水面揺れて【S.Y.K/玉龍×玄奘】 2011年05月17日 その他版権 0 【ゲーム中】 夜中。不意に目覚めて…… 失うことへの不安。 遠いと感じる不安。互いの未だ芽生えぬ感情 水面揺れて きらきらと それは水面に反射する光のように美しく ゆらゆらと たゆたう水のように、どこか頼りなく ふわふわと 気持ちが定まらず、心が揺れ動くような そんな、不思議な感覚 手を伸ばせば儚く消えてしまいそうで、躊躇してしまうけれど。 それが欲しくて、僅かな逡巡のあと、おずおずと手を伸ばした。 ――あ…… 指先が触れたそれは、あたたかくて、懐かしくて、ぎゅうと胸が苦しくなる。 声が、聞こえた気がした。 とても耳に心地好い声が…… いつまでも聞いていたいと思う。 ずっとそばにいたいと、思う。 今度こそは……と。 ――お師匠様…… 旧い記憶。 遠い記憶。 ほとんど忘れてしまったこともある。 忘れたくないと願い続けたものもある。 色んな記憶が浮かんでは消えて…… ぎゅうぎゅうと、締め付けられるような痛みが胸だけでなく全身を襲う。 いやだ イヤダ 嫌だ! こんな弱い自分は嫌だ 役に立てないのは嫌だ 守られるだけは…嫌だ 守れる自分になりたい 強い自分に…なりたい 占める思いはそればかり。 届かないのは苦しい。 「お師匠様…っ!」 自分の声で目が覚めた。 開いた両の目に映るのは、夜の帳に沈む天井。 視線だけを動かせば、闇に輝くのは星ばかり。 月は、夜空に喰われて姿を隠している。 闇が――濃い。 ざわざわと…… なんだか気持ちが落ち着かない。 体を起こして、寝台の上で膝を抱える。 じっと見つめるのは己の手。 伸ばして、届いたはずの……自分の手。 「…………」 深く、一度だけ息を吐いた まだ体の中に、なにかがわだかまっている。 これが何なのかは、わからない。 ……けれど ――お師匠さ…ま……は? ただ、無性に会いたくなった。 きらきらと それは水面に反射する光のように美しく ゆらゆらと たゆたう水のように、どこか頼りなく ふわふわと 気持ちが定まらず、心が揺れ動くような そんな、少し不安定な感覚。 手を伸ばせば、儚く消えてしまいそうで、躊躇してしまうけれど。 放っておくことなどできなくて、僅かな逡巡のあと、そっと手を伸ばした。 「…………?」 開いた瞼の向こうには、闇に沈む天井。 そして、視界にあるのは、伸ばした自分の手。 ――あれ?今、何か…… 脳裏を、揺れる水面が過る。 切ないような苦しいような感覚が胸の奥に残っていた。 それは、澄んだ泉の翠-いろ-のような幻影。 まるで……とても身近な誰かに似た。 ――ああ…もう、忘れてしまいそう…です そう思いながら数度瞬くうちに、過った幻は抜け落ちてしまった。 深く息を吐き、寝台の上に身を起こせば、視界の端には満天の星。 月という大きな輝きのない夜空には、ささやかな星の光だけが灯っていた。 不意に、呼ばれたような気がした。 名前ではない。 与えられた肩書きでもない。 それで呼ぶのは一人だけだ。 ざわざわと…… 騒ぎ出すのは胸の内。 ――「誰」を……呼んでいるのですか? その呼びかけは誰に向けられたもの、なのだろう? 浮かんできた疑問に、ちくりと胸が痛む。 最初は気になんてしていなかった。 どうしてそう呼ぶのかという疑問が少し沸いたくらいだった。 けれど―― いつしか、「それ」が自分ではないのだと気付いた。 自分ではない誰かのことなのだと、気付いてしまった。 一体、誰と重ねているのだろう。 そう思うたび、胸が苦しくなる。 この感情を、どう表せばいいのだろう。 ――何なのでしょうね…… ただ。 あの真っ直ぐで純粋な感情が向けられている相手が、自分ではない誰かだと気付いた時。 無性に腹が立って、無性に哀しかった。 正直、羨ましいとまで思ってしまった。 それを……その感情を何と呼べばいいのかなど知らない。 けれど、焦燥のような思いが湧き上がってきた。 「…………」 唇を噛んで、膝に顔を埋める。 こんなことで心を乱す自分が、情けないと思った。 しんと静まり返った夜の空気。 他に何の音もしないから、無意識に忍ばせる足音。 こんな夜更けに出歩く者など、他にいるはずなどない。 あの人の部屋は隣だ。 ほんの数歩で、その扉の前へと辿り着いてしまう。 ――だけど…… 部屋を出てきて、隣の部屋の扉の前へと来てしまった。 けれど、きっと眠っている。 顔が見たくなったなどと言って起こしてしまえば、困らせてしまうだろう。 そう思って、足を止める。 ――どうしよう このまま部屋に戻ろうか それとも…… 困らせたくはないけれど、一人きりの部屋に戻りたくない。 せめて、顔だけでも見たい せめて、微笑みだけでも…… けれど、それは困らせてしまうだけだ。 ぐるぐると考えを巡らせながら扉の前を行ったり来たりしていると、軋んだ音とともに扉が内側に開いた。 「…………あ」 「え……?」 声は、ほとんど同時に漏れた。 目に飛び込んできたのは、驚いたような表情。 一瞬、瞳の色が揺らいだように見えたけれど……それは直ぐに優しいものへと変わった。 その変化を不思議には思いつつも、顔を見られたことに玉龍は安堵した。 カタン… 「……?」 しんと静まり返っていたはずの周囲に、不意に微かな物音がした。 