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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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秘密のお昼寝【遙か4/那千】

那千祭お題参加作品(高宮圭様主催の【那千祭】お題の投稿作品)
ゲーム中やら昔話(回想)やらED後やら、色々と捏造しております
お昼寝をめぐる、ほのぼの、甘々な那千。


秘密のお昼寝



 そよそよ…と気持ちのよい風が吹き抜けていった。
 
「よっ…と……」

 危なっかしい手つきと足取りで、千尋は壁を伝っていた。

「こっちから降りられる…って言っても……」
 
 ――こういう事の為なら、面倒臭いとか言わないんだよね…
 
 那岐が見つけた昼寝の為の隠れ家。
 どちらかというと、ちょっとした秘密基地…のような気もするが……
 今日は、あんまりにもいい風が吹いているから…千尋は、那岐と一緒にのんびり過ごそうかと、そこへ向かっていた。
 
「よいしょ…っ。」

 掛け声と共に、ぴょんと飛び降りる。
 いつも、だいたいこの時間なら、那岐は昼寝しているはずだ……と思い、辺りに視線を向ける……が。
 
「あれ?いると思ったのに。」
 
 果たしてそこには、想像していた姿はなかった。

「なぁんだ。」

 少々がっかりしながら、千尋は壁にもたれた。
 猫が日向ぼっこしているように眠る那岐の姿を、予想して来たというのに……
 残念だと思う気持ちを膝と一緒に抱えて、千尋は、吹き抜ける風に揺れる葉を見つめた。
 マイペースで、特に何かに執着することもなく、でも困った時には面倒を見てくれる。
 あの世界での日々とは遠くかけ離れた場所であっても、那岐は何にも変わらなくて…
 それが、千尋にとっては一番ほっとすることだったりする。
 こちらが自分にとって本当の居場所なのだと分かっていても、ただの「千尋」であった日々からの変化は大きかった。

「ほんと、どこ行っても変わらないよね…」

 くすくす…と千尋は小さく笑う。
 向こうの世界の橿原で、昼休みに学校の屋上で昼寝していた那岐の姿を思い出したのだ。
 中学の時も、高校に入ってからも、午後の授業の前に、いつも千尋が捜しに行った。
 そうしないと、放っておけば午後最初の授業に出てこないこともあったから……
 
「そういえば…」

 ふと思い出したのは、高校に入ってすぐの頃の出来事。
 風の気持ちいい初夏の屋上で昼寝していた那岐を起こしに行って……そのまんま一緒に眠ってしまった挙句、二人揃って午後最初の授業をサボってしまってしまったことがあった。

「あの時は、さすがに慌てたっけ……」

 苦笑しながら、千尋はその時の事を思い返した。


*     *     *



「もう、那岐ってば!」

 呆れ半分、怒り半分で、千尋は屋上に続く階段を足早に上る。
 昼休みの残り時間が少なくなってきた頃に、那岐を探しに行くのも恒例になっていた。

「早く戻ってこないと授業始まっちゃうんだから…」

 ぶつぶつと呟きながら開いた重い扉の向こうには、緑の山と青い空が広がっていた。
 視線を巡らせると、日陰になっている壁にもたれて、予想通り寝ている那岐の姿。

「あ、いた。」

 ぱたぱた、と軽い足音を立てながら駆け寄ってゆく。
 那岐の傍らに座り込み、揺り起こそうと手を伸ばした千尋は、その手を止めた。
 
 ――あ……
 
 寝ていれば悪態をつくこともない、綺麗な顔立ち。
 自分のとは少し違う、けれどおんなじ金の髪。
 いつもは自分を見ている翡翠の瞳は、瞼の奥に隠れていて…
 少し残念だな…と思いながら千尋は息を潜めて観察する。
 普段は、那岐が嫌がるからじっくり見ることはできないから…

