惑いの指先【とうらぶ/石さに】 2015年02月02日 刀剣乱舞 0 審神者と石切丸。 「優しい指の」「触れた指の」の続きにあたるけれど、単体でも問題なし。 惑いの指先 「っ!」 ページを繰っていると、紙の端で指を切った。 冬の乾燥で、すこしかさついていた手。 報告や記録で書類を扱うことも多く、調べ物で本を繰ることも多い。 そのせいか、どうしても手もかさかさになってゆく。 「石切丸、いたよね……」 呟いて、頭を振った。 こんなくらいの怪我で、いちいち手を煩わせることなどないだろう。 正直、また怪我をしたのかと呆れられるのが嫌だった。 丁寧に手当てをしてくれるのは、嬉しいのだけれど…… 「絆創膏、絆創膏……」 部屋の中をごそごそと探す。 このところ、怪我の治療は全部石切丸に頼んでいたから…… 「どこにしまったかな」 どこに入れたか忘れてしまった。 「…………」 傷口を見つめる。 じんわりと血が滲んでいるけれど…… 「すぐ止まるかな」 絆創膏を探すのをあきらめて、再び机に向かう。 この程度の小さい怪我なんて日常茶飯事。舐めとけば治る。 自分の指を口に含み、滲んだ血を舐め取る。 しばらくそうしていると、血は自然に止まった。 「さて。続き、続き……」 これが終われば、少し休憩を取ろう。 縁側でお茶をしようかな。 それとも、部屋の中でゴロゴロしようかな。 すこしだけウキウキしながら、途中だった仕事を再開した。 * * * 「失礼するよ」 「はーい、どうぞ」 部屋の外からかけられた声に答える。 室内に入ってきた姿を目の端に見止め、書類に締めの文を綴った。 よし。これでひとまず終了! と、机の上を軽く片付け、訪問者へと体を向ける。 「どうかしたの?」 首を傾げれば、返ってくる穏やかな笑み。 「そろそろ休憩する頃合いかと思ってね」 「え?」 確かに、休憩をするつもりだったけど…… 「少し疲れているようだったから、甘いものでもどうだい?」 そう言って笑う石切丸の傍らには、湯呑みが二つと急須の載った盆。 可愛らしいお菓子が鎮座した銘々皿もある。 「わ!ありがとう」 笑い返し、机から離れて石切丸の傍へと移動した。 「さあ、どうぞ」 目の前に置かれる、お菓子とお茶。 よく見れば、その可愛らしいお菓子は苺大福だった。 嬉しくて顔がにやけてしまう。 「和菓子くらいしかわからないが、若い女性には物足りなくないかい」 「ううん。和菓子、好きだから」 「っ!……そ、そうか」 そっと黒文字で触れてみると、柔らかな感触が伝わる。 もったいないけれど黒文字を当てる。 切り分けて口へ運べば、柔らかな餅に包まれた甘い苺の風味が広がる。 「美味しい……」 「…………」 ――あれ? 「どうかした?あっ!まさか、何かついてる!?」 じっと見つめられて、慌てて口の周りを拭う。 粉でもついていたのだろうか? 「あ、いや、そうではないよ」 「石切丸?」 「ずいぶん嬉しそうに、美味しそうに食べるものだから……つい」 思わず頬が熱くなる。 慌てて、誤魔化すように湯呑みを傾けた。 子供みたいだと思われてしまっただろうか? もういい大人なのに……子供みたいだとは思われたくない。 「だって、本当においしいんだもの……」 「悪いだなんて言っていないよ」 言い訳のような呟きに、石切丸はそう言って微笑んだ。 あっ…… その柔らかな笑みに、不意にとくんと鼓動が跳ねる。 どうして? 答えの見つからない疑問が湧きあがった。 少し忙しく鼓動が刻む中、湯呑みを傾ける石切丸を盗み見る。 ――そういえば…… 疲れているようだったって言ったよね、さっき。 お菓子に気を取られていたけれど、いつ気付かれたのだろう。 「あ、あの……」 「朝から忙しそうに走り回っていたようだけれど?」 あぁ、そうか。 今日はやることが多くて、バタバタしてたのを見られてたのか…… 「うん。さっき片付いた」 「そうか」 銘々皿も湯呑みも空になり、両手を合わせる。 「ごちそうさまでした」 「お茶のおかわりはどうだい」 「あっ!いただきます」 慌てて湯呑みを差し出す。 それを受け取って…… 「ん?」 ふと、石切丸は眉を潜めた。 ことん。と、盆に湯呑みが置かれる。 どうしたんだろうと思っていると、突然手を取られた。 「どうしたんだい、これは」 「あ……」 それは、先程紙で切った指先。 すでに血は止まっていて、ほんのかすかに傷が残っているだけだ。 「えぇっと……さっき、紙でちょっと……」 「どうして、すぐに言わないんだ」 ぐいと手を引っ張られ、驚いて小さく悲鳴が漏れる。 「だ、だって、こんなくらいで」 怒られるのが嫌で……手を煩わせたくなくて…… 逃げるように手を引き戻そうとした。 だけど、さすがは大太刀。 力では敵いそうにない。 「小さな怪我でも侮ってはいけないよ。見せなさい」 「こ、これくらい舐めておけば治るから、大丈夫……」 「…………舐めておけば?」 ――え? いつもより低い声。 そして、強引に手が引っ張られた。 「っ!?」 抵抗する間もなく…… 指先に感じたのは、柔らかな熱。 それは、指先に舌が当たる感触だった。 「な、な、な……」 言葉にならない声が、零れ落ちた。 傷のところを、先程自分でやったように舌が動く。 「あ、あのっ!」 驚きと、戸惑いと、恥ずかしさと…… 何が何だかわからないくらいに、色んな感情が混じりあう。 離さず、答えもせず、視線だけがこちらを向く。 びくりと身体が震えた。 「んッ」 小さく零れた声。 体が熱くなる。 閉じられた障子の向こう――庭を走り回る短刀たちの声が遠い世界のもののよう。 「いしきり……まる?」 耳が熱い。 顔が熱い。 体が熱い。 熱くて、熱すぎて……ぽーっとしてくる。 なに……これ? 「…………」 不意に閉じられた瞳。 見つめていた視線が離れたことに、ほんの少しだけほっとする。 そして、ようやく…… 指は、解放された。 「い……」 「舐めておけば治る……」 ――え? 「本当にそうなら、私なら治癒の効果も上がるかもしれないね」 解放されたのは、指に触れていた舌だけ。 手はまだ、掴まれたまま…… 「そう……なの?」 「…………さて、どうかな」 ちらりと向けられた視線。 どきん、と鼓動が跳ねた。 「あの……怒ってる?」 その問いには答えが返ってこなかった。 返ってきたのは、見たことのない笑みだけ。 「次に怪我をした時、試してみるかい?」 「え、遠慮します」 慌てて首を横に振る。 「それなら……」 ぐいっと手を引かれた。 もう血も出ていない傷口。 そこに押し当てられたのは、唇。 「今度からは、どんなに小さな怪我でも……ちゃんと見せなさい」 高い熱を出した時みたいにくらくらする。 言葉で返事する余裕なんてない。 何度も首を縦に振り頷くことしかできなかった。 PR