ちかいきょり 4【雅恋/和彩】 2010年12月17日 雅恋~MIYAKO~ 0 【ちかいきょり 和彩】4 「彩雪。」 長い長い口付けが終わって、ぼぅっとしていたわたしの頬に和泉の掌が触れる。 切なくて、真剣で、でも熱を孕んだ瞳がわたしを見つめていた。 そこに映るのは、潤んだ瞳で和泉を見つめ返すわたしの姿。 「いず……み?」 まだ残る余韻に、言葉もうまく出てこないし、頭もうまく回らない。 どうしたの?そんな顔で。 ねえ、和泉? なんでそんな顔してるの? 分からない。 問う言葉なんて知らない。 でも、生まれた熱は唇だけでなく。 胸の奥だけでなく。 体のあちこちに飛び火していた。 「あ……」 額に、瞼に、頬に、耳朶に、順番に落ちてくる口付け。 優しい優しい微笑み。 「ねえ、彩雪。」 「……っ!」 囁きと共に耳朶を軽く甘噛みされて、わたしはびくりと体を震わせた。 今まで出したこともないような声が漏れ出て、慌ててしまう。 「ちょ…いず………ッ!!」 首に触れた指先。 体中が熱くなっているから、わたしより少し体温の低い和泉の指をひんやりと感じて思わず首を竦める。 けれど、すぐあとには首筋に熱い吐息が掛かって、ぞくり…と何か知らない感覚が背中を駆け上がっていった。 「………」 思わず噛み締める唇。 さっきみたいな声は出したくない。 あんな恥ずかしい声、和泉に聞かれたくない。 「……っ!?」 けれど、そんなわたしの首筋へと、今度は柔らかな熱が触れた。 それが唇だと気付いた時には、わたしの視界は一転していた。 「い、い…ずみ?」 間近にある和泉の顔。 とても真剣な表情と熱のこもったまなざしに、一瞬、目を奪われたのだけど…… その向こうには…天井? 何が起こったか分からないまま、わたしは視線を巡らせた。 顔の両側に手をついて、和泉は、わたしに覆いかぶさるような体勢になっていた。 それはつまり。 いわゆる押し倒されている状態。 「あ…あの……和泉?」 「彩雪……」 甘く呼ぶ声。 また、背中を駆け上がってゆく、ぞくりとした感覚。 その感覚に、わたしの体がびくりと跳ねた。 「触れても……いい?」 「え……?」 何を言われているのか理解できなかった。 そんなわたしの戸惑いに気付いたのだろうか…… 少し困ったような顔をした和泉が、もう一度――今度は言葉を変えて囁く。 「彩雪のこと、欲しいんだ。」 触れる…って? 欲しい…って? それって、一体どういう…… と、そこまで考えて、わたしは、はたと気づいた。 この状況で発せられた、その言葉。 そ、それって、つまり、その……そういうこと、ってことだよね? 知識の中から見つけ出した、その言葉の意味に、わたしの体中が真っ赤に染まる。 「だ、だだだ、だって、わ、わたし…っ!」 「式神だからっていうのは、関係ないよ。」 わたしの言葉の先を見越して、和泉が言う。 「だ、だけど……」 「君は、どうなの?」 「え?」 見下ろしてくる和泉の真剣な表情。 声には、からかいなんて一切含まれてなくて……それが、本気なんだと教えてくれる。 それに…… わたしは神泉苑で、彼の后になることに頷いた。 そうだ。 后になるってことは、そういうこと……なんだよね。 「彩雪は、俺と契りを交わすのは嫌?」 わたし…わたしは…… 本当はよく分からない。 それは、とても自然なことなのだというのは「識っている」けれど…… 好きという感情も、恋という気持ちも、わたしは知ったばかり。 だから当然、こういうことだって何も分からない。 でも……嫌じゃない。 それだけは本当。 分からないことだらけで怖いのは確かだけど、和泉のことをもっと近くで感じられるのなら、それは…きっと凄く幸せなこと。 けれど―― 「和泉こそ……いいの?」 わたしは、知識の中にあるその行為の意味に思い至って問い返す。 「いいって…なにがだい?」 訝しげに和泉は眉を顰めるけれど…… それはきっと、とても大切なことだと思うから、わたしは問わずにいられなかった。 「だって、わたしは式神だから……」 子供なんて望めないかもしれない。 そう伝えたら、和泉は優しく微笑んでくれた。 「そんなこと、気にしなくていいんだよ。」 「え?」 思わず目を瞬く。 だって和泉は天照皇で、その后になるのなら当然、次に皇となる皇太子を産まなければいけない。 それくらい、わたしにだって……分かる。 だけど、式神のわたしには、それは望めないかもしれない。 なのに、いいって…どういうこと? とても大事なことなんじゃないの? どうして、そんな風に笑えるの? だって……きっと和泉のためにならない…… 「そんなことよりも、俺は……彩雪を、もっと近くに感じていたいんだよ。」 頬に触れた掌。 こつん…と額と額が重なる。 「ねえ、彩雪。」 「和泉?」 凄く近くで微笑む和泉。 「俺のこと、好き?」 「好き……だよ。」 「俺も、彩雪が好きだよ。」 それは、神泉苑でも繰り返した言葉。 わたしの……和泉の……お互いの本当の気持ち。 「言ったよね?君が式神だからっていうのは、関係ないって。」 それも、何度も神泉苑で押し問答した。 「うん。」 「だから……」 だから、「式神だから」という理由で生じるかもしれない問題も、関係ないのだと。 そんな言葉を伝えてくれる。 真剣な瞳。 熱を帯びた和泉の瞳が、わたしを映す。 「彩雪は嫌?それとも……」 この瞳の意味は、わたしのことを欲しいと本気で思ってくれている証。 わたしは…… 「嫌…じゃないよ。」 手を伸ばして、和泉の頬へと掌を触れさせる。 嫌なはずがない。 「……よかった。」 ほっとしたような表情を浮かべた和泉が、愛しい。 「彩雪……」 甘い声が名を呼んで、わたしは目を閉じた。 唇に吐息が触れて、それは直ぐに、熱く深い口付けへ変わる。 「ん…ぅ……いず…み……」 僅かに唇の離れる合間に互いの名を呼び合えば、また熱が生まれ……それは底も見えぬほど溜まってゆく。 ただ触れ合うだけのそれとは違う口付け。 初めて知る熱に、溺れて……ゆく…… 【ちかいきょり5】へ PR