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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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鳴神の日に【遙か4/葦原家】

葦原家過去捏造
雷が鳴るとどこかへ出かける同居人。湧き上がる疑惑。
学校帰りに見かけた見慣れた背中を追いかけた那岐が遭遇したのは…



鳴神の日に



 雷の鳴る日は、必ずと言っていい程…同居人の帰りが遅かった。
 気付かなければ、気にもならなかったのだろうけれど……
 気付いてしまったから、生まれた疑惑は少しずつ大きくなってゆく。
 
「雨降るかなって思ったけど、降らなかったね。」

 空を見上げて千尋が言った。

「なんで?」
「だって……」

 興味なさそうに問い返されて、千尋は視線を空から隣を歩く那岐へと向ける。

「昼休みに雷鳴ってたでしょ?」
「そうだっけ?」

 昼寝していたから知らないと言う那岐に、思わず零れる苦笑。

「そうだよ。傘持ってなかったから、どうしようって思ってたの。」

 言って再び空を見上げた千尋。
 傾き始めた太陽に、千尋の黄金色の髪がキラキラと輝く。

「上ばっかり見てると、車にぶつかるよ。」

 いつまで経っても歩き出そうとしない千尋の頭を、那岐はコツン…と軽く小突いた。
 片手に通学鞄、もう片方には買い物袋を提げての帰り道。
 肩を並べて歩くのも、いつものこと。
 学校帰りにスーパーへ寄って買い物をするのも、いつものこと。
 帰る家も一緒。
 当然、学校の登下校だって一緒だ。
 いつも二人でいるから、クラスメイトなどからはからかわれたりもするけれど、千尋は一緒にいることが当然だと思っていたし、那岐も一緒にいることに疑問を抱いたことはなかった。

 ――そばにいてあげてください

 自分も千尋を守りたいと訴えた那岐に、風早が告げた言葉。
 それは、納得のできる答えではなかったけれど、それ以外に方法なんて分からなかったから……
 だから、いつも一緒にいる。

「でね……って、那岐、聞いてる?」

 幼い頃の記憶を辿っていた那岐の耳に、焦れたような千尋の声が飛び込んできた。

「聞いてるよ。」
「もう~」

 聞いていなかったけれど、正直にそう答えて機嫌を悪くされても面倒だと、適当に返事する。
 横で膨れっ面をするのが視界の端に見えたけれど、気付かないことにした。

 ――あれ?

 今さっき出てきたばかりの、スーパーの前の道路。
 駐車場を出てゆく車の向こうに見慣れた人影を見つけて、那岐は思わず足を止めた。

「どうしたの?」
「………」

 こちらを向いていた千尋は気付いていない。
 那岐は、何事もなかったかのように踵を返して歩き出した。

「別に。」

 ――あれは…家とは違う方向…

 どこへ行くのだろう…などと考えながら、なんでもないと答える那岐。

「今日は、確か、風早少し遅くなるんだよね。」

 買い物袋を揺らして、千尋が言った。

「そうだっけ?」

 もう一人の同居人である風早が遅くなろうが、自分にはあまり関係ないことだと思いつつも、最近気になっている疑惑が首をもたげてくる。
 見間違いでなければ、先程の人影は風早だ。
 遅くなるというなら、これからどこかへ行くのだろうか?

「お昼休みにメール来たって言ったでしょ?」
「いろいろあるんだろ。教師だし。」

 適当に答えて、それでも離れない…浮かんできた疑問。

 ――でも学校でもないよな…

「たいへんだねぇ…」

 素直に、風早への感心の言葉を呟く千尋。
 いつもならば、こんな風に言われれば無性に苛々するのだが…今日の那岐にとっては、それどころではなかった。
 昼間に鳴ったという雷。
 帰宅が遅くなるという風早。
 そして、どこかへ向かおうとする…後ろ姿。
 色々な、断片的な事が頭の中で形を成そうとしていた。

「千尋。」

 急に那岐は足を止めた。

「え?なに?」
「ちょっと用事思い出した。先に帰ってて。」
「え!?」

 驚いて振り返った千尋に、鞄と買い物袋を押し付ける。

「那岐!ちょっと!!」
「寄り道しないで帰れよ。」
「重いじゃないッ!薄情者ぉ~!!

 抗議の声を上げる千尋を置き去りにして、那岐は来た道を戻るように駆け出した。


 
 雷が鳴ると、必ずといっていい程、風早は帰りが遅くなった。
 どこへ行くとも告げず、どこかへと向かった。
 それはいつからなのかは分からないけれど…
 気付いたら、いつもそうだった。

 ――一体どこへ行くつもりなんだ?

