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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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記念に愛を込めて【遙か3/弁望】

20000hit御礼作品 現代設定
現代舞台の甘々弁神子
十六夜ED後でも迷宮ED後でも…


記念に愛を込めて


 

「おめでとうございます!」

 

 一歩店内に入った瞬間、突然頭上から降り注いできたのは色とりどりの紙吹雪。

 

「な、何!?」

「え?」

 いきなりのことに、望美は何が起こったのか…と、目を白黒させる。

 その隣で、滅多に動じる事のない弁慶ですら、状況把握できず目を見開いていた。

 

 

 

 いつしか季節も過ぎ、外では太陽の眩しく輝いている。

 二人、ここで共に生きてゆこうと決めたのが雪降る頃。

 学校が夏休みに入ったから…と、試験期間中お預けだった二人の時間を満喫しようと、共に訪れた…ちょっと値の張りそうなホテルのレストラン。

 やっと独り占めできると、上機嫌な弁慶に拒否権を奪われ、望美は辞退することもできぬまま連れて来られたのだが……

 

 

 

「あ…あの、一体これは……」

 先に我に返ったのは弁慶。

 半ば、二人を取り囲むように立つ店員らしき一人に、彼は遠慮がちに問い掛けた。

 まだ完全には、この世界の風習というものを理解しきれていないから…もしかすると、自分の知らない何らかの行事なのかもしれない……と過ぎる。

 けれど…少なくとも、これまで目を通した多くの書物などには、店に入るなり客に紙吹雪を降らせる行事なんて載ってはいなかったはずだ。

 

「驚かせてしまい、申し訳ございません。」

 わざとらしくない接客が板についた笑顔を向け、丁寧なお辞儀をしたのは店長らしき風格の男性。

 訝しげな視線を向ける弁慶と、まだパニックから立ち直っていない望美へ、交互に視線を合わせてから事の次第を説明するのも、彼が接客に長けていることを思わせる。

「実は、当店がこちらのホテルに店を出してから、お客様方がニ万組目のご来店者様でございますので……」

 そこまで彼が話すと、近くに控えていた女性二人が、一人は花束を、もう一人は何か封筒のようなものを携えて男の隣へと並んだ。

「この度、ささやかながら記念品を用意させていただきました。」

 

 そういえば…と、弁慶は思い出す。

 いつだったか、何気なく見ていたテレビのニュースで、どこかのテーマパークの入場者が何万人を突破したとか何とかで、その家族にプレゼントなどが贈られている映像が流れていた。

 まさか、自分の身の回り…いや自分自身が、その経験をするとは思ってもみなかったが…

 

「なるほど…」

「にまんにん?」

 漸く事態を把握できて納得する弁慶の隣で、目を瞬きながら、望美は頭上に下げられた割れた薬玉と女性の手にあるものと足元に散らばった紙吹雪へと視線を彷徨わせた。

 

「では、こちらを……」

 二人の目の前まで歩を進めてきた女性が、にっこりと微笑みながら手にしていた物を差し出す。

 慌てて、差し出された大きな花束を受け取る望美。

 弁慶は、白い和紙が折り畳まれ、紅白の水引を掛けられたそれへと視線を走らせた。

 水引の上部に記されたのは「目録」の文字。

「こちらは?」

 聞くのは無粋か…とも思ったが、中身も知らず受け取れるものでもない。

 弁慶は、その記念品を差し出す女性に…ではなく、後に控える男へと問い掛けた。

「こちらのホテルのスイートペア宿泊券でございます。」

 

「ええっ!!」

 一瞬の間を置いて、声を上げたのは望美。

 食事券か何かだと思っていたのだろう。

「そうですか。」

 ふむ…と数瞬考え込み、弁慶は穏やかな笑みを浮かべて、目の前に立つ女性を見た。

「そんな高価なものをいただいていいのか、少し戸惑いますが……」

 隣では、ハラハラしながら、望美が「目録」と弁慶の顔へ交互に視線を送っている。

「折角ですから、ありがたく頂戴します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしましょう…」

 

 テーブルの脇に置かれた「目録」にチラチラと視線を送りながら、望美は食事の手を止めて弁慶へと問い掛けた。

 

 結局、そのまま店内へ案内され、少し奥まったテーブルで二人は予定通り食事をすることになった。

 この席も、恐らくは、記念品の一つなのだろう。

 接客も、通常より丁寧な気がする。

 

「いいんでしょうか?こんなの貰っちゃって…」

 スイートというのは、金持ちが優雅に宿泊するセレブな部屋だと思っている望美には、想像もできない。

 苦笑を浮かべ、弁慶は望美と視線を合わせた。

「けれど、つき返すわけにも行かないでしょう?」

「で…でも……」

 

 確かに、今更返すことなどできない。

 ……しかし……

 問題なのは「ペア宿泊券」という部分だ。

 不意に脳裏を過ぎっていく想像に、望美の顔が朱に染まる。

 

「まあ、別に僕たちが利用しなくてはいけない…わけでもなさそうですしね。」

「え?」

 望美の頭の中で何が起こっているかは容易に理解できたから…弁慶は、そ知らぬふりである提案をする。

「こんなに豪華なホテルのスイートなら、君のご両親に喜んでもらえるんじゃないかな…と思って。」

「あ、そうか!」

 いい案だ。と望美が瞳を輝かせた。

「いつもお世話になっていますからね。」

 微笑む弁慶につられて、望美もにっこりと笑顔を浮かべる。

 

