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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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雨のち……【夜桜/秋ヒメ】

勢いで書いた秋ヒメ2作目。

ゲリラ豪雨でふと思いついた。
糖度は当社比で少なめです。
雨のち……



 バラバラという突然の激しい音。

 ――ん?

 デスクに向かい仕事に集中していた秋名は、眉を顰めて窓の外へと視線を向けた。

「うわぁ……降ってきたな」

 屋根を打つ雨音は、激しすぎてうるさいくらいだ。
 秋名は、八重のところにお使いに出掛けたアオと、町内パトロールに行っている恭助のことを思い出した。

「大丈夫かな、ふたりとも」

 呟いたと同時に携帯が鳴る。
 アオからのメール着信だ。

『雨が止むまで八重さんのところにいます』

 まだ教会にいたのだろう。
 それならアオは大丈夫だと、激しい雨で霞む外へと視線をやる。

 ――ゲリラ豪雨ってやつだな

 朝から晴れていたから洗濯物を干してきたが、これではすべて台無しだろう。
 洗い直しだな……と洗濯物の心配をしていると、また携帯が鳴った。

「もひもひ。あぁ、恭助」

 町会所で雨宿りをすると告げる恭助の声。
 その後ろから、町会所に集まっている老人たちの声が聞こえていた。
 この様子だと、雨が止んでもしばらくは帰ってこれないかもしれない。

「さて」

 仕事の続きを片付けてしまおう……と、秋名は机に向き直った。
 ……と、その時。

 バタン!!

 凄い勢いで事務所のドアが開いて、何かが飛び込んできた。

「!?」

 何事かと顔を上げれば……

「ヒメ!」
「ちょっと、もー!なんなのよ、急に」

 全身びしょ濡れのヒメが、肩で息をしながら床にへたりこんだ。

「おい、びしょ濡れじゃないか!」

 慌ててタオルをひっつかみ駆け寄る。

「あ、秋名。ごめんね」

 ありがと、とタオルを受け取るべく手を伸ばすヒメ。
 けれど、タオルはヒメの手をすり抜け、ふわりと頭に被さった。

 ――え?

「この雨の中走ってきたのか?」

 秋名の手が、ヒメの濡れた髪や肩を拭いだす。
 茫然としてしまったヒメは、されるがままだ。

「こりゃ、着替えた方がいいな」
「あ、あの……」
「待ってろ」
「え、っと……」

 慌ただしく事務所の中を探し回り、乾いたタオルや着替え――残業で泊まり込んだ時のために置いてあったのだろう服をかき集める秋名。
 頭の上に残されたタオルを取り、ヒメは立ち上がった。

「秋名」
「ほら、これ。着替え」
「秋名ってば」
「ん?」

 ヒメの声に、秋名はようやく動きを止めた。

「そのままだと風邪ひくぞ?」
「え、あ、うん」

 てきぱきと、秋名は濡れたマフラーをヒメの首から解く。

 ――あっ!

