京ED後 薬師夫婦
桜を見て思い出すのは、舞い散る花弁を断っていた頃の思い出
桜の下で
あれは…幾つめの運命でだっただろうか…
庭に舞いこんできた桜の花びらに目を止め、望美は思い出を辿った。
何度も何度も廻った京の春。
神泉苑で剣を振り、その花弁を断つ練習をしていた望美は、不意に掌に痛みを感じて剣を取り落とした。
「しまった…」
開いた掌には、潰れてしまった肉刺。
今日は弁慶が一緒だから…と、いつもは持ち歩いている傷薬――怪我が絶えないからと弁慶から渡されていた――を置いてきてしまっていた。
ハンカチを引っ張り出して、望美は池の淵へ寄る。
とにかく、傷口を洗っておこうと手をつけた途端……
「え?!」
足元がズルリ…と崩れた。
青い色を背景に、淡紅色をした満開の桜が見えた。
重力には勝てぬ…と池に落ちてしまうことを望美は覚悟して、目を閉じた。
「望美さん!?」
聞こえた声が、誰のものかと考える間もなく、重力に逆らうように体が引き上げられる。
そして、次の瞬間には、望美の体は冷たい水の中ではなく、なにか暖かなものの上に倒れ込んでいた。
「肝を冷やしましたよ…」
聞こえてきた声に望美が顔をあげると、すぐ間近に、弁慶の顔があった。
――えっ!?
池に落ちそうになった自分を弁慶が助けてくれたのだと、認識して…
けれど、間近にある弁慶に顔に、自分が今どこにいるのか把握して…
望美は、顔を真っ赤にして慌てて飛び退いたのだった。
くすくす…と、縁に座って望美は思い出し笑いをした。
あの時、池に落ちかけた望美を弁慶が助けてくれて。
でも、すぐに、肉刺を潰した手を見つかってしまって……
有無を言わせず、その場で治療された。
足元には十分気をつけろ、とか
無茶をしてはいけない、とか
いくつもお小言を言われたことを思い出す。
「おや、望美さん?」
後ろから掛けられた声。
振り返った望美に穏やかな視線を向けながら、弁慶が隣に腰かけた。
「あ、弁慶さん。」
「日向ぼっこですか?」
「いえ、桜が……」
庭へと向けた視線。
つられるように、同じ方向へ視線を向けた弁慶の視界を、桜の花びらがひらり…と過ぎて行った。