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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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初午の稲荷詣【遙か3/弁望】

京ED後 薬師夫婦
弁慶と共に伏見稲荷に出掛けた神子の不思議な体験…みたいな話。
初午の稲荷詣



「明日、伏見稲荷まで出かけませんか?」
「え?」

 如月に入って数日が経ったある夜。
 望美の突然の申し出に、弁慶は驚いて、その顔を凝視してしまった。

「伏見稲荷…ですか?」
「はい。」

 首を傾げる弁慶へ、望美は事の次第を説明し始めた。

「今日、お野菜を届けてくれたおばさんが教えてくれたんです。明日は初午だから、みんな、伏見稲荷にお参りしに行くんだって。」
「ああ。それでですか。」

 得心がいって、弁慶は頷いた。

「けれど、君が物詣でをしたいと言い出すなんて、珍しいですね。」
「……というか、お弁当持って…弁慶さんと一緒に出かけたいな…って思ったんです。ご近所の方も、物見遊山気分で出かけるんだって、言ってたから…」
「なるほど。それもいいかもしれませんね。」

 優しい微笑みに、望美もつられて笑顔になる。

「折角のお誘いですから、お供いたしましょう。」
「やったぁ~!」

 子供のようにはしゃぐ望美に、弁慶は思わず苦笑を浮かべた。


 

 

 

「準備はいいですか?」
「はいっ!」

 元気よく返事して、望美は足元に用意した荷物を指差す。

「お弁当オッケー!水もオッケー!完璧です。」
「じゃあ、行きましょうか。」

 弾む足取り。
 久しぶりの遠出だ。
 冬のちょっとしたピクニック…そんな心持ちで、望美の心は躍る。
 何より……

「君と一緒に出かけるなんて、久しぶりですね。」
「はいっ!」

 言ってみれば、いつも仕事で忙しくしていて…あまり一緒にいられない弁慶とのデートなのだ。嬉しくないわけがない。
 昨晩は、遠足の前夜のように…わくわくして眠れなかった。




 

 伏見稲荷は、思っていた以上に参詣客が訪れていた。
 貴賎問わずに人が溢れている。

「わぁ~すごい…」
「迷子にならないでくださいね。」

 言って、弁慶は望美の手を取った。

「女性を口説くために来ている者も多いと聞きます。絶対に僕から離れてはいけませんよ。」

「は、はい!」

 
 語らいながら歩く鳥居の下。
 所々に、足を休める参詣客の姿。
 杖をつきつき、ゆったりと歩く老人。
 元気いっぱいに走ってゆく子供。
 仲間同士、話しながら歩く男たちや女たち。
 先程、弁慶が言っていたように…女性を口説く男たちの姿も見受けられた。

 

「よかったぁ……」
「何がよかったんですか?」

 弁慶に尋ねられ、望美は苦笑を浮かべて答えた。

「戦が終わって、体鈍ってたらどうしよう…って思ってたから……」
「時々、鍛錬…しているんでしょう?」

 望美が、時々、剣の稽古をしているのを、弁慶は知っていた。

「もう、戦うことなんてないって分かっているんですけど……他に運動する方法が思いつかなくって…」
「身を守るのには役に立ちますから、いいんじゃないですか?」

 大きな戦が終わったとはいえ、まだ、治安はよいとはいえないのだ。

「……それでも、色んなところを歩き回っていたあの頃に比べたら、本当に、歩かなくなってましたからね…私。」
「なら……」

 振り返り、弁慶が微笑みながら提案する。

「薬草を取りに行く時は、もっと一緒に行くようにしましょうね。」
「はい!」
 

 早朝から出向いた者たちが、山を下ってくる。
 近所の人の姿もあって、挨拶を交わしながら、ゆっくりと上ってゆく。
 繋いだ手から伝わってくるぬくもり。
 望美は、ふと天を仰いでみた。
 

「うわぁ~」

 思わず声が漏れる。
 ほとんど隙間なく建てられた朱色の鳥居は、見上げると壮観だった。

「望美さん。」

 声を掛けられ、視線で促されて…上ってきた道を振り返ると……

「凄い……」

 どこまでも続く赤い道。
 そこは……とても不思議な空間だった。

「あれ?」

 ふと向けた視線の先。
 鳥居と鳥居の隙間から…白い狐の姿が見えた。

「弁慶さん、あそこに白狐が……」
「え?」

 足を止め、望美はそちらを指差した。

「どこですか?」

 望美ごしに、弁慶はそちらへと視線を向ける。

「あそこ…です………」
 

 狐が…望美を振り返った。
 どこか遠くで、懐かしい…鈴の音が響いたような……気がした。

 

