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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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迷宮の果てに1~聖夜~【遙か3/弁望】

迷宮捏造ルートからの捏造京EDのための物語。
第一話は、紅の月第一夜~クリスマスイブ



1 ティーセット



「結局、足りなくなっちゃったよね。ティーセット。」
 くすくす、と笑いながら望美が言う。
「まさか、こんなことになるなんて思わなかったからなぁ~」
「7人の予定が11人ですからね。」
 将臣も譲も苦笑する。

「3人で何の相談ですか?」
「あ、弁慶さん。」
 幼馴染3人で箱に入ったままのティーセットを見ていると、キッチンを通りかかった弁慶が顔を覗かせた。

「おや、綺麗な器ですね。」
「ティーセットって言うんだよ。」
 言って、将臣がカップを持ち上げた。
「1…2……7個もありますが、これは……」
 箱の中に納まっている器の数を数え、首を捻る弁慶。
 有川家の什物にしては、数が多い……と思ったのだろう。
「うちと先輩の家は、何かと一緒に食事をする機会が多いんです。だから……」
「ああ。将臣くんと譲くんとご両親、それから望美さんとご両親で7人分。というわけですか。」
 得心がいったと頷く弁慶。

「でも、これ……」
 けれど、苦笑を浮かべた望美の言葉に、弁慶は眉を顰めた。
「望美さん?」
「私たちが京に飛ばされちゃう前に買ったもので…まだ一度も使ってないんです。
 結局、こういうことになっちゃったから……」

 クリスマス前に海外出張に行ってしまった有川家の両親。
 そのため、合同のクリスマスパーティーは無しになってしまったのだ。
 望美たちは、朔や白龍、八葉の皆とパーティーをするつもりだったから、予約したケーキも追加注文することになったが…春日家の両親は、結局、夫婦水入らずのディナーを楽しむことにしたらしい。
 こんなこと……この17年で初めてのことだった。

「それで…ですか……」
 最初、幼馴染3人が楽しげに話をしているのだと思った。
 だから、その話の輪に偶然を装って入って行ったのだ。
 しかし――
「数は合わないかもしれません…ですが、使ってあげた方が…この器――ティーセットも喜ぶのではないですか?」
 
 突然の出来事で、取り巻く全てが変化してしまった。
 この世界へ来て……神子として選ばれる前の少女が、どれほど平和で幸福な暮らしをしていたか思い知らされたのだ。
 あの世界での戦いの日々が、どれほど辛いものだったか……想像に難くない。
 けれど…そんな様子は微塵も見せず、この少女は、懸命に真っ直ぐ進んできた。
 今――目の前にあるティーセットは、彼らが本来過ごしていたはずの時間の遺産だ。
 あの日…神子として、八葉として、京へ召還されなければ……このティーセットで聖夜を過ごしていたのだろう。

「そう……ですよね。」
 手の中のカップに視線を落とし、望美が呟いた。
「譲、似たようなやつが、どっかにあったろ?」
「確か、上の棚に入っていたと思う。」
 ガタゴト…と食器棚を開けて、兄弟がティーセットの捜索を開始する。

「君たちは……」
 愛しげにカップを撫でながら二人の様子を見つめる望美へ、弁慶は彼女にだけ聞こえる声で呟いた。
「本当に仲がいいんですね……」
「ずっと、一緒だったんです。ずっと……一緒だと思ってたんです。」

 かちゃん…
 テーブルの上にカップを置いて、望美は軽く目を伏せた。

「え?」
「私が神子になって京に行くまで…ずっと、いつまでも3人一緒にいるんだって思ってたんです。」
 そう答える望美の声には、色々な感情が入り混じっていた。
「いつか離れ離れになるかもしれない…なんて考えたこともなかったんです。」
 言って弁慶へ微笑みかけた望美の顔に浮かぶのは、どこか哀しげな表情。
 ずきん…と胸が痛んで、弁慶はさり気なく視線を外した。

 痛みの原因はきっと……
 彼らの関係への昏い感情と、いつの間にか芽生えた望美への恋情の所為。
 少女が神子として召還された原因の一端は、きっと自分にある。
 けれど、この少女に対して抱きつつある感情に、もう嘘はつけない。
 だからこそ、羨む心と嫉妬心が彼女に最も近しい二人へ向けられてしまう。
 それは全て……自分の勝手だと言うのに……

「おっ!あった、あった。」
「兄さん、落とさないでくれよ。」
「大丈夫だって!」
 かちゃかちゃと音をさせながら、将臣が危なっかしい手つきで4客のティーセットを持ってくる。
 譲が、ハラハラしながらそれを見守っていた。

「見つかったの?」
「ああ。これだったら……わっ」
「あっ!」
 振り返った望美の言葉に応えた途端。
 ぐらり…とカップが一つ揺れる。
「危ない。」
 近くにいた弁慶の伸ばした手が、落ちそうになったそれを受け止めた。
「おっ、サンキュ。」
「いいえ。落としてしまう前に、早く置いた方がいいですね。」
 危なっかしいカップをもう一つ取り上げて、弁慶はテーブルへと置いた。
「これで足りるね。」
 にっこりと微笑んだ望美が、いつのまにか箱から出してしまった7つのティーセットと新たに出してきた4つとを並べて満足げに言う。

 ……ずっと一緒にいると思っていた。
 寂しげに呟いたのが嘘のように、望美は笑っている。
 この少女は……変わっていくことを恐れているのだろうか?
 それとも…既に変わり始めていることへ戸惑いを覚えているのだろうか?


