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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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儚夜恋想【遙か3/弁望】

夏の熊野からの帰京後
飛瀧恋夜」の後日談。
告げてくれない…告げさせてくれない想いを伝え合うのは唇だけ。
儚夜恋想



「……暑い……」

 望美は恨めしそうに外の陽射しを見遣った。

 

 

 漸く京に辿り着いたのが夕刻。

 久方ぶりの京邸で、望美は蒸し暑い京の夏に辟易していた。

 

 寛げた衿から風を送り込んでみても、掻いた汗が蒸発してくれるわけでもなく…ただ、温い空気が動くだけだった。

 ゆっくり休んで…と朔が下ろして行ってくれた御簾が風で揺れてくれればいいのに、風は一向に吹き込んでこようとしなかった。

 

 

「クーラーが欲しいぃ~~」

 何処かで聞いた様な事を呻きながら、望美はゴロゴロと自室の床を転がっていた。

 寒い季節には、この床板の冷たさが恨めしかったが、暑い季節には大変有り難い。

 けれど……

 

「せめて、もう少し風吹いてくれないかなぁ……」

 むくり、と体を起こすと、ぐちゃぐちゃに乱れた髪が顔にかかる。

 それを適当に後ろへ流すと、のそのそと膝で這って縁へ向かった。

 御簾の間から顔を出し、きょろきょろと廊下を見渡す。

「もう、誰か来たりとかしないよね。」

 呟いて、望美は廊下で大の字になって寝転がった。

「こっちの方が涼しい~……かもしれない……」

 気のせいかもしれないけれど、部屋の中より少しは気温が低いように感じる。

 こんな所、男性陣には見せられないし…朔に見付かりでもしたら、大目玉を食らってしまいそうだ。

 

 

 庇の向こうには、暮れた空。

 

 

『陽射しさえ遮る事が出来れば少しは、マシになりますからね』

 

 

 熊野の暑さを、そう表現した弁慶の言葉を思い出し、納得する。

「……でも、京でも弁慶さん、しっかりと着込んでるよねぇ……」

 他の時空でも、こちらに戻ってきてからも、弁慶は変わらず黒い外套を羽織ったままだ。

 その姿を思い浮かべ……望美の思考が完全停止する。

 

 ……熊野での、あの出来事を思い出して……

 

「ッ!?」

 かぁぁ…と熱くなった頬を両手で覆い、望美はごろりと体を丸めて寝返りをうった。

 

 

 ――な、なに思い出してるのよ…っ

 

 

 あれ以来、二人きりになる事なんてなかった。

 当然、あの夜の口付け以降、指一本触れられたこともない。

 好きだとか…言葉を告げられたわけでも、告げたわけでもないけれど、何度も重なった唇が嘘だとは思いたくなかった。

 それに……

 

 ――…流石に、もう消えてるよ…ね?

 

 この暑いのに、髪を上げないのには理由があった。

 あの時付けられた口付けの痕を隠すため、望美は髪を下ろしたままにしていたのだ。

 知られているからといって、そんなこと朔に確認してくれと言える筈もない。

 けれど……

 消えてしまったのなら…それはそれで少し寂しい気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さん?……望美さん。」

 

 突然名前を呼ばれて、望美の意識が浮上する。

 ……どうやら、色々と考えているうちにウトウトしていたらしい。

 頭のはっきりとしないままで視線を巡らせて……

 

「べ、弁慶さんっ!?」

 自分を覗き込んでいる人物に、望美は吃驚して勢いよく飛び起きた。

 

「なんて場所で寝ているんですか…」

「だ…だって……その……」

 呆れたように言われて、望美はしどろもどろになってしまう。

「だって…何ですか?」

 

「――……暑かった…から……」

 しゅんと項垂れて小さく告げる声に、弁慶は溜息を吐いた。

「だからって、そんな格好で……」

 

「え?」

 言われて、望美は自分の格好を見下ろした。

 

 

 寛げたままの衿元。

 ぐちゃぐちゃに乱れた髪。

 そして……

 

 

「っ!!」

 

 慌ててスカートを押さえる。

 寝ているうちにずり上がったのだろうか……かなり際どい所まで太腿が露わになっていた。

 

「おや?隠してしまうんですね。」

「あっ!当たり前ですっ!!」

 くすくすと笑いながら、さも残念そうに言う弁慶へ、望美は真っ赤になって声を上げた。

 

「まったく…君という人は……」

 あたふたと裾を整え、寛げていた衿を正す望美を見ながら弁慶が呟く。

 

 

 ――無防備な姿を…こんな所で晒すなんて……

 

 

