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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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聖夜の華 2【遙か3/弁望】

迷宮クリスマス捏造②
贈られた花束に揺れる心。舞い散る雪の中での戸惑い。


2.六花の戸惑い


――この想いは届いちゃいけない…
そう決心したばかりなのに。
想いは封じ込めたはずだったのに。
そんな優しい瞳で見つめないで……
そんな優しい声で囁かないで……
手を…伸ばしてしまいそうになるから。
ぬくもりを…求めてしまいそうになるから。



「そろそろ、帰りましょうか。」
 花束を抱えたまま戸惑う私に向けられる、優しい笑顔。
 胸の奥が疼く。
 痛みが増してゆく。
 哀しいほどに……愛しさが募ってゆく。
 だけど…
「――はい…」
 かろうじて、そうとだけ答えて私は頷いた。

 ――きっと…

 きっと、この人は気付いてしまっただろう。
 私の…想いに……

 そんな風に考えていた私の耳に、弁慶さんが小さく笑うのが聞こえた。
「?」
「ああ、すみません。」
 首を傾げる私に悪戯っぽい視線を向け、
「今頃…ヒノエも他の皆も怒っているだろうな…と思って。」
 弁慶さんは言った。
「どうしてですか?」
「だってそうでしょう?『聖夜』という…この特別な夜に君を独り占めしてしまったんですから。帰ったら、一つや二つの嫌味くらいは覚悟しないといけませんね。」
 可笑しそうに話す弁慶さんに、私は思わず吹き出してしまった。
「私が行きたいって言ったんです。弁慶さんのせいじゃない……」
「花束を贈るために君を連れ出したのは僕です。君と…二人きりで、聖夜を過ごしたかったのも本当のことですしね。」

 何故だか、お互いに自分のせいだと主張し始めてしまって……
 それにふと気付いて、顔を見合わせて笑ってしまう。
 それだけで、いつもの私に戻れる。
 これでいいんだ……と、胸の奥の痛みに気付かないふりをして、私は笑った。


 

*   *   *



 

「もう、聖夜も終わりなんですね。」
 ふと呟く声が聞こえた。
 流れ行く車窓の向こうには、灯された暖かそうな光と窓に映る団欒の影。
 通りの先に時折見え隠れするのは、庭やベランダのイルミネーション。
 色とりどりに飾られたクリスマスツリーも見える。
「なんだか、あっという間でした。」
 江ノ島から極楽寺の駅までの電車の中。
 少し混み合った車内で、私たちはドア近くに立っていた。
 花火やイルミネーションの余韻に、囁きあう恋人同士や楽しそうな家族連れに囲まれて、
「君と、こんな素敵な夜を過ごせて…本当に幸せだと思います。」
 微笑む弁慶さんの顔に、わずかな翳りを見つけてしまう。

「私も、こんな風に、皆と……弁慶さんとクリスマスを過ごせるなんて、思ってもいなかったから…すごく嬉しいです。
 色々と大変なことばかりだし、皆の帰りたい気持ちだってすごく分かるけど……私は向こうの世界にいる間、たくさんの思い出ができました。
 だから、皆も…弁慶さんにも、この世界でたくさん…思い出を作って欲しいんです。」
「――ありがとう」
 言って微笑んだ弁慶さんの笑顔は、いつもの優しい笑顔。

 どうか……もう、この人に悲しい想いをさせないで…辛い思いをさせないで……
 いるならどうか…神様…この祈りを聞いてください……。


 

 

 降り立った極楽寺の駅前は、もう闇に包まれていて……
「手を……」
 弁慶さんが私の手をとって歩き出した。
「この闇の中で君とはぐれたくはないですからね。」
「…………」
 黙ったまま、私は手を繋いだ。
 ……私も、このぬくもりを…もう少し感じていたかったから。

 二人の足音だけが、静かな夜にこだまする。
 家々のイルミネーションがきれい。
「見てください……雪が…」
 静寂を破って、弁慶さんの声が聞こえた。
 顔を上げると、ちらちらと、空から雪が舞い落ちてくる。
「ホワイトクリスマスだ!」
 歓声を上げた私に、首をかしげる弁慶さん。
「あっ…クリスマスイブに雪が降ると、そう言うんです。」
 説明する私に、
「君と二人きりで過ごす今夜が、『ホワイトクリスマス』で嬉しいですよ。」
 囁き、少し冷えた指先に軽くくちづけられて……鼓動が跳ね上がる。
 そんな私に、微かな苦笑を浮かべて…弁慶さんはまた歩き出す。
 私は…戸惑いながら……黙ったまま、歩を進めることしかできなかった。

 雪の舞う中を、ゆっくりと、二人で歩く。
 玄関先にヤドリギを飾っている家を見つけて、私は立ち止まった。
「あれは……宿木ですね。」
 ふと、何かで読んだことを思い出す。
 ヤドリギの下でキスをすると幸せになれる……のだとか。
「……そういえば……少し前、『クリスマス』について調べてみた時に、宿木について書いているものがありました。」
 思い出したように言われて、私は思わず赤くなってしまう。
 そんな私を見ながら、弁慶さんが可笑しそうに笑う。
「――その様子では…君も知っているのかな?」
「あ、い、いえっ…そのっ…」
 口ごもってしまった私に、
「ふふっ…さすがに、他所様の玄関先で君に……くちづけを迫ったりはしませんよ。」
 からかうように言われて、さらに真っ赤になってしまう。
 私は、完全に弁慶さんのペースに流されてしまっていた。
「それとも……」
「きゃあっ」
 突然手が引かれ、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
「もしも…期待してくれているのなら……応えないといけないかな?」
 間近で微笑む弁慶さんに、何にも言えず硬直してしまう私。

 だめだ……思考が働かない……
 道端の、電柱の影。
 周囲の家からも、道からも、死角となっているそこで、いとも簡単に抱き寄せられてしまう。

「……目を…閉じて……」
 囁いた唇が、近づいてくる。

 ――え…ちょ…ちょっと……!?

