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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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約束の花【遙か4/忍千】

現代~孤高の書(出雲)~大団円の書(忍人ED)
脳裏を過ぎってゆくのは、「知らない筈」の哀しい記憶。
知らない筈の「約束」が…「記憶」が…桜吹雪の中で甦り…消えてゆく。






 桜の名所に住んでいることは、この季節、なんとなく得した気分になる。
 入学式の数日前、そんな風に言う千尋に、那岐は面倒臭そうに、風早は穏やかに微笑んで……三人は、数駅先まで桜を見に行った。
 山を御神体とする……白蛇の伝承を持つ地。三輪へ。


 桜が舞散る。
 ちらちら…
 ちらちら…
 青い空をバックに、薄いピンク色の花弁が舞う。
 千尋は、不意に、胸が締め付けられるような感覚を覚えてぎゅっと両手を握り締めた。
 はらはら…と頬を零れ落ちるのは、透明な雫。

「千尋?」
 突然、声もなく涙を零し始めた千尋に、風早が、那岐が、驚いて目を見開いた。
「え?」
 自分が泣いていることに気付いていないのだろう。
 千尋は、自分を見つめる二人を見つめ返す。
 不思議そうに二人を見遣って、その視線を辿り……
 そうしてやっと、指先が濡れたのに気付いた。
「あ…あれ?私……」

 分からない。
 なぜ泣いているのかも。
 なぜこんなに苦しいのかも。
 何も分からない。
 分からないのに……

 ――私…この気持ち…知ってる……?

 ざぁ……と風が吹きぬける。
 たくさんの花びらが…風に舞う。
 千尋を……包み込む。

 ――あれ?

 閃く二筋の金色。
 腕を組みながら見せるのは厳しい眼差し。
 時折見せる穏やかな瞳…言葉。
 約束だと言った微笑み。
 満天の星空………流れ落ちた、一筋の光。
 名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
 遠く…遠く………

 ――誰?

 不意に脳裏に浮かんできた「誰か」に、千尋は首を傾げる。
 けれど……

 ――私…知ってる……

 失ってしまった何か。
 叶わなかった約束。
 消えてゆく…灯。
 
 ――いや…いかないで……

 涙が、止めどなく頬を伝う。
 千尋は、困ったように自分を見つめる風早と那岐の前で、そのまま泣き崩れるように地面に座り込んだ。






 空を飛ぶ…というのは、これと同じ感覚なのだろうか……
 そんな風に感じさせられた、天駆ける船での旅。
 今は、飛ぶという感覚はなく…ただ、地上から少し離れた船の上で、吹き抜けてゆく気持ちのよい風を体中に受けていた。
 思えば、遠くに来たものだと…千尋は思った。
 いや…遠くから帰ろうとしてるのだろうか…
 桜舞い散る通学路から、この豊葦原へと「帰って」来て、気付けばもう夏の匂い。
 冷たさをなくした夜の風が気持ちいい。

 ――わあ…綺麗……

 堅庭で、千尋は空を見上げていた。
 夜空に広がるのは満天の星。
 現代では見られなかった風景。
 ここ暫くはずっと同じ景色を見ていたが…山一つ分動いただけで、見える景色の印象は随分変わるものだ…と千尋は、そんな事を考えていた。

 出雲郷での祭が終わり、通じた光の道。
 加護を得ることはできなかったけど、与えられたのは猶予。
 そして、指に鈍く輝く…青き龍から託された指輪。
 足りないものさえ手にできれば、きっと、青龍の加護だって得られる。
 決意を胸に、千尋は再び空を見上げた。
 落ちて来んばかりの星々。
 空を流れる光の大河。

 ――七夕…か。

 祭の最中に教えてもらった事を思い出して、千尋の脳裏を過ぎる、現代の橿原での…七夕の思い出。
 勝手に願い事の短冊を見た那岐。
 自分も見ようとしたら隠された。
 睨みあう二人を宥めるように笑う風早。
 庭先で、笹の葉が…さらさらと風にそよいでいた。

「まだ起きていたのか。」
 不意に掛けられた声に、千尋は飛び上がらんばかりに驚く。
 まさか…この時間に、声を掛けられるとは思っていなかった。
 慌てて振り返ると、腕組みをして千尋を見ていたのは、厳しい顔の忍人。
 しまった…と内心で呟く。
 よりによって、忍人に見付かってしまうとは……
「ご、ごめんなさい…」
 思わず、頭まで下げて謝ってしまう。
「その…もうちょっと星が見たいなって思って……」
 言い訳までしてしまうのは、怒られるだろう…という条件反射。
 けれど、それ以上、怒るわけでもなく…忍人は空を見上げた。
「……そうか……」
 一言だけ、呟くように告げて。
 星空を見上げる忍人の脳裏を過ぎってゆくのは、ころころと変わる千尋の表情。

 凛々しく弓を構える姿。
 娘らしい朗らかな微笑み。
 誰にでも優しく接する様子。
 頼りないとばかり思っていた少女は、毎日のように、その姿を成長させていた。
 時折、突拍子もない行動に出るのには、いつも驚かされてばかりではあるが……
 出雲の郷で、一緒に祭を回ってくれと頼まれるとは思ってもいなかった。
 しかし…普段とは違う、千尋の一面を…微笑ましいと思ったことは事実。
 一体、本当の彼女は…どれなのだろう……

