迷宮の果てに3~真実~【遙か3/弁望】 2008年12月02日 遙かなる時空の中で3 0 迷宮捏造ルートからの捏造京EDのための物語。 第三話は、終章前半部分捏造 迷宮~有川家 1 魔性 知らないうちに外を出歩いていることが、増えていた。 いつベッドに入ったか思い出せない日が、増えていた。 言い知れぬ不安が…広がってゆく。 一体…何が起こっているのだろう。 何を…皆は、隠しているのだろう。 「私があなたに教えてあげる。彼らが隠す…あの夜の真実を――」 きっと、その言葉に耳を貸してはいけなかった。 答えを、その声に求めてはいけなかった…… 開いたのは扉。 戻ってくるのは記憶。 突きつけられたのは真実。 不安に揺れ続けていた心が…一気に崩れる。 「いけない!望美さん、心を揺るがせては……!」 望美の心へ呼びかける、弁慶の声は届かない。 意識が、闇の中へと引きずり込まれようと…していた。 ――私が…私のせいで…… 不安が呼ぶのは、幾重にも重なった傷の記憶。 過ぎってゆくのは、幾度も巡った運命の記憶。 心に、刻み込まれてきた幾つもの…罪の記憶。 ――私が……何度も、傷つけて―― 痛みが…広がってゆく。 意識が…闇に…堕ちた。 そして―― 「ようやく…手に入れたよ。ここまで――みんな、ご苦労様。」 見たこともない笑みを浮かべ、「彼女」は望美の声で楽しげに告げた。 『対価にあなたたちの魂をもらわねば、割に合わない』 遠くで、何か聞こえる。 沈んでゆく…というのが、ぴったりと当てはまるだろう。 今、望美の意識は、闇の底へと沈んでゆこうとしていた。 どこか遠くから、知っている声が聞こえるような気がした。 とても、悲しみと苦しみに満ちた声が、聞こえる気がした。 ――ああ…また、私が…… 堅く閉じた瞳から、一筋の涙が伝う。 ――ごめんね、わたしのせいだね、ごめん。 謝ろうとして、声が出ない事に気付いた。 『望美さん…っ』 自分の名を呼ぶ聞きなれた声は、どこか苦しげで…胸が痛くなる。 失いたくない人の声だと思い出して…望美は手を伸ばそうとした。 けれど、そうすることでまた…彼を傷つけるかもしれない…と望美はまた、涙を零した。 両手で顔を覆い、体を丸めて…望美は唇を噛み締める。 ずきずき…と胸が痛んだ。 深く眠りを誘うように…闇が…濃くなってゆく。 このまま……睡魔に全てを委ねてしまえば、この痛みも苦しみも…消えてしまうだろうか…… そう過ぎった瞬間…… シャーン、シャーン… たゆたう望美の意識を呼び覚ますように響いたのは、鈴の音。 これまで、何度となく聞いた事のある…澄んだ音色。 シャーン、シャーン 望美は、ふ…と意識が浮上するような感覚を覚えた。 闇ばかりだった場所に光が開ける。 不安と哀しみと苦しみに苛まれていた心に、温もりが届く。 「神子……」 それは、聞き覚えのある声。 いつも、自分に呼びかけてくる…声。 「白龍、私を呼んでる?」 それは望美を神子に選んだ白き龍の神。 沈んでゆこうとしていた望美の意識が、急速に覚醒し始める。 視線を彷徨わせて気付いたのは、この場所に一人きりなのだということ。 そしてすぐに、共にいた筈仲間たちのことを思い出した。 「みんなは、どこに…」 呟き、そして望美は愕然とした。 ――どうして? 自分の体が、自分の意思と関係なく動いている様を、望美はまるでホームビデオの映像を見ているような感覚で認識した。 手には白龍から与えられ、共に運命を切り開いてきた…剣。 足元には、大切な仲間達が傷つき倒れる姿。 何が起こったのかを、頭で理解するより先に感じたのは…… ――いや! 剣を持つ手から自分の意識へと伝わってくる……生々しい感覚だった。 この腕が。 守るために身につけた技が。 守るべき仲間達を傷つけた。 大切な人を。 もう失いたくないと願った人を。 自分が傷つけたのだと自覚する。 ――やめて… 何度も繰り返した運命の中で…深く傷ついていた心が、悲鳴を上げた。 「早く壊れて…深く沈んでしまいなさい。」 