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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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キオクノソコノ【夜桜/秋ヒメ】

「キオクノソコニ」の秋名視点です。※子供時代捏造あり
どっちか片方だけでも読めます。

キオクノソコノ



 今年も、町の桜は綺麗に咲いた。
 その景色は去年までと同じで、何も変わらない。

「ヒメ~!」

 探していた姿を漸く見つけて、秋名は名前を呼びながら駆け寄った。

「秋名?」

 ぼんやりと桜を見上げていたらしいヒメが、目を瞬かせながら振り返る。
 ヒメが町長になって、そろそろ1年が経とうとしていた。

「どうしたんだ?そんなとこで、ぼーっとして」

 素直で、優しくて、強情で、少し泣き虫な幼馴染。
 町長として頑張っている姿を、この1年、秋名はずっと見守ってきた。
 無理をしていないか、無茶をしていないか、心配ではあるが……
 比泉のお役目を継いでもいない、まだ[[rb:ただの > ・・・]]子供でしかない自分には、見守ることしかできない。
 それが、本当は少しもどかしかった。

「別に……」

 ぷい、とヒメがそっぽを向く。
 髪と一緒に長いマフラーが揺れた。

 ――……ん?

 不意に、ちくりと胸を刺すような小さな痛み。
 なんだか少し靄がかかったような感覚がして、秋名は首を傾げる。

 ――なんだ? 

 考えてみるけれど、思考は纏まることなくバラバラと散ってゆく。
 まあいいかと考えるのをやめて、秋名はマフラーの端を手に取った。

「もうあったかくなってきたのに、まだマフラーしてるんだな」

 朝晩はまだ少し冷えるとはいえ、もうマフラーの季節ではない。
 ぐるぐるとヒメの首に巻かれたマフラーの端をいじりながら秋名が首を傾げた。

「そんなの、あたしの勝手でしょ」

 そっぽを向いたままのヒメが、怒ったような口調で言う。

 ――そんなに怒ることないだろ……

 どうかしたのかと思うけれど、また、纏まる前に思考は散らばってしまった。

「……まあ、いいけどさ」

 ヒメを怒らせたいわけではない。
 マフラーを離して、小さく肩を竦めた秋名がにっと笑った。
 そして、ヒメへと手を差し出す。

「なに?」
「みんな待ってるぜ」
「え?」

 秋名の手を顔を見比べ、ヒメは首を傾げた。

「花見、みんなでしようって言ってただろ?」
「そういえば!」

 はっとした顔をするヒメ。
 くるくると変わる表情が、ヒメの笑顔が、秋名は好きだ。

「ほら、行こうぜ」
「あっ」

 歩き出そうとしないヒメの手を、ぐいっと引っ張る。
 その勢いに、ヒメはそのまま足を踏み出した。

「ヒメ、早く!」
「もう。分かったから、そんなに引っ張らないでよぅ」

 走り出した秋名に手を引かれ、ヒメは引っ張られるようについて行く。
 肩越しに振り返れば、マフラーを口元まで引き上げて小さく笑みを浮かべたヒメの姿。

 ――あ、れ?

 とくん。と跳ねた鼓動。
 秋名の脳裏を、また何かが過ろうとした。
 けれど、それは答えに辿り着くことなく霧散してしまう。
 
 ――……?

 なんだか大切なことのような気がするけれど、分からない。
 分かるのは、ヒメが笑っているのが嬉しいということだけだ。


 記憶の奥底に封じられてしまった思い出。
 もやもやと燻る何かは……
 今はまだ、答えにたどり着くことを許さない。





   *   *   *




 桜の時期は過ぎ、眩しい青空が見下ろしてくる。

「あれ?」

 事務所への帰り道。
 見間違えようのない長いマフラーをした後ろ姿に気付いて、秋名は少し足を速めた。
 首に巻かれたマフラーを少し緩めて風を送り込もうとしているのが見えて、思わずこぼれる苦笑。

「暑そうだな」
「秋名」

 大丈夫か?と、声を掛ければヒメが驚いたように振り返った。

「マフラーで熱中症になったりするなよ?」
「そんなヘマしないわよ」

 ツン!と、少し頬を膨らませながら強がるヒメ。
 秋名は苦笑を浮かべてマフラーの端を手にした。

「暑いんだろ?」
「慣れたわ」

 ――まったく……

 バレバレの嘘をついているのなんて丸わかりだ。
 こっそりと溜息を吐いて、秋名は長いマフラーの端を持ち上げた。

「…………」

 自分の首にマフラーを巻いてみる。

 ――やっぱり、暑いじゃないか

「あ、あき……な?」

 ヒメの戸惑うような声がするけれど、秋名はふとそれに気付いた。

「……ヒメの匂いがする」
「へ!?」

 幼い頃から一緒に育って、嗅ぎ慣れてしまっていた匂い。
 それが、マフラーからする。
 移り香と言ってしまっていいのかは分からないけれど……
 それほど長い間、このマフラーはヒメと共にあったのだ。

