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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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かえりみち【アカセカ/乱巫女】

アカセカの巫女ちゃんと乱歩さんのお話

かえりみち




 茜色の空が藍色から夜の色へ変わる頃。
 昼間に散歩に出た町で偶然会った乱歩さんに誘われ出掛けていた私は、宿までの道を送ってもらっていた。
 ぽつりぽつりと道沿いの街灯に光が灯る。
 夜でも街灯のおかげで明るい現の国の町は、宵闇の迫る時間帯でも人足は絶えない。
 ふと見上げた空の星は、その輝きを明るい街灯に邪魔されていた。
 雑踏と喧騒が郷愁を誘う。
 不意に懐かしさが込み上げてきて、私は足を止めた。

「どうかした?」

 急に立ち止まった私に気付いて乱歩さんが振り返る。
 何か事件でも?と興味津々な目をするいつも通りの様子に、浮かんでくる苦笑。
 いいえ、と私は首を横に振った。

「なんだか懐かしいなって思って」
「懐かしい?」
「現の国は、私のいた世界と少し似てるから」

 そう。と答えた乱歩さんが私の隣で同じように空を見上げた。

「帰りたい?」
「それは……」

 突然この世界――日ノ許に来てしまった直後は、なんとしてでも帰りたいと思っていた。
 行ってきます!と家を出たら茜さす異世界だったのだから、帰りたいと願って当然だ。
 太陽の巫女だと言われ、日ノ許に太陽を取り戻すための旅が始まって……あちこちの国に立ち寄って、たくさんの人に出会って、色んな出来事に遭遇してきた。
 長い間見ていない青い空が懐かしい。

「私……」

 帰りたいと答えようとした私の胸がずきりと痛んだ。
 帰りたいのは確かだけれど……

 ――帰ってしまったら……

 空から視線を移せば、どこか心配そうに私を見つめる乱歩さんの優しい眼差し。
 不意にじんわりと視界が霞む。

「……え?」

 驚きに見開かれた乱歩さんの目。
 ずきんずきんと胸は痛み続ける。
 帰りたい。
 けれど、そうしたらもうこの人と会えなくなる。
 そう思った途端、胸の痛みと涙が止まらなくなった。
 ポロポロと頬を零れ落ちる涙を隠すように俯き、縋るように乱歩さんのマントの端を掴んだ。

 ――そういえば……

 いつからだろう。
 時間があれば現の国に立ち寄るようになったのは。
 風景が懐かしいから。というのも、理由のひとつかもしれない。
 でも、それだけじゃない。
 ここに来るたび、私はある姿を探すようになっていた。
 散歩と称して出歩く先々で無意識に姿を探し、立ち寄りそうな場所へと足を向ける。
 そうすると会えたりするのだ……今日のように。

 ――ああ、そうだ

 私は、いつの間にこの人をこんなに好きになっていたんだろう。
 ちょっと――いや、かなり変わっているけれど優しいこの人に、いつしか私は惹かれていた。
 もしかすると、一番最初に会ったときから惹かれていたのかもしれない。

「あっ!」

 突然抱き寄せられて私は目を瞬いた。
 背中を優しく叩かれ、私はそのまま乱歩さんの胸に顔を埋めた。

「おかしなことを聞いてごめん」
「泣いてしまってごめんなさい」
「君が謝ることなんてないよ」

 優しさが嬉しくて、私は両手を伸ばして乱歩さんの背中に回した。

「私……」

 ぽつりと告げる。

「帰りたいとは思うんです……でも、そうしたら乱歩さんと会えなくなってしまうから……」

 私の言葉に乱歩さんが小さく体を震わせた。

「嬉しいことを言ってくれるね」

 耳元で囁く声にどきりとした。
 よく通る声が、今はいつもより少し低い声音で耳へと注がれる。

「僕も君と会えなくなるのは嫌だよ」
「乱歩さん……」

 見上げれば、乱歩さんがとても優しく私を見つめていた。

「どうすれば君を返さなくてすむか……そのためのトリックばかり考えてるって言ったらどうする?」
「え?」

 返さないためのトリック?
 乱歩さんらしいといえば乱歩さんらしい言葉に、私は目を瞬かせた。
 けれど、乱歩さんも私と会えなくなるのが嫌だと思ってくれていることが分かって、少し嬉しくなった。

「トリックって、一体どうする気なんですか?」

 沸き上がる好奇心で問えば、乱歩さんがクスクスと笑い出した。

「そうだね、箱の中に隠して消してしまおうか。それとも、鳩に変えてしまうのはどうだい?」
「それじゃ、手品ですよ」

 おかしくて笑ってしまう。
 笑ってくれたね、と乱歩さんは目を細めて私へと優しい視線を向けた。
 それだけで私の心臓は大きく跳ねる。

「それなら……怪盗にでもなって君を奪ってしまえばいいのかな」
「え?」

 頬に触れた乱歩さんの手のひら。
 ゆっくりと、指は頬をなぞって……私は驚きに体をこわばらせた。

「奪って、僕だけにしか分からない場所に隠してしまえば……誰も君を元の世界に返せなくなる」
「そ、そこまでしなくても……」

 低い声で告げられた言葉。
 背筋をぞくりとした感覚が走る。

「いや、そこまでするさ。だって……僕は、君が好きだからね」

 ――え?今、なんて?

「らんぽ、さん?」

 さも当然のごとく告げられた言葉に、私の思考は停止した。
 耳からの情報が頭で整理され認識した途端、どくん、と心臓が音をたてる。
 かぁっと全身が熱をもって、私は慌てて目を逸らした。

「ずるいです」

 声が震えているのがわかった。
 先程とは違う痛みが胸を襲う。

「わ、私だって乱歩さんが好きなのに……」
「本当に?」

 思わず口走ってしまった言葉に、乱歩さんが驚いたように目を見開いた。
 はいと小さく呟いて、恥ずかしさのあまり俯いた私の頬に、乱歩さんの手が触れる。
 顔をあげさせられ、すぐ近くで怖いくらい真剣な目が私を見つめていた。

 ――あ……

 近づく顔に、私は目を閉じた。
 触れるだけのキス。
 どきどきと胸の痛みと体の熱が増していく。

「……帰したくない」

 囁かれた言葉。

「一緒にいたいです」

 熱に浮かされたように、私はぽつりと答えた。
 するりと繋がれた手。

「返さないよ」

 妖しく笑いかけた乱歩さんに手を引かれた。
 雑踏と喧騒と街灯に見送られながら……手を繋いだ私たちは歩き出す。
 賑わう町の夜ではなく、二人きりの夜へ。

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