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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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野分【雅恋/和彩】

エピローグ後 捏造
朝から強い風が吹くある日の出来事
ブログに投下していた彩雪初めての野分…なお話


野分




 見上げた空には、どんよりとした厚い灰色の雲。

 びゅぉ……と吹き抜けた生暖かい風が、今かき集めたばかりの落ち葉を巻き上げ、彩雪の髪を乱していった。

 

「っ!」

 

 思わずぎゅっと目をつむる。

 葉と一緒に巻き上げられた砂が目に入ったようで……じわりと涙が滲んだ。

 

「もぅ……せっかく掃いたのに……」

 

 風がおさまるのを待って目を開くと、集まっていた葉は元のように散らばっていて、彩雪は肩を落とした。

 

「掃いてもきりがないなぁ」

 

 諦めて、縁に腰を下ろす。

 空を見上げてみれば、灰色の雲が凄い勢いで流れてゆく。

 そしてまた、ごうっと吹き抜けた風が庭の木を揺らし、葉が散らばった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつき、彩雪は箒を片付けた。

 風がおさまってから掃く方がよさそうだ。

 今は、先に買い物に行ってしまおう。

 そう思って邸を後にした。

 

 

 

 いつもなら賑わっているはずの市。

 今日は、早くも店を仕舞い始めているところもある。

 そういえば、歩いている人もまばらだ。

 

「どうしたんだろ?」

 

 思いながら、必要なものを買うために目的の店に向かった。

 

「あっ!」

「おや、嬢ちゃん」

 

 片付け始めていた店主が、彩雪に気付いて驚いた顔で手を止めた。

 

「こんな天気にどうしたんだい」

「ごめんなさい、お片付けされてるのに」

 

 ぺこりと頭を下げると、店主はにこにこしながら彩雪が買いたいものを揃えてくれた

 

「ありがとうございます」

「いいってことよ。それより、嬢ちゃんも早く帰りなよ。そんな細っこい体じゃ、風に吹き飛ばされちまう」

「……なら、俺が送っていくよ」

 

 不意に横合いから聞こえた声。

 同時に、取られた手が優しく握られた。

 

「え?!」

「おや!」

 

 目の前の店主が驚いた顔をしている。

 彩雪も、驚きのあまり硬直してしまった。

 

「ふふふ。どうかしたかい?」

「ど!どうかしたって!」

 

 振り返れば、予想通りの姿。

 時折吹く風が、唐衣を煽る。

 

「なんで、和泉が、こんなところにいるの!?」

「なんでって?」

 

 にこにこしながら、こんな場所をうろうろしているはずなどない人は、なんでもないように答えた。

 

「ほら、こんな天気だろ?市の皆とか、大丈夫かなぁって思って、さ。」

「あ……いや、それはありがたいんですけどね……」

 

 苦笑混じりの店主に、彩雪も、うんうんと頷いて同意する。

 

「だからって、天照皇様が、こんな天気の中を一人で出歩いてどうするの!?」

 

 今度は店主が、彩雪の言葉に頷いた。

 どうせライコウを始め宮中の人達の目を盗んで抜け出してきたのだろう。

 今頃、ライコウが心配して探し回っているにちがいない。

 

「はは、それは気にしない、気にしない。」

「和泉!」

 

 全く気にも止めない風の和泉に、彩雪は肩を落とした。

 とにかく。

 今は、さっさと和泉を宮中に帰らせるべきだろう。

 ぐい……と、彩雪は和泉の手を引いた。

 

「わたし、朱雀門まで一緒に行くから!」

「ちがうよ。俺が、彩雪のこと送って行くって言ったろう?」

「……っ」

 

 そんなやり取りを見ていた店主が小さく吹き出した。

 

「相変わらず仲のよろしいことで」

「え?」

 

 突然の笑いを含む言葉に彩雪の頬に朱が広がる。

 

「そうかい?」

 

 くすくすと笑う和泉。

 彩雪は恥ずかしくて、店主への挨拶もそこそこに、和泉の手を引っ張って駆け出した。

 

 

 

 まっすぐ、彩雪は朱雀門を目指して歩いていた。

 その進路に気付いて、和泉がぴたりと足を止める。

 

「きゃっ!」

 

 勢い余って、彩雪の体が後ろに傾いたのを、和泉が抱き止めた。

 

「ちょ!和泉?!」

「……どこに行くつもり?」

「え?だから、朱雀門に……」

 

 答えようとした彩雪は、自分を見つめて来る和泉の目に、思わず言葉を止めた。

 

「俺は、言ったはずだよね?彩雪を送るって」

「……だ、だけど」

「こんな強い風の中、彩雪のことを一人で歩かせたくないよ」

「で、でも……」

「彩雪」

「…………」

 

