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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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二人の日常~ある小雪の日~【遙か3/弁望】

無印ED後 薬師夫婦
2010年11月22日「いい夫婦の日」記念の夫婦SS
二人の、ほのぼのした感じで甘い(多分)お話


二人の日常~ある小雪の日~


 

 目を覚ますと、隣にある筈のぬくもりがなくなっていた。

 二度三度瞬いてから擦り、もう一度瞬きする。

 外から差し込んでくる朝日が、寝惚けている意識を、ゆっくりと現実へと目覚めさせてゆく。

 もう一度。

 望美は目を擦った。

 眠い。

 疲れが全然取れていないようだ。

 いつもなら、こんなに眠い筈も疲れが取れないなんてこともないのに……

 そこまで考えて、不意に、その原因へと思考が付き当たり、望美は突っ伏した。

 

「望美さん、起きたんですか?」

 

 部屋の外から聞こえてくる声。

 無視を決め込んだところで、室内の気配から望美が起きていることに気付いているだろうから、そんな意味のないことはやめた。

 けれど……

 何だか色々悔しい気がして、答えは返さず身を起こす。

 ひとつ大きく溜息をつき、赤く染まってしまった頬を一度ぱちんと両手で叩いて気を取り直した。

 

 

 いつもならば、早起きした望美が済ましてしまっている朝の仕事は、今日は既に弁慶が終わらせてしまっていた。

「昨夜は無理をさせてしまったと思ったので……」

 着替えを終えて部屋から出てきた望美に対して、弁慶が眉尻を下げて見せた。

 それが表面だけの反省の表情だというのは分かっているから、望美は肯定も否定もしない。

 肯定できる筈などないし、否定なんてしようものなら……昨夜以上に無理をさせられる夜が待っていることくらい、すでに学習してしまった。

 

「あ、あとは私がやりますから、弁慶さんは座ってて下さい!」

 朝餉の支度をしている弁慶の隣へ駆け寄って、交代する。

 これ以上、仕事を取られてしまっては、妻として面目が立たない。

 それに素直に従って、弁慶は役割を望美へと受け渡す。

 ここで自分がやると言い張ってしまうと、望美が頬を膨らませて不機嫌になるのは目に見えている。

「では、お任せしますね。」

「はい。」

 穏やかに微笑みを贈れば、優しい微笑みが帰ってくる。

 もうほとんど終わりかけていた朝餉の支度の続きを始めた望美の後ろ姿を見つめながら、弁慶は部屋に坐した。

 

 

 

 

 

 

 きんと冷えた空気。

 夏に比べて随分弱くなった陽光の中で、望美は洗濯物を干していた。

 朝餉の片付けも、掃除も終わったし、これさえ終わればひと段落だ。

 蛇口を捻ればお湯が出る。とか、ボタンひとつで洗濯終了。とか……という便利だった生活から遠く離れて、もういい加減今の暮らしには慣れてきたけれど、冬が近づくと便利だったものが懐かしく感じる。

 

「冷たい……」

 悴んで赤くなった指先へ、はぁ…と息を吐きかけながら、望美は漸く洗濯物を干し終えた。

 片付けようかと思った途端、不意に日差しが陰ったのに気付いて空を見上げれば、灰色の雲が流れてきて空を覆っていた。

「うそ……折角干したのに……」

 雨が降るのだろうか……

 すこし不吉そうな雲に、望美は空と洗濯物を見比べて眉尻を下げた。

 雨でも降ろうものなら、ここまでの苦労が水の泡だ。

「むぅ~」

 腕組みしながら雲を睨みつけて、望美は唸った。

 

「望美さん?」

 不意に掛けられた声に振り向けば、庭に面した縁側から、弁慶が怪訝そうな表情で望美を見つめていた。

「あ、弁慶さん。お仕事大丈夫なんですか?」

「少しだけ息抜きです。」

 問い掛けに微笑みを返しながら、弁慶は先程まで望美が見上げていた空へと視線を移す。

 灰色の雲が、ゆっくりと空に広がり始めていた。

 もしかしたら、雪でも降り始めるかもしれない……そんな風に思いながら弁慶は、空になった盥など洗濯で使った道具を片付ける望美を目で追った。

 

