騎士と神官・第2話 外世界<1>【スレイヤーズ/ルナゼロ】 2006年12月11日 スレイヤーズ/騎士と神官 0 騎士と神官シリーズ第2話 外世界<1> 「おーい、ルナ。」 休日の朝、少しゆっくりと起き出してきたルナがダイニングへ入ると、テーブルについていた長い黒髪の男が、手にした封筒をヒラヒラ振りながら呼びかけてきた。 「あら、父さん、おはよう。 なに?」 「お前に手紙だ。」 「手紙?」 首を傾げつつ、ルナは父からその封筒を受け取った。 『ルナ・インバース様』 丁寧な文字で書かれた封筒を、ルナはひっくり返して差出人を確認する。 朱い封蝋で閉じられたその下に書かれていた名前に、ルナは小さく目を瞠り、そして微笑んだ。 「誰からだ?」 好奇心に満ちた瞳で問う父に、 「友達よ。遠い所に住んでる……ね。」 ウインクして、ルナは答えた。 ◇ ◆ ◇ 「それにしても……」 街の中心に近いところにある、小さなカフェ。 なんとなく場違いな感じの黒ずくめの神官が、水だけでかれこれ1時間近く居座っていた。 遠目にウェイトレスがうさん臭げに眺めているのを気にもかけず、彼は店の外を行く人達に目を向けた。 「……この辺りは、えらく平和なんですねぇ……」 皆さん楽しげですしね……と、どこか不満げに、水の入ったコップに口をつける。 ――その時 小さく、彼の肩が跳ねた。 顔を上げて、開いているのか閉じているのか判別しがたい目をすがめるように、彼は辺りを見回す。 「おやおや……」 意識せず、口の端が笑みの形にひき上がる。 少し離れたところで、喧嘩が始まっていた。 原因は些細な事。 ちょっとした言い合いが、小競り合いを経て喧嘩まで発展したようだ。 何かと賑やかなこの街のこと。 喧嘩が始まれば大事となっていく。 「これはこれは……」 目を開き、凍えるような視線をそちらに向けて……黒い神官は口元に満足げな笑みを浮かべた。 「――ごちそうさまです。」 久しぶりの『食事』は、彼を満足させたようであった。 ◇ ◆ ◇ 「それじゃ、行ってきます。」 店に顔を出し、ルナは声を掛けた。 「あら、行くの?気をつけてね。」 返ってきたのはのんびりとした返事。 「旅先で風船娘に会ったら、顔ぐらい見せに帰ってこいとでも言ってくれ。」 「分かったわよ。」 両親からの餞別の言葉に、軽く肩を竦めて、ルナは荷物を持ち直した。 魔族の動向が気になる昨今、赤の竜神の騎士であるルナにとって、それは決して人事ではない。 女王陛下からの急な呼び出しは、久しぶりに取れた休暇を、跡形もなく消し去ってしまった。 「まったく……連休だから少しゆっくりできると思ったのに……」 小さくため息をついて歩きだす。 早急の魔族討伐の仕事ではなかったのだが、思うところがあって、ルナは、すぐに旅に出たのだ。 カサ… 街を出て街道に差しかかった頃、ルナはコートのポケットから、先日届いたばかりの『友人』からの手紙を引っ張り出した。 「……まあ、あの子のところで少しゆっくりすればいいか……」 随分会っていない遠くの友人の顔を思い浮かべて、ルナは呟いた。 ◇ ◆ ◇ 空は青空。 川は静かにせせらぎ…… 鳥は……一言も囀ってはいなかった。 「……で?あたしに何の用なの?」 街道を行くルナは、突然、歩みは止めぬまま声をかけた。 片側に森を望む街道の途中。 風に微かに混じるのは、『人間』とは相入れぬ気配。 「ばれてましたか。」 ルナのすぐ傍……虚空から声が聞こえた。 そして、ほとんど間をおかずして姿を現す黒い神官。 「気づかないわけないでしょ。」 相変わらず、ルナは歩みを止めず言い捨てる。 「高位魔族がこんな近くにいて、このあたしが気づかないとでも……? ――で、アンタ、一体何やってるの?」 振り向きすらせず、後ろからついてくる神官に向かって問う。 街の中心部で、王城から帰るルナを見つけ、そのまま後をつけてきていたのだ。 「それは秘密です♪」 「あっそ。まあ、いいけどね。」 ゼロスのお得意の返答を適当にあしらって、小さく肩をすくめるルナ。 折角の『秘密です♪』ポーズすら無視されて、早速ペースを乱されるゼロス。 「ところでルナさん、どちらへいらっしゃるのですか?」 「答えなくてもついて来るんでしょう?」 さらりと返された、ある意味自身と同じ返答。 黒い神官は一瞬たじろいだ。 その隙に、ルナは更に告げる。 「まあ、そのほうが都合いいしね。 ……聞きたいことが山のようにあるから。」 小さく肩を竦める。 「聞きたいこと……ですか?」 「そ。」 ルナの返事は、簡単なものだ。 彼女が必要以上のことをしゃべらないのは、気を許していない証拠である。 何といっても相手は、高位の魔族なのだから…… 「あんたが始終あたしの……そうね、半径約五百メートル以内にいたのはよく知ってるのよ? まあ、あんたが……あんたたちが『何やってるか』なんて…そんな見当のつきそうこと、あえて、わざわざ本人から聞く気もないけどね。」 けれど――いや、だから…か――言葉による牽制だけは欠かさない。 魔族相手に『負』の感情――弱気な応えは禁物なのだ。 どうやら、それは今のところ功を奏しているらしい。 元々そういう性格――必要以上しゃべらない強気な性格だという説もあるのだが。 しかし、やはり…… ――なんで僕が、こんな人間の相手しなきゃいけないんです……本当に…… ゼロスは大きくため息をついた。 彼にとってルナはやりにくい相手であることは確かだった。 普段なら『秘密です』で逃げられる筈の事も、逃げさせてくれない。 これが、『赤の竜神の騎士』というものなのだろうか…… なにやらストレスがたまりつつあるのを自覚しながら、ゼロスはまた、幾度目かの質問をした。 返答に期待せずに。 「ルナさんが出掛ける……ということは、魔族がらみなんでしょう?」 「答が分かってる質問には、あたしは答えない。」 答えもせず言うだけ言って、 ぴたり。 ルナが歩みを止める。 軽く髪を掻き上げて、肩越しにゼロスを振り返った。 「そうだゼロス。 あんた、確か知ってるはずよね。」 「はあ?」 いきなりな問いかけに、ゼロスは思わず問い返してしまう。 「知って……って何を……ですか?」 ルナはコートのポケットから封筒を引っ張り出し、それの差出人の名をゼロスに示しながら微笑んだ。 「元火竜王の巫女……フィリアの住んでる所までの行き方。」 〈第2話①|目次|第2話②〉 PR