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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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事件簿 番外・中秋の名月【スレイヤーズ・ガウリナ】

パラレルガウリナの番外編
ラブラブと言うよりは、ほのぼの?
来年も、その次も、一緒に月見がしたいなんて言えない

※パラレルネタのためカテゴリ変えています
事件簿 番外・中秋の名月



 

 月が出ていた。

 

 皓い光ではない、儚くも見えない……存在感を示すくらい明るい、金色の望月が……

 

 

 ガウリイは、アパートの自室の窓辺に寄りかかるようにして、じっと、暗い夜空に浮かぶ満月を眺めていた。

 

 はた目から見れば、整った顔立ちに長い金髪、さらには長身……という彼は、夜の闇を明るく照らし出す月光の中では、この世と思えないほど美しく映る。

 それを知ってか知らずか……彼の場合は「知らず」なのだが……ガウリイは、ただ月を見上げ続ける。

 

 けれど、月を映す宝石のように美しい蒼い瞳は、物思いにふけるようにどこかあらぬ場所を見ていた。

 考えているのは、とある少女のこと。

 

 訳あって刑事を辞め先も見えぬまま放浪していた時、このアパートの主にここへ連れられ、思い立ってここで私立探偵を始めた。少女はその主の娘。好奇心の塊の彼女は、自ら彼の助手を宣言して、事件にむやみやたらと首を突っ込んでくる。

 

「……人の気もしらないで……」

 

 目を伏せて、ポツリと呟く。

 

 なぜか、ややこしい殺人事件の類に縁があるらしく、首を突っ込んできた少女が命の危険にさらされることもあった。

 そういうことがあった直後はおとなしくしているのだが、しばらくすると、すぐに無茶をする。

 それが……そのことが心配で仕方ない。

 気の強い少女のことだ。

 そう告げると、逆効果になりかねない。

 

 ……それ以前に……

 

「オレも丸くなったもんだ……」

 

 彼は苦笑を浮かべた。

 

 心配だが、邪険にすることもできない。

 その破天荒な少女に魅かれているのだ、彼は。

 気づくと、少女のことばかり考えてしまっている。

 純粋な……想い。

 少女のそばにいたい。

 いつも笑顔を見ていたい。

 

 

 

「ちょっと、ガウリイ開けて!」

 

 突然声がした。

 

 聞き慣れた……声。

 彼を夢中にさせてしまっている……少女の……声。

 我に返って、ガウリイは窓辺から立ち上がった。

 

「早く開けてってば!」

 

 気が短いゆえか、叫ぶようにせかしてくる。

 

「今開けるって。」

 

 呆れながら、ガウリイはドアのカギに手を伸ばし……はた、と気づいた。

 

「そういや、鍵かけてないぞ。」

 

 ドアを開けながら言う。

 

「両手ふさがってんのよ。」

 

 言って、何かを抱えた栗色の髪の少女が部屋に入ってきた。

 

 ふだんは制服姿を見ることの多いせいか、トレーナーにロングのタイトスカートという服装が少しばかり新鮮だった。しかも、エプロンまでつけている。

 

 部屋の主よりも先に上がり込み、勝手知ったる我が家が如く――ある意味「我が家」なのだが……――部屋の奥へと入って行く少女に、

 

「……で、リナ。何しに来たんだ?」

 

 ガウリイは問いかけた。

 リナ、と呼ばれたその少女が肩越しに振り返る。

 

「だって今夜はお月見だもん。」

 

 言って手にもった盆を掲げてみせる。

 

「何だ?」

 

 布巾のかかったそれを指差し、ガウリイが問うのに、

 

「月見団子」

 

 テーブルに盆を置き布巾を取ると、リナはにっこりと微笑んだ。

 

 ――う゛……

 

 胸中で呻くガウリイ。

 その屈託のない無邪気な微笑みに、思わずどぎまぎしてしまったのだ。

 慌てて頭を横にふって、その想いを打ち消す。

 

「あたしも一緒に作ったんだから、ありがたく食べるよーに!」

 

 胸を張って言うリナ。

 

「それは嬉しいけど……

 わざわざ持って来てくれたのか?

 そんなにたくさん。」

 

 山積みになっている、膨大な量の月見団子を目に、ガウリイは驚いて問いかけた。

 

「ん?