 見慣れた背中が視界に入って、那岐は速度を緩め歩き始めた。
 間違いなく風早だ…と思いながら後をつける。
 この道は真っ直ぐだから、振り返られでもすれば、後をつけていることは直ぐバレるだろう。
 けれど、見付かったら見付かったで直接聞けばいい。
 今はとにかく、どこへ行こうと…何をしようとしているのか、それが知りたかった。

 ――この道は……

 真っ直ぐ歩き続ければ、飛鳥へと到達する道。
 途中にあるのは、神社か資料館か香具山ぐらいだ。
 歴史教師なら、資料館に足を運ぶこともあるだろうけれど、もう締まっているはずだ。
 こんな時間にあの辺りの神社や香具山に行くわけないだろうし……
 背中だけを見ながら、那岐は考える。

 ――何、自分から面倒くさいことやってるんだ…

 胸中で呟くけれど、足を止めない。
 千尋を心配させないため…だとか、理由をつけて自分を納得させようとしていた。

「あれ?資料館?」

 山の向こうへ隠れようとしている太陽。
 その傾いた陽射しの中、風早は、すでに観光客の姿も途絶えた資料館の前を通り過ぎ、建物の脇道へと入って行った。
 よくは知らないが、建物を回った脇に入口があるのだろうか。
 単に、閉館後の資料館に用があっただけなのかもしれない。 
 自分の思い過ごしだったのかと思い足を止めた那岐の目に、香具山へのびる道を進む風早の姿が映った。

 ――え?

 慌てて、再び追いかける。
 こんな時間に、山へ何をしに行こうというのだろう……
 山へと登ってゆく道。
 漸く、風早が足を止めたのは香久山の山口。
 不意に、禍々しいまでの不穏な空気が周囲に満ち始める。
 陰の気だ…と、那岐は肌身離さず身につけている勾玉を制服の上から握りしめた。

「なんだ?あれは…」

 呟きは掠れる。
 視線の先…風早の前には、見たこともない奇妙な姿のモノ。
 それと対峙する風早が、いつの間にか手にしていた刀を抜いた。
 それは、ここではない場所で彼が使っていたもの。
 そもそも…此処で持っていることすらおかしいもの。
 ……生まれた地で彼が振るっていた……もの。
 ふと…思い出すのは、あの日の出来事。
 


*     *     *
 


 燃え盛る建物。
 何も出来なかった幼い頃の自分。
 鮮やかな色の衣も、透き通るような白い肌も、輝く黄金の長い髪も、焦げて煤けて…… 
 思わず腕に包み込み、炎から…倒れる木材から、守ろうと必死だった。

「……から離れないで!」
「え?」

 炎に照り映えた剣。
 覚えているのは、抱きかかえられたこと。
 あの場所で最後に見たのは、皓く眩い光。
 此処で最初に見たのは、戦の音も燃え盛る炎もない…静かな森の風景。
 


*     *     *
 


 那岐は、甦った記憶を払うように頭を振った。
 今は、過去を思い返している時ではない。
 何が起こっているのかを、確認せねばならない……
 一閃する刀。
 消え去る異形のモノ。
 程なく霧散する、充満していた陰の気。
 那岐は、刀を鞘におさめる同居人から視線をはずせなかった。
 深く息を吐き、風早は刀をおさめた。
 この時間ともなれば、観光客も地元の者も、ここまでは来ない。
 ただ、今の戦闘で生じたであろう衝撃と光は、たとえ、近くの資料館に残る人がいたとしても…「稲光」として、認識されただろう。

「たまに…だからいいけれど…」

 風早はぽつり…と呟いた。

 ――いや…たまに…でも困る……

 胸の内で呟き、風早はため息をついて、帰宅すべく踵を返した。

「!?」

 見慣れた翡翠の瞳、傾く陽を照り返す金の髪。
 険しい顔つきで、少年が自分を睨みつけていた。

「なに…してるんだよ」

 搾り出すように問う那岐に、風早は思わず動きを止める。

「那岐…」
「答えろよ。」
「千尋はどうしたんですか?」

 ここにいるのは那岐一人だと確信して、風早は、彼が傍についているはずだった少女のことを問う。
 一人で後をつけてきたのだとすれば……今、千尋は一人きりでいるはずだ。

「アレは何だ?禍々しい気を感じた。」
「…………」

 このまま誤魔化されまい…とでもいうように、畳み掛けるように問うてくる那岐。
 この様子では、一部始終を見ていたのだろう。

「何なんだって聞いてるんだ」

 答えるまでは、梃子でも動かない…といった様子の那岐に風早は溜息を吐いた。

「千尋が心配です。帰りましょう。」
「風早!」
「後で説明します。」
「……」

 睨みつけてくる那岐から視線を外し、風早は歩き始めた。
 仕方なく、那岐はついて歩き出す。
 自分の知らないところで、一体、何が起こっているのだろうか…と思いながら。
 
 
 
*     *     *
 
 
 
