愛しさは果つることなく【遙か3/弁望】 2011年02月02日 遙かなる時空の中で3 0 無印ED後 薬師夫婦 2011年弁慶さんお誕生日おめでとう小説 子供たち捏造してますので注意! ちょっと長めです 愛しさは果つることなく 1 白く広がる空間。 自分以外には何もない……知っている何処かと似た――場所。 ――まるで、時空の狭間みたい…… 知っている時空の狭間は、荒れ狂う激流のような場所だった。 乱れた龍脈を現すかのように……昏く、荒れた場所だった。 けれど、龍脈が整ったのは随分と前のこと。 時空の狭間も、いつまでもあんなに荒れたままではないはずだ。 凪いだ海のような静かな――場所。 もしここが本当に時空の狭間だとしたら、なぜ自分がここにいるのだろう…… もしかすると、これは夢――なのかもしれない。 そんな風に考えながら、望美は、もう一度周囲を見回した。 「あれ?」 他に誰もいないと思っていたここに、自分以外の姿を見止めて望美は目を瞬いた。 目を凝らせば、緩く癖のある淡い茶の髪の幼子が、蹲り泣いている。 ――蒼?翠? 否…… 望美は首を横に振った。 この子は、違う。 似てはいるけれど、この子は愛息子でもなければ愛娘でもない。 「どうしたの?」 傍へ歩み寄り膝をつく。 「どうして泣いてるの?」 優しく声を掛けるけれど、答えは返ってこない。 ただ俯いて蹲って、声も出さず静かに泣き続けるだけだ。 その姿に胸が痛む。 手を伸ばし、そっと触れる髪。 柔らかく指に絡みつくそれを、望美は優しく撫でた。 「泣かないで……」 もう一度声を掛けたところで、ようやく幼子はゆっくりと顔を上げた。 泣き腫らした瞳は琥珀の色。 けれど……それはとても深い悲しみに沈んでいた。 ――ああ、そうか。 すとん……と答が胸に落ちる。 「大丈夫、大丈夫だからね。」 望美は、その幼子をぎゅうと抱き締めて囁いた。 それは確信 たとえ今は苦しくても たとえ辛い日々が続いても その先には光が待っているのだから 不思議そうに見つめてくる「彼」に望美は微笑みかけた。 「待っているから……ね。」 両の掌で頬を包み込み、望美は涙を拭ってやる。 こつんと合わせた額。 間近に見える琥珀に僅かに光が灯った。 「行きましょう。」 立ち上がり、手を伸べる。 こくんと頷いて、その小さな手のひらが延ばされる。 しっかりと握りしめ、望美は歩き出した。 先に見える、光に向かって…… 2 「もーっ!かあさま、はやくおきて!」 ゆさゆさと肩を揺すられて、望美は思い瞼を持ち上げた。 朝の光の中、視界に入った淡い茶色の髪に、意識がいっぺんに覚醒する。 がばっと身を起こせば、小さな悲鳴が二つ聞こえた。 「え?」 目を瞬き傍らへと視線を向けると、ころんと床に転がっている幼子が二人。 「あぶないよ!かあさん。」 「うー……いたーい。」 似た顔の男童と女童が、非難がましい琥珀色の目で望美を見ていた。 「あぁ!ご、ごめん、蒼、翠!」 ――あ…… 不意に甦る先程までの光景。 やはり夢――だったのだと思い、そして、子供たちと似た面差しの幼子の姿を思い出した。 「へんなかあさま。」 「かあさんが、あさからへんなのはいつもだよ。」 ぼうっとしたままの望美を見て、呆れたように蒼と翠が言葉を交わす。 ――ん? 「ちょっと、誰が変なの!?」 我に返った望美が思わずツッコミを入れれば、二人揃ってきゃあと悲鳴を上げて笑い出した。 「だって、とうさまがいつもいってるよ。」 「いってる、いってる!」 ああもう……と、悪戯っぽく笑う夫の顔を思い出して、望美は溜息を吐いた。 「ふふっ、にぎやかですね。」 部屋の外から掛かる声。 聞きなれた、優しい声。 望美は自然と頬が緩むのを自覚しながら振り返った。 「おはようございます、望美さん。目が覚めたみたいですね。」 「おはようございます、弁慶さん。」 部屋へと入ってきた弁慶の姿に、望美は苦笑を浮かべて挨拶する。 「ははうえ、おはようございます。」 ぱたぱたと、その弁慶の横をすり抜けて駆け寄り飛びついて来たのは紫苑の髪の女童。 「彩。ふふっ、おはよう。」 「あーっ!ぼくらには、なしなの?」 「とうさまとあやだけずるーい!」 わいわいと、同じように蒼と翠も望美に抱きついてくる。 「ああ、ごめん。蒼も翠もおはよう。」 満足そうに、同じ顔がにっこりと微笑む。 三人を交互に撫でて、望美は、その様子を微笑ましげに見つめる弁慶へと視線を向けた。 