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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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迷宮の果てに2~潮騒~【遙か3/弁望】

迷宮捏造ルートからの捏造京EDのための物語。
第二話は、「潮騒の聞こえる店」~デート
1 逢引



 最初は、迷宮についての話があるのだと思っていた。
 けれど、そんな話題はひとつも会話の中に混じる事はなく……
 冷えた冬の空気を温ませる陽射しの下、弁慶は、穏やかに微笑みながら日常的な話をするだけ。
 
 ――そっか、外でだったら、誰が聞いてるかわからないもんね。

 そんな風に自分に言い聞かせ、望美は、弁慶に促されるままここまでやって来た。
 友達とだって、まして…一人でなんて入る事もない、ちょっと敷居の高そうな店。
 まるで、それが当然だとでもいうかのように、弁慶は店内へと入ってゆく。
 躊躇して立ち止まってしまった望美の手を取り……



 潮騒が聞こえる静かな店内。
 暖かな季節なら、ここから、浜辺で遊ぶ人の姿も見えるのだろう。

 少しだけ波の高い冬の海。
 これ程の高さから海を見下ろすことができる事に僅かに驚きながら、弁慶は、借りて来た猫のようにそわそわと店内に視線を彷徨わせる望美の様子を視界の端に捉えていた。

 ――一体、君は幾つの顔をもっているんでしょうね…

 あちらの世界でも、幾つもの表情を目にした。
 こちらに来てからは、更に多くの表情を見ることとなった。



「望美さん、袖…気をつけないと汚してしまいますよ。」
「えっ!?」
 突然声を掛けられて、望美はびくりと肩を跳ねさせた。
「あ……」
 視線を落とすと、すぐ手元には生クリームたっぷりのケーキの姿。
 伸ばされた弁慶の手が、皿をさり気なくテーブルの中央近くへと移動させる。

「ふふっ、少し緊張しているみたいですね。」
 前の席で、弁慶が微笑んだ。
 その表情に、ほんの少しだけれど…望美の背中から緊張が抜ける。
「私…こういうお店って、来る事ないから……」
 まるで言い訳のように、望美は苦笑を浮かべて呟く。

 ……店の雰囲気だけに緊張しているわけではなかったけれど……

「君は、いつもどおりでいいんですよ。」
 耳に届いたのは、穏やかな口調。
「いつもどおり?」
「ええ。」
 顔を上げ問い返した望美に、弁慶は微笑みと共に頷いて見せた。

 カップを口に運ぶ仕草が、あまりにもしっくりきすぎていて…
 弁慶が、この世界とは違う場所から来た人なのだと思えなくなる。

「君がいつもどおりでいてくれるから、僕たち八葉も安心して君についてゆけるんです。」

 ――あ……

 弁慶が口にした「八葉」という言葉に、望美の心に生まれた微かな痛み。

 ――え…?なに?

 初めて感じるそれに、望美は、左胸に手を当てた。
 軋みのような、棘が引っかかるような、キシリ…という音のない、チクリ…という一瞬の痛み。

「どうかしましたか?」
 心配そうに、弁慶が問う。
「え?あ…いえ、なんでもないです。」
 慌てて首を横に振り、望美はにっこりと微笑んだ。
 こんなことで、彼に心配をかけたくなかった。
 気のせいだ…そう自分に言い聞かせて。


 じっと、浮かべられた望美の笑みを見つめ…弁慶は小さく息を吐いた。
 それが悪い変調ではない…という判断を下し、すぐに穏やかな表情を浮かべる。
 不謹慎だと思う。
 わざと口にした言葉一つで、無意識の内に戸惑いを見せる少女を…愛しいと思ってしまった自分が。

 ――期待…してしまいますよ?

 着実に心を占領しつつある恋情。
 今という状況を忘れてしまいそうに……否、忘れてしまいたくなる程に、それは広がりをみせている。
 こんな状況下でなければ、どんな策を労してでも、まだ生まれたばかりの少女の「恋」という感情 を自分のものとしてしまうのに……

 ――今は、それどころではない……か……



「後で…少しあの辺りの海岸を歩きませんか?」
 ティーカップを置き、弁慶が窓の外に目を向けた。
つられてそちらへと目を向けると、犬を連れた子供たちが元気に走り回っている様子が見えた。
「天気いいですもんね。」
「ええ、せっかく君の学校も休みになったのに……迷宮のせいで気も休まらないでしょうし……ね。」

 ――あ……

 不意に、デートだと告げられた言葉を思い出す。
 周囲の視線が気になり始めて、落ち着かなくなる。

 自分たちは、周りからどう見られているんだろう…
 ここまで並んで歩いていた姿が、どんな風に映っていたんだろう…
 ……どこかで、友達に見られたりしていなければいいけれど…