 ついでにあんたの部屋でお月見しようと思って……あたしの分もあるの。」

 

 いたずらっぽく笑って、リナは台所(あまり機能していないのだが)に向かった。

 

「なるほど」

 

 思わず納得してしまうガウリイ。

 リナもガウリイもかなりよく食べる方だが、この大量の月見団子を二人で食べるのなら、おそらくちょうどいい量だろう。

 

 

「ガウリイー。

 お団子、あんたの寝室に持って行っといてー。」

 

 台所からリナの声が聞こえてくる。

  ガウリイはテーブルの上の、月見団子の山を持つと、先程まで物思いにふけっていた寝室の方へと向かった。

 このアパートの中で一番月がよく見えるのは、5階に位置するガウリイの部屋の寝室なのだ。

 

 階段を挟んだ向かいにはかなり広いベランダ(屋上)もあるのだが、この時間だと…まだきれいには見えない。

何よりも、月見団子を食すには、外は秋の夜の冷たい空気が身に染みていけない。

 それをよく知っているからこそ、リナはこの部屋にやって来たのだ。

 

 

 意外と片付いている(定期的にリナが掃除に来る)寝室の、窓際に置かれたベッドを整え盆を置くと、ガウリイは腰ベッドの端に腰掛けた。

 

「おまたせー。」

 

 お茶の載った盆を持ってリナがやってくる。

 

「じゃ、食おうぜこれ。」

 

 言うガウリイに、盆を置いてガウリイの隣に腰掛けながら、リナはちろり、と睨んだ。

 

「花より団子……じゃなくて、月より団子……ね。あんたって。」

 

 ついでにため息まで漏らす。

 

「お前に言われたかないな。」

 

 負けじと言い返すガウリイ。

 しばし睨み合って、二人は同時に吹き出した。

 

「お茶の冷めないうちに食べちゃいましょうか。」

 

 言ってリナ早速月見団子に手を伸ばす。

 

「あ!こらまて!」

 

 慌ててガウリイも手を伸ばす。

 見る見る間に盆の上に山積みになっていた団子が減ってゆく。見ているものが胸焼けしそうな勢いである。

 

 

「こら!あんたの方が多いわよ!」

「知るか!お前こそ、その手に持ってるのはなんだ!」

「キープよ、キープ!」

 

 

 賑やかすぎるお月見。

 風情も何もあったものではない。

 

 怒涛のような取り合いが終結し、月見団子がすべてなくなるまで、そんなに時間は要しなかった。

 

 

 

「あーうまかった。

 奥さんか?」

 

 ほっと一息、お茶をすすりながらガウリイが問う。

 

「今年のは、あたしと姉ちゃん。」

 

 同じくお茶をすすりながらリナが答える。

 

「へー。上手くなったじゃないか、リナも。」

「いまさら何言ってるかなー。

 あたしは料理得意なんですからねっ!

 ……そりゃ、母さんや姉ちゃんに比べたらまだまだだけどさ……」

 父ちゃんに比べたらましよ。

 と笑うリナ。

 

「野菜炒めか?」

 笑いを含んだ声で言うガウリイに、

 

「思い出させないで。」

 苦い顔をしてリナは呻いた。

 幼い頃の野菜炒めオンリーの日々を思い出したのだ。

 

「あははは」

「笑うんじゃない」

 憮然としながら、リナはガウリイを睨みつけた。

 

「はは……――と」

 ふと、ガウリイが笑いを途切れさせる。

 じっ、とリナを見る。

 

「何よ」

 一瞬たじろぐリナの方へ手を伸ばし、

「あんこ……ついてる」

 言って、リナの頬に触れた。

 

「っ!?」

 

 冷たい指の感触に、リナの鼓動が急に跳ね上がった。

 そして真っ赤になる。

 取った餡をガウリイが食べてしまったから。

 

「ちょっ!なっ!」

 

 パニックに陥るリナ。

 

「何だよ、何言ってるんだ?」

 

 何事もなかったかのように問いかけるガウリイに、

「あっ、これっ、片付けてくる!」

 がばっ!と立ち上がって、盆を2つとも持ってリナは慌てて寝室を後にした。

 

 

 

「……ウブだよな……」

 

 苦笑を浮かべて、ガウリイはぽつり、と呟いた。

 

 今のは別にわざとではなかったのだが……こうもかわいい反応をされると、何というか、変な気になってしまいそうでヤバイ。

 

 小さく嘆息して、ガウリイはベッドに上がり込むと、窓にもたれた。

 月は、さっきよりも高くに上がっている。

 

 

 

「……ったく……なんてこと……すんのよ」

 

 熱くなった顔を、洗って冷やしながらリナは呟いた。

 

 そもそも、免疫がないのだ。

 今まで「男」と言えば、クラスメートや教師以外では父親かアパートの住人・ミルガズィアおじさん、それとガウリイ位しか身近にいなかったのだから。

 

「デリカシーに欠けてるわよね……」

 力を込めて、リナはスポンジを食器洗剤で泡立てた。

 

 ガウリイは……

 ふと手を止めて、リナは考えた。

 

「でも……根は優しいのよね……あいつ。」

 

 いつだって助けてくれる。

 だからといって甘やかすのでもない。

 無茶をすれば、いつも思いきり怒る。

 怒ってくれるのも優しさだと、リナは知っていた。

 