「ごめんなさい、完全に寝坊ですね……私。」 「ふふっ。このところ疲れているみたいだったから、ゆっくり休ませてあげようかと思っていたんですが……」 弁慶は蒼と翠へ視線を向けた。 その視線の意味に気付いて、望美は苦笑を浮かべる。 どうやら子供たちは、それを許してくれなかったようだ。 「朝餉はできてますよ。」 「ありがとうございます。」 望美が笑顔を見せれば、弁慶も微笑む。 「三人ともいらっしゃい、先に行っていましょうね。」 「はーい」 声を揃えて返事した子供たちが弁慶と共に部屋を出ていくのを見送って、望美は小さく息を吐いた。 ――やっぱりあの子は…… 寝間着を着替えながら望美は、先程の夢を思い出す。 一体、何だったのだろうか。 「……考えてても仕方ないか。」 もしも、白龍――否、応龍が何かを伝えたくて夢を見せたのだとしたら、おいおい何か分かるだろう。 今は…… ぐぅ、と鳴ったお腹を押さえて、望美は部屋を出た。 3 「今年はどうしようかなぁ。」 洗濯物を干しながら、思案顔の望美は首を傾げた。 まだ少し寒さは残っているけれど、風に春の匂いが混じり始めている。 もう、如月だ。 それはつまり―― 「どうしたの?ははうえ。」 望美と似た仕草で、彩が見上げてくる。 その隣では、盥から洗い上がった手拭いを引っ張り出した翠が、皺を伸ばすべく、はたはたと振り回していた。 「もうすぐ、弁慶さんのお誕生日だからね。」 答えながら翠の手から手拭いを受け取り、皺の伸ばし方を実践して見せる。 「今年は、もう三人ともお手伝いもできるくらいに大きくなったから……」 皺の伸びた手拭いを返せば、背伸びして干し始める翠。 同じように真似をして、彩も盥へと手を突っ込む。 「みんなでこっそり準備して、びっくりさせようか。」 「やるー!」 「さぷらいずだー!」 翠の口から出た「サプライズ」という言葉に、望美は思わずコケそうになる。 きっと、教えたのは将臣だろう。 時々、南の島から遊びにやってくる幼馴染のことを思い出して、望美は苦笑を浮かべた。 「じゃあ、蒼が帰ってきたら、皆で考えようね。」 蒼は弁慶と共に出掛けてしまっているから、すぐには色々決められない。 けれど、絶対弁慶にはバレないように計画しなければならなかった。 唇の前に人差し指を立てて、三人で笑う。 翠も彩も、楽しげな笑い声を上げた。 生まれた世界に別れを告げ残ったこの世界。 愛しい人と共に生きたいと願い、時は経て…… 増えた家族は――子供たちは、元気にすくすくと育っている。 全ては―― 望美が神子として選ばれ時空を越えたから。 望美と弁慶が出会ったから…… そして、愛しい人――弁慶がこの世界に生きているから。 色々なことに感謝したい……そう思いながら、望美は空を見上げる。 きっと、そこから世界を見守っているであろう龍の神のことを、思い出しながら。 4 もう少ししたら弁慶は往診に行くから、準備はそれからでいいだろう。 蒼と翠には、お使いを頼んだ。 彩は、先程からいつも通りの家事をこなす望美の手伝いをしてくれていた。 「望美さん。」 かけられた声に振り返れば、すでに身支度を済ませた弁慶が顔をのぞかせていた。 「あれ?もう出掛けるんですか?」 「ええ、弥兵衛さんの具合が少し心配なので……少し早目に行ってこようかと思って。」 昨日、足を怪我して訪れた患者を思い出し、望美は眉を顰める。 「怪我……そんなに酷かったんですか?」 「いえ。そんなに酷いものでもないんですが、あの人は無理をしかねないので……ね。」 苦笑を浮かべる弁慶に、望美は、件の患者の今までの来院歴を思い出した。 「…………確かに。」 軽い風邪を悪化させたり、怪我の治りが悪いと思ったら安静にしてなかったり……と駄目だと言っても聞かない人なのだ。 「分かりました。気を付けていって来て下さいね。」 「はい、行ってきます。今日は、そんなに遅くはならないと思いますよ。」 「ちちうえ、はいおべんとう。かあさまとあやでつくったの。」 ぱたぱたと駆け寄ってきた彩が、小さな包みを弁慶へ渡す。 「ありがとう。」 包みを受け取り頭を撫でれば、彩は誇らしげに微笑んだ。 望美に似てしまったのか少し不器用な彩が作ったおにぎりは、ちょっと不格好なのだけれど……まあ、それはご愛敬……だろう。 弁慶の背中を見送って、その姿が見えなくなったのを確認し…… 望美は、襷を掛けた。 