事件簿 番外・中秋の名月【スレイヤーズ・ガウリナ】 2006年10月06日 スレイヤーズ/その他 0 パラレルガウリナの番外編 ラブラブと言うよりは、ほのぼの? 来年も、その次も、一緒に月見がしたいなんて言えない ※パラレルネタのためカテゴリ変えています 事件簿 番外・中秋の名月 月が出ていた。 皓い光ではない、儚くも見えない……存在感を示すくらい明るい、金色の望月が…… ガウリイは、アパートの自室の窓辺に寄りかかるようにして、じっと、暗い夜空に浮かぶ満月を眺めていた。 はた目から見れば、整った顔立ちに長い金髪、さらには長身……という彼は、夜の闇を明るく照らし出す月光の中では、この世と思えないほど美しく映る。 それを知ってか知らずか……彼の場合は「知らず」なのだが……ガウリイは、ただ月を見上げ続ける。 けれど、月を映す宝石のように美しい蒼い瞳は、物思いにふけるようにどこかあらぬ場所を見ていた。 考えているのは、とある少女のこと。 訳あって刑事を辞め先も見えぬまま放浪していた時、このアパートの主にここへ連れられ、思い立ってここで私立探偵を始めた。少女はその主の娘。好奇心の塊の彼女は、自ら彼の助手を宣言して、事件にむやみやたらと首を突っ込んでくる。 「……人の気もしらないで……」 目を伏せて、ポツリと呟く。 なぜか、ややこしい殺人事件の類に縁があるらしく、首を突っ込んできた少女が命の危険にさらされることもあった。 そういうことがあった直後はおとなしくしているのだが、しばらくすると、すぐに無茶をする。 それが……そのことが心配で仕方ない。 気の強い少女のことだ。 そう告げると、逆効果になりかねない。 ……それ以前に…… 「オレも丸くなったもんだ……」 彼は苦笑を浮かべた。 心配だが、邪険にすることもできない。 その破天荒な少女に魅かれているのだ、彼は。 気づくと、少女のことばかり考えてしまっている。 純粋な……想い。 少女のそばにいたい。 いつも笑顔を見ていたい。 「ちょっと、ガウリイ開けて!」 突然声がした。 聞き慣れた……声。 彼を夢中にさせてしまっている……少女の……声。 我に返って、ガウリイは窓辺から立ち上がった。 「早く開けてってば!」 気が短いゆえか、叫ぶようにせかしてくる。 「今開けるって。」 呆れながら、ガウリイはドアのカギに手を伸ばし……はた、と気づいた。 「そういや、鍵かけてないぞ。」 ドアを開けながら言う。 「両手ふさがってんのよ。」 言って、何かを抱えた栗色の髪の少女が部屋に入ってきた。 ふだんは制服姿を見ることの多いせいか、トレーナーにロングのタイトスカートという服装が少しばかり新鮮だった。しかも、エプロンまでつけている。 部屋の主よりも先に上がり込み、勝手知ったる我が家が如く――ある意味「我が家」なのだが……――部屋の奥へと入って行く少女に、 「……で、リナ。何しに来たんだ?」 ガウリイは問いかけた。 リナ、と呼ばれたその少女が肩越しに振り返る。 「だって今夜はお月見だもん。」 言って手にもった盆を掲げてみせる。 「何だ?」 布巾のかかったそれを指差し、ガウリイが問うのに、 「月見団子」 テーブルに盆を置き布巾を取ると、リナはにっこりと微笑んだ。 ――う゛…… 胸中で呻くガウリイ。 その屈託のない無邪気な微笑みに、思わずどぎまぎしてしまったのだ。 慌てて頭を横にふって、その想いを打ち消す。 「あたしも一緒に作ったんだから、ありがたく食べるよーに!」 胸を張って言うリナ。 「それは嬉しいけど…… わざわざ持って来てくれたのか? そんなにたくさん。」 山積みになっている、膨大な量の月見団子を目に、ガウリイは驚いて問いかけた。 「ん? ついでにあんたの部屋でお月見しようと思って……あたしの分もあるの。」 いたずらっぽく笑って、リナは台所(あまり機能していないのだが)に向かった。 「なるほど」 思わず納得してしまうガウリイ。 リナもガウリイもかなりよく食べる方だが、この大量の月見団子を二人で食べるのなら、おそらくちょうどいい量だろう。 