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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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冬に舞う白き花弁【遙か4/忍千】

孤高の書~大団円の書・恋人未満
2010年忍人さんBD小説
外を舞う風花に千尋の胸の内に浮かぶのは焦燥……


冬に舞う白き花弁




 クリスマスを前にしたその日。

 朝からやけに冷え込む思っていたら、昼過ぎ……灰色の空から白い欠片が舞い降りてきた。

 

 ――あ……

 

 不意に窓の外へ向けた視線の先。

 ふうわりと舞うそれは、羽毛か花弁にも似ていて……

 千尋は二度三度目を瞬かせた。

 

 ――雪?

 

 風に乗って流れてくるそれは、確か『風花』と呼ぶのだと教えてもらったけれど。

 確かに、春に見る桜の花弁と似ている。

 

 ひらり、ひらり、

 はらり、はらり、

 

 舞い降りてくる白い欠片。

 千尋は、それに見入ってしまった。

 

 ――私は……

 

 何をしているんだろう。

 こんな所で。

 駄目だ。

 こんな所にいては。

 あの人の所へ……

 今すぐ向かわなければ――

 

 ――あの……人?

 

 脳裏を過る何か。

 胸に押し寄せる焦燥。

 すぐに行かなければ、何かを失ってしまう気がする。

 

 誰かが名前を呼んだような気がした。

 とても優しい声で「千尋」と。

 

 ぱたり……

 

「え?」

 

 手に触れた何かに千尋は我に返った。

 視線を落とせば、それは雫。

 

「あれ?」

 

 気付けば、頬を涙の粒が後から後から転がり落ちていた。

 何か哀しいことがあったという自覚がない。

 けれど、零れ落ちる涙は、哀しみの涙。

 訳も分からぬまま、千尋は静かに泣いた。

 

「おしひとさん……」

 

 それは知らない誰かの名前。

 知らないはずなのに、とても懐かしく愛おしい名前。

 

「千尋……」

 

 その誰かが、自分の名を呼んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、少し暗い光が差し込んでいた。

 目を擦り、体を起こす。

 さらりと衣擦れの音がして、千尋は首を傾げた。

 辺りを見回せば、そこがベッドの上なのだと気付く。

 それも、薄衣の垂れた内側。

 

 ――えぇっと……

 

 頭の中が、少し混乱していた。

 確か、自分の部屋で勉強していて……

 いや違う。

 学校の教室にいたのだったろうか……

 けれど、それにしては静かだ。

 それに――

 

「ああ、そうだ。」

 

 考えた果てに思い出したのは、ここが豊葦原なのだということ。

 

「夢、か。」

 

 自分のいる場所が寝台で、ここが中ツ国の宮殿にある自室なのだと思い出す。

 そして、先程まで見ていた夢が、5年間を過ごした、ここではない異世界の橿原でのものなのだと、思い出す。

 

「なんで、あんな夢、見たんだろう……」

 

 それは、実際にあった出来事だった。

 すっかり忘れていたけれど……

 この世界に戻ってくるより前の冬に起きた、不思議な体験だった。

 

 ――あれって、何だったんだろう……

 

 今でも時折、哀しみと焦燥に駆られる時がある。

 誰かを、何かを失ってしまいそうな不安に苛まれる時がある。

 自分の知らない、何かが……不意に脳裏を過ることがある。

 

 ――おしひとさん……

 

 夢の中で無意識に呟いた名を思い出し、千尋は一瞬どきりとした。

 

「え?……どうして……?」

 

 どうして、その名を呟いていたのだろう。

 どうして、その名を知っていたのだろう。

 それは――

 愛しい人の名だ。

 愛しくて愛しくて仕方ない人の名。

 けれど、決して……豊葦原に戻ってくる以前の千尋が知る筈のない――名。

 

「忍人……さん……」

 

 言葉にして呟いてみる。

 

「どうかしたのか?千尋。」

「えっ!?」

 