 逆らえない。

 こんな真剣な目で見つめられたら……

 こんな優しい声で名を呼ばれたら……

 

「いい、よね?」

 

 もう、頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 強い風が、衣を、髪を、翻らせる。

 時折、強すぎる風によろめく彩雪の体を、和泉の腕が抱き止める。

 繋いだ手は、変わらず……力強く握りしめられていて……彩雪の胸にあたたかなものをもたらした。

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 邸の門の前。

 す……と離れていった和泉の手が切なくて、彩雪は小さく声を上げた。

 

「ん?なに?」

「あ……ううん。なんでもない」

「……」

 

 困らせちゃいけない。

 きっと、皆、心配してるのだから、彼は、彼の居るべき場所に帰らないといけない。

 それは分かっているけれど……

 

「彩雪?」

「なんでもないの。……和泉、気をつけて帰ってね?」

 

 もうちょっと一緒にいたい……なんて言葉は言っちゃいけない。

 ずっと一緒にいるために、和泉は今、頑張ってくれてるところなんだから。

 

「…………ね、彩雪」

「和泉?」

 

 優しい声が彩雪を呼んだ。

 いつのまにか俯いていた顔を上げると、すぐ近くに和泉の顔。

 

 ――え?

 

 だんだん近づいてきたそれに、彩雪は思わず目を閉じた。

 

「んっ……」

 

 触れたのは柔らかな感触。

 すぐに離れていくそれに、彩雪はゆっくり目を開いた。

 

「い、ずみ?」

 

 向けられた優しい微笑みと、いきなりの口づけに、彩雪の顔が赤く染まった。

 

「そんな顔、しないでおくれよ。彩雪」

 

 離したくなくなるだろ?と囁く声。

 

「……あ……」

 

 頬に触れる、和泉の指先。

 また、顔が近づいてくる。

 きゅっ、と彩雪は和泉の衣を握りしめた

 

 重なる唇から、愛しいという思いが伝わってくる……伝えあう

 

 

 

「んッ…………ぅ」

「……っ…………」

 

 ごぅ……っと音を立てて吹き過ぎた風が、二人の髪を乱し、衣を煽っていった。

 風に混じって聞こえてくるのは聞き慣れた声。

 和泉を呼ぶ……主を探す、声。

 離れていったぬくもりに、彩雪は目を開いた。

 

「じゃあ、ね。彩雪。またね?」

「うん……和泉……またね」

 

 離れてしまうのは寂しいけれど……

 もう暫くの辛抱だと、自分に言い聞かせて……声のした方へと歩き出した和泉に手を振った。

 

 

 

 

 

*  *  *  *  *

 

 

 

 

 

 ごうごうと風が鳴る。

 がたがたと邸のあちこちで激しい音がしていた。

 

「なんなの……」

 

 何が起きているのだろう。

 今まで経験したことのない音に、彩雪は身を強張らせた。

 

 昼間よりも風が強くなっている。

 怖いけれど、壱号や弐号に言ったら、きっと笑われるだろう。

 けれど……

 

 がたん!

 

「ッ!!」

 

 激しく響いた音に、彩雪は、びくりと体を震わせた。

 

 ――どうしよう……

 

 このままでは眠れそうにない。

 

「……いずみ……」

 

 無意識のうちに零れた言葉。

 

「え?」

 

 どうして和泉の名を呼んでしまったかわからない。

 

 ――和泉……

 

 けれど、一旦、思い出したら止まらなくなった。

 繋いだ手のぬくもり

 触れた唇の熱

 優しい微笑み

 思い出せば思い出すほど、胸を締め付ける「会いたい」という想い。

 

 ごうっ……と、また外で風が鳴る。

 いつの間にか降り出した雨が、ばしゃばしゃと激しい音を立てている。

 バキ……と、何か嫌な音がした。

 ガランガラン

 ガタンガタン

 普段聞かないような音が、彩雪の不安を煽った。

 

「……っ!」

 

 ぎゅっと目を閉じて、耳を塞いで、彩雪は頭から衣を被った。

 

 

 市の人たちは、この大荒れに備えていたのだろう。

 そういえば、壱号と弐号がいつもより厳重な戸締まりをしていた。

 けれど、彩雪にとっては、こんなに激しい荒天は初めての経験だ。

 今更そんなこと思い出しても、不安も恐怖も消えてしまうものではない。

 

 早く朝になればいいのに……

 そう祈ることしかできなかった。

 

「……いずみ……」

 

 こんなとき、彼が傍にいてくれたら……どれほど安心できるだろう。

 

 

 ガタン

 

 また大きな音。

 ごうごうと

 がたがたと

 変わらず鳴り響く大きな音。

 びくりと彩雪は体を強張らせた。

 

 

 

 

 

「彩雪!」

 

 突然聞こえた声。

 ここで聞くことなどないはずの……声。

 

 ――え?