「それじゃあ、彩。蒼と翠が帰ってくるまで、できることやっておこうか。」 「はい!」 元気に返事をした彩が、家の中へと駆け込む。 これから、ご馳走を作り始めなければならない。 弁慶が帰ってくるまでに……全部、終わらせなくてはならない。 勘のいい弁慶のことだから、バレている部分もあるかもしれないけれど…… 「さ、忙しくなるよ。」 緩んでしまう表情を引き締め直して、望美は慌ただしく動き始めた。 可愛らしい足音が二つ、かまどにかけた鍋の様子を見る望美の耳に聞こえてきた。 「かあさま!」 「ただいま!」 蒼と翠が、たくさんの荷物を抱えて飛び込んでくる。 望美は目を瞠ってしまった。 「どうしたの、そんなに!」 「あのね、みんながもっていけって。」 興味津々そうに覗きこむ彩。 望美も火加減に注意しながら、二人が置いた荷物を覗きこんだ。 「これは、ゆずるくん。」 確かに、寄って欲しいと言われていたから、二人に嵐山まで行ってもらったが…… 望美や弁慶の呼び方が定着してしまったらしく……嵐山の星の一族の邸にいる譲の名を口にして蒼は包みを一つ持ち上げた。 おそらく、菓子が入っているのだろう。 何かあれば、彼は必ず菓子を作って贈ってくれる。 「あのね、まさおみくんもいたの。」 そう言って、翠が抱えていたものを望美に渡した。 「これ、まさかお酒?」 よくここまで持って帰れたものだと感心しつつ、望美は渡されたものへと視線を落とした。 大きいものではないが、間違いなく酒瓶だ。 「あと、こっちはさくおねぇちゃん。」 「それと、くろうさんとかげときさんからも。」 京邸で受け取ってきたらしい。 それほど大きなものでないのは、持って帰る二人のことを思ってだろう。 「すごいね!」 たくさんの荷物を前に、彩が目を瞠っていた。 「そうね。一昨日は先生と敦盛さんも届けものに来てくれたし、昨日はヒノエくんも来たし……」 「とうさま、にんきものだね。」 「え?ひのえくんが、とうさんじゃなくてかあさんとひめぎみたちに、あいにきてるんだっていってたよ。」 ――ヒノエくん…… 一体、子供に何を吹き込んでるんだ……と思わず苦笑する。 あいかわらずと言えば、あいかわらずなのかもしれない。 変わっていくものも、たくさんあるけれど…… 変わらない絆の強さが、嬉しいと思った。 「さあ、三人とも、急いで準備しちゃうよ!」 「はーい。」 綺麗に声を揃えて返事する子供たちに、望美は微笑みを返して、それぞれへとお手伝いの指示を出した。 5 なんとか弁慶の帰宅までに全部終わらせて、みんな揃って、帰ってきた弁慶を出迎えた。 いつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、少し訝しげな弁慶だったけれど…… どうやら、今年も「誕生日」自体を忘れていたようだ。 彩と翠に手を引かれ、連れてこられた部屋の中の様子に、弁慶は瞠目していた。 毎年のことなのに……と、望美は苦笑してしまう。 ――本当に、自分のことには無頓着なんだから…… 「今日、弁慶さんのお誕生日でしょ?」 「とうさま、おめでとー!」 「おめでとう!!」 「おめでとうー!」 子供たちが口々に祝いの言葉を贈る。 驚いた顔をして、そしてすぐに微笑みを浮かべて……弁慶は子供たちを抱きしめた。 「彩、蒼、翠……ありがとう。」 「今年は、この子たちも手伝ってくれたんですよ。」 「何か企んでるな……とは思っていましたが、嬉しいですよ。ありがとう。」 ほんの少し、照れたような表情。 昔は、滅多に見られない表情に望美の方がドキドキしていたものだったけれど…… 弁慶が見せる色々な表情が、望美にとっての幸福だった。 ――弁慶さんが、思いを表に出してくれるのが嬉しいんだよね。 促して。 いつもに比べると格段に豪華な膳の前に座る。 弁慶の両隣を争って子供たちが少し揉めたことも微笑ましかった。 少し前までは、自分も!とヤキモチを妬いていたこともあったけれど……今は、少しくらい我慢できるようになった。 そんな風に思って、望美は、自分も少しずつ成長したのだと気付く。 「どうかしましたか?望美さん。」 一人でくすくす笑っていた望美に、訝しげな弁慶の声が掛かった。 「あ。いえ、何でもないですよ。」 「そうですか?」 じっと、探るような瞳に見つめられ、望美は誤魔化し笑いを浮かべた。 けれど―― 弁慶の瞳には、「あとで聞かせてもらいますよ?」