「あの……」
 遠慮がちに掛けられた声に、忍人は千尋へと視線を移した。
「今日は、一緒に…お祭を回ってもらってありがとうございました。」
 にっこりと微笑んで告げる少女。
 こういう表情を浮かべると、歳相応の娘に見える。
 答えるように、忍人は小さな微笑を浮かべた。
 あまり柔和な表情を浮かべない彼だけに、その僅かな微笑にも、千尋は嬉しくなってしまう。
「忍人さんと一緒に回れて楽しかったです。」
 微笑みながら、忍人の顔を覗き込むように千尋は言った。
 さすがに、驚きが顔に表れてしまう。
 忍人は、自分を覗き込む千尋を、じっと見つめてしまった。

 ――なにを……

「俺と一緒に回っていて、本当に楽しかったのか?」
 信じられない…といった風の忍人に、千尋は笑顔で頷く。
「当たり前じゃないですか。凄く楽しかったですよ。
 それに、七夕のお祭だってことも教えてもらえたし。」

 ――君がそう言うのなら……

「それなら良かった。」
 自分のような者といたとしても、楽しいはずもなかろう…そうは思うが……
 千尋が、世辞で言うはずもない…と胸の内で結論付けて、忍人は微笑を浮かべた。
「忍人さんは、楽しく無かったですか?」
「え?」
 問われ、思わず言葉に窮する。
 楽しくなかったといえば嘘になるが、楽しかった…とは答えられない自分がいる。
 どこか不安そうな瞳で見上げてくる千尋。
「悪くない時間を過ごせた。」
 暫し逡巡して…忍人は答えた。

 この返答で…良かったのだろうか……
 柄にもなく、少女の反応を気にしてしまう。
 探るように表情を伺うと、満足顔の千尋。
「よかったです。」
 自分の言葉一つで一喜一憂する少女。
 一体、幾つの表情を持っているのだろう……
 再び、浮かんでくる疑問。
 こんなこと、これまで、考えることすらなかったというのに……

 不意に強い風が吹き抜けた。
 小さな声を上げて、千尋が髪と衣を抑える。
 はたはた…と二人の衣がはためいた。

 ――あ……

 何の前触れもなく千尋の脳裏を過ぎったのは、いつかの桜吹雪。
 同時に甦ったのは…胸を締め付ける、正体の分からない感情。

「どうかしたのか?」
 突然黙り込んでしまった千尋にかけられるのは、心配げな忍人の声。
 平気だと告げたいのに、言葉が出ない。
 自分ではどうすることもできない涙が、溢れて頬を伝う。
「なんでも…ないんです……」
 漸く、そうとだけ答えると、袖で慌てて涙を拭い、千尋は空へ視線を向けた。

 満天の星空。
 自分の感情が、自分でコントロールできない。
 一体…どうしてしまったというのだろう……

「ニノ姫」
 呼ばれて、促されるように千尋は振り返った。
 いつの間にか、すぐ隣に立っていた忍人。
 言葉を告げるわけでもなく…ただ、黙ったままで…案じる様な瞳が千尋を見つめていた。

 ――忍人…さん?

 一瞬高鳴る鼓動。
 脈拍が速くなる。
 今が…夜でよかったと千尋は思った。
 きっと赤くなっているであろう頬に…気付かれないから……
 
 ――私……

 不意に浮かんだ単語。
 そうだとしか、思えない……胸の痛み。
 けれど……

 ――だめ…だよ……だって私は……

 龍神の許しなく…恋することは禁忌……
 気付いてしまった想いは、決して解き放ってはいけない。
 それが、王となるべき自分の運命だ。

 ――姉様…私は……






 
桜は、見事なほどに咲き誇っていた。
 ほんの一時だけの休息。
 共に訪れた…三輪。
 まるで、いつか約束をしたような錯覚。
 それは自分だけじゃなくって……

 ひらり…ひらり…
 はらり…はらり…

 掌から伝わってくる温もりが…愛しい。
 間近で微笑みあえることが、嬉しい。
 あの夏を目前にした夜…自らの想いを凍らせたことすら…遠い過去のようだった。

「あっ…」

 突然の風。
 桜吹雪が二人を包み込む。
 よろめいた千尋を、忍人が抱きとめた。

 ――これ…は?

 不意に甦る、現代で脳裏を過ぎった知らない記憶。
 千尋は、指先が急に冷えてゆくように感じた。
 舞い散る桜。
 桜の褥に横たわる姿。
 消えてゆく……
 消えてしまう……
 愛しい人が…遠くへ逝ってしまう……

 ――いや…だめ……

 胸を締め付けられ、頬を涙が伝う。
 あの日感じた感情の正体に気付く。
 知らない記憶が連れて来る…哀しみ。
 強く胸にしがみつくと、そっと髪を梳く指。

「どうかしたのか?」

 出逢ったばかりの頃には、聞いたこともなかった優しい声。
 凍えてしまった感情も、冷え切った指先も、じんわりと融けてゆく。
 顔を埋めたまま、ふるふる…と首を横に振って、千尋はただ呟いた。

「よかった…」

 そばにいてくれてよかった。
 いなくならなくてよかった。
 共に微笑みあえてよかった。
 想いを重ねあえてよかった。



 知らない記憶。
 知らない約束。
 それが何なのかは分からない。
 けれど、二人今…此処にいる。

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