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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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ゆりかごのうた【遙か4/那千】

ずっと守られているだけの自分。
何も覚えていない自分。
葛藤する千尋に那岐は……


ゆりかごのうた



それは、ゆりかごのような穏やかな時間

ゆらゆらと、私はその中で揺られながら

他に何も考えることもなく暮らしていた

今、自分を取り巻くものが全てなのだと

ここにあるものが、唯一の現実なのだと

私は、ただ、守られているだけの存在だ

深い記憶の底に沈んでしまった幼い頃も

夢と儚く消えてしまった橿原での日々も

5年もの時を経て帰り着いた豊葦原でも



「何、ロクでもないこと考えてんの?」 

 不意に間近で聞こえた声に驚いて、千尋は慌てて振り返った。

「那岐!」

 すぐ隣には同じ色の髪と瞳を持つ青年の姿。
 見慣れた顔。
 聴き慣れた声。
 けれど、その身を包む服には、まだ違和感があった。

「隙だらけだよ。危なっかしすぎるよ、千尋は。」

 呆れ顔で、「従兄弟」と称されて5年間を共に暮らしてきた彼は言った。
 面倒くさそうな口調だけれど、心配してくれているのだということは分かる。

「あんまり一人でウロウロするなよ。風早が煩い。」
「ごめん。」

 思わず俯いて謝ってしまうのは、今の今まで考えていたことのせいだろう。

「別に、僕に謝らなくたっていいよ。」

 溜息を一つ。
 そして、千尋の座る隣へと腰掛けて、那岐は再び口を開いた。

「……で?今度は、どんなロクでもないこと考えてたんだ?」
「え?」

 そうだ。
 目を瞬かせながら、千尋は、声を掛けられた瞬間を思い出す。

「那岐、私が何考えてるかとかまで分かるの?」

 まるで、心を読まれたのかと思うようなことを言われて、千尋は僅かに目を逸らした。

「心なんて読めないよ。だけど……」
「だけど?」
「千尋は考えてること全部顔に出るから、だいたい何考えてるかくらいの予想はつく。」
「う゛……」

 言葉に詰まって、上目遣いに那岐を観察してみれば、少し悪戯っぽい目が千尋を見ていた。

「あっちの世界でのこととか、考えてたんだろ?」

 言われて、千尋は小さく頷く。

「那岐は……」

 ぽつり、と千尋は呟くように言葉を発した。

「那岐は、全部覚えてて、それであの世界で暮らしてたんだよね。」

 自分でも、何を聞きたいのかは良く分からない。
 それに、那岐に聞いて自分がどうしたいのかすら分からない。
 けれど、聞かずにはいられなかった。

「私は何にも覚えてなくて、那岐と風早がいつも私のことを守ってくれてて、私はただ守られてるだけで、何にも知らなくて……」

 言葉にすればするほど、守られているだけでしかなかった自分が情けなくなってくる。

「馬鹿千尋。」

 俯いてしまっていた頭を軽く小突かれて、千尋は顔を上げた。

「な…ぎ?」
「千尋は余計なこと考え過ぎ。」
「余計なことじゃないもん……」

 頬を膨らませて言い返せば、那岐の大きな溜息が聞こえた。

「余計なこと、だよ。」

 同じ言葉を繰り返した那岐に、千尋はむっとしてしまう。
 けれど――
 文句を言うために開きかけた唇を、千尋はそのまま閉じた。

「千尋は、そんな余計なこと考えなくていいんだ。」

 不機嫌そうな那岐の横顔。
 千尋は、思わずそれを凝視してしまう。

「那岐?」
「……まで、……僕が……守るんだから」
「――え?」

 小さく呟かれた言葉。
 それは、どこかで聞いたことがあるもののような気がして……
 ――那岐?
 なんだろう。
 不意に心がざわめいた。

「…………那岐、今…なんて?」
「――なんでもない。」

 面倒くさそうに言って那岐が立ちあがる。

「え?ちょっと、那岐!」

 背を向けて去っていこうとする那岐に、千尋は慌てて声を上げた。
 呼び止めたところで、那岐が立ち止まってくれるはずもないだろうけど……

「そんなところで……」

 追いかけようと立ち上がりかけた千尋は、ふいに那岐が立ち止まり肩越しに振り返ったのを見て、思わず動きを止めてしまう。

「いつまでも油売ってると、口うるさいやつらに何か言われるよ。」
「え……?」

 そう言った那岐の唇が、僅かに笑みの形に弧を描いて、千尋は目を瞬かせた。
 くすり…とからかうような笑いを残して、那岐は再び歩き出す。
 戸惑いながら背中を見送る千尋を、その場に残して……

 ――あれ?
 不意に心がざわめく。
 過ったのは、少し色褪せたイメージ。
 その中で、一輪の花だけが鮮やかに色付いていた。
 ――な……に?
 知らない。
 でも、知ってる。

「あ……」

 ふうわりと、降ってきたのは一輪の花。
 千尋の広げた両掌の上に、それは羽のように柔らかく落ちる。
 手の中の一輪の花。
 見送る背中。
 一度だけ振り返り……動いた、唇。
 ――だ……れ?
 色褪せた、風景。
 まるで映画の回想シーンのようなそれに、千尋は首を傾げた。
 けれど、舞い降りてきたと思った花は、落とした視線の先で幻のように消えてしまう。

「何なの?一体……」

 呟けば、夢見心地のようだった意識が現実に引き戻された。
 そして――

「いけないっ!」

 少し離れた所から、自分を探す呼び声が近づいて来ていた。
 千尋は慌てて、そこを飛び出す。
 今は、ほんの少しの時間も惜しいのだ。
 国を取り戻すまでは……
 ――確かに、余計なこと……かも
 思い悩んだところで、過去をどうかすることなんてできやしない。
 あの時こうだったら……などと考えるよりも、今はやらなければならないことがある。
 ――そう、だよね。

「まずは、中つ国を取り戻さなきゃ!」

 言葉にして、自分に気合いを入れる。
 踏み出す足に力を込めて、千尋は、仲間達の元へと駆け出して行った。



いつまでも、守られてばかりの「自分」は……イヤ、だから

いつまでも、ゆりかごに揺られてばかりではいられないから

だから、前を向こう

そして、進んでいこう

未だあやふやなままの記憶だけれど

自分という存在は、現実なのだから

後悔しないように、進んでいけばいい




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