴み、振り向かされる。 「こんなに青ざめて……どうかしたんですか?」 心配そうな瞳。 頬に触れる温かな掌。 「弁慶…さん……」 頬を零れ落ちる涙。 輝きを失い、翳った瞳。 驚いて目を見開いた弁慶が、強く望美を抱きしめた。 * * * 胸の奥に残る…雪の平泉の光景。 頭に浮かぶのは、どこで間違えたのだろう……という疑問。 あの運命と違う選択をすれば…弁慶を失うことなどないと思っていたのに…… 体中から力が抜けた。 立っていることさえできない。 真っ白に降り積もる雪の上に咲いた…鮮やかな赤い幾つもの花から目が離せない。 凛とした冬の空気に混じるのは、自ら断った…兵たちの血臭。 腕の中で…温もりが失われてゆくのを感じながら……喉がはちきれんばかりに泣き叫んだ。 どうして…… どうしてあの時、この人の言うことを聞いてしまったのだろう。 どうして…帰ってしまったのだろう。 皓い光が降り積もる雪に反射する中、後悔ばかりが心を覆い尽くしていた。 * * * 「何でも…ないです。」 ぎゅっとしがみついて、嗚咽を噛み殺す。 あれは、なかったことになった過去だと…自分に言い聞かせる。 すぐに、望美は時空を超えた。 龍神の神子ではなく、ただの…春日望美という女として……時空を超えて、運命を変えるために。 今度こそ…と降り立った時空で。 飛来する矢を手にした剣で払い落とし…… 今を。 この大切な人との時間を。 やっと手に入れたのに…… 「なんでもない顔じゃないですよ。」 「なんでもないんです。」 小さく震える肩を見つめ、弁慶は小さく溜息をついた。 「望美さん。」 名を呼び、色を失った唇を覆う。 「っ!」 「雪は…あまり良いことを思い出させてくれないみたいですね。」 呟いた弁慶へ、望美は首を横に振った。 「大丈夫です。」 「どこがですか?」 「……だって、弁慶さんはここにいるから。」 哀しい記憶を全て消してしまうなんて出来ない。 でも、ここにある温もりは本当だから。 「絶対に…もう私を置いて行かないで下さいね。」 ああ… と、弁慶は思い当たった。 たった一度だけ少女が、ポツリ…と告げた別の運命。 少女が、胸に負った消えぬ傷のことに…… 「置いてなんて行きませんよ」 望美を強く抱きしめて、弁慶は耳元で囁いた。 それは誓い。 どれだけ辛い思いをしても、ただ自分だけを追い続けてくれた愛しい人への、果てぬ約束。 誰よりも優しく、誰よりも強く……そして誰よりも弱い、腕の中の少女。 「約束ですよ?」 浮かべられた、小さな微笑み。 ほんの少しだけれど、色の戻った顔。 瞳の色が光を取り戻したことに、弁慶は安心する。 「約束します。絶対に。」 慈しむように重なる唇。 融けぬ雪などない。 いつかは融けて消えゆき、春の温もりをつれてくるのだ。 ――叶うのならば…… まだ冷えたままの指先をそっと握り締めて、弁慶は胸の内で呟いた。 ――僕が、君の裡の…凍えた雪の記憶を融かす存在でありたい…… 深々と降り積もる雪。 冷え込んでゆく夜。 薄らと白く光の差し込む室内。 ……ここに存在することを確かめ合うように…… 交わされるのは、互いのぬくもり。 END PR