ちかいきょり 6【雅恋/和彩】 2010年12月11日 雅恋~MIYAKO~ 0 【ちかいきょり 和彩】6 白い光に満ち溢れた世界。 それは、あの夢の中と似ているけれど……何か違うような気もした。 わたしを包みこみ甘やかすのは、優しいぬくもり。 聞こえてくるのは、規則正しく刻まれる……命の音。 とても、とても幸せな気持ちだった。 半分は眠りの中。 残り半分は現-うつつ-。 そんな心地よいまどろみの中で、わたしの名前を囁く声がした。 手を伸ばせば、くいと引き寄せられて…… わずかな甘さを含むさわやかな香りに包まれる。 ああ、これは…… 知ってる。 わたし、この香りを知っている。 これは―― 「…………だよ。彩雪。」 ふわり、と髪を撫でられたと思った。 軽く、額に柔らかな何かが触れたと思った。 離れていってしまう、そのぬくもりが少し寂しいと思った。 「なんや和泉、こんなところでなにしとんねん。」 意識が夢と現を彷徨う中、不意に聞こえてきた声。 え?弐号くん? そっか、ライコウさんの用事、済んだんだ。 ふと、そんな風に納得する。 「やあ、弐号。おかえり。」 今度は和泉の声。 ああ……近くで和泉の声が聞けるなんて…… なんて、心が温かくなるんだろう。 「ライコウが血相変えとったで。」 「ははっ、仕方ないね。でも、怒られるのは後回しだ。」 「笑い事と、違うやろ!」 そんなやりとりが、明るい楽しげな声で行われている。 会話の内容は、あんまり楽しげには聞こえないけど…… それにしても―― ライコウさん、どうしたんだろう。 怒られるって、どういうことかな。 「ああ、弐号。 すまないけど、少し静かにしてあげてくれるかな。あんまり騒いだら起こしてしまうからね。」 誰を……とは言わない。 でも、和泉が、わたしのこと気遣ってくれてるんだと分かった。 なんだか、ちょっと嬉しいなぁ。 「ん?んん?どういうことや?」 「うん?どうしたんだい?」 多分、弐号くんは、トサカを傾けて考え込む素振りでもしているんだろう。 でも、そんな弐号くんへと、くすくす、と楽しそうに笑いながら和泉が問い返した。 「どうしたって……そもそも、なんで和泉がここにおんねん。」 「それは、色々……ね。」 言い募るような、更なる問いへの含むような和泉の答えに、弐号くんが手羽をばたつかせている音が聞こえてきた。 「色々……って。」 「色々は色々だよ。そのうち、ちゃんと説明するからね。」 「そのうち……って!今、答えたってええやろ!」 あ、なんか暴れてる? わたし、起きていった方がいいのかなぁ。 「うーん、今……か。そうだなぁ、何から聞きたい?」 「何からって……」 和泉が少し考え込むように唸ってから、弐号くんへと問いかける。 それに返ってきたのは……溜息? そして、ちょっと怒ったような弐号くんの声がした。 「それや、それ!」 「どれ?」 「なんで、そんな格好で参号の部屋におんねん!」 わたしの部屋? それはそうだよ、だって…… ――あ。 わたしは、ぱっちりと目を開いた。 体を起こそうとして、微かな痛みに顔を顰めてしまう。 和泉が着せてくれたのだろうか、わたしは知らないうちに単を身に着けていた。 膝で這うように褥を抜けて、几帳の陰から覗いて見れば…… 和泉の背中が最初に見えた。 その向こう側に、羽をばたつかせている弐号くんの姿。 和泉は……わたしと同じで単姿だ。 「それは、ね。うん、そういうことだよ。」 「な………」 唖然とした弐号くんの顔。 今の和泉の言葉で、事情を察したのだろうか…… 数歩、弐号くんは、よろよろと後ずさった。 「な、な、な……何考えとんねん!」 びしっ!と手羽が和泉へと突きつけられる。 あはは、と笑って、和泉が答えた。 「そうだなぁ。二人の幸せな将来について……かな?」 え!? その言葉に、思わず目を見開いてしまうわたし。 頬が、かぁっと熱くなった。 そして。 「アホか!」 「和泉っ!?」 弐号くんのツッコミと、わたしの裏返った声が重なった。 「やあ、目が覚めたんだね。……大丈夫かい?」 振り返った和泉が優しい微笑みを向けてくる。 その向こうで、うろたえている弐号くん。 でも、そんな弐号くんの様子なんて気にも留めず、和泉はわたしを見つめていた。 「ちょっと無理させちゃったみたいだから、もう少し休ませてあげたかったんだけど……」 「あ……うん……大丈夫だよ。」 とは言っても、本当は少しだけ辛い。 床に座ったまま、歩み寄ってくる和泉を見上げていると、さっきまでのことを思い出して、かぁっと頬が熱くなる。 「本当に?」 「うん、心配してくれてありがとう。」 「ふふ、俺のせいで彩雪が辛い思いをしたりして欲しくないからね。」 わたしの前まで来て膝をつき、髪を撫でてくれる和泉。 それがとても心地よくて、わたしは目を閉じた。 そして―― 「なに二人して、ばかっぷるやっとんねん!」 良く分からない言葉を叫んだ弐号くんが、呆れたような表情でわたしたちの方へと向かってきた。 それを、手で制する和泉。 「弐号、それ以上寄らないでくれるかな?俺の后に……さ。」 「っ!?」 肩越しに振り返りながら告げた和泉の言葉に、愕然とした表情で弐号くんが硬直する。 真っ赤になったわたしを見て、にこにこと笑う和泉を見て、そして弐号くんはもう一度わたしを見た。 「…………」 大きなため息。 そして―― 「和泉がおらん!いう連絡入って、血相変えてライコウ飛び出して行きよったけど……」 まるで肩を落とすような感じで、弐号くんは手羽を下におろした。 「こない勝手なことして、えらい怒られるん違うか?」 「だろうね。」 「本気なんやな?」 「ライコウにも言ったけどね。俺は本気だよ?」 あはは、と笑って、和泉はわたしの肩を抱き寄せる。 それとほぼ同時に、慌ただしい足音と声が門のあたりに響いた。 それは間違いなく…… 「やっと来たみたいだね。」 くすくすと、悪戯の見つかった子供のような表情で和泉が笑う。 わたしは、これから起こるであろうひと騒ぎについて、少し頭を悩ませるのだった。 終 PR