「奥でさっさと着替えて来いよ」

 エアコンの風が当たる所へマフラーを掛けながら、秋名がヒメを振り返った。
 続いて、拾い上げたカバンを拭い始める。
 
「…………うん」

 戸惑いながらも、タオルと着替えを受け取るヒメ。
 ゴロゴロと、雨音を縫って雷鳴が響いていた。





   *   *   *





 ゴーと、エアコンの除湿機能がフル稼働する。
 その送風口に近いところで、ヒメのマフラーと制服が軽く揺れた。

「ありがと……」

 ソファに腰掛けて、湯気のたつカップを両手に包みながらヒメがぼそりと告げた。
 同じように湯気のたつカップを持って、隣に秋名が座る。

「災難だったな」
「ほんと。いきなり降ってくるんだもん」

 解かれた濡れた髪が、エアコンの風に揺れた。

「あれ?そういえば、秋名ひとり?」
「アオはちょうど八重さんの所に行ってたから、そのまま足止めされてる。あと、恭助は町会所で雨宿り中」
「あー……」

 突然の豪雨に遭難したのは自分だけではなかったのだと、ヒメは苦笑した。

「桃華もどこかで雨宿りしてるといいけど……」
「もしかして、桃華ちゃんは買い物か?」
「うん」

 学校を出た後、桃華は買い物をして帰るからとヒメと別れたのだ。

「下校時間だもんな。じゃあ、ことはも学校か駅で足止め食ってそうだな」

 窓の外の雨の様子を伺う秋名。
 そのタイミングを見計らったかのように、秋名とヒメ、二人の携帯が鳴った。

「桃華はスーパーにいて濡れずに済んだみたいね」
「ことはは、やっぱり学校で足止めされてるな」

 傘など役に立たなさそうな豪雨だ。
 無理に帰ろうとするよりは、雨宿りしてくれている方が安心だ。

「酷い目に遭ったの、あたしだけじゃない……」

 膨れっ面のヒメがぼやく。

「途中で、軒先でも借りて雨宿りすればよかっただろ」

 無理して走ってこなくても……と言う秋名に、ヒメは拗ねたようにそっぽを向いた。

「だって、大丈夫だと思ったんだもん」
「拗ねんなって」

 ――ん?

 ふと気付いて、秋名はソファに放り出されていたタオルを手に取った。

「んだよ、まだ濡れてるじゃないか」

 呆れたように呟き、まだ濡れているヒメの髪を拭う秋名。

「あ……ッ」

 丁寧に髪を拭う秋名の手に、ヒメは慌てて俯いた。

「風邪ひいちまうし、髪も傷むだろ」
「あ、ありがと……」

 こんなところを誰かに見られたら、きっとからかわれるだろう。
 熱くなる顔を隠したくても、雨に濡れたマフラーは手元にない。
 それがこんなに心許ないとは……と、エアコンの風に揺れるマフラーへと視線を向ける。

「どうした?ヒメ」
「あ、ううん。……帰るまでに乾くかなって思って」

 誤魔化すように言って、ヒメはまた俯いた。

「……このまま帰るわけにはいかないもの」
「それ俺のだし、着て帰っても別に構わないけど……」
「そ!そういうわけにはいかないわよ」

 秋名の服を着ているというだけでも乙女心が落ち着かないというのに、しかもそれを着て帰るなんて……

 ――あたしが、構うのよ!

「そうか?」
「そうなの!」

 この状況をからかわれても、秋名はきっと何ともない顔でいるのだろう。
 慌てふためくのは自分だけだ……と、ヒメは溜め息をついた。
 他に誰もいなくてよかったと思った。
 今の自分の顔を、誰にも見られたくない。

「ま、こんなもんだろ」

 ――あっ……

 秋名の指が直接髪に触れ、ヒメの心臓が大きく跳ねる。
 まだ少し湿った髪を秋名の指が梳いてゆくのが、くすぐったかった。

「ありがとう、秋名」

 告げた礼の言葉に秋名が笑って、またヒメの鼓動は速くなる。

「お、おう」

 頭をかき、秋名が立ち上がった。

「じゃ、てきとうにゆっくりしてろ」
「秋名?」

 ソファから離れデスクに移動する秋名。

「仕事。さっきヒメが飛び込んできて途中になってたからさ」
「あ……ごめんね」
「気にすんな」

 ひらひらと振られた手。

「じゃ、あたしは宿題でもしとこうかなー」

 ヒメが、ごそごそと鞄の中から教科書やらノートやらを引っ張り出す音を聞きながら、秋名は、

こっそりと溜め息をついた。

 ――雨、止まねーな……

 雨の勢いも、最初に比べれば少しはマシになってきたようだが、まだ屋根を打つ雨音は強い。
 豪雨が大雨に格下げされた程度だ。
 書きかけていた手元の書類を仕上げて、秋名はちらりとヒメを振り返った。

 ――…………

 真剣な顔で教科書と睨み合うヒメの様子が、少し珍しかった。
 ことはや桃華と違い、試験前に必死で勉強している姿を見たことがないせいでもあるが……いつもとは違う高校生らしいヒメの姿が微笑ましい。

