ふゆのおもいで~遠い日の記憶~【tactics】 2007年05月05日 その他版権 0 「ふゆのおもいで」の昔話みたいな話 ヨーコちゃんがまだ普通の狐 ふゆのおもいで~遠い日の記憶~ ふと…今日は、いつもは静かな周囲が、やけに騒がしいような気がした。 寒いこの時期、人里へ行っても畑にも田にも何も残ってはいない。 当然、木々に実なんて成ってはいない。 ――おなかすいたな… 狐は、時折、その身を包む毛皮すら意味なく思えるほどの冷たい風を受け…小さく身を震わせた。 「ノセンギョウヤ、ノセンギョウヤ…」 遠くの方から聞こえてくる、人間の声。 こんな季節に、こんなところまで来るなんて…なんて物好きなんだろう… 思いながら、声の聞こえてきた方へ興味深げに近づいた。 「この辺なら、いそうだろ?」 「んじゃ、あの岩の辺にでも置いといてやろうや」 何の話をしているのだろう… 気付かれてしまえば、以前に捕らわれた仲間たちみたいに、酷い目に遭わされるかもしれない。 でも、遠目に見える人間たちは、武器を持っているようには見えない。 「おい、ちょっとこっち照らせ」 男の声で、傍らの人間が手にしていた高張り提灯を男の手元に向ける。 岩の上に何か置いて、人間たちは何故かその場へと整列して拍手を打っていた。 「さ、行くべ」 「ちゃんと冬越してくれっといいな」 口々に言いながら、人間たちはまた、 「ノセンギョウヤ、ノセンギョウヤ…」 と、どこかへ歩いていった。 「これ…」 狐は、人間たちの声が聞こえなくなった頃、何かを置いていった岩の上を見に行った。 ちょこん…と乗せられていたのは、竹の皮に包まれた何か。 鼻先を掠めたのは、食べ物の匂い。 そして、ふと思い出したのは母から聞かされた言葉。 ――冬の食べ物のない頃に、人間たちが置いて行ってくれるのよ そう言って、まだ幼かった自分へ、これとよく似たものを持って帰ってきたことがあった。 これがきっと、それなのだろう。 人間は、自分たちに対して悪いことばかりしてくるわけじゃない…初めて、そう気付いた。 おそるおそる包みをくわえ、狐は、胸の奥に生まれた、あたたかい思いを抱きながら寝床へと帰っていった。 * * * ――野や山に、油揚とかをお供えする行事があるんだよ キツネがひもじい思いをしないように…って この食べ物を包んだ包が一体何だったのか… それを知るのは…何百年か後の話である。 遠い遠い…昔々の、おはなし。 PR