あともうちょっと【遙か3/弁望】 2011年02月02日 遙かなる時空の中で3 0 ゲーム中 『共にいる幸福で5のお題』より いつかは消えてしまう幸福だから… あともうちょっと ふと目が覚めると、部屋の中には、まだ夜の気配が残っていた。 よく眠れたという充実感も、寝苦しいなんて言う不快感もなくて。 でも、なんとなくそのまま寝直す気分にもなれず、望美は部屋を出た。 何の当てもなく歩く廊。 月と星が闇を照らす夜には、いつしか慣れてしまっていて。 庭を彩る闇と光とのコントラストを眺めながら歩く望美の視界に、突然飛び込んできたのは人影。 ――弁慶さん、だよね… いつも羽織っている黒い衣を纏わぬ姿。 けれど、それはまぎれもなく武蔵坊弁慶その人で… 空から降り注ぐ月光に、淡い色の髪が輝いていた。 ――うわぁ…綺麗… 「望美さん、ですか?」 「え、あ、はい。」 思わず見惚れて足を止めていた望美に気付いた弁慶が振り返った。 名を呼ばれ、望美はパタパタと弁慶の傍へと歩み寄る。 「こんな時間に、どうかしたんですか?」 「ちょっと目が覚めちゃって……弁慶さんは?」 首を傾げながら問うと、肩からさらさらと零れる長い紫苑の髪。 促されて共に階に座りながら、望美は外套を被っていない珍しい弁慶の姿を観察していた。 「ちょっと息抜き…ですよ。」 「息抜き?」 ――遅くまでお仕事だったのかな… 「大変ですね。あまり無理はしないでくださいね。」 「ふふっ、ありがとう、心配してくれて。」 ですが…苦笑を浮かべ、弁慶が望美へと視線を向ける。 不意に心音が跳ね上がり、望美は慌てて視線を落とした。 「君こそ、ちゃんと体を休めてください。」 この世界へ降り立った、異なる世界の少女。 ただの少女にしか見えないけれど、彼女は龍に選ばれた神子。 大いなる使命を身に受けた…類稀なる少女なのだ。 「は…はい……」 先日飲まされた苦い薬湯を、また渡されるのではないか…と僅かに身を強張らせ、望美は弁慶の次の言葉を待った。 「おや、どうかしましたか?」 「い、いえ。」 「顔色もいいし、眠れない…というわけでもないのでしょう?だったら、薬湯は必要ありませんね?」 目を見開き、望美は頬を染めた。 くすくす、と弁慶が小さく笑う。 望美は、からかわれたのだと気付いて頬を膨らませた。 「おや、機嫌を損ねてしまったみたいですね。」 「知りません。」 ぷい、とそっぽを向くと、視界の端に飛び込んできたのは満月。 「美しい望月ですね。」 「はい……」 月を見上げる望美の横顔を盗み見て、弁慶はこっそりと苦笑を浮かべた。 幾つもの表情を持つ少女が、とても興味深く映る。 ――ああ…… 今宵の月と同じ名をもつ少女。 天空より舞い降りた天女を思わせる清らかさ。 けれど、凛々しくも可愛らしい少女は、今…すぐ隣で大人びた横顔を見せていた。 「なんだか、不思議ですね。」 「不思議…ですか?」 「はい。」 振り返った表情は、子供のような無邪気なそれ。 くるくると変わる雰囲気に、囚われて…ゆく…… 「世界は違うのに、こうやって見上げてる月は一緒なんだなぁって……」 持ちえないと思っていた、通り過ぎる穏やかな時間。 望美が隣で笑っているだけで、何故か安らぐ…心。 願わくは、あともう少しだけ、この少女の隣に居られる許しを…… 並んで見上げる月へ乞うのは、この夜の偶然の逢瀬がもう少し続きますように…という願いだけ。 お題「共にいる幸福で5のお題」【配布元:原生地 様】 PR