愛蔵版 京ED後日談
後日談・東雲月新曲ネタバレあり
愛蔵版CD東雲月の弁慶さん新曲聴いての突発執筆作品
神子視点で後日談の続き~2番歌詞あたり捏造してます
終わりのない歌
目を閉じて、語りかける。
出会ったことのない二人へ、これからの誓いを。
耳に聞こえてくる潮騒の音。
いつもの余裕を何処かに忘れてきてしまったかの様に、少し緊張したように、少し不安そうに、そして照れくさそうに……此処が大切な場所なのだと、知っていて欲しかったと告げてくれた。
遠い人へ、自分のことを「大切な人」だと告げてくれた。
一緒に生きていこうと思っている…と言葉にしてくれた。
――いつも、自分の思いを口にしてくれない人だから。
嬉しかった。
ずっと、不安だったから。
一緒に暮らし始めても優しいまま、何にも変わらないのが怖かったから。
――私は、弁慶さんのことが好き。大切だから……私は……
この世界に残った。
この人が守りたかった世界を、共に見届けたいと思った。
だから――
――だから………
さぁ…と海風が葉を揺らし吹き抜けた。
潮騒の音が、耳に響く。
望美は、顔を上げて隣に佇む弁慶を振り返る。
穏やかに微笑み、こちらを見つめる姿に、胸の奥に込み上げてきた熱いもの。
ぐっと唇を噛みしめて、望美は溢れ出しそうな記憶を抑え込む。
――ああ、私はなんて……
なんて、傲慢で欲張りな咎人なんだろう。
聞こえてくるのは風と潮騒の音。
止まる事無く蘇る記憶。
失っては上書いてきた、いくつもの運命。
………捨ててきた、たくさんの運命。
「望美さん?」
驚いたような声が耳に届いた。
突然、胸へ倒れ込むようにしがみ付いた望美に、弁慶は戸惑いながらも、その背に手を回した。
「どうしたんですか?望美さん。」
優しい声が、彼の傷薬のように望美の心の傷跡に沁み込んでゆく。
痛みが、じんわりと広がり、熱を持ち、ゆっくりと癒されてゆく。
溢れる感情が、涙となって零れ落ちてゆく。
ただ黙ったまま胸に顔を埋めて、望美は首を横に振った。
本当は、全部、話してしまいたい。
まだ、すべてを伝えてしまうには…自分の心が耐えきれない。
けれど……
「いつか…話せるようになったら、全部……」
「え……?」
「これまでのこと、全部、聞いてくれますか?」
澄んだ翡翠の瞳が揺れていた。
源氏の神子として先陣を切っていたそれとはかけ離れた姿。
ただの少女が、衣に縋りつき心の拠り所を求めて不安に揺れている。
「君が、僕の罪を聞いてくれたように…僕も、君の辿って来た運命を全て聞きましょう。」
涙の跡が残る瞳が弁慶を映して、望美は笑顔を浮かべた。
花のような、ふんわりとした微笑みが、胸に甘い熱をもたらす。
「望美さん……」
「…弁慶…さん?」
額に、瞼に、頬に、唇が触れて、望美はくすぐったさに身を捩る。
頬に添えられた掌。
伝わってくる温もり。
近づいてくる琥珀の瞳に、望美は目を閉じた。
それは、まるで結婚式の誓いの口づけのようで……
触れただけの唇が残した、柔らかな感触に頬を染めた望美は俯いてしまう。
「ズルイです…」
「何がですか?」
拗ねたように呟かれた言葉。
弁慶は首を傾げてしまった。
「だって、今まで、こんなこと……」
―― 一緒に暮らしてても、何もなかったのに…
「何かしてもよかったんですか?」
「へ?」
ぐいと抱き寄せられ、耳元で低く囁かれた声に、望美は身体を強張らせた。
「べ、弁慶…さん?」
「それなら…今夜からは心置きなく………」
「え…?」
目を瞬かせた望美の頭の中で、言葉が反芻する。
言葉が頭の中でようやく意味を成し、真っ赤に染まってしまった耳に届いたのは小さな笑い声。
「弁慶さん?」
訝しげに顔を上げた望美は、おかしそうに笑う弁慶に眉を顰めた。
「か、からかったんですかっ!?」
「さあ、どうでしょうね。」
ぐいぐい、と両手を突っ張って身体を離し、望美は弁慶を睨みつけた。
こういう人だったと思いだして、色々と一筋縄ではいかないと自分に言い聞かせる。
いい加減、慣れてしまわなければ……と、内心で溜息をついた。
眼下に海が見える。
吹き抜けた風に、響いてくる潮騒に、もう一度景色を目に焼き付けておこうと、望美は周囲をゆっくりと見回した。
――ここが弁慶さんの大切な場所……そして、私にとっても大切な…場所だよ……
今日この日から、ここは……共に生きていくことを――愛を誓った…二人にとって大切な場所になるのだと、望美は胸に刻む。
「ねえ、望美さん……」
「はい。」
振り返った目に飛び込んできた弁慶の表情に、望美は自分の手を握りしめた。
この人の、この表情は…知っている。
何度か、見たことがある……
「君は、どうして……」
伸ばした両の腕。
指先が頬に触れて、見開かれた瞳。
望美は、小さく首を横に振って、軽く背伸びをした。
「そんな今更なこと、聞かないでください。」
叱るような口調で告げてしまえば、驚いたような顔で自分の口元を掌で覆う弁慶。
まさか、望美の方から口づけるとは思ってもいなかったのだろう。
戸惑いの眼差しで望美を見つめたまま、呆然としてしまう。
「え……」
「私は、弁慶さんが大好きだから。」
――だから、私はここにいる。
「望美さん。」
「あっ…」
抱き寄せられて、聞こえてくる鼓動と伝わってくる温もり。
強く、抱きしめられる。
指が髪を梳いてゆくのが心地よい。
「弁慶さん……」
柔らかな日差し。
輝く波の音が響いてくる。
これからの運命を共に歩いてゆく誓いを、小さな墓碑が見届けていた。