という言葉が込められていて…… 望美はこっそりと溜息を吐くのだった。 はしゃぎ疲れた子供たちは、ぐっすりと眠ってしまった。 お使いで遠出した蒼と翠に至っては、余程疲れていたのだろう……それこそおやすみ三秒で寝入ってしまって――さすがに無理をさせてしまったと、望美は少し反省してしまう。 「本当に君たちは……」 子供たちの寝顔を見ながら、弁慶が微笑む。 「僕のことを喜ばせるのが上手ですね。」 「でも、計画してたってことはバレてたんですよね……」 やっぱり隠し事はできないと望美は苦笑を浮かべた。 「何かしているな……くらいしか分かりませんでした。隠し事が上手くなりましたね。」 「だって、弁慶さんの妻ですから!」 胸を張って言いきれば、弁慶は一瞬瞠目して……すぐに笑いだした。 「もう、弁慶さん!この子たちが起きちゃいます。」 人差し指を唇の前に立てて、望美はしかめっ面をして見せる。 慌てて笑いをおさめようとした弁慶が、それでも抑えきれず肩を震わせていた。 「もう……」 静かに立ち上がり、そうっと部屋を出る。 頬を膨らませながら隣を歩く望美を、チラと横目で窺いながら、弁慶は笑みを浮かべた。 出会った時から変わらない、表情の豊かな望美。 思っていることがすぐ顔に出るし、瞳もとてもまっすぐで……最初は、とても眩しいと思った。 けれど―― いつしか、薬師の――弁慶の妻が板について、最近は母親としてもしっかりしてきた。 「少しね、寂しかったんですよ。」 望美の肩を抱き寄せて、弁慶がぽつりと零した。 素直に肩に凭れかかれば、自然と顔の距離も近づく。 「だって、君は……このところ子供たちとばかり一緒にいて、あまり僕と話をしてくれなかったでしょう?」 「そ、それは……」 嘘を吐いたり誤魔化したりするのが苦手だと自覚しているから、ボロを出さないようにしていたのだ。 「ふふっ。ここからは、君のことを一人占めしてもいいですよね?」 「………それは私のセリフです。」 耳元で甘く囁かれた声に、望美は微笑んで言い返した。 「弁慶さんのこと一人占めにしてお祝いしたいです。」 「望美さん……」 「弁慶さん、お誕生日おめでとう!」 「――ありがとう……望美さん」 6 「弁慶さん、あのね……」 手のひらの中に包み込む湯呑。 中で揺れる液体を見つめながら、望美が切り出した。 お酒にはそれ程強くはない。 けれど、少し晩酌に付き合うくらいなら呑めるようになっていた。 「どうかしましたか?」 ほろ酔いの思考の中、望美は、ふと……先日の夢を思い出した。 静かな何もない空間で一人泣いていた幼子の夢を…… 「弁慶さん……子供の頃一人で泣いてたりとかしませんでしたか?」 「え?」 突然の言葉に、弁慶は目を瞬かせた。 「一人きりで、ずっと、声も出さず泣いてたり――してませんでしたか?」 「望美さん?」 困ったような顔の弁慶に見つめられ、望美は視線を揺らがせた。 けれど、理由を問う弁慶の瞳には逆らえず……訥々と、夢の内容を話出す。 「なるほど……それで、そんなことを。」 こくりと頷けば、弁慶は望美を抱きしめた。 「私、すぐに弁慶さんだって分かったんです。でも、何で泣いてるのか分からなくて……」 けれど、放っておけなくて腕の中へと抱きしめた。 大丈夫だと繰り返した。 「いやだな、僕は、そんなに泣き虫ではなかったですよ。」 可笑しそうに笑う弁慶を、望美はぎゅっと抱き返す。 「うん……きっと私の思い過ごしなんです。」 きっと、あの夢は過去のことなどではない。 どこかに潜んでいた望美の不安だ。 今では表情豊かに……正直に感情を表すようになってくれた弁慶。 けれど、出会った頃は―― 全てを微笑みに隠して、心の中なんてひと欠片も見せてはくれなかった。 知りたくても、知ることができなくて…… 伸ばした手は届かないまま、悲しい運命ばかりが繰り返されて…… 何度も時空を旅し続けて…… ようやく至った今の幸福。 まだ、望美の心のどこかに、あの頃の不安が残っているのかもしれない。 でも―― 交わす瞳 交わす言葉 交わす微笑み 「……君と出会えて本当に良かった。そう思います。」 「私もです。弁慶さんに出会えてよかった。」 毎刻 毎日 毎年 想いは消えず募ってゆく 愛しさは胸に溢れている 言葉だけでは足らぬ程に 静かに更けてゆく夜。 静かに交わされるくちづけ。 如月の……春宵‐よい‐に、甘い幸福を…… おわり PR