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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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キオクノソコニ【夜桜/秋ヒメ】

時期的には「イバラミチ」の後くらい?※子供時代捏造あり。
こういう距離感というか雰囲気というか……そんな感じの二人が好き。
キオクノソコニ




 今年も、町の桜は綺麗に咲いた。
 その景色は去年までと同じで、何も変わらない。
 変わったのは一つだけ。

「ヒメ~!」

 ぼーっと桜を見上げていたヒメを呼ぶ声。
 聞きなれたそれに、ヒメは振り返った。

「秋名?」
「どうしたんだ?そんなとこで、ぼーっとして」

 無邪気に笑う幼馴染の笑顔は、ヒメの心をあたたかくする。
 それは昔からずっと変わらない。
 ヒメは、秋名の笑顔が好きだ。

「別に……」

 ぷい、とそっぽを向く。
 髪と一緒に長いマフラーが揺れた。

「もうあったかくなってきたのに、まだマフラーしてるんだな」

 ふと、秋名がマフラーの端を手に取る。

 ――……ッ!

 秋名にとっては何気ない一言。
 小さな疑問。
 ほにほにと、手にしたマフラーをいじりながら秋名が首を傾げた。

「そんなの、あたしの勝手でしょ」

 これを望んだのは自分だ。
 秋名は何も悪くない。
 けれど、つい、きつい口調になってしまう。

「……まあ、いいけどさ」

 マフラーを離して、小さく肩を竦めた秋名がにっと笑った。
 そして、ヒメへと手を差し出す。

「なに?」
「みんな待ってるぜ」
「え?」

 秋名の手を顔を見比べ、ヒメは首を傾げた。

「花見、みんなでしようって言ってただろ?」
「そういえば!」

 そうだったと思い出す。

「ほら、行こうぜ」
「あっ」

 強引に手を取られ、秋名が引っ張る。
 その勢いに、ヒメはそのまま足を踏み出した。

 ――秋名……

 秋名と繋ぐ手。
 それが、少し嬉しかった。

「ヒメ、早く!」
「もう。分かったから、そんなに引っ張らないでよぅ」

 手を引いて走り出した秋名に、ヒメは引っ張られるようについて行く。
 肩越しに振り返って笑う秋名の笑顔は、あの日を思い出させるけれど……
 マフラーを口元まで引き上げる。
 事あるごとに胸を過る、後悔に似た感情と自分への戒め。

 ――これがあたしの覚悟だもの…… 

 去年のあの日。
 町の皆の記憶を封じてほしいと願ったのはヒメ本人だ。

 この大切なマフラーの記憶と共に……





   *   *   *





 桜の時期は過ぎ、眩しい青空が見下ろしてくる。
 ヒメは、少し汗ばむ首筋へ風を送り込もうとマフラーを少しだけくつろげた。

「暑っ……」

 慣れたつもりだけれど、夏が近づくとやはり暑さは少し辛い。
 とは言っても、このマフラーを外すつもりは全くないのだけれど……

「暑そうだな」

 大丈夫か?と、掛けられた聞きなれた声。

「秋名」

 マフラーへ視線を送りながら、秋名が傍へとやってくる。

「マフラーで熱中症になったりするなよ?」
「そんなヘマしないわよ」

 ツン!と、少し頬を膨らませながら強がってみる。
 苦笑を浮かべた秋名が、マフラーの端を手にした。

「暑いんだろ?」
「慣れたわ」
「…………」

 ――え?

 長いマフラーの端を持ち上げた秋名が、おもむろにそれを首に巻く。

「あ、あき……な?」
「……ヒメの匂いがする」
「へ!?」

 何を言い出すのだと、ヒメは慌てて取り返そうと引っ張る。
 けれど、秋名は離そうとしなかった。

 ――ど、ど、どういう意味よ!?

 この時期、汗もかくからできるだけ洗濯の回数は増やしている。
 だから、匂うほど汗が染みついているだなんてことはないはずだ。

 ――あたしの匂いって?それって、汗臭いってこと!?

 乙女心は複雑で。
 マフラーを巻いているせいで近くなってしまっている距離も問題だが、一番の問題は「匂い」発言だ。

「あ、あ、秋名?」
「ん?」

 ちらりと視線を向けるけれど、秋名はいつもどおりで。
 ひとりで慌てている自分の方がおかしいのかと思ってしまう。

「やっぱ、暑いよな……これ」

 何を納得したのか、頷く秋名。
 けれど、マフラーを離そうとはしない。

「ど、どうしたの?」
「ちょっと、な」

 ――ちょっと、って何?