 そよそよ、と風が吹き渡る。
 空の高いところで、鳥が囀りながら飛んでいる。
 ゆったりと、白い雲が流れてゆく。
 
 気持ちよさそうに、那岐が寝息を立てているのを見ているうちに、次第に…瞼が重くなってきて……
 

「起こしに来ておいて、寝るなんて信じられないね!」
「先に寝てた那岐に言われたくないよ!」

 責任の所在を擦り付け合いながら教室へ急いだものの、結局、授業はサボることになってしまった。

 

*     *     *
 

 
 
 ――あれは…運悪く風早の授業だったっけ…
 
 その後、こってり絞られた上、家でも説教されてしまった。

「あの時の風早は恐かったなぁ……」

 ほんの一年程前のことだと言うのに、遠い昔の事のように思えてしまう。
 こうやって思い出として記憶していなければ、夢の中の出来事だったのかと思ってしまいそうだ。
 見上げた空は、あの日に屋上で見た空と似た青い色。
 吹き抜ける、気持ちのいい風。
 さわさわ…と髪を揺らす優しい風に、千尋は、抱えていた膝を解放して目を閉じた。
 
 ――風…気持ちいいなぁ……
 
 次第に、意識がまどろみ始める。
 ずるずる…と背中が、預けた筈の壁からずり落ちていくのに、抵抗する気が起こらない。
 ゆっくりと……
 千尋は訪れた眠気に身を委ねた。

 

 
*     *     *

 

 慣れた手つきと足取りで、那岐は壁を伝い降りていた。

「あれ?」

 とんっ…と軽い足音を立てて降り立った那岐の、視界の端にキラキラと光るものが映った。

「ッ!?」

 そちらへ視線を向けた瞬間、背筋が凍りついた。
 壁際で倒れている……見慣れた姿。
 最悪の事態が脳裏を過ぎり、息を飲む。
 そして……
 
「……人騒がせな……」

 那岐は、安堵を溜息と共に吐き出した。
 よく見れば、胸が静かに上下している。

「先客…ってワケか。」

 自分の勘違いと、こんな所で熟睡している千尋の様子に、那岐は苦笑を浮かべた。
 どうせ、この心地よい風に誘われて眠り込んでしまったのだろう。
 ここは、本当に昼寝するには絶好の場所なのだから……
 
 キラキラと差し込んでくる陽の光に輝く、黄金色の髪。
 何が嬉しいのか、口元に浮かんだ笑み。
 瞼の裏に隠れてしまった、晴れた日の空のような瞳。

 いっそ、あのまま…あの世界で穏やかに暮らしていられれば良かったのに。
 そんな風に思いながら、那岐は傍らに座り込んだ。
 そうすれば、毎日、穏やかに過ごしていられたのだから……
 
「ん……」

 ごろん…と千尋が寝返りをうった。

「よく、そんな格好で熟睡できるね……」

 呆れたように呟いて、同じ様に寝転がる。
 ……ちょうど、千尋と向かい合う様に……
 
 ――そういえば、昔……似たようなことあったっけ。
 
 ふと思い出したのは、中学の頃のこと。
 目を覚ましたら、目の前にあった…千尋の寝顔のこと。
 あの時は、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
 不意に湧き上がるのは、悪戯心。
 このまま隣で一緒に眠ってしまったら、目覚めた千尋は、きっと大騒ぎするだろう。
 
 優しく降り注ぐのは、暖かな陽射し。
 欠伸。
 次第に重くなってゆく瞼。
 至近距離の黄金色の髪と長い睫毛が、靄の向こうへ消えてゆく……
 

 
*     *     *
 
 

 二人の髪をさらさらと揺らし、風が吹いてゆく。
 陽射しが、二人の髪を輝かせる。
 静かな寝息が二つ、重なり合う。
 それは、まるで遊び疲れて二人して寝こけた子供の頃のように……
 ゆっくりと流れてゆく…まどろみの時間。
 