 

「だいぶん冷え込んできたから、体調を崩す人も増えてきそうですね。」

 漸く片付け終わったのか、襷を解いて弁慶のもとやってきた望美は、盆に載せてきた白湯を弁慶の横へ置く。

「ああ、ありがとう。

 そうですね……」

 湯気ののぼる白湯をひと口すすり、弁慶は考え込む素振りを見せた。

「戦の最中に比べれば、滋養のあるものも町の人々の口に入るようになったけれど……やはり、寒くなると病人は増えますね。」

「じゃあ、忙しくなりますね、そろそろ。」

 弁慶の隣に座った望美も、手にした湯呑を傾けた。

 

 どこかで、鳥が高い声で鳴いているのが聞こえる。

 

「望美さんも、気を付けてくださいね。」

「大丈夫ですよ!」

 少し過保護すぎやしないか?と思いながら弁慶へと笑みを向けるものの、心配げに見つめてくる瞳に望美は少し躊躇した。

「この季節の水仕事は、かなり冷えるでしょう?」

 言って、弁慶が望美の手を取る。

「ほら、こんなに指先も冷えてる。」

「ちょ、弁慶さん、大丈夫ですから。」

 指先を包み込むように、弁慶の両手が望美の手を覆う。

 なんとかして手を離してもらおうとしても、意外としっかり掴まれていて逃れられない。

 

「弁慶さん、離してくれないと家事できないです。」

「全部終わったでしょう?」

 抗議の声をあげてみても、にこにこと微笑みながら弁慶は、しれっと言ってのける。

「じゃあ……ほら!あれです。お薬作るの手伝います。たくさんいるでしょう?」

「大丈夫ですよ。それは終わりました。」

 あっさりと言い切って、弁慶は掴んでいた望美の手を引っ張った。

「きゃあ!」

 思わず悲鳴を上げ、慌てて体勢を立て直そうとしたけれど、時すでに遅く……

 望美は、そのまま弁慶に抱きしめられてしまった。

 湯呑を手放していたからよかったようなものの……

「弁慶さん!危ないじゃないですかっ!」

 望美の抗議もどこ吹く風。

 弁慶は、望美のことをしっかりと抱きしめると、その冷えてしまった体を温めるように腕を回した。

「こんなに体も冷えてる……僕の体温を分けてあげますね。」

「弁慶さん!」

 わざとだろう。

 弁慶は耳元で囁くように望美の耳元で言う。

「もう……」

 ここで抵抗したところで離してくれるはずもない。

 諦めて、望美は弁慶の背中へと手を回した。

 

 少し冷たい風が、冬の匂いを運んでくる。

 はたはた……と揺れる洗濯物。

 かさかさと、落ち葉が音を立てていた。

 

「おや。」

 弁慶の声に、はっとして庭へと視線を向けると、白い欠片がひらりと空から降ってきた。

「雪みたいですね。」

「雪……」

 もうそんな季節になったのかと望美は空を見上げた。

 さっきから広がっていた灰色の雲は、雪雲だったということだろう。

 そして……

 

「あーっ!!」

 望美は声を上げた。

「え!?」

 いきなりのことに驚いた弁慶から飛んで離れて、望美は庭へと駆けだす。

「の、望美さん?」

「洗濯物っ!弁慶さん、手伝ってっ!」

 大慌てで干したばかりの洗濯物をかき集める望美の勢いに圧され、弁慶も慌てて後に続いた。

 

 

 

 

 

 その後……

 今日が『小雪』という雪が降り始める時季だということと、空に雪雲が広がっていたことを話した弁慶は、何で教えてくれなかったんだと拗ねてしまった望美の機嫌が直るまで一苦労したそうな。

 

 おわり

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