触れた指に【とうらぶ/石さに】 2015年01月30日 刀剣乱舞 0 女審神者と石切丸。恋愛未満。 「触れた指の」の石切丸視点。 「優しい指の」の続きにあたるけれど、単体でも問題なし。 触れた指に 日当たりのよい縁側。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」 そこに正座した女性の、必死に謝る声が響いていた。 じんじんと横面が熱を持つ。 ああ、そうかと、聞かされたことのある「危険」の意味を理解した。 * * * 事の起こりは、ほんの少し前。 通りかかった縁側で、猫のように丸まって昼寝をする姿を見つけた。 柔らかな日差しの下で、少し癖のある長い髪が衣と床の上に広がる。 「ああ、またこんなところで……」 苦笑を浮かべて、おや?と首を傾げる。 ひとりなのだろうか。 普段ならば、この縁側の住人はふたりだ。 ――そういえば、今朝方、遠征に出かけて行ったな しかし…… 「風邪をひくよ」 声を掛けて、眠りの世界から呼び戻そうとする。 このまま放っておくわけにはいかない。 「うぅん……」 身動ぎ、そしてぎゅっと身体を丸めてしまい起きる気配はない。 その寝顔は、若い女性というよりは幼い子供に近いものがあった。 朗らかに笑う娘らしい笑顔や大人びた凛々しい顔とは全く違う。 可愛らしいものだ……が 「うる、さ……ぃ」 そっと肩に触れた手は、邪険に振り解かれた。 か細い肩だというのに、どこからそんな力が出てくるのだろう。 「起きなさい」 再び肩に触れ、そっと揺すった時だ。 突然、勢いよく飛んできた拳。 「うわぁ!」 それは、油断をしていた横面を直撃した。 昼寝中の主を起こすな危ないと忠告したのは誰だったか…… そんなことが、脳裏をよぎった。 「え……?」 痛みのあまり蹲る耳に届いた、寝ぼけたような声。 寝起きの、少し舌足らずでたどたどしい声だ。 「えっと……」 そして…… 現状の把握をした彼女の普段とは全く異なる様子が珍しい。 普段の落ち着きからは程遠いくらいに慌てふためいている。 大丈夫だから落ち着きなさいと告げたいが…… 正直。大丈夫ではなかった。 * * * 「聞いてはいたけれど……強烈だったな」 「本当に、ごめんなさい」 床に額をこすり付けんばかりに謝る姿。 殴られたところは熱を持っていて、おそらく腫れるだろう。 冷えた手ぬぐいで冷やしてはいるが…… 「こんなところで寝ていては、風邪をひいてしまうと思ってね」 まさか、「起こすな危険」を身をもって知るとは…… ――ん? それに気付いたのは、偶然だった。 「……おや?もしかして」 確かめてみようと見つめてみれば、ついと顔を逸らされた。 「顔を見せて」 「え?」 半ば強引に、顔を上げさせる。 思った通りの状態ならば、放ってはおけない。 「……ふむ」 「あ、あの……」 戸惑うような声が聞こえたが、今はそれどころではない。 「ちゃんと眠れているかい?」 「え、どうして?」 驚いたように見つめ返してくる双眸。 「顔色がよくないな。目も赤い」 わずかに、青白い顔色。 今は少し頬の血色はよくなっているが。 それよりも気になるのは…… 「それに……」 思った通り、触れた頬は荒れていた。 「ひゃっ!」 上がった悲鳴。 ああ、そうだった。 今さっきまで、冷たい手ぬぐいを触っていた。 「ああ、すまない。冷たかったかい」 謝罪を告げ、言葉を続ける。 「若い女性が、こんなに肌を荒らして……」 頬から、目元、額へと…… その荒れてしまった肌を癒すように触れてゆく。 触れるだけでも、少しは癒せる……それくらいの力はあるはずだ。 ――忘れていたな ここに来たのは最近で。 すでに多くの仲間を率いていた姿しか知らないが…… こうやって見ていると、ただの若い女性でしかない。 ただ、審神者として選ばれただけなのだ。 与えられた使命を全うするため、力を尽くしている。 この細い肩に、どれだけのものを背負っているのだろう。 こんなに疲れた顔をして、肌を荒らして…… よく見れば、唇もかさかさになっている。 「え……?」 