 制止の声を上げようとした瞬間、突然、携帯の呼出音が鳴った。
「本当に……便利だけれど、無粋な道具ですね……」
 解放されて、呆然とする私の目の前で、弁慶さんは苦笑を浮かべながらポケットの中から携帯電話を出した。
 解けた緊張感と、開放された安心感で、その場にへたり込みそうな体を何とか立て直し、私は傍の電柱に背中を預けた。
 電話に出た弁慶さんを観察していると、眉を顰めながら耳から少し携帯を離していた。
 途切れ途切れに聞こえてくるのは、ヒノエくんの声?

 そこまで思ったとき、私の携帯にも着信の音。
「はい?」
 出ると、それは朔からの電話だった。
『ごめんなさい。今、どこにいるの?』
「近くまで帰ってきてるよ。何かあったの?何だか、弁慶さんの携帯にヒノエくんが……」
 心配になって聞いてみると、小さく溜息をつく朔。
『ああ、やっぱり……ごめんなさいね。邪魔をしてしまって。
 弁慶殿と二人で出かけてしまったみたいだったから、適当に皆には誤魔化していたんだけれど……ヒノエ殿が電話をかけてしまって……それで心配になって……』
 気を回しすぎの親友に、思わず苦笑してしまう。
「ううん。じゃあ、私はこのまま家に帰るし…また明日ね。」
『ええ。分かったわ。それじゃあおやすみなさい。』
「おやすみ。」
 …と電話を切った私。

「どなたからですか?」
 いつの間にか電話を終えていた弁慶さんが問いかけられる。
「朔からです。それで…ヒノエくん、何て?」
 答えたついでに聞いてみると、弁慶さんは驚いた顔で私を見た。
「どうして分かったんですか?ヒノエからだと…」
「ちょっと声が聞こえてたし、今、朔が教えてくれましたから。」
 弁慶さんは苦笑を浮かべた。
「……いろいろと、あらぬ疑いをかけられてしまって……」
「疑い…ですか?」
 首を傾げる私に、
「ええ。何を言っても信じてくれないから…一方的に切ってしまいました。」
 微笑みながら弁慶さんは電源を切った携帯を私に見せる。
「――何かするも何も……結局、邪魔されてしまいましたし…ね?」
「……え?」
 弁慶さんが微笑みながら呟くように言った言葉に、鼓動が跳ね上がる。

 そうだ。
 今の電話がなかったら…私……
 急に居心地が悪くなってしまう。

「疑われるんなら、いっそ…このまま君と聖夜を過ごそうかな…朝まで…二人きりでね。」
 微笑みながら私に向けられた瞳に、私はわずかに後退る。
 本気か冗談かは分からないけれど……何を言いたいか分かってしまった……
「――なんて、冗談ですよ。さあ、帰りましょう。これ以上遅くなると……ヒノエだけじゃなく、他の皆にまで、色々と言われてしまいそうです。」
 いつもと変わらぬ笑顔でそう言って、弁慶さんは踵を返した。

「どうしたんですか?」
 どこまでが冗談なのか分からなくなって…戸惑いのあまり立ち尽くしてしまった私を、数歩先まで歩いていった弁慶さんが振り返った。
「いつまでも、そんなところでじっとしていると……」
 苦笑を浮かべ、私の目の前に戻ってきた弁慶さんが手を伸ばす。
 びくりと肩を震わせた私に気付いたのか気付かなかったのか……気にすることなく、伸ばされた手は私の頭と肩に順に触れた。
「雪が積もってしまいますよ?」

 何にも言えなくて…
 私の上に降り積もる雪を払う、弁慶さんの手のぬくもりが…何だか、とても愛しくて…
 戸惑いながら見上げると、困ったような表情を浮かべた弁慶さんの瞳とぶつかった。

「あの…弁慶…さん……」
「帰りましょう。」
 私が呼びかけるのを遮るように、弁慶さんは私から視線を逸らして歩き始めた。

 ――あ……

「待って…」
 慌てて後を追う。
 左手で花束を抱え…伸ばした右手で、少し前を歩く弁慶さんのコートの端を掴んだ。
 それに気付いたのだろう。
 でも立ち止まることもなく、弁慶さんは、肩越しに私を振り返り微笑むと、歩く速度をほんの少しだけ緩めてくれた。


「明日の朝には、少し積もっているかもしれませんね。」
 何気ない、いつもと変わらぬ口調の言葉。
「そう…ですね。」
 だから、私も…いつもどおりに返事する。
「たくさん積もったら、雪だるまとか作って遊べるのに……」
 言った私に、弁慶さんが、くすくすと笑い出す。
「それは、楽しそうですね。」

 ――やっと

 居心地の悪かった、空気が変わった。
 いつもどおりだ。
 これで……いいんだ。
 神子と八葉の間に…「絆」以上の特別な感情は……持ち込んじゃいけない。
 私は、これ以上……時空の流れを変えちゃ……いけない。



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