対の輝き【遙か3/弁望】 2007年03月14日 遙かなる時空の中で3 0 迷宮ED後 現代(弁慶サイド) 弁部投稿作品。「For You」の続きのホワイトデーSS。 お返しに何を贈ればいいか悩む弁慶さん。何故か将臣くん乱入… 対の輝き あの日、君から贈られた銀色の輝きを放つ対の片割れ ぬくもりを交わすときは、ひとつの型を形作る 僕たちの心を表すように…… 「啓蟄…か」 暦に小さく記されている文字を見て、弁慶は小さく呟いた。 「あと一週間ほどしかないですね…どうしたものか……」 * * * 「ほわいと…でー、ですか?」 有川家の蔵にある書物を読み漁りに訪れた弁慶は、ふらりと現れた将臣の言葉に首をかしげた。 「――それよりも、将臣くん。君も試験勉強…をしないといけないんじゃないのですか?」 望美も譲も、血相を変えて「学年末試験」とやらの勉強に励んでいる。 その邪魔をしない為にも、弁慶は、ここで一人、時間を潰しているのだ。 「俺は要領がいいから、前の日にやりゃ十分なの。」 望美や譲の抗議の声が聞こえてきそうな台詞に、弁慶は苦笑を浮かべる。 「そういうものなんですか?」 「…じゃなくてだな!」 弁慶のペースに流されそうになり、将臣は慌てて話の軌道を修正する。 「今は、ホワイトデーの話をしてるんだ。」 どっかりと弁慶の傍に胡座をかいて、将臣は本題に戻った。 仕方なく、読みかけていた本を脇に置くと、弁慶も将臣の方へと向き直る。 「あんたのことだから、全く知らない…ってことはないだろうけどな。」 「まあ…『ホワイトデー』という日が――3月の14日でしたか?…その日が、先日の『バレンタインデー』の、お返しをする日だという事くらいは知ってますが…」 それ以外に何かあるのだろうか…と弁慶は思考をめぐらせる。 「あいつが苦手な手作りチョコを作ってたのは知ってる。」 「ええ、手作りと聞いて…食べる時には少しばかり勇気が要りましたが…とても美味しかったですよ?」 相手が将臣だからこそ言える、正直な感想だった。 「そりゃそうだろ。」 げんなりとした顔で、将臣が言う。 「そこへ至るまで、どれだけ大変だったか……」 あの戦場を超えるかのような、有川家のキッチンでの壮絶な日々を思い出し、忘れかけていた胸焼けがぶり返してきた。 「……」 何となく事情を察知して、弁慶は苦笑を浮かべた。 「あえて、何があったかは聞かないでおきましょう。」 「そうしてくれるとありがたい。」 毎日のように譲から教わっているというのに、毎回キッチンをチョコレートまみれにし、どうやればこうなるのか?というほどの傑作を創出し……生まれた山は、兄弟で片付けるしかなかった。 「まあ、俺の苦労の思い出…ってのは、どうでもいいんだ。」 気を取り直し、将臣は話を続ける。 「ホワイトデーは、お返しをする日…ってのは間違ってないが……世の中には『倍返し』だの…って怖ろしい慣わしがあってな……」 「はあ…」 「例え、貰ったのが10円のチ○ルチョコであったとしても、返すものはそれ以上のものを返さなきゃならんわけだ。」 何か嫌な思い出でもあるのだろうか…眉根を寄せ将臣が言う。 ――なるほど… わざわざ将臣は、忠告に来てくれたわけだ。 この世界に不慣れな弁慶が、自分の大切な幼馴染を哀しませたりしないように…困らせたりしないように。 望美のことだ、「倍返し」などは考えもしていないだろう。 そもそも、ホワイトデーにお返しを貰うことなど、頭の片隅にもないのではないだろうか… けれど―― 「……そうですね。」 頷き、弁慶は考え込むように額に手を当てた。 「誕生日プレゼントまで戴いていますから……簡単なもので済ますわけにはいきませんね。」 そんなことがあってから日は経って… 月は変わり、虫も地中から這い出してくるという「啓蟄」も過ぎてしまった。 3月14日までは、あと一週間ほどだ。 ホワイトデーのことは知っていたが、そんなに深くは考えていなかった。 当日は共に出かけ、食事をして……という位しか考えていなかったのだ。 望美のことだから、それでも恐縮してしまうだろうが… 「あんな風に言われてしまうと……ね」 将臣に釘を刺されてしまったからには、もう一捻り、策を練る必要が出てきてしまった。 ――君も、こんな風に色々と考えながら…僕への贈り物を探したのかな…? ふと過ぎる、そんな考え。 「いつも、僕の予想を軽く超えてしまう君だから……」 逆に、何を贈ればいいのか分からなくなってしまう。 微かに金属の音を響かせて揺れる、小さな銀色の飾り。 ふと、思い出すあの日の笑顔。 「これはね、二つをあわせると…ほら!一つのハートになるんですよ。」 嬉しそうに微笑みながら、自分の携帯電話についている片割れを見せて言った望美。 「まるで比翼の鳥…ですね。」 「ひよくの…とり?」 不思議そうに首を傾げる表情が可愛らしくて、自然と浮かぶ微笑。 「片目片翼の雌雄一対の鳥が…支えあいながら飛ぶ……大陸の想像上の鳥です。 男女の深い愛情をいうこともありますが……」 「ふ~ん…って……えっ!?」 頬を赤く染め、指先で銀色の飾りをいじりながら、望美は戸惑うように俯いてしまった。 「二つで一つ…離れていても…心は一つ…ということですね。」 自分の携帯電話を持ち上げて、ストラップごしに俯く望美を見る。 「――共にいるときは……」 「え?」 囁くような言葉に顔を上げた望美を抱き寄せ、弁慶はその耳元に唇を寄せた。 「二人きりの時間を過ごしている間は…この飾りも一つの形を成すわけでしょう?」 言葉の裏に秘められた意味に気付いて、望美は、更に顔を赤く染めたのだった。 あれから、それほどの時は経っていないが、数度訪れた二人きりの時間――誕生日当日とバレンタインデーも含んでいるが――には、一つのハートを形作ったストラップが、重なり合う二人の吐息を見守るように傍らで輝いていた。 ふと傍らに視線をやると、少し温み始めた日の光に輝く、愛しい少女からの贈り物。 「これに勝るものを探し出すのは…かなり骨が折れそうだ……」 呟く言葉は困ったような響きを持っているものの、その表情には幸せな微笑みが浮かんでいる。 ――きっと君は、どんなものでも喜んでくれるんでしょうね… 同じ様なことを考えていたのだとは気付かないまま、弁慶は、くるくると変わる望美の表情を思い出していた。 * * * 昨日まで冬が帰ってきたか…と思わせる冷たさを持っていた風が、今日は春のぬくもりを連れて、柔らかに吹きすぎてゆく。 「目を…閉じていていただけますか?」 「はい。」 素直に目を閉じた望美に歩み寄ると、弁慶は取り出したそれを、そっと首へとかけた。 「さあ、いいですよ。目を開けて……」 「弁慶さん…これ……」 紫水晶――アメジストの埋め込まれた指輪。 それが、華奢な鎖に通されて…望美の胸元で輝いていた。 「こちらの世界では、婚約のしるしに指輪を贈るのだと聞きました。」 「えっ…あ、はい。」 頬を染め、望美は小さく頷く。 「けれど君はまだ…『学生』だから、僕は…もう暫く待たなくてはいけません。」 「……え?」 「だから、その間に君が奪われたりしないように…」 少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、弁慶は自分の首から下がっている鎖を引き出した。 その先には、望美の胸元のそれと同じ指輪。 唯一つ違うのは…… 「あっ……」 埋め込まれている石は、望美の誕生石。 「君には僕の…そして僕には君の指輪を……」 そう。 望美の胸元で輝くのは、彼女の指には大きい…男物の指輪。 そして、弁慶がつけていたのは、女性ものの細いそれだった。 「それは君が僕のものだというしるしです。 そして、これは…僕が君のものだというしるし。」 「弁慶さん……?」 「――離れていても、一緒にいられる……という証でもあります。」 戸惑う望美へと向ける優しい微笑み。 胸の奥に熱いものがこみ上げてきて……望美は何も言えないまま弁慶の胸へ顔を埋め抱きついた。 そっと、愛しい少女を抱きとめて…弁慶は優しくその髪を梳く。 京であれば、すぐにでも夫婦となることができた。 けれど、この世界ではそうはいかない。 それに気付いた途端、不意に焦りに襲われ……まるで呪(まじな)いのような、この贈り物を思いついたのだった。 ――少し先の未来のために…… 「愛していますよ……望美さん。これからも、ずっと……」 END PR