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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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夏の夜の夢【遙か3/弁望】

夏の熊野(「月下の夢幻」の望美サイド)
暑い夏の夜、寝苦しくて寝床を抜け出した望美。
同じく涼を求めて庭に出ていた弁慶と遭遇して…
こっそりと抜け出した川辺での……一夜の夢。
夏の夜の夢


 

――暑い……

 寝苦しくて、私は布団を抜け出した。
 よく眠っている朔を起こさないように、静かに濡れ縁へと這い出す。

「あ、ちょっと涼しいかも。」

 呟いて、私は単衣の衿をくつろげて夜気を胸元へ誘い入れた。
 足を伸ばして、欄干にもたれながら軒の端から見える夜空を見上げていると…

「君も、この暑さに参ってしまったみたいですね。」

 微かに笑いを含んだ声が、庭の方から聞こえた。

「え?」

 肩越しに振り返ると……

「弁慶さんっ?!」

 濡れ縁のすぐ外――私がもたれている欄干の向こう側にいる思いがけない人物に、私は声をあげてしまった。

「しーっ、皆が起きてしまいますよ。」
「あっ…」

 慌てて両手で口を塞ぐ。
 そして、ふと気付いた。
 くつろげたままの衿口と、乱れた単衣の裾に……

「っ!?」

 慌てて衿を掻き合わせ、裾を整える。

「ふふっ。驚かせてしまったみたいですね。」

 言いながら、すぐ傍の階に腰掛ける弁慶さん。
 私は、膝で這ってそちらへ近づいた。

「いいえ。弁慶さんも涼みに?」
「ええ。僕たちは、ほとんど雑魚寝状態ですからね、暑さも尋常じゃありません。」

 言って、苦笑を浮かべる。

「そうなんですか?」
「白龍が大きくなってしまったでしょう?その分、部屋の密度がね…」

 私は思わず吹き出した。

 

「そうだ。」

 弁慶さんが、立ち上がって私を振り返った。

「――少し、涼みに出かけませんか?」
「え?」

 不意にそんな風に言われて、私は、驚いて目をぱちくりさせる。

「川べりにでも行けば、少し涼しいんじゃないかと思うんです。」

 ――そうだなぁ~

「でも…出かけるには遅くないですか?」
「だからといって、このまま眠れないでしょう?」

 それは、確かにそうだ。
 でも……

「大丈夫ですよ。」
「へ?」
「君を人気のない所に誘い出して、いけないことをしよう…だなんて思っていませんから。安心してください。」
「………」

 弁慶さんを凝視したまま固まってしまう私。
 そんな私を見て、弁慶さんが可笑しそうに笑った。

 ――からかわれてる…

「そんなことを心配してるわけじゃないですっ!」

 思わずムキになって、膨れっ面で抗議する私。

「じゃあ、行かないですか?」
「行きます。涼しいところなら、大歓迎です。」

 答えて、私は一旦部屋に戻った。
 単衣の上から、部屋着にしている着物を着て、庭の草履をつっかける。
 そして私たちは、そっと宿を抜け出した。

 

 

 今夜の月は上弦の月。

 少し歩いて辿りついた川べりは、とても涼しくて…
 私は草履を脱いで、少し裾を持ち上げると、素足で川に入った。

「冷た~い!」

 夜空の月と星が映りこんだ水面をかき乱すように、私は子供のようにはしゃぐ。

「足元、気をつけてくださいね。怪我をしても、薬は持ってきていませんよ。」

 同じように草履を脱いで、近くの岩に腰掛けながら水に脚を浸す弁慶さんが、声をかけてくる。

「弁慶さんも、こっちへ来ませんか?」

 一人ではしゃいでいてもつまらないから、弁慶さんを誘う。
 だけど…
 手招きしても、微笑むだけで、弁慶さんは全然こちらへ来てくれない。

「弁慶さんってば!」

 仕方がないから、近くへ寄って、手を伸ばした。

「分かりました。お付き合いしましょう。」

 小さな溜息とともに、弁慶さんが、私が伸ばした手を掴んだ。
 川の中ほどまで引っぱる。

「ね、冷たくて気持ちがいいでしょ?」

 問うと、微笑みながら、弁慶さんは頷いた。

 ふと、視界の端に光るもの。

「あっ!」

 それは、月の光に反射した魚の鱗だった。
 なんだか、とても楽しくて…
 裾が濡れるのもお構い無しに、私は川遊びを満喫する。

 ――と、我に返った私は、同じ場所に佇んだままの弁慶さんに気付く。

「弁慶さん?」

 黙ったまま、弁慶さんの視線は私に向けられていた。

「どうしたんですか?」

 首をかしげ、傍に寄る。
 その視線が、とても哀しそうに見えたから……

「君は、君の羽衣をどこに隠しているんですか?」
「え?」

 突然の問いかけに、驚いて目を見開いてしまう。
 そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。

 伸ばされた手が、私の髪のひと房を掴む。
 そして、そのまま髪へとくちづける弁慶さん。

「っ!」

 ――……あ……

 一瞬、心臓が高鳴った。
 私………
 頬が熱くなる。
 うろたえる私へと、

「羽衣を奪ってしまえば、君は僕だけの天女になってくれますか?」

 弁慶さんは、いつもとは違う表情を向けた。
 視線が、私を捕らえて……逃げられ…ない……?

