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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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ふゆのおもいで【tactics】

登場人物は勘太郎とヨーコのみ。(notカップリング)
まだ春華が加わっていない一ノ宮家の、二月のある日のお話。
冬の、ある民俗行事にまつわる…ものがたり
ふゆのおもいで


 
「そういえば」

 ふ・・・と、思い出したように勘太郎が呟いたのは、2月のある午後。
 目を落してた本から顔をあげ、ちょうど茶を入れ替えようとしていたヨーコへと視線を移す。
 
「ねぇ、ヨーコちゃん」
 
 ぱたん。
 本を閉じて勘太郎は声を掛けた。
 
「なに?」
 
 急須を置き、頬杖をつきながらこちらを見ている勘太郎へと首をかしげた。
 
「そろそろ初午だなぁ…って思ってね。」
 
 突然、何を言い出したのか…と、ヨーコは、この年齢不詳童顔男を見つめた。
 
「勘ちゃん?」
 「初午ってお稲荷さんをまつる日だけど…」
「?」

 僅かに笑みを浮かべながら、勘太郎が話し出すのを、ヨーコは訝しげに眺める。
  よく分からないことを言い出すのは、今に始まった事ではないし…
 こうやって、『家族』として一緒に過ごす相手が…自分と一緒にいて話をしてくれる者がいることが…嬉しかった。
  ――ずっと…たった一人でいたことを思えば…
 
「初午の頃にね。」
 
 勘太郎の声に、ふ・・・と我にかえる。
 知らず知らずのうちに、今ではもう過去となったことを思い返していたらしい。
 
「野や山に、油揚とかをお供えする、『野施行』とか『寒施行』っていう行事があるんだよ。」
 
 ――あ…れ?
  ふ…っと、ヨーコの脳裏を過ぎって行ったのは、忘れていた暖かい記憶。
 


     *    *    *

 

 寒い寒い季節。
 ずっとずっと昔のこと。
 人間には生き得ない程の…昔の記憶。
 
――ノセンギョウヤ、ノセンギョウヤ…

 耳の奥で甦る声。
 遠く近く響いていた声。
 小さな小さな岩の上に置かれた、竹の皮の包み。
 
 寂しい…そんな哀しい想いで隠されていた、小さな小さな…ぬくもり。



     *    *    *




「ヨーコちゃん?」

  驚いたような勘太郎の声に、ヨーコの思考は現実に引き戻されていた。
 自分を見つめる心配げな瞳に、初めて、頬を伝う涙の存在に気付いた。
 
「あ…あれ?」
 
 戸惑い、おろおろとし始めたヨーコへ…
 
「キツネはね。」
 
 優しく語りかけるように勘太郎は話し始めた。
 
「田の神様のお使いだと考えられてきたんだよ。
 だから…稲の神様の稲荷神社にはキツネがいて、稲荷をまつる初午の頃に施行がされるんだ。
 大切な、稲の神様のお使いのキツネたちがひもじい思いをしないように…って」
 「…………」
 
 そっと…頭に触れる手のひら。
 
「勘ちゃん?」
 
 顔を上げると、勘太郎が微笑んでいた。
 


 憧れていたのは、あたたかい家族。
 ずっと欲しかったものは、幸せなぬくもり。
 そして…気付かせてくれたのは……優しい想い。

 

 
おわり

 

参考文献
「年中行事辞典」(西角井正慶 編/東京堂書店)
「民具の歳時記」(岩井宏實 著/河出書房新社)

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