 ぐるぐると、色んな思考が回りだす。
 そして……
 今、自分が弁慶と二人きりでいるのだと……突然、思い出してしまった。

 






2 初心



「じゃあ、今度は、もっとはっきりと誘わないといけませんね…」


 心が揺らいでゆく。
 寄せては返す波のように…
 風にそよぐ木の葉のように…

 優しい微笑みと共に告げられた言葉。
 それは、変化への戸惑いに揺れる望美の心を揺らしてゆく。



 ――私は……

 そっと繋がれた手。
 振り解こう…なんていう気持ちも起こらず…望美は、ほんの少しだけ前を歩く弁慶の整った顔を、斜め後ろから盗み見た。
 波の音よりも、きっと心臓の音の方が大きい。
 足元は砂を踏んでいるはずなのに、ふわふわと落ち着かない。

 ――デートって、どんな顔して歩けばいいの?


 昨夜遅くに掛かってきた電話での、お誘い。
 彼のことだから…と、迷宮のことだと思い込んでしまったのは、自分の早とちり。
 でも、まさか「デート」の誘いだったなんて……

『二人きりになるのが恥ずかしい…』

 そう、朔に言ったイヴの夜から、そんなに日は経っていない。
 当然、弁慶の真意を聞いてしまったからには、余計に意識してしまって……


「どうかしましたか?」

 不意に、足を止めて弁慶が振り返った。
 突然のことに反応できず、望美は、そのまま弁慶の胸の辺りにぶつかってしまう。

「あっ!」
「大丈夫ですか?」

 肩を抱きとめられて、心臓が跳ね上がる。
 慌てて上げた視線の先には、間近にある弁慶の顔。

「だ、大丈夫です…」
 赤くなってしまっただろう頬を隠すように、望美は俯いた。

 絶対に…気付かれてしまった。
 真っ赤になった顔に……
 そんな風に思うと、余計に緊張して…恥ずかしくて……顔を上げられない。



 子供の頃は、将臣や譲と手を繋いで遊びに行った。
 片方の手を将臣が取り、率先して走るように進んでゆく。
 ほんの少し遅れてしまう譲を、望美が手を引いて追いかけてゆく。
 …それは、二人の背が…望美よりもずっと高くなってしまう頃まで続いていた。
 三人にとっては、至極普通の日常だった。

 手を繋ぐ…というのは、それだけのことだったはずだ。
 日常の…中のこと、だったはずだ……

 俯いた望美の目には、否が応にも繋がれた手が入ってくる。
 たとえ毎日振るうことがなくなったとはいえ、あの大きな薙刀を軽々と使いこなす弁慶の手だ。
 見た目よりも大きくしっかりしていて……それでも、多分、他の男性より綺麗だ。
 でも、薬を扱うからだろうか…指先は少し荒れていて、望美の手の柔らかなところに触れると少しざらついて擽ったい。
 書物を繰ったり、薬を調合したりするのだから…きっと指先は器用なのだろう。
 ……そんな風に思いながら、目に入る弁慶の手を見つめる。

「望美さん?」

 俯いたまま黙り込んでしまった望美を心配して、弁慶が声を掛ける。
 その声で、望美の意識は現実に引き戻された。

「え…あ……なんですか?」

 それは、酷く間抜けな言葉だったろう。
 言ってしまってから望美は後悔した。
 けれど、一度出てしまった言葉を戻すことなんて出来ない。

「それは僕が聞きたいです。」

 溜息まじりの声に、望美はやっと顔を上げた。
 瞳に映った弁慶の顔は、少し困ったような微笑を浮かべていた。

「僕との『デート』は面白くないですか?」
「い、いえ。そんなこと……」
「――では……」
 開いている片方の手をわざとらしく額に持ってゆき、弁慶は考え込む素振りを見せる。
「ああ…もしかして、これが『デート』だと分かって緊張してるんですね?」

 問いではない。
 確信だ。
 それも……からかいの混じった。
 
 瞬時に望美の頬が朱に染まる。
 先程ぶつかった時よりも赤くなった望美に、弁慶は悪戯っぽい笑みを向けた。
「ふふっ、嬉しいな。君は、僕の事を一人の男として気にしてくれているのかな?」
「なっ……ちょっ……弁慶さんっ!」

 言葉が出てこない。
 慣れていたはずだった。
 弁慶がこんな言葉を言うのは、今に始まったことじゃないのだから……
 なのに――

 ――私…どうしちゃったの?



 告げられた言葉が図星なのだとも気付かぬ程、望美の心は恋愛に対して幼い。
 ずっと、男の子たちに混じって遊んでいた。
 戦いの中では、男たちばかりなのが当然だった。
 けれど――自分の世界で…同年代ではない男性と同じ目線で接したのは初めてだった。


 まだ……望美は気付かない。

 訪れた心の変化の正体に。
 たった一人を想う…特別な感情に。



【3.真実】へ


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