今この瞬間を永遠に【遙か4/葦原家】 2010年11月16日 遙かなる時空の中でシリーズ 0 風早BD・過去捏造 2010年11月11日。風早BD記念SSです。 ほのぼの。ちょっと小さい千尋&那岐とちょっと若い風早のお話 今この瞬間を永遠に 薄暗くなり始めた、秋の夕暮れの道。 その美しい稜線を色付かせる耳成山が、夕日と街灯に照らし出されていた。 家々の門灯が灯り始める中、風早は自宅までの道を急ぎ足で帰っていた。 今日は、少しだけ授業の終わるのが遅くなってしまった。 こればかりは、どうしようもないことだけれど…… 家のことが心配でならない。 二人ともしっかりしてるから、きっと大丈夫なのだと分かってはいる。 でも、まだ幼さを残す二人を、まだ慣れぬこの地で、留守番させておくのは、色々な意味で心配だった。 「すみません。遅くなってしまって……」 そう声をかけて玄関へ入ると、なにやら賑やかな音が台所の方から聞こえてきた。 首を傾げ、風早は靴を脱ぎ家に上がり込み、音のする方へと向かった。 「……じゃない?」 微かに、那岐の声がした。 「えー!……だよ!……い。」 「面倒くさいよ。」 「那岐!」 続いて聞こえてきた千尋の声に、那岐が何やら反論しているようだ。 風早は眉を顰めた。 「千尋、那岐、どうかしたんですか?」 声を掛けてみれば、ガタン!という大きな音。 慌てて台所へ向かおうとすると…… 「……那岐?」 とても面倒くさそうな顔をした那岐が、立ちはだかるように風早の前に現れた。 「……」 口をへの字に曲げたまま、那岐は風早の行く手を遮るように体を動かす。 「え……っと……」 一体どうしたというのだろう。 訝しげに那岐を見つめてみれば、ふいと視線を逸らして彼は台所の方へと声を掛ける。 「千尋、まだ?」 「もういいよ!」 弾んだ千尋の声がして、那岐が、何事もなかったかのように身を引いた。 「いいってさ。」 肩をすくめて言い残すと、再び那岐は台所へと入って行った。 少しずつ子供から少年へと成長してゆく那岐の、いつの間にか位置が高くなってきた背中を見つめ、風早は小さく微笑を浮かべる。 「なにしてんの?」 肩越しに振り返り、早く来いとでも言うように那岐が視線を向けてくる。 何か口にしようとしたけれど、何か言えばきっと反抗するだろう……そう思って、風早は黙ったまま那岐の後を追って、台所へと足を踏み入れた。 「風早、誕生日おめでとう!!」 突然、明るい千尋の声と共に、クラッカーの賑やかな音が響いて、色とりどりの紙吹雪が降ってきた。 「え?」 幼い頃とほとんど変わらない……けれど、あの頃よりずっと朗らかな笑顔が、風早に向けられていた。 「こっち!早く、こっち座って!」 千尋が、にこにこしながら椅子をひく。 既にテーブルについていた那岐が、大袈裟に溜息を吐いた。 「早く座れば?」 「え、ああ…はい。」 いきなりのことに驚いて動けずにいた風早が椅子に座ったのを見て、千尋が大きなケーキをテーブルに載せた。 「これは……」 「那岐と一緒に作ったの!」 「…………」 にこにこと笑う千尋。 そっぽを向いたままの那岐。 風早は、つい先ほどまでの騒ぎの原因に思い至って、微笑を零した。 「ありがとう。二人とも。」 千尋が頬を染め嬉しそうに笑った。 ちらりと視線を向けた那岐の耳が、少し赤くなっているのが見えた。 学校が終わってから、きっと、二人で準備をしたのだろう。 ケーキと、料理と、飾り付けと…… 那岐は、千尋に頼まれて断りきれないまま付き合わされたのかもしれない。 けれど、那岐が本気で嫌がったわけでもないのだろう。 「千尋は大袈裟すぎるんだ。」 わざとらしく、那岐が呆れたように言う。 目を瞬かせ、千尋は不機嫌そうな那岐を見て、僅かに表情を曇らせた。 「だって……、私の誕生日も、那岐の誕生日も、風早がこっそり準備して驚かせてくれたんだもん。」 だから、自分たちも同じように、風早を驚かせて喜ばせたい。 そう思ったのだろう。 「べ、別に悪いとは言ってないだろ。」 千尋の瞳が潤み始めたのを見て、那岐が慌てて言い繕う。 そんな、いつもと変わらぬ光景すら、今日の風早にとっては素晴らしい誕生日プレゼントに思えた。 この世界に来て。 時間はとても穏やかに過ぎてゆく。 三人で暮らすようになって。 毎日楽しく過ごす時間が、とても愛おしい。 ……この穏やかな生活がいつまで続くかは分からないけれど…… 風早は、今この瞬間を何事にも変え難い幸福だと思った。 いつか…… その時が来れば、失われてしまう幸福だけれど…… この瞬間だけは、永遠に、この心の内にとどめておきたい―― PR