寝入っていれば気付かなかったであろう、それ程に小さな音。 首を傾げ、玄奘は寝台を降りる。 部屋の外――扉の向こうの廊下から気配がする。 こんな夜更けに何だろう……と浮かぶ疑問。 本当は、様子を見に戸を開けるなどという危険な行為は避けるべきなのだろう。 けれど…… ――これは、ただの勘……なのですけれど 無視してはいけないと、思った。 扉まで歩み寄れば、気配は微かな足音として耳に届いた。 少しだけ躊躇して、内開きのそれの取手を引く。 「え……?」 「…………あ」 ほぼ同時に漏れた声。 暗い廊下に佇んでいたのは、頼りない雰囲気の白い姿。 一瞬驚いたように見開かれた瞳には、縋るような色が浮かんでいた。 それは、誰に向けられたものなのだろう。 ――誰……に? その澄んだ泉のような瞳に映り込んだ自分の姿を見つめるうちに、痛みの増す心。 けれど、それは直ぐに微笑みに隠して、その真夜中の訪問者を部屋の中へ招き入れた。 ゆうらり……と灯りが揺れた。 「どうかしたのですか?玉龍。」 玄奘がそう問えば、俯いたままの玉龍は軽く頭を振った。 出会ったばかりの頃に比べれば、ずいぶんと表情も変わるようになったと思いながら、横顔を見る。 だから……だろう。 そこに浮かぶ、戸惑いのような哀しみのような、どこか頼りない表情が気になった。 「何か、悪い夢でも見たのですか?」 また、玉龍は頭を振る。 そして、ぽつり……とひと言零した。 「ごめんなさい。お師匠様」 ――ごめんなさい、困らせてしまって……心配かけてしまって 数度瞬き、玄奘は緩く頭を振った。 「謝ることなどないのですよ?」 微笑みを浮かべ、そう声を掛ければ、玉龍は俯いていた顔を上げた。 揺れた瞳が、じっと玄奘を見つめる。 「……でも、お師匠様、今、困ってる……?」 「困ってなどいません。」 そう。 困ってはいない。 玉龍の様子が、少し心配なだけだ。 ――一体、どうしたのでしょう? 「何か、用があったのでしょう?」 そう問えば、また、玉龍は首を横に振った。 少しだけ迷うように視線を彷徨わせ、おずおずと唇を開く様子を玄奘は見守る。 彼はきっと、今、言葉を探してる。 それを、邪魔してはいけない…… ――自分の思いをきちんと言葉にしてくれるのは、嬉しいことです 「…………見たかった、から」 「玉龍?」 何を見たかったのだろう……と首を傾げれば、玄奘の肩から結っていない髪がさらりと零れた。 「お師匠様の顔、見たかった……から」 「私の、顔を……ですか?」 「うん……」 ――びっくり、しました…… 何か用があったわけではなく、ただ、顔が見たかったのだと告げた玉龍に、玄奘は驚いて目を瞠った。 そんなことを言い出すとは、思ってもいなかった。 「夢……で、お師匠様の声、聞こえて……でも目を覚ましたら一人きりで……」 言い訳のような言葉。 ああ……と思って、玄奘は優しい笑みを浮かべた。 「私は、ここにいます。」 「うん。……だけど、お師匠様のこと、困らせてしまった」 「困ってなんかいないと、先ほども言ったでしょう?」 そう言えば、寂しげな瞳が少し和らぐ。 「少し、心配はしましたが……」 「……ごめんなさ……」 「謝らなくていいのです。もう、安心しましたから。」 「お師匠様?」 不思議そうな瞳。 意味が分からないといた風に見つめてくる玉龍の手を取って、玄奘は微笑んだ。 「こんな時間にあなたがいたことには驚きましたし、少し心配になりましたが……もう、大丈夫なのでしょう?」 「うん。お師匠様の顔、見られたから……」 答える玉龍に、頷いて見せる。 「だから、私も安心したのですよ。」 「そう、なの?」 「ええ」 小さい子が恐い夢を見て不安がるのと似ているのかもしれない。 ただ、「恐い」という思考には至らないのだ、彼は。 真っ直ぐに、不安は「どうしたいのか」に繋がる。 いないから、会いたい。 それはとても純粋な思考。 ――こうやって、頼ってくれるだけでも……本当は、幸せなのかもしれないですね そんな風に思って、玄奘は、ふと首を傾げた。 これは一体、どういう感情なのだろう。 どうして、これくらいのことで…… ――わかりません…… 「お師匠様?」 不意に黙り込んでしまった玄奘に、玉龍が不思議そうな顔で呼びかける。 「いいえ。なんでも……」 首を横に振り、微笑みを返す。 まだ少し不思議そうなままの玉龍に、それ以上は何も言わず、少し冷たい手を温めるように包み込んだ。 じっと見つめてくる双眸。 そこに自分の姿が映っていることを見止めて、玄奘は、ほんの少し……自分の心が揺らいだのに気付いた。 「さあ、ちゃんと体を休めないと……また明日もたくさん歩かないといけないのですから」 「うん……」 頷いた玉龍を促すように立ち上がると、玄奘は共に扉の前まで移動する。 扉を開けば、するり……と手が離れて―― ふと、寂しさが過った。 「おやすみなさい、お師匠様。」 ふわり…と浮かんだのは、僅かな笑み。 その表情に、玄奘は一瞬見惚れてしまう。 ――ほんとうに…… 出逢った頃と比べれば、ずいぶんと表情が現われるようになったものだと、嬉しくなってしまうのは、親心のようなものだろうか…… 「はい。おやすみなさい。玉龍。」 優しい微笑みで返せば、泉のような澄んだ瞳が柔らかく笑んだ。 PR