「じゃ、後は買出しだけだな。」
「そっちは任せたよ。兄さん。」
「買出し?私も行こうか?」
「行かないつもりだったのか?」
「これ、買出しのメモ。」


 この世界の行事のことなんて分からない。
 3人のやり取りを見ながら、弁慶は手元にあるカップの縁を指先でなぞってみる。
 無機質で冷たい…けれど、このカップに込められているであろう思いの数々が伝わってくるような気がした。







 


2 イルミネーション


 ――弁慶さんも…そう思ってくれたらいいな


 みんなで過ごすクリスマス。
 ほんの少し前までの…異世界での戦いや、あの「迷宮」の中でのことなんて嘘みたいに、楽しい時間が過ぎてゆく。
 いつもは二つの家で行うだけだったクリスマスパーティーが…
 あの世界へ行ったことで、色々なことが変わってゆく。
 見えてくる景色まで……変わってくる。
 そして――望美本人の心も……




「ここ、江ノ島でも イブの夜にふさわしい様々なイベントが行われ…」

 クリスマスパーティーの片付けをしていた望美の耳に聞こえてきたのは、つけっぱなしになっていたテレビが流すニュースの声。
「ん?江ノ島?」
 振り返ると、画面いっぱいに美しい輝き。
 江ノ島の…イルミネーションの風景だった。

 ――あ…綺麗だな……

「ああ、江ノ島で聖夜を祝う催しが行われているようですよ」
 手を止めて、弁慶もテレビへと視線を向ける。
「わぁ……楽しそうですね」
 溜息を吐いて画面を食い入るように見つめる望美に、弁慶は苦笑を浮かべた。
「行ってみたいですか?」
「今から、江ノ島にですか?」
 胸の内を見透かされたようで…戸惑いながら、望美は弁慶を振り返った。
「だって、行ってみたそうな顔をしているから……」
 くすくすと笑いながら言う弁慶に、望美は慌てて両手で頬に触れた。
「えっ!?」
 この人には叶わない……
 けれど……

 ――今、七時か――…

 見上げた時計の針を読み、望美は再びテレビへと視線を向けた。
 今から行けば、まだ間に合うだろう。
 一度は、行ってみたいと思っていたし…
 何より、弁慶と…あの綺麗なイルミネーションの中を歩けるのだ。
 ……と、そこまで考えて、望美は我に返った。

 ――それって…二人っきりでってこと…だよね……!?

 思い当たったのは、その事実。
 急速に早まってゆく鼓動。
 どうしよう…どうしよう…と思考を廻らせた挙句至ったのは……

「じゃ…じゃあ、みんなを誘って行きましょう!そうしたらもっと、楽しいですよねッ。」
 二人きりにならないという方法。
 言ってしまってから、自分の意気地のなさに後悔してしまう。
 でも、今更…「やっぱり二人で…」などと言い直すこともできない。

「困ったな。君は時折、途方もなくずるい女になるんだから」
 そんな風に呟いた弁慶の胸の内など知る由もなく……
「え?」
「いえ、なんでもないですよ。」
 弁慶が小さく首を振って微笑んだのを、望美は、気にかけることもなかった。
 いや……気にかける余裕などなかった……





*   *   *






 美しく光を灯された展望台。
 たくさんのイルミネーション。

「よかったの?」
 買ってきたココアを受け取った朔が、そっと望美に耳打ちした。
「なにが?」
 目を瞬かせ、望美は朔の顔を見つめる。
 言葉の意味を図りかねている瞳の色に、朔は、小さく溜息をついた。
「私たちまで一緒に来てしまって、本当によかったの?」
「え………?」
 びくり…と望美の肩が小さく跳ねた。
 急に落ち着きのなくなってしまった親友に、朔は、もどかしさを覚えながら追い討ちをかけるように言葉を続ける。

「弁慶殿は…あなたと二人で来たいと思って、誘ったんじゃないかしら?」
 はっきりと告げられて、望美の頬が朱に染まる。
「だっ、だって……」
 戸惑うように彷徨った望美の視線が、ヒノエと話す弁慶を捕らえた途端……慌てたように伏せられる。
 その反応に……朔は気付いてしまった。
 望美本人も、本当は弁慶と二人で来たかったのではないか……と。

「その……二人っきりで…とか思ったら、急に緊張しちゃって…私……」
 真っ赤になってしまった望美に、朔は小さく苦笑を浮かべた。
「本当に…仕方のない人ね……」
 もどかしく思いながらも、微笑ましく思えてしまう。
 朔は、柔らかい微笑みを望美に向けた。
「でも……本当は、あなたも弁慶殿と二人で来たいと思っていたのでしょう?」
 望美は小さく頷く。