耳に届いた、戸惑うような声。 不意に胸の辺りを襲う、知らない痛み。 「あ、あの……っ!」 慌てたような声がして、首を傾げた。 ほら、ここもこんなに荒れている。 口元には吹き出物まで…… 「ゆ、指……」 「指?」 震えるような声が、その一言を絞り出した。 言葉を発した本人と視線を合わせる。 戸惑うような瞳とぶつかった。 困ったような表情。 そして耳まで赤く染まった顔。 僅かに開いた震える唇の間際には、自分の……指……? …………え? 「……うわぁっ!」 火傷をした時のように、慌てて手を離す。 指先が熱を持っていた。 ――な、なにを…… ただ癒したかっただけなのだと、言い訳のように胸の内で繰り返す。 それなのに…… なぜ、これほど顔が熱くなるのか。 なぜ、これほど……指は、触れられなくなったことを寂しがる? 「も、申し訳ない」 気まずさに、視線をそらし、謝罪の言葉を口にする。 けれど、そっと首を横に振るのが視界に入った。 「いや、女性の肌に勝手に触れるなど、不躾なことを……」 そうだ。 なんと礼を欠いたことを…… 「心配してくれたんでしょ?」 そう言って、浮かべられたのは時折浮かべる笑み。 捉えどころのない、けれど綺麗な…… 「ありがと。心配させてごめんなさい」 眠れない理由……それは何だろう。 できることならば力になりたいと思った。 「もしよかったら、話してくれないか?」 少し迷ってから、開かれた唇。 そこからは、儚げな声がこぼれだした。 大人びた表情が一気に幼くなる。 「不安なんです」 「不安?」 「このままでいいのか。他にできることはないか。 みんなに怪我させたくないし、みんなを失いたくない。 そんなことばっかり考えて、気づいたら朝になってて」 でも、そんなことで誰かに心配をかけたくない。 今にも消え入りそうな声で、そう締めくくった。 ああ…… あぁ、なんという…… 「倒れてしまっては元も子もないよ」 「はい……」 「それに」 ぽん、と頭に手をのせる。 この優しい女性(ひと)を、わずかでも元気づけられれば。 少しでも、癒すことができれば…… ゆっくりと頭を撫でた。 「大丈夫。一人で背負うことなどないのだから」 「だけど……」 「何のための仲間だい?」 「でも、これはわたしがしなくてはいけないことだから……」 そう告げた言葉に、返ってきたのはすべて抱え込もうとする答え。 思わず口調を荒げてしまう。 「だから、ひとりで抱え込むなと言っているんだ」 「え?」 突然のことに目を瞬かせる。 分かっていないのならば、届く言葉を送るまで。 「頼りにならないかい?」 ふるふると首を横に振る。 「すごく頼りにしてる」 「それなら、信じてもっと頼ってくれ」 そう。 頼りにしてくれているのは分かっている。 けれど、頼ってはくれていない。 ひとりで背負わず、頼ってほしい。 それを伝える。 「はい」 言の葉は届いたのだろうか。 今まで見た中で一番いい笑顔が向けられた。 「とはいえ、得意不得意はあるけれどね」 「ふふっ。得意なのは健康祈願とか戦勝祈願とか恋愛成就とか?」 「そうだね。加持祈祷は……え?恋愛!?」 突然飛び出した言葉に、思わず聞き返す。 そういうことを考えたりもするのか? いや、そういうことを考えることもあるだろう。 それよりも、なぜ、自分はこんなに焦っているのだ。 くすくすと笑う声がした。 焦っているのがおかしいのだろうか。 「じょうだ……」 「そういう人ができれば、いつでも来なさい」 「え……」 冗談。だと、悪戯っぽく言いかけた声を遮る。 仕返しのように返した言葉に、逆に焦りだした顔を見て笑みが浮かぶ。 わずかに頬を染め、視線を泳がせ……はにかむように言葉が零された。 「……その時は、よろしくね」 また、知らない痛みが襲う。 指先に熱がよみがえる。 触れたいという欲がよみがえる。 これは……いったい、どういう感情だというのだ…… いつの間にかぬるくなってしまった手拭い。 それを拾い上げて、「待ってて」と言葉を残し足早に去ってゆく姿。 思わず引き止めそうになった手を、溜息と共に握りしめた。 PR