 ――そっか。そうだよな……

 嬉しくもあり、少し悔しい。
 マフラーを取り返そうと引っ張るヒメ。
 けれど、秋名は離すつもりはなかった。

「あ、あ、秋名?」
「ん?」

 おろおろし始めたヒメへと視線を向ける。
 頬を火照らせたヒメは、慌てたように視線を逸らせた。

「やっぱ、暑いよな……これ」
「ど、どうしたの?」
「ちょっと、な」

 ぽつり。と秋名は、懺悔するように言葉を零した。
 ヒメが、不思議そうに視線を向けてくるのがわかる。
 マフラーを巻いたことで近付いた二人の距離。
 とん、とヒメの肩と自分の肩を合わせて、秋名は淡く微笑んだ。

「…………なんか、さ」

 体を少しだけ強張らせたヒメ。
 その少し火照った頬と戸惑う瞳を盗み見ながら、秋名は言葉を続ける。

「ずっと……このマフラーのこと忘れてたんだなって思ってな」
「……あきな」

 幼い頃。
 首の傷に、ずっと泣いていたヒメのために、秋名が編んだマフラー。
 それは、ヒメが妖怪であるという事実と共に記憶の底に封じられていた。

「あの時のこと忘れて、暑いんだから外せばいいなんて薄情なこと言ってたんだと思うと……」
「そ、それは!あたしが頼んだことだもの。秋名は……」
「それでも」

 ――俺は……

 秋名は何も悪くないと言おうとした言葉を遮り、秋名は正面からヒメを見つめた。

「俺にとっても大事な思い出なのに……自分が許せないなって」

 ふるふると、ヒメが首を横に振る。

「あの日の秋名の優しさは、あたし、忘れたことないから」
「ヒメ……」

 微笑んだヒメに、秋名は軽く目を瞠る。
 そして小さく息を吐いて微笑み返した。

 ――ありがと、な。ヒメ

「暑いだろって言葉も、あたしのこと心配して言ってくれてたんだっていうのも分かってるし」

 忘れてしまっていた秋名の分まで、自分は忘れずにいたのだと言うヒメ。
 その優しさを甘んじて受け入れてしまおう……と秋名は思った。
 だって……
 ヒメにはいつも笑っていてほしいから。
 ヒメの笑顔が好きだから……

「あたしはね。このマフラーを巻いてる格好が好きだからそれでいいの」
「そっか」
「そうよ」

 にこにこと笑うヒメ。
 秋名は、自分の首に巻いていたマフラーを解いた。
 そして、そのままヒメのマフラーを整える。

「あ、秋名……」
「ん?」
「くすぐったい……」

 絞り出すように告げられた言葉に、秋名は手を止めた。

「ヒメ」
「なによ」

 じっと見つめられ、ヒメはつい…と目を逸らす。
 笑みを浮かべた秋名が手を伸ばして、ヒメの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「ちょっ、と……あき、な?」

 そのまま、秋名の手はヒメの頭を撫でる。
 驚いて顔を上げたヒメの双眸に、戸惑いが浮かんでいた。

 ――あぁ、もう……ほんとにお前は……

 指に触れる髪の一本一本すら愛おしい。
 けれど、それは秘めたままの感情だ。

 ――今は、これだけで充分

 そう自分に言い聞かせて、一つ頷く秋名。

「うん」

 にっこりと笑って、もう一度ヒメの頭を軽く二度三度叩いてから秋名は手を離した。

「なんなのよぅ」
「ん~……」

 戸惑いながら不貞腐れたように問うヒメに、秋名は軽く首を傾げた。
 正直に告げて困る顔を見てみたいという悪戯心を抑え込み、笑みを浮かべる。

「なんか撫でたい気分だったから」
「なによ、それ」

 はぐらかされたような気になったヒメは頬を膨らませた。

「ほら、行くぞ。ヒメ」

 拗ねてしまったヒメに苦笑を浮かべ、秋名が手を差し出す。

「え?」
「事務所、寄ってくだろ?」
「あ、うん」
「そろそろプリンが固まってる頃だし……食ってくだろ?」

 事務所を出てくる前に仕込んでおいたおやつ。
 それがそろそろ出来上がる頃だ。

「プリン作ったの?」

 一気にヒメの機嫌が上昇する。
 にこにこし始めたヒメの手を掴み、秋名が軽く引っ張る。

「あっ!」
「勝手に冷蔵庫開けてなきゃいいけどな」

 留守番の二人が勝手なことをしていないか不安になって、少し急ぎ足で歩き出す秋名。
 ヒメは、秋名に引っ張られるようにして歩き始めた。

「ちょっと!そんなに引っ張らないでよ」

 言いながら、少し歩調を早めて、ヒメは秋名の隣に並んだ。
 軽く握り返された掌。
 繋いだ手の力を少しだけ強めれば、ちらりとヒメが見上げてくる。

 ――ヒメは、変わらないな……

 妖怪だって知ってどう思った?そう問われて、すぐには答えられなかった。
 ヒメはヒメだ。
 妖怪だとか人間だとかは関係なく、ヒメなのだ。
 一度は封じられた記憶の底の、芽生えかけていた感情が消えてなくなるはずがないのだから。
 けれど、どれだけ大切だと想っていたとしても……
 それだけで片付けられるほど、背負っているものは軽くはない。
 だから――
 大切に想う気持ちの正体も、繋いだ手への愛しさも……

 ――どうか気付かれませんように

 返す笑顔に、全部隠した。

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