「ガウリイー。 お団子、あんたの寝室に持って行っといてー。」 台所からリナの声が聞こえてくる。 ガウリイはテーブルの上の、月見団子の山を持つと、先程まで物思いにふけっていた寝室の方へと向かった。 このアパートの中で一番月がよく見えるのは、5階に位置するガウリイの部屋の寝室なのだ。 階段を挟んだ向かいにはかなり広いベランダ(屋上)もあるのだが、この時間だと…まだきれいには見えない。 何よりも、月見団子を食すには、外は秋の夜の冷たい空気が身に染みていけない。 それをよく知っているからこそ、リナはこの部屋にやって来たのだ。 意外と片付いている(定期的にリナが掃除に来る)寝室の、窓際に置かれたベッドを整え盆を置くと、ガウリイは腰ベッドの端に腰掛けた。 「おまたせー。」 お茶の載った盆を持ってリナがやってくる。 「じゃ、食おうぜこれ。」 言うガウリイに、盆を置いてガウリイの隣に腰掛けながら、リナはちろり、と睨んだ。 「花より団子……じゃなくて、月より団子……ね。あんたって。」 ついでにため息まで漏らす。 「お前に言われたかないな。」 負けじと言い返すガウリイ。 しばし睨み合って、二人は同時に吹き出した。 「お茶の冷めないうちに食べちゃいましょうか。」 言ってリナ早速月見団子に手を伸ばす。 「あ!こらまて!」 慌ててガウリイも手を伸ばす。 見る見る間に盆の上に山積みになっていた団子が減ってゆく。見ているものが胸焼けしそうな勢いである。 「こら!あんたの方が多いわよ!」 「知るか!お前こそ、その手に持ってるのはなんだ!」 「キープよ、キープ!」 賑やかすぎるお月見。 風情も何もあったものではない。 怒涛のような取り合いが終結し、月見団子がすべてなくなるまで、そんなに時間は要しなかった。 「あーうまかった。 奥さんか?」 ほっと一息、お茶をすすりながらガウリイが問う。 「今年のは、あたしと姉ちゃん。」 同じくお茶をすすりながらリナが答える。 「へー。上手くなったじゃないか、リナも。」 「いまさら何言ってるかなー。 あたしは料理得意なんですからねっ! ……そりゃ、母さんや姉ちゃんに比べたらまだまだだけどさ……」 父ちゃんに比べたらましよ。 と笑うリナ。 「野菜炒めか?」 笑いを含んだ声で言うガウリイに、 「思い出させないで。」 苦い顔をしてリナは呻いた。 幼い頃の野菜炒めオンリーの日々を思い出したのだ。 「あははは」 「笑うんじゃない」 憮然としながら、リナはガウリイを睨みつけた。 「はは……――と」 ふと、ガウリイが笑いを途切れさせる。 じっ、とリナを見る。 「何よ」 一瞬たじろぐリナの方へ手を伸ばし、 「あんこ……ついてる」 言って、リナの頬に触れた。 「っ!?」 冷たい指の感触に、リナの鼓動が急に跳ね上がった。 そして真っ赤になる。 取った餡をガウリイが食べてしまったから。 「ちょっ!なっ!」 パニックに陥るリナ。 「何だよ、何言ってるんだ?」 何事もなかったかのように問いかけるガウリイに、 「あっ、これっ、片付けてくる!」 がばっ!と立ち上がって、盆を2つとも持ってリナは慌てて寝室を後にした。 「……ウブだよな……」 苦笑を浮かべて、ガウリイはぽつり、と呟いた。 今のは別にわざとではなかったのだが……こうもかわいい反応をされると、何というか、変な気になってしまいそうでヤバイ。 小さく嘆息して、ガウリイはベッドに上がり込むと、窓にもたれた。 月は、さっきよりも高くに上がっている。 「……ったく……なんてこと……すんのよ」 熱くなった顔を、洗って冷やしながらリナは呟いた。 そもそも、免疫がないのだ。 今まで「男」と言えば、クラスメートや教師以外では父親かアパートの住人・ミルガズィアおじさん、それとガウリイ位しか身近にいなかったのだから。 「デリカシーに欠けてるわよね……」 力を込めて、リナはスポンジを食器洗剤で泡立てた。 ガウリイは…… ふと手を止めて、リナは考えた。 「でも……根は優しいのよね……あいつ。」 いつだって助けてくれる。 