 呟いただけの筈の言葉に、思いもよらず返事が返ってきて、千尋の肩がビクリと跳ねる。

 声のした方へと視線を向ければ……眉を寄せ不思議そうにこちらを見つめる人がいた。

 一瞬、千尋の体が硬直する。

 

 ――えっと……

 

 どうして、この人はここにいるのだろう。

 考えて、そして千尋の脳裏に蘇る自分の言葉。

 

 ――そ、そうだった……

 

 一緒にいたいと我儘を言った千尋に、仕方がないと応じてくれたことを思い出す。

 

「お、忍人さん……」

「千尋?」

 

 訝しげな視線。

 寝台脇の椅子に腰掛けた彼――忍人の姿は、そういえば意識の途切れてしまう前に見た姿と変わりがない。

 自分だけが寝台に横になっていた。

 そういえば……

 

「ご、ごめんなさい!忍人さん。」

 

 日が変わる瞬間を一緒に過ごしていたいと思って言った我儘。

 ただ、共に並んで話をしていたことは覚えている。

 けれど、記憶は途中で途切れていた。

 

「私、途中で寝ちゃったんですね……」

「ああ。」

 

 千尋は肩を落とした。

 結局、言いたかった言葉も伝えることができなくて、全部失敗だ。

 俯いてしまった千尋の耳に、忍人の溜息が聞こえた。

 呆れられてしまったと、千尋は身を竦ませる。

 

「疲れていたんだろう。あまりに深く眠っているようだったからな。」

「忍人さんだって疲れてるのに、もしかしてずっとそこに?」

 

 座ったまま眠ってしまった千尋を寝台へ寝かせてくれたのだろう。

 そして――

 ずっと椅子に座っていたのだろうか?

 ずっと、千尋の夢路を守ってくれていたのだろうか……

 

「そうだが……退室した方がよかったか?」

「そ、そうじゃなくて!!」

 

 本当は、労わってあげたかった。

 日の変わった瞬間、言祝ぎを伝えたかった。

 なのに――

 

 ――あ、でも!

 

 まだ、「今日」は始まったばかりの筈だ。

 それを思い出して、千尋は顔を上げた。

 今なら十分間に合う。

 今ならまだ、自分が一番乗りだ。

 

「あ、あの!」

 

 忍人へと向き直り、千尋は唇を開いた。

 いきなりのことに驚く忍人。

 大きく息を吸い込んで――

 

「忍人さん!お誕生日、おめでとうございます!!」

 

 千尋の言葉に、忍人が目を瞬かせる。

 

「私、それが言いたくって……それで、一緒にいたいって我儘言ったのに……先に寝ちゃって、その……」

 

 不意に……言葉を続けようとした千尋の上に影が差した。

 

「え?」

 

 立ち上がり、すぐそばまでやって来てた忍人が、千尋を見下ろしていた。

 伸ばされた手が、千尋の頬に触れる。

 見上げた表情には、優しげな微笑。

 

「お、忍人、さん?」

「千尋。」

 

 誕生日というものが何なのかは、以前、風早から聞いたことがあった。

 生まれた日を祝うものなのだという。

 皆がともに年を得るのでなく、個人個人の生まれた日を祝う風習。

 その、たった一人のための特別な想いがこめられた言祝ぎには、喜びと幸せを感じる。

 

「ありがとう、千尋。」

「忍人さん!」

 

 日の光のように輝く千尋の笑顔。

 それは、守りたいと思った少女の素顔。

 

「っ!?」

 

 何の前触れもなく額に触れたもの。

 千尋は、触れてすぐに離れたそれに、首を傾げた。

 それは……熱く柔らかな何か。

 

「え……と。」

 

 一瞬の出来事。

 けれど、それが何だったのかに思い当って千尋は頬を染める。

 肩を引き寄せ抱き締められて、ぎゅっと抱きつけば、とくんとくんと鼓動が聞こえた。

 不意に涙が溢れる。

 夢の中で感じた哀しみが、聞こえてくる規則正しい心音と伝わってくるぬくもりに癒されていくのを感じた。

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