唇を歪め、どこか楽しげな口調で荼吉尼天が告げる。 異国の神は知っているのだろう…… 何が最も望美の心を傷つけるのかを。 この状態でも、まだ意識を保つことのできる神子から完全に肉体を奪うためには、その心を壊してしまうしかない…と。 ――うあぁああぁっ! 意識が、再び闇の底へと引き込まれるような感覚。 「神子……っ…」 「望美!」 ――白龍…朔……ッ 白龍の、朔の、悲痛な叫びが直接…望美へと伝わってくる。 その声が、辛うじて望美の意識を繋ぎ止めていた。 「龍神……私を押さえ込もうというの?」 龍神と対の神子の呼びかけが妨げになっていることに気付き、不快そうに、望美の姿をした荼吉尼天が眉を顰める。 ――私の体を返して! 傷つけたくない。 だから、取り戻さなくては…… 負けてなんていられない。 このままでは、また自分が皆を傷つける。 「……………困った子だね。あきらめの悪いこと……」 剣の切っ先が虚空を彷徨う。 次は誰を…と選んでいるのだろう。 そして…… 「ああ、そうね。そうだったわね。」 宝物でも見つけたかの様に楽しげな笑みを浮かべた荼吉尼天は、その視線を「彼」へと向けた。 ――だめ! 望美は悲鳴を上げた。 その人だけは、もう、二度とこの手で失わせたくない… 脳裏を過ぎったのは、舞い散る桜の向こうへ霞む姿。 甦った記憶に、望美は躊躇することなく行動を起こしていた。 「望美さん!!」 自分の名を呼ぶ弁慶の声を「現実」として聞きながら……望美は、振り上げた剣を自分の腕へと突き立てた。 2 傷痕 目を開くと、最初に見えたのは天井。 ぼんやりとしたままで、望美は視線を彷徨わせた。 自分の部屋ではない。 でも、京の…どこかの邸でもない。 ――ここ…は…… 子供の頃から見慣れた部屋のつくり。 なぜか、柱についた背比べのキズが無性に気になる。 ふ…と思い出したのは、小さい頃に将臣や譲と一緒に背比べをした想い出。 かつてスミレが使っていた有川家の和室は、望美にとっては、過ごし慣れた部屋だった。 ――私…… 靄のかかっていた思考が次第にはっきりしてきて…望美は、自分の身に何が起きていたのかを思い出した。 荼吉尼天は、倒した筈だった。 まさか、この身に憑いて…鎌倉の町や景時、仲間達を傷つけてていたなんて… ――私が…… 楽しげに、隠されていた真実を告げた荼吉尼天の声が甦る。 不安に揺れる望美の心を壊してしまおうと、嘲るように告げた声が耳に残っている。 この手が、仲間達を傷つけた。 失いたくないと願った人に、刃を向けた。 「全部…私が……」 ぽつりと呟いて上体を起こすと、ずきり…と傷口が疼いた。 白い包帯の巻かれた左腕。 つん…と鼻を掠めたのは、嗅ぎ慣れた弁慶の薬の匂い。 「……弁慶さん……」 深い溜息と共に、望美は小さく言葉を紡ぎだした。 胸が痛んだ。 あの時…荼吉尼天が愉快そうに向けた視線を思い出して… 『ああ、そうね。そうだったわね。』 あの声を思い出すだけで、恐怖が甦る。 荼吉尼天の視線が弁慶の姿を捉えた瞬間、望美は、躊躇することなく自分へ刃を向けた。 自分の体を使って、大切な人を傷つける荼吉尼天を止める為に。 もう…失いたくなど、なかったから…… 荼吉尼天が口惜しげに呻いたのは覚えている。 奥深くに荼吉尼天の意識が沈んでいって、体の感覚が自分のものとして戻ってきたのも覚えている。 刃を突き立てた腕が痛くて、遠のきそうになる意識を保つのがやっとだったけれど……望美は、荼吉尼天から体を取り戻したのだ。 けれど―― 「まだ…私の中に荼吉尼天はいる――」 自分という存在が、大切な仲間達を苦しめる原因になっているのだと…望美は、唇を噛み締めた。 じわり、じわり…と体の中に不安が広がってゆく。 たとえ自分の意思でなかったとはいえ、仲間達を傷つけたのはこの手。 そして、いつ……また体を奪われてしまうか分からない。 ――こわい…こわい…こわい… 震えが止まらない。 ぎゅっ、と強く自分を抱きしめる。 ――だめ…望美。しっかりしなきゃ… 怯える心を叱咤しても、まるで心から冷え切ってしまったように震えは止まらない。 ――ワタシガ ミンナヲ キズツケタ 聞こえてくるのは幻聴なのか、それとも自分の内にいるモノなのか。 ――マタ ミンナヲ ウシナッテ シマッタラ? たったひとり…すべてを失って…雨の中で泣き叫んだ記憶が過ぎってゆく。 ――怖い…恐い…こわい…コワイ…… 「傷の具合はどうですか?」 声を掛け、静かに開いた襖の向こう。 明りさえも灯さぬ部屋の中で、望美が蹲っていた。 「望美さん!?」 「来ちゃダメ!」 慌てて傍へ寄ろうとした弁慶に、望美が鋭い制止の声を上げた。 「望美…さん……?」 青ざめた表情。 小刻みに震える体。 自分自身を両腕で抱きしめ、望美は近付く弁慶から逃げようとしていた。 心が不安に怯えているのだ。 体に巣食う荼吉尼天が、また仲間を傷つけるのではないか…と。 弁慶は、深く息を吐いた。 「望美さん。」 「ダメ。私、また……」 目の前で膝をついた弁慶から顔を背け、望美は搾り出すように告げた。 「望美さん!」 ――え? ぐい…と腕が引き寄せられた。 わけも分からぬまま、突然、温もりに包まれて……望美は目を瞬かせた。 間近に心音が聞こえる。 鼻へと届いたのは、嗅いだ事のある薬草の匂い。 ――な…に? 僅かに視線を上げると、すぐ傍に弁慶の顔。 背に回された腕が、望美の体を強くかき抱く。 「離して…下さい。」 「嫌です。」 弁慶に抱きしめられているのだと頭が理解して、望美は、腕の中から逃れようと身じろぎした。 けれど、逃れようともがけばもがくほど、強く抱きしめられる。 ぐいぐい…と、その体を押しやっても弁慶は望美を離そうとしない。 「…だめ……」 ぽろぽろと涙が頬を零れ落ちる。 近くにいれば、また傷つけてしまうかもしれない。 また、失ってしまうかもしれない。 「弁慶さん…」 ――お願い…離して……私に近付いちゃ…だめ…だよ…… 「……望美さん…」 耳元で、深い声が名を呼んだ。 びくり…と望美の肩が跳ねる。 「どうか…怖がらないで。」 胸が締め付けられるほどに、優しい声。 規則正しい心音と伝わってくる温もりが、いつしか体の震えを止めていた。 「いつもどおりでいい…僕はそう言いましたよね。」 告げられた言葉で思い出したのは、潮騒が聞こえる店で過ごした穏やかな時間。 ほんの少し前のことなのに…ずっと昔の事のように思える。 「弁慶…さん?」 顔を上げると、穏やかな琥珀色が望美を見つめていた。 頬を濡らす涙を弁慶の指が拭って…そっと髪を撫でられる。 ――いつも…どおり…… 「君が君らしくいることが、君自身を保つための最良の方法なんです。」 ――私自身を…保つ? 言葉が、ひとつずつ望美の心へと滲み込んでゆく。 「心を、揺るがせちゃ…いけない……?」 ぽつり…と呟いた望美に、弁慶は微笑んで頷いた。 「そうです。」 「私が、私…らしく?」 「ええ。」 不安と恐怖に凍り付いていた心が、次第に融け出す。 広がっていた闇に、光が差し込む。 「わた…し……」 ゆっくりと瞬き、望美は弁慶の胸へと顔を埋めた。 優しく髪を撫でる手が心地よい。 「さあ、落ち着いて……」 耳元で囁く声が、安堵を連れて来る。 ――なんでだろ…弁慶さんの…声…すごく落ち着く…… 柔らかな光が、望美を包んだ。 ふわり…と、体が浮かぶような感覚。 「次に目を覚ましたら…いつもの、君らしい笑顔を見せて下さいね……」 遠くから、弁慶の声が聞こえた気がした。 安らかな寝息を立てて眠る望美。 「僕は、君を傷つけることしかできないのかな……」 自嘲の笑みを浮かべ、弁慶は呟いた。 さらさら…と前髪を梳いて、額へそっと唇を寄せる。 頬を撫で、薄らと開いた唇へ視線を移し…… 「おや?」 視界の端で、キラリ…と蛍光灯の光に輝いたのは小さな十字架。 ――つけてくれていたんですね… 望美の胸元で輝くネックレスに、弁慶は口元を綻ばせた。 【4.想い】へ PR