 何ごともなく、天鳥船は進んでゆく。
 過ぎてゆくのは、戦の最中とは思えない…穏やかな時間。



*     *     *
 

 

 瞼を開くと、真っ先に見えたのは空の青。

 二度三度目を瞬いて、千尋は、自分が眠っていたのだと思い至る。

「夢…か……」

 とても懐かしい夢を見ていた。
 まだそんなに前ではない…天駆ける船で橿原を目指していた頃の夢だ。
 あの時は、一人で眠ってしまった筈だったのに、目を覚ますと目の前にいた彼に驚いた。

「ほんと、あの時はびっくりしたっけ……」

 思い出し笑いをしながら身を起こし、傍らに視線を向ける。
 淡い金の髪が、そよそよと、吹いてゆく風に揺れていた。
 翡翠の瞳は、閉じられた瞼の奥に隠されていて……
 
 ――あ……
 
 ふいに、襲ってきたのは寂しさ。
 無防備に伸ばされている那岐の手を、千尋はそっと…握った。
 
「なに?」
「起きてたの!?」

 聞こえてきた声に、びくり…と肩が跳ね上がる。
 眠っているから…と、こっそり手を繋いでみたのに……

「今起きた。」

 身を起こして、欠伸一つ。

「懐かしい夢、見てた。」

 ちらり…と千尋へ視線を遣って、那岐はぽつり…と言葉を口にした。

「那岐も?」
「え?」
「天鳥船で、目を覚ましたら那岐がいた時の夢、見てたの。」
「ああ。あれ。」

 微笑みながら言う千尋へ、返されるのは悪戯っぽい笑み。

「千尋が驚くだろうなって思って、ワザと隣で寝た。」
「え!!」

 今になって明かされた事実。
 意地悪されたのだと初めて知って、千尋は唇を尖らせて那岐を睨んだ。
 けれど……
 どれだけ睨んだって、那岐に勝てる筈もなく……結局、無言の抗議は千尋の負けとなるのだけれど……
 

「那岐は、どんな夢見たの?」
「向こうにいた頃のだよ」
「向こうの?」
「昼寝してた僕の傍で、いつの間にか千尋が寝てた時の…」
「あ…」

 その時の事を思い出して、真っ赤になる千尋。
 さすがに、アレは照れくささを通り越して恥ずかしい。
 ぶんぶん、と頭を左右に振って、思い出したそれを振り払う。
 くすくす、と那岐が笑う。
 苦笑を浮かべて、千尋も笑い返すことしかできなかった。
 

 さぁ…と、風が吹き抜けてゆく。

「気持ちいい風…」

 千尋は、後ろへ手をついて空を仰いだ。

「もう少し昼寝していこう。」

 大きく欠伸した那岐が、また寝転がる。

「もう…那岐ったら……」
「千尋も、たまにはゆっくり休まないと、もたないよ?」
「そう……だね。」

 

 中ツ国の王となって、忙しく仕事をこなす日々。
 那岐に誘われ、視察という名目で抜け出してきた橿原宮。
 そしてここは、橿原宮からほんの少し離れたところにある、甘樫丘。
 そんなに高くない丘だけれど…橿原の地を一望できる場所だ。
 まだ日が傾くまで時間がある。
 
 楽しげに囀る鳥の声を聞きながら、寝転がって、千尋は伸びをした。
 二人、顔を見合わせて、くすくすと笑う。
 那岐の手がそっと千尋を抱き寄せた。
 額に、頬に口付けられる。

「ちょ…那岐?」

 黙ったまま微笑まれ、千尋は頬を染めた。
 
 抱き寄せられ、寄り添い眠る。
 手を繋ぎ、ずっと…一緒に。
 
 誰にも気付かれない二人だけの時間。
 
 もう少し……
 
 二人の姿がないと、誰かがここを――二人を見つけ出すまで、このままで…

 

 
おわり


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