「遅いなあ…那岐も風早も」

 他に誰もいない家。
 用事がある…と荷物を押し付けてどこかへ行ってしまった那岐が心配だったが、彼が勝手なのは今に始まったことでもないから、諦めて、同時に押し付けられてしまった夕食当番を千尋は片付けていた。
 風早が遅くなるのも、よくあることだ。
 那岐と千尋の二人の面倒を見ているのだから…それに教師なんて職業をしているのだから、忙しくて当たり前だと思っていた。
 けれど……たった一人で待つことは、少し寂しい。
 取り残されてしまったような不安感が、暗くなってゆく外の景色に伴い膨れ上がってくるのが嫌だった。
 大丈夫だと分かっていても、何か胸騒ぎがする。
 何度…立ったり座ったり、外を覗いたりしただろうか……
 カタン
 聞こえてきた物音。
 鍵を、扉を開けるのが聞こえてきて、同居人達の帰宅を知った千尋は、階下へ駆け降りる。

「あれ?一緒だったんだ。」

 揃って玄関先に居た二人に、千尋は少し驚いて目を瞬かせる。

「途中で会った。」
「ケーキを買ってきたんです。食後に食べましょう。」

 いつもと、何の変わりもない二人の様子に、感じた胸騒ぎは思い過ごしだったと安堵して、風早から手渡されたケーキの箱を受け取ると……千尋は嬉しそうに笑みを浮かべた。
 
 


 
 千尋が眠ってしまった深夜。
 風早は、前に座る那岐に約束どおり全ての説明を始めた。

「まさか、那岐に後をつけられていたとは……」

 苦笑を浮かべる風早を、那岐は胡散臭そうに睨んだ。

「雷鳴ったら、いつもどこか行ってただろ?」

 なるほど…と風早は納得する。

「それで、気になって追いかけてきた…というわけですか。」
「で?」

 黙って後をつけるなんて感心しませんね…と呟く風早を睨み、那岐が先を促す。

「……正直、何なのかは…俺にも分からないんです。」

 返ってきた答えは、那岐には納得できないものだった。

「少なくとも、この世界のモノでないことは確かです。」
「じゃあ……」

 ここではない世界から来たものだとでもいうのか…
 思いながら風早を見れば、困ったような顔で那岐を見ていた。

「あちらのモノだとも言い切れないけれど……」

 軽く目を伏せ、風早は小さく息を吐いた。

「アレが千尋に危害を加えないとは限りませんからね。」

 雷が鳴ると現れる異形。
 少なくとも、「雷」という前兆があるから、気付いたら直ぐ……できる限り早めに対処していたのだと、風早は言った。

「いつから?」
「…こちらに来て直ぐの頃からですね。」

 幼子二人を連れ、この世界に来て数年。
 腰を落ち着けて間もない頃から、アレは時折、身の回りに現れていた。

「……なんで黙ってたんだ?」

 不機嫌な声で那岐が問う。
 きっと、あの夕暮れの中で「守る方法」を告げた頃も、この男は戦いを続けていたのだ。
 ならば、どうして、教えてくれなかったのだ…と。
 教えてくれていれば、自分だって、持っている力を千尋のために使えた。

「僕じゃ、役にたたない……って言うんだ……」
「違います。」

 那岐を戦力として数えたことがなかったわけではない。
 彼の鬼道が助けとなる事は、風早自身がよく分かっていた。
 けれど……たとえあの世界では稀代の鬼道士だったとしても、この世界では子供に過ぎない。
 出来ることなら、千尋と共に…那岐にも「普通の子供」らしく過ごして欲しかった。
 そして、本当ならば……何も知らずに、いて欲しかった。
 胸の内でそう思いながら、風早が諭すように告げる。

「言い出す機会がなかっただけです。」
「……」

 胡散臭げに見遣る那岐。
 風早の言を、完全には信用していないらしい。
 納得できる説明ではない。
 けれど……

「知っちゃったからね。面倒ではあるけど…千尋が巻き込まれる方がもっと面倒だから。」

 小さく息をついた那岐が、ぶっきらぼうに告げる。

「仕方ないから手伝ってやる。」
「那岐?」

 突然の申し出に、風早は驚いて目を見開いた。
 那岐の翡翠の瞳が、風早の金の瞳を射抜くように見つめる。
 まだ幼かったはずの子供は、いつの間にか立派に成長し始めていたのだ。

「それに……」

 ふい…と視線を逸らして、付け加えるように那岐が言った。

「アンタが雷鳴るたびしょっちゅういなくなってたら、いくら千尋が鈍感でも心配する。」
「分かりました。では当番制…ということで……」
「当番制?」

 首を傾げる那岐。

「二人が一度にいなくなったら、それこそ千尋が心配します。」

 共闘すれば楽なのだろう。
 頻繁に現れるわけでもないのなら、それでも問題ないはずだ。
 けれど……
 一人前として扱ってくれるのか……那岐は目を伏せて頭をかいた。

「分かった。」

 雷の鳴る日は、必ずと言っていい程…同居人の帰りが遅かった。
 
 気付かなければ、気にもならなかったのだろうけれど……
 気付いてしまったから、それを共に背負うことにした。
 





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