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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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惑いの指先【とうらぶ/石さに】

審神者と石切丸。
「優しい指の」「触れた指の」の続きにあたるけれど、単体でも問題なし。
惑いの指先



「っ!」

 ページを繰っていると、紙の端で指を切った。
 冬の乾燥で、すこしかさついていた手。
 報告や記録で書類を扱うことも多く、調べ物で本を繰ることも多い。
 そのせいか、どうしても手もかさかさになってゆく。

「石切丸、いたよね……」

 呟いて、頭を振った。
 こんなくらいの怪我で、いちいち手を煩わせることなどないだろう。
 正直、また怪我をしたのかと呆れられるのが嫌だった。
 丁寧に手当てをしてくれるのは、嬉しいのだけれど……

「絆創膏、絆創膏……」

 部屋の中をごそごそと探す。
 このところ、怪我の治療は全部石切丸に頼んでいたから……

「どこにしまったかな」

 どこに入れたか忘れてしまった。

「…………」

 傷口を見つめる。
 じんわりと血が滲んでいるけれど……

「すぐ止まるかな」

 絆創膏を探すのをあきらめて、再び机に向かう。
 この程度の小さい怪我なんて日常茶飯事。舐めとけば治る。
 自分の指を口に含み、滲んだ血を舐め取る。
 しばらくそうしていると、血は自然に止まった。

「さて。続き、続き……」

 これが終われば、少し休憩を取ろう。
 縁側でお茶をしようかな。
 それとも、部屋の中でゴロゴロしようかな。
 すこしだけウキウキしながら、途中だった仕事を再開した。





   *   *   *







「失礼するよ」
「はーい、どうぞ」

 部屋の外からかけられた声に答える。
 室内に入ってきた姿を目の端に見止め、書類に締めの文を綴った。
 よし。これでひとまず終了!
 と、机の上を軽く片付け、訪問者へと体を向ける。

「どうかしたの?」

 首を傾げれば、返ってくる穏やかな笑み。

「そろそろ休憩する頃合いかと思ってね」
「え?」

 確かに、休憩をするつもりだったけど……

「少し疲れているようだったから、甘いものでもどうだい?」

 そう言って笑う石切丸の傍らには、湯呑みが二つと急須の載った盆。
 可愛らしいお菓子が鎮座した銘々皿もある。

「わ!ありがとう」

 笑い返し、机から離れて石切丸の傍へと移動した。

「さあ、どうぞ」

 目の前に置かれる、お菓子とお茶。
 よく見れば、その可愛らしいお菓子は苺大福だった。
 嬉しくて顔がにやけてしまう。

「和菓子くらいしかわからないが、若い女性には物足りなくないかい」
「ううん。和菓子、好きだから」
「っ!……そ、そうか」

 そっと黒文字で触れてみると、柔らかな感触が伝わる。
 もったいないけれど黒文字を当てる。
 切り分けて口へ運べば、柔らかな餅に包まれた甘い苺の風味が広がる。

「美味しい……」
「…………」

 ――あれ?

「どうかした?あっ!まさか、何かついてる!?」

 じっと見つめられて、慌てて口の周りを拭う。
 粉でもついていたのだろうか?

「あ、いや、そうではないよ」
「石切丸?」
「ずいぶん嬉しそうに、美味しそうに食べるものだから……つい」

 思わず頬が熱くなる。
 慌てて、誤魔化すように湯呑みを傾けた。
 子供みたいだと思われてしまっただろうか?
 もういい大人なのに……子供みたいだとは思われたくない。

「だって、本当においしいんだもの……」
「悪いだなんて言っていないよ」

 言い訳のような呟きに、石切丸はそう言って微笑んだ。
 あっ……
 その柔らかな笑みに、不意にとくんと鼓動が跳ねる。
 どうして?
 答えの見つからない疑問が湧きあがった。
 少し忙しく鼓動が刻む中、湯呑みを傾ける石切丸を盗み見る。

 ――そういえば……

 疲れているようだったって言ったよね、さっき。
 お菓子に気を取られていたけれど、いつ気付かれたのだろう。

「あ、あの……」
「朝から忙しそうに走り回っていたようだけれど?」

 あぁ、そうか。
 今日はやることが多くて、バタバタしてたのを見られてたのか……

「うん。さっき片付いた」
「そうか」

 銘々皿も湯呑みも空になり、両手を合わせる。

「ごちそうさまでした」
「お茶のおかわりはどうだい」
「あっ!いただきます」

 慌てて湯呑みを差し出す。
 それを受け取って……

「ん?」

 ふと、石切丸は眉を潜めた。
 ことん。と、盆に湯呑みが置かれる。
 どうしたんだろうと思っていると、突然手を取られた。

「どうしたんだい、これは」
「あ……」

 それは、先程紙で切った指先。
 すでに血は止まっていて、ほんのかすかに傷が残っているだけだ。

「えぇっと……さっき、紙でちょっと……」
「どうして、すぐに言わないんだ」

 ぐいと手を引っ張られ、驚いて小さく悲鳴が漏れる。

「だ、だって、こんなくらいで」

 怒られるのが嫌で……手を煩わせたくなくて……
 逃げるように手を引き戻そうとした。
 だけど、さすがは大太刀。
 力では敵いそうにない。

「小さな怪我でも侮ってはいけないよ。見せなさい」
「こ、これくらい舐めておけば治るから、大丈夫……」
「…………舐めておけば?」

 ――え?

 いつもより低い声。
 そして、強引に手が引っ張られた。

「っ!?」

 抵抗する間もなく……
 指先に感じたのは、柔らかな熱。
 それは、指先に舌が当たる感触だった。

「な、な、な……」

 言葉にならない声が、零れ落ちた。
 傷のところを、先程自分でやったように舌が動く。

「あ、あのっ!」

 驚きと、戸惑いと、恥ずかしさと……
 何が何だかわからないくらいに、色んな感情が混じりあう。
 離さず、答えもせず、視線だけがこちらを向く。
 びくりと身体が震えた。

「んッ」

 小さく零れた声。
 体が熱くなる。
 閉じられた障子の向こう――庭を走り回る短刀たちの声が遠い世界のもののよう。

「いしきり……まる?」

 耳が熱い。
 顔が熱い。
 体が熱い。
 熱くて、熱すぎて……ぽーっとしてくる。
 なに……これ?

「…………」

 不意に閉じられた瞳。
 見つめていた視線が離れたことに、ほんの少しだけほっとする。
 そして、ようやく……
 指は、解放された。

「い……」
「舐めておけば治る……」

 ――え?

「本当にそうなら、私なら治癒の効果も上がるかもしれないね」

 解放されたのは、指に触れていた舌だけ。
 手はまだ、掴まれたまま……

「そう……なの?」
「…………さて、どうかな」

 ちらりと向けられた視線。
 どきん、と鼓動が跳ねた。

「あの……怒ってる?」

 その問いには答えが返ってこなかった。
 返ってきたのは、見たことのない笑みだけ。

「次に怪我をした時、試してみるかい?」
「え、遠慮します」

 慌てて首を横に振る。

「それなら……」

 ぐいっと手を引かれた。
 もう血も出ていない傷口。
 そこに押し当てられたのは、唇。

「今度からは、どんなに小さな怪我でも……ちゃんと見せなさい」

 高い熱を出した時みたいにくらくらする。
 言葉で返事する余裕なんてない。
 何度も首を縦に振り頷くことしかできなかった。

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