だからといって甘やかすのでもない。 無茶をすれば、いつも思いきり怒る。 怒ってくれるのも優しさだと、リナは知っていた。 「っ!?」 我に返って、リナは慌てて頭を横に振った。 「いかんいかん。何考えてるのよ。」 まだ、自覚のないガウリイへの想い。 気づくにはもう少し時間が必要なよう…… 「さってと。」 洗い物を済ませ、リナはくるりと振り返った。 とりあえず動揺は完璧に収まった。 もう大丈夫だ。 「ちゃんとお月見もしなきゃね」 呟いて、リナはガウリイのいる寝室の方へ向かった。 「ガウリイー…… 」 いつものように元気よく部屋に飛び込んだリナは、思わず固まってしまった。 月の光を浴びた、まるでおとぎ話の中の王子か、天使のようなガウリイに、目を奪われて…… ――なんで、こいつってばこんなにきれいなのよ…… 意味もなく腹が立つ。 その反面、心臓の音が激しく高鳴っているのだ。 ――もう、何なのよ リナは戸惑い、焦り始める。 ……と、 「お、洗い物終わったのか?」 ガウリイが振り返った。 いつもと変わらぬ微笑みを浮かべて。 内心、ほっとする。 どきどきも収まっていた。 「じゃ、ちゃんとお月見しましょ。」 微笑んで、リナはガウリイの隣へと上がり込んだ。 身を乗り出すようにして、窓から空を見上げる。 「さっすが、『中秋の名月』!」 感嘆の声を上げるリナ。 「すごいだろ。 お前さんが来るまでしばらく見てたんだけどな」 その横で、先程と同じような格好で窓にもたれているガウリイが言う。 「あたしがまだ小さかった頃はね、この部屋の上へも上がれたから、よく家族で上がって月見してたのよ。 今じゃ、あっちこっちボロボロだから危なくて上れやしないけどねー」 肩越しに振り返って、リナが笑いながら言う。 「へえ……それは眺めがよかっただろうな。」 ガウリイが感心したように言う。 「まーね。まだ駅前のビルも少なかったしね。」 リナは微笑んで言った。 そして再び月に視線を向けると、 「実際には月にはかぐや姫どころかウサギだって住めないのにさ、何でかなぁ……こうやって見てると、ホントにかぐや姫が居て、ウサギが餅つきしてて……とか思えてくるのよねー」 ガウリイが初めて見る表情だった。 「へー。リナでも、そういうこと考えるんだ。」 無意識のうちに、自分の中の感情を押し隠す。 どくん、と高鳴った心臓の音には気づかなかったふりをして、ガウリイは言った。 「考えるわよ! あんたあたしのことどーゆー目でみてるわけ?」 「食欲魔神。もしくは色気より食い気。あとは爆烈娘とか歩く迷惑かなー」 即答したガウリイを、リナは無言のまま手元にあった枕ではたく。 「こらっ!」 代わりに手近にあったクッションを引っつかんで、応戦するガウリイ。 「ちょっとぉ! あんた今手加減なしで殴ったでしょっ!」 「お前こそ、思いっきりやったろ、さっき!」 やはり、風情も何もない月見になってしまう。 「はーはーはー」 「ぜーぜーぜー」 汗だくになって、二人は肩で息をした。 「き、今日は、このへんで許したげるわ!」 「おまえな。」 胸をはって、無意味に宣言するリナに、ガウリイは呆れてベッドに寝転んだ。 「そいじゃ、あたしは帰るね。」 ベッドから降りて、リナが小さく手を振る。 「ああ。おやすみー。」 ベッドに突っ伏したまま、ガウリイが手を振る。 「窓、閉めて寝ないと風邪引くわよ。」 言って、リナはガウリイの部屋をあとにした。 ドアをパタン、と閉めて、リナは階段に向かわずに向かい側のドアを開く。 重い鉄製の扉が軋みんで開いた。 夜の、冷たい風が吹いてきて…リナは小さく肩を震わせた。 空を見上げると、上空高くから地上を見下ろす満月。 一人で見上げる月は……少し物悲しさを感じた。 「来年の月も、ガウリイと見たいな……」 ポツリと呟かれる一言。 素直な本音。 月が一番よく見えるから……とかじゃない、ただ、一緒に居られればいい。 これからもずっと一緒に居られると、信じきっているから出てくる……言葉。 平和な日の、平和な夜の、ほんの小さな日常の風景。 END PR