星瞬き、幸満ちて【遙か4/忍千】 2009年12月22日 遙かなる時空の中でシリーズ 0 孤高の書~大団円の書・恋人未満 微妙に遅刻で2009年忍人さんBD小説 ある冬の日の夜の出来事。ほのぼの。 星瞬き、幸満ちて はぁ…と息を吐けば、白い軌跡が虚空へと消えていった。 冷えた指先を何度か擦り合わせ、もう一度息を吐く。 一瞬は温もったけれど、結局、指先は直ぐに冷たくなってしまった。 肩から掛けていた衣を少し引き上げて、千尋は空を見上げた。 この橿原宮で王となって、初めての冬。 幼い頃は此処で暮らしていたはずなのだから、見える空も景色も気温も、知っているはずだったのに。 5年間の、あの世界の橿原での暮らしが快適すぎて……暑さにも寒さにも暗さにも、なかなか慣れることができなかった。 「エアコンがあるはずないし、当然、コタツだってないよね。」 呟いて浮かべる苦笑。 そして、再び手に吐きかける白い息。 立ち上り消えてゆく白を視線で追いかけて、千尋は星空を振り仰いだ。 「あっちの橿原より、ずっとたくさんの星が見えるんだ……」 暮らしていた場所は比較的郊外だったから、街中よりは見えていると思っていたけれど、やっぱり…あの世界は明るかったんだと思い返す。 「イルミネーションとかもキラキラしてたからなぁ~」 ちょうど、今頃。 住宅地の中も、駅も、商店街も、クリスマスイルミネーションに美しく彩られていた。 街灯やネオンだけではない、数多くのその輝きが、今は少し……懐かしい。 ――そっか…あっちじゃ、もうすぐクリスマスなんだ あと10日もすれば新年だ…と、諸々の行事に追われる日々が続いていて忘れかけていた。 「今日が確か………」 指折り日にちを数えていて、千尋は、はっとあることを思い出した。 「そこで、何をしている?」 そんな千尋の耳に、不意に男の声が届いた。 その声には、聞きおぼえがある。 そして、今、脳裏に顔を思い出した人物。 千尋はビクリと肩を震わせて、ゆっくりと振り返った。 ――ああ… 「おし、ひと……さん……」 きっと、強張った顔をしていただろう。 咎めるような瞳に射竦められ、千尋はそのまま硬直した。 「…………」 ――む、無言が痛い…… 「あ、あの……」 何か言わなければ…そう思って口を開くが、何も言葉が出てこない。 何を言っても言い訳になると思うと、言えなかった。 こんな夜更けに、たった一人、しかも薄着で、宮の内側とはいえ室外に出ているなど――どんな言い訳をしても、叱られるだろうことは予測できた。 ――なんて言おう…… 「その………――ッシュン!」 再び口を開いた途端、千尋は盛大にくしゃみをした。 途端、忍人が大きな溜息を吐いた。 「そんな格好で、こんな所にいるからだ。」 「ご、ごめんなさい……」 反射的に誤って、千尋は俯いた。 ざり…と砂地を踏む音がして、千尋のすぐ隣へと忍人が近づく。 「何をしていたんだ?」 「――何…というか……」 問われて、応えながら千尋はこっそりと忍人の横顔を盗み見た。 とりあえず、その顔がそれほど怒っていないことを確認してから、言葉を続ける。 「部屋に戻る途中で見た星空がきれいだったから、つい…」 「つい、で風邪でもひいたらどうするつもりだ。」 呆れたような声。 千尋は、しゅんと肩を落とした。 そんな姿に、忍人は再び溜息を吐く。 自らが王であるという自覚が、あるのかないのか分からないこの少女に浮かんでくるのは苦笑。 そして。 そんな少女の行動を、最初のころのように咎めようと思わなくなった自分にも、苦笑してしまう。 以前ならば、王の自覚がないと苦言を呈していたところだ。 けれど―― 「ごめんなさい。もう、戻ります。」 「……ああ……いや。」 頷きかけ、忍人は踵を返そうとした千尋の肩を掴んで引きとめた。 「え?」 「少し待っていてくれ。」 目を瞬かせる千尋を置いて、足早に何処かへ向かう忍人。 千尋は、ほんの一瞬掴まれた肩に残る感触に戸惑いを覚えていた。 それほど間を置かず、腕に何かを抱えて忍人が戻ってきた。 「折角の星空だ。暖かくしているのならば、もう少し見ているのも悪くはないだろう。」 ふわりと、肩から掛けられたのは、夜番の兵たちが使っている防寒用の布だった。 「忍人さん?」 恐る恐る隣に立つ忍人を見上げる。 穏やかな表情を浮かべた横顔が、空を見上げていた。 こんな表情もする人なのだ…と、千尋は、なんだか嬉しくなった。 「………君の言う通り、きれいな星空だな。」 「はい。」 夜風で冷えていた体が、少しずつ温かくなってくる気がした。 ただ、隣に忍人がいるというだけで…… ――あ、そう言えば…… 先ほど声を掛けられる直前に考えていたことを思い出す。 「忍人さんって…」 言葉とともに息が白く吐き出される。 千尋の言葉に、星を見上げていた忍人が振り返った。 「あ…風早から聞いたんですけど、忍人さんって、今日が誕生日なんですよね。」 「誕生日?」 問い返してくる忍人に、千尋は、この世界に『誕生日』という認識がないことを思い出した。 だから、にっこりと微笑んでその意味を告げる。 「私がいた世界では、生まれた日を『誕生日』って言って、お祝いをするんです。」 「ああ、そういうことか。」 いつも千尋は、突然、思いもよらぬことを言い出す。 どうやら、これもその一つのようだ。 「だから、今日が終わってしまう前に言わせて下さいね。」 にこにこと笑顔を浮かべる千尋が、訝しげな顔の忍人を真正面から見上げた。 何を言おうというのだろう… 何やら楽しげな蒼い瞳から目をそらせぬまま、忍人は目の前の少女を見つめた。 「お誕生日、おめでとうございます。」 それは、よくわからないことだった。 分かるのは、おそらくそれが、彼女が五年間過ごしていたという地の風習なのだということだけ。 そして、その言葉を告げた千尋が、とても幸せそうな笑顔を浮かべてることだけは、ひしひしと伝わってきた。 ――そう…か。 新しい年が始まるのと同時に、皆一緒に年を重ねることが当たり前だったけれど。 ほんのりと、胸が温かくなるのを感じて…忍人は、千尋の言葉に嬉しいと感じている自分に気付いた。 個人の生まれた日を祝うという風習を不思議に思ったが、これは これで、得も言われぬ幸福感があった。 「千尋。」 「忍人さん?」 不意に肩に載せられた手。 驚いて顔を上げれば、珍しい微笑みを浮かべた忍人の顔があった。 「ありがとう。」 千尋は、にっこりと微笑みを返した。 PR