 

 
*   *   *

 


 

「あれ?」

  ふと気がつくと、人影が全くなくなっていた。

「うそ…私……迷子になっちゃったの?」

 今さっきまで手を繋いでいたはずの弁慶の姿も見えない。
 周囲を見渡すと、ずっと遠くまで連なる鳥居。
 まるで、赤い迷宮に取り込まれてしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

「弁慶さ~ん!」

 来た道を戻るように、望美は、鳥居のトンネルを下り始めた。
 下手に動いてはいけないかもしれない……
 そんな思いも過ぎったが、じっとしていると…何だか得体の知れないモノに捕らわれてしまいそうで、不安だったのだ。
 ふ…と、望美は行く先に白い影があるのに気付いた。

「何?」

 尖った耳。
 ふさふさとした尻尾。
 近づいてゆくにつれ、それが、白い狐であることが分かった。
 先ほど、鳥居の合間に垣間見た……あの狐だ。
 傍に近づいて行っても、狐は逃げ出そうともせず…近づいてくる望美をじっと見つめて座っていた。

「何…してるの?」

 すぐ近くまで歩み寄り、望美は、足を止めて狐に問いかけた。

 ふぁさ…

 太い尻尾を揺らし、狐がゆっくりと立ち上がる。
 ふい…と視線を別の方向へ向け、再び向けられた視線に……望美は捕らわれてしまった。
 ゆっくりと立ち上がり歩き出す狐に誘われるように、望美はついてゆく。
 赤い鳥居の連なる道。
 下っているのか、上っているのかも分からない。
 音のない世界。

 何故だろう……
 自分の足音も聞こえない。
 風の音も、声も、何も……聞こえない。
 歩いているのか、走っているのか……それすら分からないまま……しばらく狐の後を追って……
 

「あれ?」

 突然、白狐は足を止めた。
 望美を見て、狐は視線を別の方向へと向けた。
 つられるように望美も視線をそちらへ移す。

「………?」

 老夫婦が、微笑みながらそこへ佇んでいた。
 稲を背負った、奇妙な風体の老夫婦だった。

「あの……あなた方は?」

 おずおずと声を掛ける、望美。

「あなたが、白龍の神子ね?」

 老婆が問うてくる。

「はい……そうでした。」

 頷いた望美に、今度は老翁が口を開いた。

「この京を救ってくれたのは、おぬしじゃな?」
「………私…だけじゃないです。」

 首を横に振り、望美は答える。

「八葉のみんなや、白龍や、朔――黒龍の神子や、京の…この世界のみんなが頑張ったからです。」

 老夫婦は、頷き、また微笑んだ。

「けれど…導いてくれたのは、白龍の神子…あなたでしょう?」
「一度は断たれた龍脈も戻った。おぬしがいたからじゃ。」
「私は……」

 思い出してしまう、龍脈が断たれた原因。

「――白龍の神子が京へ留まったと聞き、一度会いたいと思っておったのじゃよ。」

 望美の思考は、老翁の言葉で遮られた。

「あ……っ!」

 そして、思い出す。
 自分が、弁慶とはぐれてしまったことに。

「私……」
「……探しているようだね……」

 老婆の言葉に、心が急く。

「無理に連れて来てすまんかったの……」

 老翁の声に、傍らで狐が耳をぴんっ、と立てた。

 不意に、視界が歪む。

「ありがとう……」

 頭に直接響いてくる…声。
 次第に、意識に靄がかかってきて……
 目の前にいた、老夫婦の姿は…掻き消えてしまった。

 

 

 
*   *   *


 

 

 

「望美さんっ!」
「……っ!」

 揺さぶられて、望美の意識は現実に引き戻された。
 赤い鳥居の森。
 ふと顔を上げると、酷く心配そうな顔で…弁慶が覗き込んできていた。

「あ…れ?弁慶…さん……」
「大丈夫ですか?!」

 問われて頷く。

「突然消えてしまったから……」

 抱きしめられ、望美は鳥居を見上げた。

「心配したんですよ……」
「白い狐に…会いました。」

 ぽつり…と望美は呟いた。

「え?」
「稲を背負った…おじいさんとおばあさん……に、会いました。」
「望美さん?」

 肩を掴み、弁慶は、様子のおかしい望美の顔を覗き込んだ。
 瞳の焦点が合っていない。

「おじいさんとおばあさんが……私に、『京を救ってくれてありがとう』って……」

 望美の意識はまだ、どこか夢と現の狭間を彷徨っているようだった。

「望美さん、しっかりしてください。」

 軽く頬を叩き、声を掛ける。

「…………」
「あっ!」

 そのまま…望美は、弁慶の腕の中で意識を失ってしまった。

 

