ふゆのおもいで【tactics】 2007年02月01日 その他版権 0 登場人物は勘太郎とヨーコのみ。(notカップリング) まだ春華が加わっていない一ノ宮家の、二月のある日のお話。 冬の、ある民俗行事にまつわる…ものがたり ふゆのおもいで 「そういえば」 ふ・・・と、思い出したように勘太郎が呟いたのは、2月のある午後。 目を落してた本から顔をあげ、ちょうど茶を入れ替えようとしていたヨーコへと視線を移す。 「ねぇ、ヨーコちゃん」 ぱたん。 本を閉じて勘太郎は声を掛けた。 「なに?」 急須を置き、頬杖をつきながらこちらを見ている勘太郎へと首をかしげた。 「そろそろ初午だなぁ…って思ってね。」 突然、何を言い出したのか…と、ヨーコは、この年齢不詳童顔男を見つめた。 「勘ちゃん?」 「初午ってお稲荷さんをまつる日だけど…」 「?」 僅かに笑みを浮かべながら、勘太郎が話し出すのを、ヨーコは訝しげに眺める。 よく分からないことを言い出すのは、今に始まった事ではないし… こうやって、『家族』として一緒に過ごす相手が…自分と一緒にいて話をしてくれる者がいることが…嬉しかった。 ――ずっと…たった一人でいたことを思えば… 「初午の頃にね。」 勘太郎の声に、ふ・・・と我にかえる。 知らず知らずのうちに、今ではもう過去となったことを思い返していたらしい。 「野や山に、油揚とかをお供えする、『野施行』とか『寒施行』っていう行事があるんだよ。」 ――あ…れ? ふ…っと、ヨーコの脳裏を過ぎって行ったのは、忘れていた暖かい記憶。 * * * 寒い寒い季節。 ずっとずっと昔のこと。 人間には生き得ない程の…昔の記憶。 ――ノセンギョウヤ、ノセンギョウヤ… 耳の奥で甦る声。 遠く近く響いていた声。 小さな小さな岩の上に置かれた、竹の皮の包み。 寂しい…そんな哀しい想いで隠されていた、小さな小さな…ぬくもり。 * * * 「ヨーコちゃん?」 驚いたような勘太郎の声に、ヨーコの思考は現実に引き戻されていた。 自分を見つめる心配げな瞳に、初めて、頬を伝う涙の存在に気付いた。 「あ…あれ?」 戸惑い、おろおろとし始めたヨーコへ… 「キツネはね。」 優しく語りかけるように勘太郎は話し始めた。 「田の神様のお使いだと考えられてきたんだよ。 だから…稲の神様の稲荷神社にはキツネがいて、稲荷をまつる初午の頃に施行がされるんだ。 大切な、稲の神様のお使いのキツネたちがひもじい思いをしないように…って」 「…………」 そっと…頭に触れる手のひら。 「勘ちゃん?」 顔を上げると、勘太郎が微笑んでいた。 憧れていたのは、あたたかい家族。 ずっと欲しかったものは、幸せなぬくもり。 そして…気付かせてくれたのは……優しい想い。 おわり 参考文献 「年中行事辞典」(西角井正慶 編/東京堂書店) 「民具の歳時記」(岩井宏實 著/河出書房新社) PR