「誰かが、此処を通ったらどうするつもりだったんですか?」

「もう誰も通らないかな…って思って……」

 溜息と共に告げられた言葉に、望美は苦笑を浮かべながら頭を掻く。

 

「けれど、現に、こうして僕が通りかかりましたよね?」

「う……」

 弁慶は、わざとらしく溜息を吐いて見せた。

 じっと見つめてくる視線が痛い。

 これが、もしかしたら此処を通ったかもしれない誰かへの嫉妬心からならいいのに…などと不謹慎な考えが脳裏を過ぎったが……慌ててそれを払拭して、望美は俯いて弁慶を上目遣いに見上げた。

 

「ご……ごめんなさい……」

 

 弁慶に謝る必要があるのだろうか…と疑問も過ぎったが、とりあえず謝ってしまう。

 

「これからは、気を付けてくださいね。」

「はぁい…」

 苦笑まじりに言われて、望美は肩を落とした。

 

 

 ――そういえば……

 

 

 目の前で、俯いてしまった少女を見ながら、ふと…弁慶の脳裏を過ぎる記憶。

 今、目線の先にある望美の首筋。

 

 もう、あの痕跡は消えてしまったのだろうか…

 

 

 

「そういえば、弁慶さんはどうしてこっちに?」

 不意に望美が問う声が聞こえた。

 

 夕餉の後、弁慶が九郎と共に六条堀川の邸へ戻った事を、望美は知っていた。

 だから、こんな時間に京邸に彼がいるのを不思議に思ったのだ。

 

「哀しいですね…」

 

「え?」

 突然抱き寄せられて、望美は吃驚して言葉を失ってしまう。

 

「君に会いに来たのだとは…思ってもらえないんですか?」

「え……えぇっ!?」

 

 乱れた髪を梳く指先。

 そっと耳元で告げられた言葉に、望美は頬を真っ赤に染めてしまった。

 

「あ…あのっ……べ、弁慶…さん!?」

 あたふたする望美を部屋へ入るように促す弁慶。

 

「あんな所では、誰かに見られてしまうでしょう?」

 くすくすと笑いながら言われるけれど、何も言い返せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が……」

 髪を梳く仕草が心地よくて目を閉じた望美に、弁慶が囁く。

「暑いのに髪を上げなかったのは、ここに痕が残っていたからですよね?」

「ッ!?」

 言われて望美は、びくり…と体を跳ねさせた。

 弁慶の指先が首筋に触れると、ぞくりとした感覚が生まれる。

 

「ふふっ…安心してください。もう、残っていませんから。」

「え……」

 首にかかる弁慶の吐息がくすぐったい。

 

「……それに……」

 

 解放されて、開いた目の前に弁慶の苦笑を浮かべる顔があった。

「弁慶さん?」

 

「もう、君を困らせるようなことはしませんよ。」

「わ、私……」

 

 ――困ってなんかいない

 

 そう言葉を続けようとした望美の唇に、弁慶の指先が触れた。

 

「静かに…」

 

 どきり…として、望美は口を噤む。

 

 

「僕が、こちらに戻ってきたことは…誰も知らないから…」

「え?」

「だから、君が大きな声を出してしまったら、誰かに気付かれてしまうでしょう?」

 くすくす…と悪戯っぽく笑いながら、弁慶が囁く。

 

 かぁ…と頬が朱に染まる。

「えっ、あっ、そのっ…」

 おろおろする望美を瞳に映しながら、心に掛けた枷を強くする。

 今にも、脆く崩れ去ってしまいそうだ。

 

 

 ――君は、本当に……

 

 

 否、それほどまでに、この少女に執着しているのは自分自身なのだろう。

 

 消えてしまった口付けの痕が、悔しくて仕方がない。

 いっそ、再び刻んでしまおうか…そんな衝動すら浮かぶ。

 湧き上がってくる独占欲を押さえ込んで、弁慶は、そっと微笑みを向けた。

 

 

「朔殿に叱られたくはないから、君を困らせるようなことはしませんよ。」

 だから安心して…と向けられる優しい笑み。

 

 望美は、思わず小さく唇を尖らせた。

 その拗ねたような表情が、可愛らしい。

 

 

 ――あっ……

 

 

 翳めるように触れていった唇。

 望美は驚いて目を見開いた。

 

「そんな顔しないで…」

 

 艶めいた声。

 頬に触れる掌。

 胸の奥で溢れる…熱い想い。

 

 瞳を閉じた望美に贈られる口付け。

 

 最初は啄ばむように軽く。

 ぎゅっと、弁慶の衣を握り締め…望美は懸命に、唇から伝えられる…言葉を伴わない想いを受け止めた。

 

 それが唯一の……想いを確かめ合う術だと……縋るように……

 

 

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