「弁慶…さん?」

 さらさらと、髪が零れ落ちる。
 足元で、水音が響いた。

「あっ」

 いきなり抱きしめられて、頭の中はパニック状態。
 もう、どうしたらいいのか分からない。
 でも、体の震えは、こわいからじゃ…ない。
 緊張…してるの?
 私…もしかして、何か期待してる?

 囁くように名前を呼ばれて、鼓動が速くなってゆく。
 軽く後ろ髪を引かれて、促されるように、私は顔を上げた。
 間近に見る弁慶さんの瞳は、とても真剣で…
 いつものように、からかわれているわけじゃないのが分かった。
 
 頬をなぞり、顎先を捉えた指は…少し冷たかった。
 震えも、鼓動も、熱も…きっと、伝わっている。
 僅かに揺れた瞳が微笑んだ。
 いつもと違う表情で……

「君は、本当にいけない人ですね。」

 そう告げる声も、いつもと違う。
 鼓動が更に激しくなる……

「あの……っ………!?」

 言葉は、声にならなかった。
 重なった唇に、全て奪われる。
 声も…言葉も…吐息も……

「んっ…」

 強く抱き寄せられ、息苦しい。
 何度も何度も…離れては重なる唇。
 急に、今まで気付かないフリをしていた想いが目を覚ます。
 求められるまま、戸惑いがちに応える私を、もっと激しいくちづけが襲う。

 ――私……

 さらさらと流れてゆく川の水音。

 きつく抱きしめられ…私も弁慶さん背へと腕を伸ばす。
 見た目より逞しい身体に…気付かされる。
 激しく鳴り響く鼓動。
 自分のものなのか、弁慶さんのものなのかも…分からない。
 息苦しくて、喉の奥で喘ぎを洩らす。
 身体に力が入らない……
 意識が、朦朧としてくる。
 もう、一人で立っていられなくて、弁慶さんの胸へと寄りかかるしかできなかった。
 そして、そのまま更に強い力で抱きしめられる。

 離れては重なる…熱い唇。
 止まらない。
 止められない。
 離れたくない。
 離さないで…
 このまま…この瞬間が永遠に続けば……いいのに

 ――私は…龍神の神子。そして、この人は私の八葉。

 こんな想いを……願いを抱いてはいけない。
 分かっているけれど、あふれ出した想いは止まらない……
 でも……

「べんけ…さ…っ……くる…し…っ…」

 強く抱きしめられ、息をつく間もないくちづけを与えられ……
 とうとう、私は根をあげてしまう。

 ――ちがう……理性が働いたのかもしれない…これ以上はいけない…と

 ようやく解放され、私はそのまま弁慶さんの腕の中に身を預ける。
 立っていられなかった。
 今にも崩れ落ちそうな身体を抱きとめられ、優しく髪を、背を撫でられる。

「すみません……何もしない…と約束していたのに……」
「謝らないで下さい。」

 手を伸ばして、弁慶さんの頬に触れた。
 謝られたくはなかった。
 それも、そんなつらそうな顔で…
 私が抱いている想いさえも、否定されるみたいだから。

「びっくりしたけど……でも……嬉しかったから……。だから……その……もう少しこのままでいさせてください。」

 弁慶さんの驚いた表情に、思わず微笑が零れる。
 優しい笑顔が降ってきて、もう一度強く抱きしめられる。
 私も、胸に顔をうずめた。
 

 さらさらと、上弦の月が零す月光の下で、一つの影となって佇む。
 この人を哀しいほどに愛しいと感じてしまう。
 届いてはいけない、抱いてはいけない…応えてはいけない感情。
 私は龍神の神子…
 たった一人のために、全てを捨てるわけにはいかない……

 


「きゃっ!?」

 足元に触れた、冷たくくすぐったい感触に、私は驚いて声をあげてしまう。

「魚…ですか?」

「そうみたいです…」

 二人揃って、川面に目を凝らす。
 少し離れたところで、魚が跳ねた。
 顔を上げたのは同じタイミング。
 視線がぶつかった。
 離れがたいという思いと、戻らなくてはという思いが交錯する。

 だけど…

「そろそろ…」
「もう…遅いですね…」

 どちらからともなく促す、家路。

 今宵の出来事は、胸のうちに留めておく。
 朝日と共に、儚く消えてゆくであろう……幻だから

 

 

 

 

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