午睡【夜桜/秋ヒメ】 2015年11月23日 その他版権 0 秋名とヒメ以外に誰も出てきません。 ほんとに、ただ、ゆったりほのぼのした話にしたかっただけ。 午睡 「まいどー……って、あれ?」 いつも通り勢いよくドアを開けて、ヒメは首を傾げた。 まだ夕方と呼ぶには早い時間の、比泉生活相談事務所。 いつもならば、秋名もアオも恭助もいるはずだ。 この時間なら、ことはだっているだろう。 それなのに、誰の姿もなくて…… 「誰もいないの?」 静かな事務所の中。 少し遠慮がちに声を掛けながら足を踏み入れる。 ――鍵が開いてるのに無人ってのは、ないわよね なんとなく心配になったヒメの耳に、微かな音が聞こえた。 「ん?なんだヒメか」 「秋名?」 聞こえてきた秋名の声に、ヒメはそちらへと視線を向けた。 奥のソファ。 その背に上体を預けるような格好で起き上がった秋名の姿。 「おかえり、ヒメ」 「あ、ただいま」 欠伸まじりに秋名がヒメへと声を掛ける。 それに答えて、ヒメはデスクを回り込んでソファの方へと移動した。 「どうしたの?」 「いや、ちょっと休憩」 ソファに座りなおした秋名が、ヒメの問いへと苦笑しながら答える。 どうやら、買い物中の桃華からの電話で恭助は荷物持ちに駆り出され、ことはとアオは八 重のところへおつかいに行ったらしい。 ヒメも町内パトロールでしばらく来ないだろうと踏んで、少し仮眠をとっていたらしい。 「秋名、疲れてるんでしょ?そのまま、もうちょっと寝てなさいよ」 「でも……」 何でもない様子で立ち上がろうとする秋名を、ヒメは制止した。 「もう!あたし相手に疲れてるの我慢したり、隠したりする必要ないでしょ!」 「そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて少し寝るな」 はは、と苦笑した秋名がおとなしくソファへと横になる。 その体の上へと、ヒメは傍らにあった掛布を掛けた。 「ありがとな、ヒメ」 「おやすみ、秋名」 秋名が目を閉じるのを待って、ヒメはテーブルの上に置かれたままの湯呑を取り上げた。 ――片付けだけでも、しといてあげようかな 踵を返し、キッチンへと移動する。 「あれ?」 いつもはキレイに片付いているはずの流し。 そこには食器がいくつか放置されていた。 「秋名、だいぶ疲れてるんじゃない……」 片付けを後回しにして休憩――仮眠を取ろうとする程に疲れているということだろう。 振り返れば、ソファで身動ぎひとつせず眠る秋名の姿。 「もう」 置いてある秋名のエプロンを取り、ヒメは洗い物を開始した。 その音で秋名が起きてしまわないように、できるだけ静かに…… ――秋名ってば いつもいつも、誰かのために自分のことを後回しにしてしまう秋名。 そんな秋名が昔から好きだけれど、少しは頼って欲しいと思う。 ――しんどいならしんどいって言ってよ ふと耳に届いた、外で遊ぶ子供たちの声。 それは、秋名の眠りの妨げにはなっていないだろうか? 少し心配になって、片付けを終えたヒメは秋名の傍へと戻った。 ――……秋名 覗き込めば、すうすうと安らかな寝息を立てて眠る秋名の姿。 ちょっとくらいの子供たちの声は、邪魔にはならないようだ。 けれど、少し傾き始めた陽が差し込んで秋名の顔を照らす。 ――あ…… 窓のブラインドをおろせば、邪魔な陽射しは遮られた。 秋名は変わらずよく眠っている。 「…………」 そっと……静かに。 ヒメは秋名の枕元へと腰かけた。 「あきな……」 おそるおそる秋名の髪に触れて、撫でてみる。 ――お願いだから、無理しないで…… 秋名にしかできないことがある。 それは分かっているけれど…… 無理はしてほしくない。 でも、無理をしてでも秋名は町のために頑張ろうとする。 ――秋名 ゆっくりとゆっくりと、ヒメの指が優しく秋名の髪に触れる。 それくらいでは目を覚まさないくらい、深く眠っているのだろうか。 ――ちょっとくらいなら……いいわよね 枕がわりのクッションをそっと引き抜く。 そして、持ち上げた秋名の頭を自分の腿へと乗せた。 「んっ……」 起こしてしまったかと慌てるけれど、秋名は変わらず寝息を立てている。 「いつもお疲れさま……」 囁くように声を掛け、また髪へと触れた。 腿にかかる重みと、伝わってくる体温。 それは、愛しくて……少しさみしかった。 「ふわぁ……」 不意に漏れた欠伸。 秋名の寝息につられてしまいそうだ。 ――だめ 頑張って睡魔と闘おうとするけれど…… * * * 深い眠りから意識が浮上する。 短時間でも深く眠ることができれば、多少なりとも疲れは取れる。 ――静かだな…… ゆっくりと覚醒する意識の中、秋名はふと思った。 ――あれ? 耳に、微かに届いた音。 それは、事務所の外から聞こえる遊んでいる子供たちの声ではない。 ――えーっと…… 確か、恭助もアオもことはもいなくて。 ヒメだけがいたはずだ。 「ヒメ?」 ぽつりと呼びかけてみるけれど、答えがない。 どうしたというのだろう。 ――そういえば 何か、柔らかくてあたたかなものが頭に触れている気がする。 ゆっくりと視線を巡らす。 窓のブラインドがおりていた。 そして…… ――ん? 何か、いつもと違う気がした。 目を瞬き…… 「ッ!?」 一瞬、何が起きているのか分からなかった。 ――え? ヒメに膝枕されているということに気付いて、秋名の意識は一気に覚醒した。 「な……」 慌てて飛び起きようとして、ヒメの手が自分の頭に触れていることにも気付く。 「ヒメ……?」 遠慮がちに呼びかければ、すぅ……という寝息が返ってきた。 ――えっと…… 見上げてみれば、ヒメがソファに凭れて眠っていた。 「おーい、ヒメ」 「ぅ……ん」 目を覚ましたかと思ったけれど、ヒメはぐっすりと眠ったままだ。 ――まったく…… 下手に動けば、気持ちよさそうに眠っているヒメを起こしてしまうだろう。 しかし、このままではヒメの足が痺れてしまうかもしれない。 どうしたものかと考えを巡らせて、とりあえずは頭に触れているヒメの手を取った。 そうして、ヒメを起こさないようにゆっくりと体を起こす。 「ありがとな、ヒメ」 ソファへと座り直し、ヒメの寝顔へと声を掛ける。 まるでそれに答えるかのように、ヒメの手がきゅっと秋名の手を握った。 「ヒメ?」 起きたのか?と問うてみるけれど、目を覚ました様子はない。 自分のものより小さな手。 子供の頃は手を繋ぐことも多かった。 大きくなっていくうちに、いつの間にか繋ぐこともなくなったけれど…… ――変わらないな そのあたたかさは、何も変わらない。 柔らかくて、あたたかくて、優しい。 解くことが少し名残惜しく思えて…… 手をつないだまま、少しだけヒメとの間の距離を詰めた。 ――おつかれ。ヒメ 女子高生と町長の両立は、きっと大変だ。 それでもヒメは、毎日、一生懸命頑張っている。 無理をしていないか、無茶をしていないか、心配にはなるけれど…… ヒメは、決して弱音を吐くことはない。 ――あんまりひとりで抱え込むなよ そっと、空いている方の手でヒメの髪を撫でた。 「ん……」 起こしてしまったかと慌てて手を離す秋名。 ゆらり、とヒメの体が傾いた。 「え?」 ――ッ! とん。と傾いたヒメの頭が秋名の肩へと凭れかかる。 すうすうと、変わらず寝息を立てるヒメ。 気持ちよさそうに眠るヒメに、秋名は笑みを浮かべた。 「ヒメ……」 その無防備な寝顔が愛おしいと思った。 繋がれた手に、少しだけ力を込める。 そしてまた、そっと髪を撫でた。 事務所の外から、遊んでいる子供たちの声が聞こえてくる。 事務所の中には、他に何の音もない。 穏やかな、ヒメの寝息につられて…… 「ふわぁ……」 再び訪れる睡魔。 ――まあ、いいか まだ誰も戻ってきそうにないのを理由にして、睡魔へと身を委ねた。 PR