 ほんの少しだけ……

 残念だと思ってしまった気持ちは、そっと胸の奥にしまいこんで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくだから、二人で行ってきたら?」

 

 帰宅した二人の申し出は、有無を言わせぬような笑顔を浮かべた望美の母に却下されてしまった。

 

「ええっ!」

 再び望美の顔が赤く染まる。

 まさか、母親に二人で行って来いと言われるとは思っていなかった。

 二人の付き合いが、結婚を前提としていることは両親も理解していたが、望美は弁慶の部屋に泊まることはなかったし、弁慶も望美に手を出すようなことはしていない。

 おかしな話だが、まだ、健全な付き合いが続いていたのだった。

 

「ですが…」

 二人で同室に宿泊する…ということ。

 母親とて、それがどういうことになるか分からないはずもない。

 困ったように、弁慶は望美の母親を見た。

 視線に気付いて向けられたのは、射竦めるような…望美のそれとよく似た瞳。

 それは許可を意味するのか、それとも戒めを意味するのか……どちらなのだろうか……

 

「たまにはね、二人でゆっくりしたらいいの。」

 微笑みながら言った母親は、手を伸ばして望美の髪に触れた。

「お母さん?」

 

 信じられなかったが、二人と…隣の幼馴染たちから聞かされた話は、壮絶な物語だった。

 ほんの一日足らずで、何年も離れていたかのように精神的に成長していた娘。

 聞かされた話を信じるしか、その変化を説明できなかった。

 仲睦まじく寄り添う二人の距離を、説明できなかった。

 

「冬からずっと、大変だったんでしょ?」

「え?」

「………」

 可……か、と弁慶は軽く瞳を伏せて淡い笑みを浮かべた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます。」

 弁慶の答えに満足そうに頷くと、母親は冷めかけた紅茶を淹れ直す。

「望美をよろしくね?」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 望美の歓声を聞きながら、弁慶は、その豪華な部屋へと足を踏み入れた。

 

 ホテルの最上階。

 毛足の長い絨毯は、靴音すらさせず入室者を受け入れる。

 扉を開け閉めする音。

 楽しげに上げる声。

 飽きることなく、望美は部屋の中を探索していた。

 相変わらず、様々な表情を見せてくれるものだ…と微笑みながら広いソファへと腰を落ち着ける。

 窓の外には、建物の屋根と空が広がっていた。

 この世界に来て、人間はなんと高いところまで行けるようになったのか…と驚愕もした。

 

「望美さん、窓の外もいい眺めですよ。」

 部屋の中ばかりに興味を示す望美へと声を掛けると、「ほんとっ!?」と嬉しそうな声を上げて駆け寄ってくる気配がした。

「ちょうど、青い空と沈みかけた太陽の赤が、いい具合に混ざり合って綺麗ですよ。」

「ほんとだ…」

 窓ガラスに張りつくように外を見つめる望美。

 弁慶は、その隣へと並んだ。

「すごいですね。こんなに高い場所から、暮れゆく空を見られるなんて…」

「はい……」

 頷き、そして、意外と間近に弁慶がいたことに驚いた望美は、慌てて一歩後退した。

「…望美さん?」

「え、あ、その…何か飲みませんか?」

「え?」

「さ、さっき、向こうに幾つか飲み物とか並んでたんです。」

 視線を泳がせて、落ち着きのない様子で望美が早口に言う。

「そうですね。夕陽を見ながら一服でもしましょうか。」

「はい!」

 ぱたぱた…と急ぎ足で弁慶の視線から逃れるように、望美は奥へと入っていた。

 思わず浮かぶのは苦笑。

 この状況に緊張しているのは、自分だけではないのだ。

「……まいったな……」

 可愛らしい恋人に、堅くかけた理性という枷を簡単に解き放たれそうだった。

 

 

 

 

 

 思った通り高価そうな器。

 用意されている飲み物も、一級品ばかりなのだろう。

 他愛もない話をしているうちに、外の景色は青から赤、そして藍へと変化していた。

 

 ――あ……

 

 窓ガラスに、自分たちの影が映っているのに気付いて、望美の心臓が大きく跳ねる。

 夜に…二人きり……

「望美さん?」

「はいっ。」

 返った返事は裏返った声。

 弁慶は困ったように微笑んだ。

「……そんなに怖がらないで下さい。」

「こ、怖がってなんか…」

「いませんか?」

 思わず言葉に詰まってしまって、望美は向けられる視線から逃れようと俯いた。

「望美さん……」

 優しい声で名前を呼ばれて、息が詰まりそうなほど胸が締め付けられた。

 そっと肩を抱く腕。

 望美の体が、びくりと震える。

「あ…あの……」

「ああ…そんな顔をしないで……」

 緊張のあまり泣きそうになっている望美の瞳を、弁慶は優しく見つめる。

「弁慶…さん?」

 キスは初めてではない。

 

 でも……

 

 ゆっくりと重なった唇は、これまでのどのキスよりも甘く…蕩けてしまいそうだった。

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