「…………なんか、さ」

 ぽつり、と呟く秋名。
 とん、とヒメの肩と自分の肩を合わせて、秋名が淡く微笑んだ。

 ――えっ

 近すぎる距離に、とくん…と跳ねる鼓動。
 ヒメは、体を少しだけ強張らせた。

「ずっと……このマフラーのこと忘れてたんだなって思ってな」
「……あきな」

 幼い頃。
 首の傷に、ずっと泣いていたヒメのために秋名が編んだマフラー。
 それは、ヒメが妖怪であるという事実と共に記憶の底に封じられていた。

「あの時のこと忘れて、暑いんだから外せばいいなんて薄情なこと言ってたんだと思うと……」
「そ、それは!あたしが頼んだことだもの。秋名は……」
「それでも」

 秋名は何も悪くないと言おうとした言葉を遮り、秋名は正面からヒメを見つめた。

 ――秋名?

「俺にとっても大事な思い出なのに……自分が許せないなって」

 ふるふると、ヒメは首を横に振った。

「あの日の秋名の優しさは、あたし、忘れたことないから」
「ヒメ……」

 微笑んだヒメに、秋名は軽く目を瞠る。
 そして小さく息を吐いて微笑み返した。

「暑いだろって言葉も、あたしのこと心配して言ってくれてたんだっていうのも分かってるし」

 全部分かっている。
 秋名の優しさ、全部。

「あたしはね。このマフラーを巻いてる格好が好きだからそれでいいの」
「そっか」
「そうよ」

 にこにこと笑うヒメ。
 秋名は、自分の首に巻いていたマフラーを解いた。
 そして……

 ――え?

「あ、秋名……」
「ん?」

 ヒメのマフラーを整える秋名。
 その手が頬を掠めて、どきどきする。

「くすぐったい……」

 なんとか絞り出すように告げた言葉に、秋名が手を止めた。

「ヒメ」
「なによ」

 じっと見つめられ、ヒメは思わず目を逸らす。

 ――な、なに……!?

 笑みを浮かべた秋名が手を伸ばして、ヒメの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「ちょっ、と……あき、な?」

 そのまま、秋名の手はヒメの頭を撫でる。
 驚いて視線を上げれば、少し高い位置からヒメを見つめる優しい双眸。

 ――ッ!

 胸のどきどきが激しくなって、ヒメは口をはくはくとさせた。
 なぜ撫でるのか問い詰めたい。
 勝手に撫でるなと怒りたい。
 でもこのまま撫でていてほしい。
 色々な感情が頭の中でぐるぐると回っていた。

「うん」

 にっこりと笑って頷くと、もう一度ヒメの頭を軽く二度三度叩いてから秋名が手を離す。

「なんなのよぅ」
「ん~……」

 戸惑いながら不貞腐れたように問うヒメに、秋名は軽く首を傾げた。

「なんか撫でたい気分だったから」
「なによ、それ」

 はぐらかされたような気になって、ヒメは頬を膨らませた。

「ほら、行くぞ。ヒメ」

 拗ねてしまったヒメに苦笑を浮かべ、秋名が手を差し出す。

「え?」
「事務所、寄ってくだろ?」
「あ、うん」

 確かに。
 町内の見回りを一通り終えて、一度事務所に立ち寄ろうとしていたところだった。

「そろそろプリンが固まってる頃だし……食ってくだろ?」

 ――!?

「プリン作ったの?」

 一気にヒメの機嫌が上昇する。
 にこにこし始めたヒメの手を掴み、秋名が軽く引っ張る。

「あっ!」
「勝手に冷蔵庫開けてなきゃいいけどな」

 そんな風に呟いて、少し急ぎ足で歩き出す秋名。
 繋がれた手が気になっていたヒメは、秋名に引っ張られるようにして歩き始めた。

「ちょっと!そんなに引っ張らないでよ」

 言いながら少し歩調を早めて、ヒメは秋名の隣に並んだ。

 ――秋名は、変わらないね……

 それが嬉しい。
 そして、愛おしい。
 繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込める。
 同じように握り返してきた秋名を見上げれば、穏やかな笑みが向けられた。
 とくんとくんと胸は少しだけ早く鼓動を繰り返す。
 一度は記憶の底に鍵をかけて沈めていた想い。
 開いてしまった鍵に、抑え付けていた想いは動き始めた。
 けれど――
 ずっと抱いてきた想いも、この鼓動も……

 ――どうか気付かれませんように

 返す笑顔に、全部隠した。

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