 みんなで過ごすクリスマスパーティーも楽しかった。
 それは、去年までのそれとは違う楽しさで……
 こんな時間が、ずっと続いたらいい…と思うほどであった。
 しかし……

「一緒にいられたらいいなって……」
 照れくさそうに望美が小さく呟く。
「……弁慶さんも、そう思ってくれてたら嬉しいなって…思ったの。」
「そう…」
 ふ……と廻らせた視界の端に、こちらへ――望美へと視線を送る弁慶の存在が映った。
「今からでも、弁慶殿と二人きりになれるように協力するわよ?」
「えっ!?そ…い…いいよ……別に。」
 慌てたように望美が首を横に振る。
 ……今更、余計に恥かしいよ…
 そんな風に呟くのが聞こえてきて、朔は、悪いとは思いながらも笑い出してしまった。





 地上に舞い降りた星達が、聖夜を彩る。
 イルミネーションで照らされた夜道は、この世界の感覚では…それでも暗いけれど、あの世界でのことを考えると……凄く明るいのかもしれない。
 不意に浮かんできた思いに……望美の心を、いつか感じた焦燥が過ぎってゆく。

 将臣と譲と…3人で、いつも一緒にいられると思っていた。
 一緒にいるのだと思っていた。
 なのに…どうして……

 ――どうして私は……

 2人の幼馴染とではなく、別の世界で出会った人と――弁慶と一緒にいたいと願ってしまったのだろう。
 そして……

 ――将臣くんや譲くんとなら…二人っきりになっても恥かしいなんて思わなかったのに。

 どうして……弁慶と二人きりになると思うだけで…こんなにドキドキしてしまうんだろう……

 変わり始めた何かが、怖い……と思った。
 変わろうとしている何かを……知りたいと思った。





「あっ!」
 階段の暗がりに躓いて、望美は小さな悲鳴を上げた。
 考え事をしていたせいで、足元の注意を怠ったのだろう。
「危ない」
 ぐらり…と傾いだ体が前のめりに倒れそうになった時、いきなり後ろに引っぱられた。
 次の瞬間に感じたのは、背中の温もり。
「え?」
「ちゃんと、足元を見ていないと…危ないでしょう?」

 ――えぇっ!?

 耳元で聞こえたのは弁慶の声。
「大丈夫ですか?」
「あ、ハイ……あの………」
 背後から抱きとめられたままで、何ごとか告げようと口を開きかけた望美の声を遮るように……不意に周囲が明るくなる。
 そして…聖夜の空に音が響いた。

 ど~んっ!


 夜の暗闇に、突然花が咲く。
「へ~、綺麗なもんだね」
「やっぱり、本場の花火は違うんだねぇ~」
 前方から、ヒノエや景時の感心したような声が聞こえてきた。
「一応、花火は夏の風物詩なんだけどな」
「しかし、冬の花火……というものも、いいものだ。」
 将臣と九郎の声も聞こえる。
「冬の空は澄んでいますからね。夏よりも綺麗に見えるかもしれません。」
そんな風に言いながらも、既に終わってしまっていたと思っていた花火が見られたことに、譲も感嘆を隠せない。



「あ、あの……弁慶さん……」

 ――離してください…

 そう続けようとした望美の耳に聞こえてきたのは、囁くような弁慶の声。
「これを…君に……」
「え?」
 ひんやりとした感触が首に触れる。
「メリークリスマス……」
 視線を落とすと、胸元にはクロスを模った小さなネックレス。
 驚いて振り返ると、すぐ傍に微笑みを浮かべた弁慶の顔があった。

 ――えっ!?

 どきんっ…と鼓動が跳ね上がる。
「行きましょうか。皆に置いていかれますよ。」
 返ってきたのは、いつもと変わらぬ弁慶の微笑み。
 すぐに、背中に触れていたぬくもりが離れてゆく。

 ――あっ……

 離れゆくぬくもりが寂しい…と感じてしまった自分に戸惑いを覚え、その場に立ち尽くしてしまう望美。
「弁慶さんっ!」
 思わず呼び止めてしまって、振り返った弁慶に…望美は更に慌てふためいてしまう。
 どうして呼び止めてしまったか分からない。
 先程よりも激しくなった鼓動に、声の出し方すら忘れてしまったような錯覚に陥る。
「望美さん?」
 出会った頃から変わらない、弁慶の優しい声。

 ――私……

 指先が、贈られたばかりのネックレスに触れた。
 冷たい硬質な感触が伝わる。
 けれど……
 胸に溢れてくるのは、あたたかな想い。

「あのっ……ありがとう、ございます。」
 それだけを告げるのがやっと。
 一瞬、目を見張った弁慶が…すぐにまた微笑みを浮かべた。
「皆の所へ、行きましょうか。」
「はい」
 差し伸べられた手に、戸惑いながら触れる。
 伝わってくるぬくもりが嬉しくて、自然と浮かぶ微笑み。

 ほんの少しだけど……
 たった数段の階段の間だけ…だけれど……

 光満ちた聖夜が、喜びに溢れた気がした。



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