 ――とは言え……

 仕方なかったとはいえヒメに自分の服を着させてしまったのは、正直、平常心を少々掻き乱す。
 しかも、雨の中に取り残されたかのような事務所の中で……ふたりきりだ。

 ――……いやいや、なに考えてんだ

 頭を振り、デスクに向き直る。
 ヒメがノートに何か書いている音が、やけに大きく聞こえる気がした。
 雨脚は、まだ衰えない。





   *   *   *





 ――ちょっと、降りすぎだな……

「ねえ、秋名」
「ん?」

 呼ばれて秋名が振り返ると、ヒメは窓の傍に立って外へと視線を向けていた。

「どうした?ヒメ」
「これだけ降ったら、ちょっと心配よね」
「ああ、そうだよな」

 何が心配なのかまでは、聞かずとも分かる。
 ヒメの言う心配事は、今、秋名の頭を過った心配事と同じだ。
 雨による町への被害……

「止んだら、見回りに行かないといけないわね」
「んじゃ、止んだら手分けして回るか」

 出先で雨宿りをしている連中へも、事務所へ戻る前に町を見回るようにと連絡を回す。
 そして、秋名も窓の傍へと移動して外に視線を向けた。
 事務所の外は、あちこちに大きな水溜りができている。
 屋根からは、かなりの量の雨水が落ちてきていて……おそらく、雨どいにもかなり負担がかかっていることだろう。

 ピカッ!
 バリバリバリ!

「ッ!!」
「ひゃッ!?」

 突然の雷光と大きな雷鳴。
 思わず肩を跳ねさせた秋名と小さく悲鳴を上げたヒメは、まだゴロゴロと響く音の源を探るように恐る恐る空へと視線を向けた。

「どこかに落ちたかもな、今の」
「……普通の雷、よね?」
「普通に雷だな」

 ついつい別の心配をしてしまうが、どうやら取り越し苦労だったようだ。

「それにしても……」
「ちょっとびっくりした」

 顔を見合わせ、驚きすぎてしまったことがなんとなく恥ずかしくて笑い合う。
 ……と、その時。
 また、空が光る。
 視界の端で、はっきりと稲妻が走ったのが見えた。
 再び、激しい雷鳴が響き渡り、事務所の窓がビリビリと震える。
 鳴ると分かっていれば驚きも少ない。
 稲妻の走った方角を見ていた秋名が、ふと気づいた。

「ヒメ?」
「え?」

 ――あっ!

 それは無意識だった。
 慌てて、ヒメはいつのまにか掴んでいた秋名の袖の端を離した。

「ご、ごめん」
「あ、いや……怖かったのか?」

 問われて、ヒメは首を横に振った。
 怖かったわけではない。
 無意識だったから、理由なんて分からない。
 ただ……
 あえて言うならば、そこに――隣に秋名がいたから、だ。

「……え?」

 ぽん。と頭に載せられた掌。
 それは軽くポンポンとヒメの頭を叩き、ゆっくりと撫で始める。

「あの、秋名?」
「ん?」

 微笑んで、秋名がヒメを見ていた。
 いつもならばマフラーで顔を隠しているところだ。
 けれど、マフラーは今、エアコンの前で風に揺れている。

「なによぅ」
「んー、なんとなく」
「なに、それ」

 雷光と雷鳴の幅は徐々に長くなり、音が次第に遠ざかってゆく。
 それと共に、雨脚も次第に弱くなってきた。

「お。止みそうだな」
「じゃあ、見回りに行く準備しなくちゃ」
「だな」

 名残惜しそうに、秋名の指がヒメの髪を絡め取る。

「……秋名?」

 振り向くヒメの動きに合わせて、するりと逃げる髪。
 それを、秋名の指が追った。
 首を傾げたヒメに、誤魔化すように笑い返す秋名。

「制服、乾いてるといいな」
「そうだった!」

 思い出したように、ヒメがエアコンの前へと行く。
 シャツとスカートは乾いているものの、残念ながらマフラーとベストはまだのようだ。

「着替えてくる」
「おう、行ってこい」





   *   *   *




「どうしたものかしら」
「どうした?」

 必要になるかもしれないものを準備していた秋名は、困ったように呟くヒメの言葉に振り返った。
 着替え終わって、まだ乾いていないマフラーを手に眉を寄せるヒメ。
 なにをやっているんだか……と作業に戻りかけて、秋名は思わず二度見した。

 ――ッ!

 そして慌てて他所を向く。

「ひ、ヒメ!」
「なに?」
「写って……ていうか、透けてる」
「へ?」

 目を瞬かせ、しばし言われたことの意味を考えて……

「ッ!!」

 ヒメは顔を真っ赤にした。
 いつもはベストを着ている制服。
 だから気づかなかったが、夏服のシャツは想像以上に薄くできていたらしい。

「秋名のバカ!」
「いてっ、おい、やめろって」

 ポカポカと秋名を叩き始めるヒメ。







 結局。
 先程まで着ていた秋名のシャツを上から着て……

 途中で合流したアオやことはから、盛大にからかわれることになったのは言うまでもない。

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