 

 彩雪は、被っていた衣から頭を出した。

 

「和泉?」

「彩雪、大丈夫かい?」

 

 ――これは、夢?

 

 目の前。

 そこに、今さっきまで思い描いていた相手が立っている。

 髪から、衣から、滴り落ちる雫。

 

「どう……して?」

「彩雪が怖がってるんじゃないかって、思ったからだよ」

 

 ――夢だ、きっと

 

 夢なら、素直になってもいいだろう。

 そう思って、彩雪は被っていた衣から飛び出した。

 

「和泉、会いたかった……怖かったの……」

 

 両手を広げた和泉の胸へと飛び込めば、ぎゅっと強く抱きしめられた。

 濡れた衣が冷たかったけれど、そんなことどうでもよかった。

 

「一度帰ったけど……こんなに荒れた天気、彩雪は初めてのことだって思い出してね、すごく心配だったんだ」

 

 優しく頭を撫でる手が嬉しい。

 

「そうしたら、なんだか、彩雪が俺のことを呼んだ気がして……居ても立ってもいられなくなったんだよ」

 

 ――え?

 

「我ながら無茶をしたかなぁって思うよ。ふふふ」

 

 何かおかしい。

 夢――じゃ、ないのだろうか。

 

「和泉?」

「なんだい、彩雪」

「これは、夢じゃないの?」

 

 自分でもおかしな質問だと思った。

 

「ふふ、あはは!相変わらず面白いことを言うね、彩雪は」

「えっ、えっ?!」

「夢?……そんなわけ、ないだろう?」

 

 彩雪の頬を包む手のひらのぬくもり。

 近づいてくる、和泉の顔。

 そして、昼間と同じように触れた唇。

 

 ――夢、じゃないの?

 

 これは現実。

 この荒れた天気の中、彩雪のために、和泉はここに来てくれた。

 それも、おそらくは……危険をおかしてまで。

 彼の立場上、それは褒められた行為ではない。否、問題行動だ。

 けれど――

 彩雪のためなのだと、彼は言ってくれた。

 

「いず、み……」

 

 熱く重なる唇。

 それが現実のものだと理解して、嬉しくて彩雪の頬に涙が一滴伝い落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「和泉……」

「なんだい?彩雪」

 

 雨で濡れた和泉の衣。

 それに抱き着いた彩雪の単も当然びしょ濡れになった。

 しばらく抱擁と口づけを交わした後、我に返った彩雪は、慌てて手ぬぐいや着替えを用意しに走り回ることになってしまった。

 

「無事だったからよかったけど……あんまり無茶しないでね」

「彩雪のためだったら、俺はなんでもするし、なんでもできるよ」

「そ!そうじゃなくて!!」

 

 ああ言えばこう言う……と、彩雪は肩を落とした。

 

「彩雪……」

「なに?和泉」

「いや……怖くないかい?」

「大丈夫だよ。和泉がいてくれるから、もう怖くないの」

 

 ゆらゆらと揺れる、紙燭の灯が寄り添う二人の影を揺らす。

 外では変わらず、激しい風雨の音。

 傍らには愛しい人のぬくもり。

 それは、ほんの少し前まで彩雪の心を占めていた不安と恐怖を拭い去ってしまった。

 

「皆、心配してるよ。絶対。」

「心配するのなんて、ライコウくらいのものさ。でもね、そのライコウも、今夜は頼子ちゃんが心配だって帰っちゃったんだよね」

 

 くすくすと笑う和泉に、彩雪は呆れてしまう。

 

「……怖がってる彩雪を一人にせずにすんで、よかったよ」

 

 囁く甘い声。

 彩雪は、頬を染めた。

 

「ひ、一人じゃないよ。だって……」

「邸には壱号も弐号もいるって?」

「うん」

「それはね、違うんだ。そうじゃ、ないんだよ。彩雪」

「え?」

 

 何が違うんだろう。

 首を傾げる彩雪に、和泉は苦笑を浮かべた。

 

「まあ、わからなくてもいいけど、ね」

「和泉?」

「ふふ、それより……ねぇ、彩雪?」

 

 抱き寄せられて、衣越しにぬくもりが伝わってくる。

 彩雪の胸が、とくんと高鳴った。

 

「……外の音、気にならないようにしてあげるよ……」

「え?」

 

 

 

 耳元に響く甘い囁き

 頬に触れた指先

 疑問も抗議も唇に奪われて……

 風雨が過ぎ去るのも気付かぬ程、彩雪は与えられるとめどない愛に溺れていった

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