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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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終わりのない歌【遙か3/弁望】

愛蔵版 京ED後日談
後日談・東雲月新曲ネタバレあり
愛蔵版CD東雲月の弁慶さん新曲聴いての突発執筆作品
神子視点で後日談の続き~2番歌詞あたり捏造してます


終わりのない歌



 目を閉じて、語りかける。
 出会ったことのない二人へ、これからの誓いを。
 
 耳に聞こえてくる潮騒の音。
 いつもの余裕を何処かに忘れてきてしまったかの様に、少し緊張したように、少し不安そうに、そして照れくさそうに……此処が大切な場所なのだと、知っていて欲しかったと告げてくれた。
 遠い人へ、自分のことを「大切な人」だと告げてくれた。
 一緒に生きていこうと思っている…と言葉にしてくれた。
 
 ――いつも、自分の思いを口にしてくれない人だから。
 
 嬉しかった。
 ずっと、不安だったから。
 一緒に暮らし始めても優しいまま、何にも変わらないのが怖かったから。
 
 ――私は、弁慶さんのことが好き。大切だから……私は……
 
 この世界に残った。
 この人が守りたかった世界を、共に見届けたいと思った。
 だから――
 
 
 ――だから………
 
 
 さぁ…と海風が葉を揺らし吹き抜けた。
 潮騒の音が、耳に響く。
 
 望美は、顔を上げて隣に佇む弁慶を振り返る。
 穏やかに微笑み、こちらを見つめる姿に、胸の奥に込み上げてきた熱いもの。
 ぐっと唇を噛みしめて、望美は溢れ出しそうな記憶を抑え込む。
 
 ――ああ、私はなんて……
 
 なんて、傲慢で欲張りな咎人なんだろう。
 聞こえてくるのは風と潮騒の音。
 止まる事無く蘇る記憶。
 失っては上書いてきた、いくつもの運命。
 ………捨ててきた、たくさんの運命。
 
 
 
「望美さん?」
 
 驚いたような声が耳に届いた。
 突然、胸へ倒れ込むようにしがみ付いた望美に、弁慶は戸惑いながらも、その背に手を回した。
 
「どうしたんですか?望美さん。」
 
 優しい声が、彼の傷薬のように望美の心の傷跡に沁み込んでゆく。
 痛みが、じんわりと広がり、熱を持ち、ゆっくりと癒されてゆく。
 溢れる感情が、涙となって零れ落ちてゆく。
 ただ黙ったまま胸に顔を埋めて、望美は首を横に振った。
 
 本当は、全部、話してしまいたい。
 まだ、すべてを伝えてしまうには…自分の心が耐えきれない。
 けれど……
 
「いつか…話せるようになったら、全部……」
「え……?」
「これまでのこと、全部、聞いてくれますか?」
 
 澄んだ翡翠の瞳が揺れていた。
 源氏の神子として先陣を切っていたそれとはかけ離れた姿。
 ただの少女が、衣に縋りつき心の拠り所を求めて不安に揺れている。
 
「君が、僕の罪を聞いてくれたように…僕も、君の辿って来た運命を全て聞きましょう。」
 
 涙の跡が残る瞳が弁慶を映して、望美は笑顔を浮かべた。
 花のような、ふんわりとした微笑みが、胸に甘い熱をもたらす。
 
 
「望美さん……」
「…弁慶…さん?」
 
 額に、瞼に、頬に、唇が触れて、望美はくすぐったさに身を捩る。
 頬に添えられた掌。
 伝わってくる温もり。
 近づいてくる琥珀の瞳に、望美は目を閉じた。
 
 それは、まるで結婚式の誓いの口づけのようで……
 触れただけの唇が残した、柔らかな感触に頬を染めた望美は俯いてしまう。
 
「ズルイです…」
「何がですか?」
 
 拗ねたように呟かれた言葉。
 弁慶は首を傾げてしまった。
 
「だって、今まで、こんなこと……」
 
 ―― 一緒に暮らしてても、何もなかったのに…
 
「何かしてもよかったんですか?」
「へ?」
 
 ぐいと抱き寄せられ、耳元で低く囁かれた声に、望美は身体を強張らせた。
 
「べ、弁慶…さん?」
「それなら…今夜からは心置きなく………」
「え…?」
 
 目を瞬かせた望美の頭の中で、言葉が反芻する。
 言葉が頭の中でようやく意味を成し、真っ赤に染まってしまった耳に届いたのは小さな笑い声。
 
「弁慶さん?」
 
 訝しげに顔を上げた望美は、おかしそうに笑う弁慶に眉を顰めた。
 
「か、からかったんですかっ!?」
「さあ、どうでしょうね。」
 
 ぐいぐい、と両手を突っ張って身体を離し、望美は弁慶を睨みつけた。
 こういう人だったと思いだして、色々と一筋縄ではいかないと自分に言い聞かせる。
 いい加減、慣れてしまわなければ……と、内心で溜息をついた。
 
 
 
 眼下に海が見える。
 吹き抜けた風に、響いてくる潮騒に、もう一度景色を目に焼き付けておこうと、望美は周囲をゆっくりと見回した。
 
 ――ここが弁慶さんの大切な場所……そして、私にとっても大切な…場所だよ……
 
 今日この日から、ここは……共に生きていくことを――愛を誓った…二人にとって大切な場所になるのだと、望美は胸に刻む。
 
 
「ねえ、望美さん……」
「はい。」
 
 振り返った目に飛び込んできた弁慶の表情に、望美は自分の手を握りしめた。
 この人の、この表情は…知っている。
 何度か、見たことがある……
 
「君は、どうして……」
 
 伸ばした両の腕。
 指先が頬に触れて、見開かれた瞳。
 望美は、小さく首を横に振って、軽く背伸びをした。
 
「そんな今更なこと、聞かないでください。」
 
 叱るような口調で告げてしまえば、驚いたような顔で自分の口元を掌で覆う弁慶。
 まさか、望美の方から口づけるとは思ってもいなかったのだろう。
 戸惑いの眼差しで望美を見つめたまま、呆然としてしまう。
 
「え……」
「私は、弁慶さんが大好きだから。」
 
 ――だから、私はここにいる。
 
「望美さん。」
「あっ…」
 
 抱き寄せられて、聞こえてくる鼓動と伝わってくる温もり。
 強く、抱きしめられる。
 指が髪を梳いてゆくのが心地よい。
 
「弁慶さん……」
 
 
 柔らかな日差し。
 輝く波の音が響いてくる。
 これからの運命を共に歩いてゆく誓いを、小さな墓碑が見届けていた。
 
 
 

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