相互理解不可能という共有感情【スレイヤーズ/ルナゼロ】 2009年08月01日 スレイヤーズ/騎士と神官 0 お題「相容れない二人のお題1」(恋したくなるお題 様)より 人間と魔族。理解しえない、相容れない…それは最初から分かっている。 相互理解不可能という共有感情 「ねえ。『負』の感情って、どんな味がするの?」 突然の問い掛けに、ゼロスは思わず目の前の女性を凝視してしまった。 「味…ですか?」 「そう、味。」 困ったように頬を掻きながら、ゼロスは、どう答えたものかと考えを廻らせる。 ちらり…と見たルナは、面白そうに微笑みながら、こちらを眺めている。 ゼロスは、小さく溜息をついた。 「どんな答えを期待してらっしゃるんですか?」 「うーん…」 わざとらしく首を傾げ、ルナはくすくすと忍び笑いを零す。 「当然、それなりに面白い答えじゃないと合格点はあげられないわね。」 ――面白いって…… 「何の合格点ですか…」 呆れたように突っ込みを入れたところで、ゼロスは気づいた。 ルナが、暇を持て余しているのだろう…と。 「合格したら、あたしの絶品料理を御馳走してあげるわ。」 にこにこ笑いながら告げる言葉。 最後にぽつり、と付け加える「どうせ味わかんないだろうけどね」という呟き。 「あなたがたの知っている味覚に例えられないんですけどね…」 「あら残念。」 答えが返らないのは分かっているから、ルナはあっさり引き下がる。 単なる暇つぶし。 ――知りたくったって、知りようもないもの… 「じゃあ、僕からもルナさんに質問させて下さい。」 「ん、何?」 目だけを上げて、ルナが肯く。 瞳に浮かぶのは、興味津々な色。 「死を……」 かつて、目の前の女性の妹によって、或いは金色の魔王によって、『滅び』を与えられた者たちを思い出し、ゼロスは一度言葉を切った。 「死?」 「ええ。人間には死があるでしょう?死ぬと分かっているのに生きていると言うのは……どんな感じなんです?」 こんなことを聞いて、どうしたいのか分からない。 ただ…… ルナが、彼女が決して知りえないことを尋ねたのを、真似しようと思っただけだった。 それなのに…… 「そうね…」 ふ…と小さく笑みを浮かべ、ルナは目を閉じる。 「決して長くない時間だからこそ、全てが大切だって思えるのよ。」 息苦しいと、不意に感じて…ゼロスはぎゅっと胸の辺りを掴んだ。 ルナから流れてくる感情は、魔族にとっては天敵である『正』の感情。 何故、人間はこの感情を抱いて前に進んでゆくのだろう。 先には死が待ち受けているだけなのに… ――ああ、それにしても苦しい… 「でもね。」 おかしそうにルナの笑う声がして、ゼロスは我に返った。 急に、今まで自らを蝕んでいたものが薄らいでゆく。 「死にたくないとも思うわ。終わりなんていらない…ってね。」 そして流れてくるのは『負』の感情。 淀んだ、あまりルナが浮かべることなどなさそうな感情。 ゼロスは、目の前の女性を見つめた。 「勝手でしょう?人間って。」 言って、ルナが口元に笑みを浮かべる。 先ほど一瞬瞳に浮かんだ昏い色など、なかったかのようにかき消えていた。 「二つの感情を持ち合わせてるからこそ、人間よ。」 くるり、と踵を返したルナが告げる。 「負の感情ばっかり食ってる、あんたたち魔族とは違う。」 「ルナさん?」 ちらり…と肩越しに向けられる視線。 「あんたが人間の思考を理解できないように、あたしは魔族の嗜好はわかんない。 でもね……」 言葉を切り、ルナが浮かべたのは自嘲気味の笑み。 流れてきたのは、正と負…二つが入り混じった感情。 「なんでかしらね……あんたの嗜好、知りたいって思ったのよ。」 言い捨てるように言葉を残して、ルナは、そのまま背を向けて歩きだした。 じゃあね。 そう手を振って…… 滅びは魔族の最終的な願望だ。 それを数十年で手に入れられる人間は、魔族にとって、ある意味羨むべき存在。 そして……魔族たちの糧となる負の感情を生みだす存在。 「僕も、ね。あなたが死をどう思って生きてるのか、知りたいと思ったんです。」 理由なんて分からない。 聞いたって理解できないことを、なぜ聞いてしまったのかなんて…分からない。 ただ…知りたいと思ってしまっただけ。 小さくなってゆくルナの背中に、ぽつりと掛ける言葉。 届くことなど望んではいない。 ただ…知りたいと思ったことだけは真実。 交わらぬ思考と嗜好。 互いに理解することなど不可能な存在理由。 彼女は生を謳歌する存在。 彼は滅びを目指す存在。 相容れぬことは、生まれ落ちた時から定められた理。 出会ったことで、ほんの少し交わった感情。 決して……知りえぬ、その答え。 PR