聖夜の華 3【遙か3/弁望】 2006年12月24日 遙かなる時空の中で3 0 迷宮クリスマス捏造③ 終わりを告げる幸福な夜。募ってゆく想いの行き先は? 3.幸福な贈り物 「それじゃあ、おやすみなさい。」 私の家の前。 そう言って弁慶さんが微笑んだ。 部屋の明かりは、点いていない。 それはつまり、留守だということ…… 私が、お隣でクリスマスパーティーをするのをいいことに、うちの両親は二人でディナーに出かけてしまったのだ。 「送ってくれて…ありがとうございました。あの…よければ、温かいお茶でも……」 「嬉しいお誘いですね。でも……君を連れ出して二人きりの聖夜を楽しんだ上に、ご両親も留守の家に上がり込んだりしたら……それこそ、皆から吊るし上げられてしまいます。」 「でも…」 「それに――」 言い募る私に、弁慶さんは少し意地悪な笑みを向けた。 「君は、『送り狼』という言葉を知らないのかな?さっきは邪魔をされてしまったけれど……」 冷たい指先が、私の顎を引き寄せる。 「えっ!?」 「僕が、どんな悪さをするか分かりませんよ?」 パニック寸前の私の顔を暫く見つめた後、弁慶さんはにっこりと微笑んだ。 顎から離れた手が、私の手をそっと握り… 「すこし苛めすぎましたね…すみません。」 指へ軽く唇を押し付け……呆然とする私を面白そうに見ながらニ・三歩後ろに下がった。 数瞬後、一気に顔に血が上ってくるのを感じた。 冷え切っていた身体の温度が上昇する。 「かっ、からかわないで下さいっ!」 真っ赤になった私が抗議するのを、いつもどおりに受け流しながら弁慶さんが微笑む。 「ふふっ……僕も、いい加減帰らなくてはいけません。今度こそ本当に…おやすみなさい。」 「――……」 何を言っても、勝ち目はない。 小さく溜息をつき、仕方なく私も微笑んだ。 「はい。おやすみなさい、弁慶さん。」 手を振り、私は玄関の鍵を開けた。 「また、明日。」 「ええ。また明日も…君の可愛い笑顔を見せてくださいね。」 「っ!また、そんなことをっ!!」 頬を染め、声を上げた私に、弁慶さんが手を振る。 隣の家に帰るだけなのに…どうしてこんなに離れがたいんだろう…… どうして、こんなに……寂しいと思ってしまうんだろう…… 「あのっ!」 ふと、思い出して私は閉じかけた扉をもう一度開いた。 まだ、そこに佇んだままだった弁慶さんへ、 「お花、ありがとうございました。すごく…嬉しかったです!」 そう告げた私の目に、すごく、珍しいものが映る。 ……驚きに目を見開き、僅かに頬を染める…弁慶さんの姿が…… 「おやすみなさい。」 何だか、一勝を得た気分で…私は、もう一度そう言ってドアを閉めた。 小さく息をつき…そっと、花束を胸に抱える。 どんな表情で…弁慶さんは、この花束を選んでくれたんだろう…… あまり想像できなくて…でも…とても幸せな…嬉しい気分になってくる。 私のために、たくさんある花の中から選んでくれたのだと思うと…いけないのだと分かっているのに……胸の奥の愛しさが募ってしまう。 しん……とした中、僅かに玄関先に物音を感じて、私はそっと扉を開いて外を覗いた。 真っ白な雪の中、真っ白いコートの背中で…淡い色の髪が揺れていた。 私の家から隣へと、ほんの短い距離を帰って行く背中を見送って…私は再び扉を閉めた。 弁慶さんは、私に「幸福な時間をありがとう」と言ってくれたけれど…… 今夜、私は弁慶さんから、とても「幸福な時間」を貰った。 花をそっと花瓶に生けて、私は、それをベッドのすぐ脇の棚へと乗せた。 枕元から一番よく見えるところ。 ベッドに寝転がって花を見つめていると、今夜のいろんなことを思い出す。 手を繋いで歩いた光の道。 伝わってくるぬくもりにドキドキしながら見上げた花火。 人ごみの中かばってくれた…広い胸。 白い欠片の舞い散る中…間近に迫った瞳…… 顎を捉えた冷たい指先と…手に触れた熱い唇…… そして……僅かに頬を染めた……照れたような表情。 胸の奥が切なくなって……私は、枕に顔を埋めた。 ――眠ってしまおう。 すぐそこまで出かかる声を抑えて…私は眠りについた。 ……きっと、名前を口にしてしまったら…声に出してしまったら……この想いは…止められなくなってしまうから…… 終 PR