「っ!?」

 

 我に返って、リナは慌てて頭を横に振った。

 

「いかんいかん。何考えてるのよ。」

 

 まだ、自覚のないガウリイへの想い。

 気づくにはもう少し時間が必要なよう……

 

「さってと。」

 

 洗い物を済ませ、リナはくるりと振り返った。

 とりあえず動揺は完璧に収まった。

 もう大丈夫だ。

 

「ちゃんとお月見もしなきゃね」

 

 呟いて、リナはガウリイのいる寝室の方へ向かった。

 

 

 

「ガウリイー…… 」

 

 いつものように元気よく部屋に飛び込んだリナは、思わず固まってしまった。

 月の光を浴びた、まるでおとぎ話の中の王子か、天使のようなガウリイに、目を奪われて……

 

 ――なんで、こいつってばこんなにきれいなのよ……

 

 意味もなく腹が立つ。

 その反面、心臓の音が激しく高鳴っているのだ。

 

 ――もう、何なのよ

 

 リナは戸惑い、焦り始める。

 ……と、

 

「お、洗い物終わったのか?」

 

 ガウリイが振り返った。

 いつもと変わらぬ微笑みを浮かべて。

 内心、ほっとする。

 どきどきも収まっていた。

 

「じゃ、ちゃんとお月見しましょ。」

 

 微笑んで、リナはガウリイの隣へと上がり込んだ。

 身を乗り出すようにして、窓から空を見上げる。

 

「さっすが、『中秋の名月』!」

 

 感嘆の声を上げるリナ。

 

「すごいだろ。

 お前さんが来るまでしばらく見てたんだけどな」

 

 その横で、先程と同じような格好で窓にもたれているガウリイが言う。

 

「あたしがまだ小さかった頃はね、この部屋の上へも上がれたから、よく家族で上がって月見してたのよ。

 今じゃ、あっちこっちボロボロだから危なくて上れやしないけどねー」

 

 肩越しに振り返って、リナが笑いながら言う。

 

「へえ……それは眺めがよかっただろうな。」

 ガウリイが感心したように言う。

「まーね。まだ駅前のビルも少なかったしね。」

 リナは微笑んで言った。

 

 そして再び月に視線を向けると、

 

「実際には月にはかぐや姫どころかウサギだって住めないのにさ、何でかなぁ……こうやって見てると、ホントにかぐや姫が居て、ウサギが餅つきしてて……とか思えてくるのよねー」

 ガウリイが初めて見る表情だった。

 

「へー。リナでも、そういうこと考えるんだ。」

 

 無意識のうちに、自分の中の感情を押し隠す。

 どくん、と高鳴った心臓の音には気づかなかったふりをして、ガウリイは言った。

 

「考えるわよ!

 あんたあたしのことどーゆー目でみてるわけ?」

「食欲魔神。もしくは色気より食い気。あとは爆烈娘とか歩く迷惑かなー」

 即答したガウリイを、リナは無言のまま手元にあった枕ではたく。

 

「こらっ!」

 

 代わりに手近にあったクッションを引っつかんで、応戦するガウリイ。

 

「ちょっとぉ!

 あんた今手加減なしで殴ったでしょっ!」

「お前こそ、思いっきりやったろ、さっき!」

 

 やはり、風情も何もない月見になってしまう。

 

 

 

「はーはーはー」

「ぜーぜーぜー」

 

 

 汗だくになって、二人は肩で息をした。

 

「き、今日は、このへんで許したげるわ!」

「おまえな。」

 

 胸をはって、無意味に宣言するリナに、ガウリイは呆れてベッドに寝転んだ。

 

 

 

「そいじゃ、あたしは帰るね。」

 ベッドから降りて、リナが小さく手を振る。         

 

「ああ。おやすみー。」

 ベッドに突っ伏したまま、ガウリイが手を振る。

 

「窓、閉めて寝ないと風邪引くわよ。」

 言って、リナはガウリイの部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ドアをパタン、と閉めて、リナは階段に向かわずに向かい側のドアを開く。

 重い鉄製の扉が軋みんで開いた。

 

 夜の、冷たい風が吹いてきて…リナは小さく肩を震わせた。

 

 空を見上げると、上空高くから地上を見下ろす満月。

 一人で見上げる月は……少し物悲しさを感じた。

 

「来年の月も、ガウリイと見たいな……」

 

 ポツリと呟かれる一言。

 素直な本音。

 

 月が一番よく見えるから……とかじゃない、ただ、一緒に居られればいい。

 これからもずっと一緒に居られると、信じきっているから出てくる……言葉。

 

 

 

 

 

 平和な日の、平和な夜の、ほんの小さな日常の風景。

 

 END

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