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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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あの頃のように手をつないで【遙か4/那千】

天鳥船の中で、那岐を探し回る千尋
現代ではいつだって一緒にいたのに、今は……


あの頃のように手をつないで




 突然訪れた回帰。
 こちらこそがいるべき場所なのだと…それは分かっているけれど…


「あれ、那岐は?」

 堅庭へ顔を覗かせた千尋は、そこに探していた姿がないのを見て、頬を膨らませた。

「姫さま?」

 足往が不思議そうに千尋を見て、真っ先に傍へやってくる。

「那岐なら、朝から見てないぞ。」
「そう。じゃ、別のところ探してみる。」

 裾を翻して、千尋が走り出す。

「え?」

 呼び止める隙もなく、足往はそのまま背中を見送ることしかできなかった。


「このところ、二ノ姫は暇があれば那岐を探して走り回っているようだが…」

 不機嫌そうに視線を向けてくる忍人に、風早は苦笑を浮かべる。

「……この5年、いつも一緒にいましたから。」


 家でも、学校でも、始終二人は一緒にいた。
 面倒くさがり屋の那岐だったが、それが当然…とでもいうように千尋の傍にいた。
 あの日の風早の言葉を守っているわけでもないのだろうけれど…


「千尋にとっては、1日のうちでほとんど那岐の姿を見ないということが落ち着かないんでしょうね。」

 それでは困る、とでも言いたげな忍人へ視線を向け、風早は笑みを浮かべた。
 溜息をつき、それ以上の小言をやめた忍人と共に見上げるのは空。
 鳥と共に空を飛ぶ、この船からは、雲がとても近くに見えた。






「どこいったのよ…」

 ぶつぶつと呟きながら歩く廊下。


 この世界に飛ばされてくるまでは、ずっと一緒だった。
 千尋が覚えている限り、あの世界の橿原で、那岐が隣にいなかったことなんて思いつかない。
 小学生のころから…学校の行き帰りも教室でも一緒。
 家では…風早もいたけれど、一緒にいる時間はきっと那岐の方が長かった。
 面倒だ、と言いながらも遊びに行く時も一緒だった。

 それに……

 千尋は立ち止まって手を見つめた。

 涙が止まらなくて、自分ではどうにもできなかった時。
 那岐は、いつだって手をひいて歩いてくれた。


「なんか…寂しいな……」

 ぎゅっと握りしめる手。
 急に遠くなったように感じる。
 この世界に戻ってきてすぐだって、那岐は一緒にいたのに。

「避けられてる…のかな……」


 あの世界にいた時は、ただの千尋だった。
 ここに戻ってしまえば…自分は中つ国の二ノ姫。
 自分の立場が違ってしまったから、距離を置かれてしまったのだろうか。

 悪いことばかりが思考を支配して……

「でも、だからって…」

 不意にぽろぽろと涙がこぼれてくる。
 子供の頃のように、自分ではどうにもできない涙に、千尋はその場にしゃがみこんだ。



「そんなところにしゃがみこんでたら邪魔だよ。」

 ――そんなこと言われたって動けないもん

「千尋!」

 ――那岐が手を引いてくれなきゃ、動けない

 ぐい、と腕を掴んで引っ張られた。


「え!?」
「千尋、泣いてるの?」

 呆れたような声と共に、困ったような瞳が涙で霞む向こうに見えた。

「な…ぎ?」

「子供みたいなこと、言わないでよ。」

 一瞬涙が止まる。
 何を言われたのか分からなかった。

「何が、『那岐が手を引いてくれなきゃ、動けない』だよ…」

 恥ずかしいこと言うな、と那岐は、ふい…と顔をそむけて頭を掻いた。

 ――え?

「えぇ!?」

 どうやら、口に出してしまったようだ。
 これはかなり恥ずかしい。
 かあぁ…と顔に血が集まる。
 何だか気まずくなって、千尋は顔をそむけた。



 静寂が、天鳥船の廊下を支配する。
 別の廊下を行き来する兵の足音が、まるで別の世界のもののように聞こえてきた。


「……行くよ。」
「え?」

 するり…と繋がれる手。
 くい…と引かれ、千尋は一歩踏み出す。

「那岐?」
「いいから。」

 それ以上は何も言わず、千尋の手を引いて那岐は歩き出す。

 逆らうこともできず…いや、逆らうつもりなどなかったが……
 千尋は、那岐の背中を見つめたまま促されるように歩き始めた。


「那岐…」
「言っとくけど、別に千尋を避けてたわけじゃないから。」

 ぽつり…と告げられた言葉。
 どうして、自分の不安を見抜かれたのだろう…
 千尋は目を瞬かせた。

「どういう…こと?」
「千尋の周り、いつも人ばっかりだろ。」

 ああ…と千尋は、それに思い当たる。
 那岐が、賑やかな場所や人の多い場所が好きではないのだということに…

 ――そっか…

 千尋は、那岐の背中から繋がれた互いの手へ視線を移した。
 思わず浮かぶのは苦笑。

 ――何にも変わってない

 安堵が胸に温かく広がった。
「…那岐」
「黙って歩けないの?」

 不機嫌そうな声。
 でも、それは本当の意味での不機嫌でないことを、千尋は知っている。

「あのね、那岐。」
「何?」

 ぎゅっ、と手を握り返して千尋は足を速めた。

「ありがとう。」

 隣に並んで、伝える一言。

 ちらり…と視線を向けると、笑顔で那岐を見る千尋の姿。

 ふ…と幼い頃の焦燥を思い出す。

 ……自分では涙を止めることもできない…と悔しかった頃のことを。


「もう泣いてないんなら、手、離すよ。」
「やだ。」



 今だけは。
 あの頃のように、手をつないで……

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