 
*   *   *
 

 

 

「う…ん……」

 目を開くと、日は西に傾き始めていた。

「あ…れ?私……」
「目が覚めましたか?」

 優しい声。
 そっと肩を抱く腕から伝わってくるぬくもり。

「急に消えてしまったかと思ったら、倒れてしまうから……」
「ごめんなさい…」

 望美が意識を失った後、弁慶は参道の途中の少し開けた場所まで移動していた。
 端に腰掛け、望美を抱きかかえ…目を覚ますのを待っていたのだ。

「もう大丈夫ですか?」
「はい。」

「何があったか話してくれませんか?」

 持ってきていた竹筒の水を飲み、一息ついた望美へと弁慶が問う。

「――気を失う前、狐がどうとか言っていたようですが……」
「……」

 ふと黙り込み、望美は少し考え込むような仕草をしてから、ゆっくりと話し出した。


 

 白狐を見かけた途端、鈴の音が聞こえて不思議な場所へ行ってしまったこと。
 狐について行ったら、稲を背負った老夫婦が自分のことを待っていたこと。
 老夫婦から、京を救ってくれてありがとうと言われたこと。
 望美は、信じてもらえないかもしれないと思いながらも、体験したことを全て話した。

 

「それで、また鈴の音が聞こえたような気がして……気がついたら、弁慶さんのところに戻ってきてたんです。」

 話し終えた望美から、弁慶は視線を地面へと移した。
 額に手を当てる仕草は、考え込んでいるときの弁慶の癖だ。

「………」

 黙り込んでしまった弁慶に、望美は、不安になってしまう。

「夢でも見てたのかもしれない……」

 ポツリと呟いた望美へと、弁慶は微笑みを向けた。

「君が出会った老夫婦は、恐らく…この伏見稲荷の神様でしょう。」
「神様?」

 首を傾げてしまった望美に、弁慶は説明を始めた。

「稲荷…は稲を荷うと書くでしょう?」
「はい」
「その昔、高名な大師様が出会った稲荷神は、稲を背負った老夫婦だったと伝えられています。そして……」

 言いながら振り返った先には、一対の狐。

「稲荷神の使いは狐だとも言われています。最初に君が見た白い狐は稲荷神の使いで、龍神の神子である君を稲荷神の元へ導いたんでしょう…」
「そう……なのかな……」

 弁慶の説明に、望美はそっと目を閉じた。

『ありがとう…』

 耳の奥に、老夫婦の言葉が残っていた。

「君への感謝を、どうしても伝えたかったんでしょうね。」

 優しく微笑みながら、望美の手を取り、弁慶は立ち上がった。

「でも……」
「でも?」

 促され、参道へと戻りながら望美は首を傾げる。
 見上げた弁慶の顔に浮かぶのは、困ったような表情。

 「例え神様であっても、君が勝手に連れて行かれないよう、しっかり捕まえておかないといけませんね。」
「弁慶さん?」
「君は、もう龍神の神子じゃなくて……僕の大事な妻なんですから……」

 にっこりと微笑み、歩き出す。

 ――弁慶さん、本気だよ……

 弁慶の浮かべる微笑みに、望美はこっそり溜息をついた。
 もし、またこんなことがあったら、この人は、相手が神様であろうと、何かとんでもないことをしでかすに違いない……
 それほど大切にされていることを幸せに思いながらも、無茶をされては敵わない…と、望美は内心で願うのだった。

 ――お願いだから、神様方……もう私のことを黙って連れ出さないで……

「どうかしましたか?」

 弁慶の声で我に返り、望美は慌てて首を横に振った。

「い、いいえ。なんでもないです。」

  傾いてゆく陽射しの中、結局、上まで行くことができないままで、来た道を下ってゆく。

 今日の不思議な体験を、望美は忘れることはないだろう。
 神子として、前ばかり見て走っていたあの頃……
 たくさん傷ついて、たくさん傷つけて、失ったものもあった。
 その末に辿りついた、この穏やかな日々。
 生まれ育った地から遠く離れたこの世界で、何よりも大事に想う人がいて、何よりも大事に想ってくれる人がいる。
 そして、自分のやってきたことが、無駄じゃなかったのだと……ありがとう…といってくれる存在がいる。

 長い長い階段を降りきった所で、望美は稲荷山を振り返った。
 遠くで……微かに狐の鳴く声が聞こえた気がした。

 

 

 

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